<目次>
・NECはR&D発イノベーションで何をしてきたか
・NEC異例のカーブアウト、その裏側の苦労
・異業種6社で設立、R&Dからイノベーションを最速で実現する組織
・新事業部門をどう評価するか
・オープンイノベーションで日本をもっと元気にできる
NECはR&D発イノベーションで何をしてきたか
――まずNECのコーポレート・エグゼクティブ、BIRD INITIATIVE(以下BIRD)での役割や活動内容について教えてもらえますか。
NECのコーポレート・エグゼクティブとしては、大きく分けて3つの役割を担っています。まず、中長期でNECの成長事業を作ることです。2020年10月からNEC全体のヘルスケア・ライフサイエンス事業のPMO機能を統括しています。2つ目は、人材開発ですね。新事業に関わる人材を育成する、創ることです。それは、組織開発でもあります。3つ目は、研究所、R&Dから事業を創ることです。
もう一つの立場のBIRDの代表としての役割は、共創によって「魔の川」「死の谷」「ダーウィンの海」を超えていくことです。研究部門を持っている多くの企業において、研究開発で培った技術が製品に結びつかない「魔の川」、製品が事業化できない「死の谷」、業績に寄与しない「ダーウィンの海」を超えるという課題があると思います。そうした課題を持った日本企業に対して貢献していく、そのためにBIRDを立ち上げました。
NECはR&D発イノベーションで何をしてきたのかについて具体的にお話しします。まずは2018年に北米に設立した新会社dotData(ドットデータ)の事例があります。dotDataを立ち上げた際には、当時のNECのトップリサーチャーがNECを退職し、dotDataのCEOに就任しました。本気のカーブアウトを行ったのです。
次に、AI創薬事業への取り組みがあります。当社は、最先端AI技術を活用した創薬事業に2019年に本格参入しました。「あなたのためにだけに効く、あなたのためだけのがん免疫治療薬」を作ることにチャレンジしています。この取り組みを始めた当時、「NECがAI創薬をやるのか」と、特に海外で注目を集めました。NECにはAIの技術はありましたが、創薬分野での知見や能力が不足していた。そのため、アメリカのBostonGene社へ出資し、フランスのTransgene社と共に3カ国で治験を行い、スイスのVAXIMM社への出資と共同治験、そしてノルウェーのOncoImmunity社を買収し、オープンイノベーションでAI創薬事業を進めています。他には、GAZIRUという、NECがもともと強みを持っていた画像認識技術を使った事業を展開している会社があります。これは、外部資本を使って技術を一度外に出し、事業がうまくいけば買い戻し、うまくいかなければ買い戻さない、という形で取り組んでいます。dotDataのようにNECを退職して、新事業に取り組む人はなかなかいませんので、GAZIRUはNECに籍を残して、失敗しても戻ってこれるセーフティーネットを張りつつ、スタートアップに挑戦できる仕組みを取っています。
BtoCのクラウドファンディングでも積極的に活動しています。私たちは「C」をConsumer(消費者)だけでなくCitizen(市民)という捉え方もしています。このCitizenとしての「C」を捉える活動としてクラウドファンディングに取り組んでいます。
最後に、NECが持つ最先端技術や新事業アイデアを積極的に提供し、日本だけでなく北米起点でも起業できるようにする仕組みとして「NEC X」を2018年にシリコンバレーに設立しました。これまでに、「NEC X」として現地で事業化した企業が2社あります。
これらの取り組みを推進するなかで、NECがイノベーティブであり続けるために必要な、制度変更も行ってきました。人事、評価やルールなどを変えないと文化は変えられません。具体的には、キャリア採用の自由度拡張、新事業開発者向け人事制度・業績評価の導入、カーブアウト向けにガバナンスポリシーの変更、医薬品事業のための定款変更などを行いました。
NEC異例のカーブアウト、その裏側の苦労
カーブアウトの取り組みについてもう少し詳しくお話しします。カーブアウトでは、社外資本の活用を積極的に行っています。
カーブアウトの判断を行うにあたり、まず「自社にとって破壊的または持続的イノベーションなのか」、次に「自社または他社が市場に影響力を発揮している領域なのか」の2軸で分類します。基本的に、自社が市場に影響力を持っている領域では、何らかの知的財産が社内にありますし、人材などの資産もあります。
自社が市場に影響力を持っていて持続的なイノベーションの場合は、収益を生む花形事業ですから、ここは自社で取り組みます。自社にとって持続的なイノベーションで、自社が市場に影響力を持っていない領域であれば、ジョイントベンチャーでの取り組みが有力です。
次に自社にとって破壊的なイノベーションの場合について考えます。自社が市場に影響力を発揮できる場合、外の資本を使って一度外に出してみて、うまくいくなら取り込んでアクセルを踏み、うまくいかなければ撤退や売却を想定した、スピンインモデルを取ります。
他社が市場に影響力を発揮している場合、これは我々にとって未知の領域になりますから、完全なチャレンジになります。投資家とも連携しながらスタートアップとして切り出して進めています。そして例えば3年後にダメであれば撤退あるいは売却、うまくいけば資本増強するために手伝うといった関わり方になります。
また重要なのが時間です。市場のスピードに対応できるのであれば、自社だけで進めますが、圧倒的に間に合わない場合は外の資本を活用することを考えながら進めています。
カーブアウトでは、社内の“守り人”の突破が非常に大変でした。“守り人”とは、知的財産部門や既存事業部門のことです。dotDataの時は、言葉にできないような苦労がありました。
知的財産部門は、知的財産の流出と将来の訴訟リスクから会社を守るという重要なミッションを持っています。そこで、資金調達に成功し、うまくいく見込みが立ったら、自立経営できるような知財ストラクチャーを作る。こうすることで外部の投資家の支持も得て、成長を加速させています。知的財産部門が守りたいことと、事業を成長させるために必要なことのバランスを取って突破していったのです。
既存事業部門が守りたいのは、既存事業の利益とアセットですね。私たちがやろうとしている事業が、既存事業の競合になり得るのであれば対立します。「勝ち馬」と認められるまでは、したたかに頑張るしかありません。
既存事業が将来他社に負けるよりは、身内に負けた方がいいよねという考えがあります。そして、既存事業が勝ち残れば会社にとって良いことです。一方、新規事業が「勝ち馬」と認められたら、既存事業からリソースをシフトさせて事業を成長させることがコーポレートとして良いことだと考えます。
このような形で、知的財産部門と既存事業部門とバランスを取りながら、新しくチャレンジしていることが成功に近づけば、リソースシフトを速やかに行うことで、社内で新事業を作りやすい仕組みを作りました。
――dotDataのようにスタートアップを設立した場合、買収されるリスクがあります。その点はどう説得したのですか。
当然、経営会議で同じことを言われました。カーブアウトを考えるうえで、はじめに決めなくてはいけないのは、事業価値を徹底的に高める方向でいくのか、買い戻す方向でいくのかです。dotDataの場合、徹底的に事業価値を高める方向でいくと決めました。たしかに買収されるリスクはありますが、その場合は企業価値も高くなっているので、ファイナンシャルリターンも生まれます。
また、NECが日本での販売独占権も持っているので、シナジーは生み出せるというストラクチャーを組みました。
――dotDataのカーブアウトで一番大変だった部分、泥臭い部分は何でしたか。
さきほどお伝えした知的財産部門と既存事業部門との調整は大変でした。しかし、効果的なストラクチャーや良い緊張感をもった関係などを作って納得してもらいました。
異業種6社で設立、R&Dからイノベーションを最速で実現する組織
――BIRDはどんなミッションを掲げ、何を目指して活動しているのでしょうか。
BIRDは「Business Innovation powered by R&D」から、ゴロ合わせで付けました。研究開発能力を解き放ち、社会を革新するビジネスイノベーションを最速で牽引し続けることをミッションとしています。大企業は“最高”は実現できると思いますが、“最速”は難しい。これができる組織を目指しています。
Image: BIRD INITIATIVE HP
「解き放つ」という言葉を使っていますが、これは、規模が大きくなると、様々なしがらみや縦割り社会のジレンマなどが出てきます。本来、研究者が持っている能力が解き放たれていないというジレンマがありました。
学生に関しても、在学中は意識も高く、行動もしているのですが、企業に入った瞬間から様々なしがらみで、その能力を発揮しきれていない課題を感じていました。そういうところを解き放ちたい。事業をしたい研究者が一気通貫で事業までやっていける場を作りたいという思いでBIRDを設立しました。そして、BIRDではDXに関する研究開発を行っていきます。
BIRDは、当社を含めた異業種の6社で設立した新会社です。当社の狙いとしては、自社の投資規模よりも大きなR&D事業開発に取り組めることや、新規顧客開拓、そしてNECの看板ではご縁がないような方、事業や研究をしたい優秀人材を柔軟に獲得することです。あとは優秀な人材をとどめることも目的です。優秀な人材が自由に研究開発できる環境を作っていきたいと考えています。
新事業部門をどう評価するか
――人事、評価やルールを変えないと、社内文化は変わらないというお話がありました。実際にどのように変えたのでしょうか。
多くの人は評価されないことはやりませんし、継続できません。そして、評価されない取り組みには予算がつきません。ですからNECでは、新事業向けの業績評価制度を変え、人事評価も変えました。
新事業向けの部門業績は「事業価値」で測っています。この取り組みを外部に売ったらいくら値が付くか、半期に一回確認しています。例えば、今は事業価値10億円だったとして、1億円の投資で半期活動した結果、15億円に事業価値が上がったとしましょう。そうすると、ROIとして前進しているということですので、事業継続の根拠にできます。
Photo: mojo cp / Shutterstock
事業価値が算出できない場合は、プロセス評価を取り入れています。例えば、どれだけ仮説検証にチャレンジしたのか、新しい市場を創出するための機能や、社会に広める貢献をしたのかを評価する仕組みを作りました。そして、役割ごとに目標基準を作り、それをもとに個人のKPIを設定する仕組みを作っています。
また、新しいことをやろうと思うと、社内に知見がないのでキャリア採用が必要になります。当社では、領域のスペシャリストとプロセスのスペシャリスト、この2つの観点で積極的に採用を行っています。キャリア人材の採用では処遇の慣習を打破したり、海外のキャリア採用契約書をシンプル化、オプションメニューも整理するなど、採用しやすい仕組みを作ってきました。
――こういったルールを変えることに対して、トップからはどのように理解を得ているのですか。
私たちのレポートラインは、CEOとCFOです。経営の意思決定をするCEOと、財務面から経営判断するCFOの両者から合意を得ながら進めており、トップの理解は得やすい立ち位置にあります。
とはいえ、ルールを変えるのは時間がかかります。まだまだ「これはおかしいよな」と思うルールは残っていますが、それらは多くの人たちを守るために必要なルールでもあります。BIRDではNECで感じた「これはなくてもいいんじゃない?」というルールは取り払っています。
ルールは変えたくないものです。ルールを守っている方も理屈があって守っていますし、新しいことを覚えるのは面倒だと思う人もいます。ルールを変えるには、その価値がある、破壊力がある事業構想が必要です。破壊力がある事業テーマがあり、ルールを変えることでその事業の成功率が上がる、もしくは失敗する確率が大きく減るのであれば、社内のしがらみは突破できます。
それと、部下には「ルールを守った者だけがルールを変えることができる」と言っています。まずはルールを守り、それから「こんなに無駄な理不尽なことをやっている」と言うことができ、ルールを変えることができるのです。
オープンイノベーションで日本をもっと元気にできる
――自社の技術をどのように事業に結びつけているのでしょうか。課題ドリブンなのか、技術ドリブンなのか、考えを教えてもらえますか。
両方です。課題がわからない、当てる的がないのに事業を作ることは難しいです。ただし、課題だけですと、NECと付き合う理由に説得力を持てません。基本的には、課題起点で事業を考え、顧客や市場がNECに期待する技術の価値を考えています。
いまは市場自体がVUCA(ブーカ、Volatility、Uncertainty、Complexity、Ambiguity)と言われ、やってみないと誰もわからない状況で、1社だけがコントロールできる世界ではないと思います。だからこそ、オープンイノベーションが進んできました。オープンイノベーションの取り組みは、政府だけではなく民間企業も積極的に旗を振るべきだと思っています。民間企業がやるからこそ、スピードアップできます。そしてこれは本来、日本人が得意なところだと思っています。
いま自信を失っている日本企業があるかもしれません。しかし、やればできる、やってみよう、そういう思いを実現する場としてBIRDを創りました。様々な形で日本をもっと元気にできるように、日本だけでなく世界の方々にとって良いものが生み出せるように、皆様と一緒に新しいことをやっていければと考えています。
BIRD INITIATIVE 株式会社 代表取締役社長兼CEO