新規事業やCVCの体制についても「事業部の壁は壊す必要はない」「まずは自己完結型で」「CVCのメンバーは目的やステージにおいて柔軟に変えていく」など、豊富な経験に基づく金言が次々に飛び出す。中馬氏に、CVCの担当者や新規事業担当者からよく聞かれるという10つの「あるある」質問に答えてもらった。(前編はこちら)
・「新しい資本主義実現会議」スタートアップ育成分科会委員
・経済産業省 J-Startup推薦委員
・経団連スタートアップエコシステム改革TF委員
・東京大学大学院工学系研究科非常勤講師
・バーチャルシティコンソーシアム代表幹事
・一般社団法人Metaverse Japan理事
・クラスター株式会社 社外取締役
他、多数
Q1:KDDIがスタートアップを支援する目的は何ですか?
A:「基本的に社員にアイデアはない」から新規事業のアイデアは「外」に求める
基本、我々は新規事業のアイデアを「外」に求めているからです。当社は基本的に「0→1」(ゼロイチ)の新規事業、例えば社内ベンチャー制度や社内企画などは一切やりません。基本的にKDDIの社員にアイデアはない、と割り切っており、アイデアは全てスタートアップから求めます。スタートアップを支援し、アイデアの種を探して、それを育んで新規事業にしていくために、スタートアップ支援を積極的にやっています。
Q2:どのようにして、有力なスタートアップと出会えるのでしょうか?
A:先入観を持たずにフラットに、オールジャンルでたくさんのスタートアップと会うこと
「スタートアップに出会いたいのだけど、なかなか出会い方が分からないのでどうしたらいいですか?」というお話をよく伺います。これに関して言うと、私はまず「たくさん会うこと」が大事だと思っています。
先日もある知人から「部下がたくさんスタートアップの方と会っているのだけど、見ているとあまりにも効率が悪いので、もっと絞り込んで効率的に回る方がいいよとアドバイスしている」とお話されている方がいましたが、私はそれに対し「いやいや違いますよ」とお答えしました。
先に我々が「こういう分野のスタートアップに会いたい」と決めていくと、大企業の目線でスタートアップを見る形になるので、本当に世の中を変えるような、社会にインパクトを与えるスタートアップを見逃してしまうと思います。
基本的には、あまり先入観を持たずに、フラットに、オールジャンルで会うことをおすすめしています。その中から、実は関係なさそうだなと思ってるところが、新規事業の種になることもありますので、ぜひ、「選球眼」というのはあまり持たずに、固定観念を持たずに、たくさんのスタートアップにニュートラルに会っていただくのがおすすめです。
Q3:スタートアップへの投資を決める際の基準は何ですか?
A:初めて聞くアイデアや技術は1回目スルー。2回出てきたら情報収集 最終的には「この人と一緒にやっていけるか」どうか
投資基準についてですが、我々が初めて聞いたビジネスモデルとかアイデア、技術についてはいったんスルーします。ただし、2回出てきたら、これは起業家たちが複数、何かしら取り組んでいる領域であり、「これは何かある」と意識してその領域を徹底的に調べます。当社は海外にもスタッフがおり、グローバルにもパートナーがいますので、その方たちに幅広く「こんな話、聞いてます?」と情報を収集します。
それを比較検討して、この領域が非常にユニークだとか、将来的に何かポテンシャルがあると感じた場合には、基本的にはその会社、経営者との相性で、複数の候補の中から1社を選び、そのスタートアップを一生懸命応援します。
やっぱり最終的に人だとか、会社の相性というのは結構大事です。最初に申し上げたM&Aや事業共創において「一緒に事業をする」、もしくは「M&Aで仲間入りをしてもらうパートナーを探している」という仲間を探していると思えば、事業の素晴らしさはもちろんですが、最終的には「この人と一緒にやっていけるか」ということになります。先々のことを考えてのお付き合いになるので、我々はそこが非常に重要かなと思っています。
Q4:投資後のスタートアップとは、どのようにコミュニケーションをしていますか?
A:スタートアップ側が「やってほしいこと」をとにかく愚直にやり続ける
基本的には当社内に担当者がおり、その担当者がスタートアップの経営者にほれ込んで投資を決めるという流れなので、その担当者が日々コミュニケーションをとり、我々は応援するということに尽きます。ただ基本的に、我々が管理する、というのは全く違っています。スタートアップ側から、経営者側から我々にやってほしいことの要望を承る、サポートするというスタンスでやっています。
例えば、経営者が私個人のメンタリングを受けたいと言われれば、必ず時間を作って、個別に向き合って相談に乗りますし、スタートアップファーストでコミュニケーションをとるということを徹底しています。
スタートアップは足りないものだらけなので、「こういう人はいませんか」「こういう場所はありませんか」「こういうメディアを使いたい」「こういうノウハウを聞いてみたい」など、やってほしいことがいろいろあります。そんなスタートアップ側の「やってほしい」ことに対して我々は愚直にやり続けることです。スタートアップ内で完結しようとするとお金も時間もかかり、ノウハウも足りないですが、当社のメンバーが2重3重に取り囲んで支援していくことで、効率は非常に上がります。本当にそれでいいと思います。
スタートアップの事業の型が出来上がってグロースしていく際に、例えば組織体制を整えたり、グローバル展開を考えたり、24時間365日運用して品質の歩留まりを抑えましょうといったりしたところは彼らは不得手です。そのステージになれば我々のノウハウは生きると思いますが、最初のステージは彼らがやってほしいっていうことをやる、彼らの足りないところを僕らが補うというやり方がいいと思っています。
Q5:スタートアップとの共創でできた新規事業の撤退基準はありますか?
A:業態に合わせてフレキシブルに判断。「見守る」フェーズも大事
正直言って、あまり決めていません。例えば、ネットのサービスとリアルを連携するような企画だったり、ディープテックだったり、その事業の構造によって結果が出るまでに時間がかかります。ですので、その業態に合わせてフレキシブルに判断をしています。
ただ、大事だと思っているのは「しゃかりきにやり過ぎない」ということです。当社はファンドからの投資だけで120社以上ありますが、実はその半分以上は「置いているだけ」なんです。積極的に支援をしてほしいと言われればやりますし、逆にいうと、こちらからは能動的にやらない「見守りの案件」が結構あります。そういうのが私はすごく大事だと思っています。
「やる」「やらない」という判断だけじゃなくて、何もしなくて「見守る」というフェーズもあっていいんです。それが時として、時代の変化とともに新しい事業として展開できることがあります。最近のメタバースもそうですが、XRのスタートアップに20件くらい投資をしていまして、見守っていたら、メタバースが来て、そこが全て融合して新しい事業ができる、ということもあります。
こういうことは意識して動いてもできなかったり、タイミングや時代の要請みたいなことがあったりするので、常にたくさんの仲間を近くに置くことがすごく大事だと思っています。あまりソリッドに、「ここまでやったけど、やりきれなかったから終わり」、といった判断をしない方がむしろいいのではないかというのが、私の意見です。
Q6:スタートアップへの投資や協業に伴い、他の事業部をどのように巻き込んでいますか?
A:「他事業部は巻き込めない」と思うべし。まずは「自己努力・自己完結型」で
「事業部間の壁を取っ払う方法を教えてください」とよく言われますが、これに関して言うと、他事業部は巻き込めない、と思った方がいいと思っています。壁も壊すな、と私は言うようにしています。
その「こころ」は、基本的には事業部の人たちは事業部の時間軸で周辺案件などは取り組んでいるので、その事業部に関わるような案件を持って行ったとしても、基本的には「既に検討した」「規模が小さい」といった話になっちゃうと思います。
そこで、我々は事業部に隣接したところよりも、思い切り「飛び地」からやることをおすすめしています。仮に事業部と隣接したところをやるにしても、事業部を巻き込まずに、自分たちで体制を作って事業化や協業をきちっとやりこむことが大事だと思います。
それなりに形ができていくと、事業部側が隣接のところは必ず取り込みに来ますので、「中馬さん、それ気になるんで一緒にやっていいですか」と言われるまで、しっかり引き上げていけるかが大事だと思っています。ですので、まずは「自己努力・自己完結型」で協業を進めることが、結果としては事業部を巻き込んだ大きな案件になりやすいと思います。
0→1から1→10をするようなフェーズにおいて、スタートアップのやりたい規模と、大企業の規模は正直、全然桁が違うので、極端な言い方をすれば大企業の数人のSWATチームだけでも、十分支援できるはずです。その先、最終的にはM&Aや協業が目的なので、そこは会社全体のリソースを巻き込まないと大きい事業にはなりません。ですので、最初のステージと、グロースのステージを、分けて考える方がいいと思います。
最初から大きいものを狙うのではなく、まずはスモールヒットで。そこは自分たちだけでできます。
我々はファンドの部分は、グローバル・ブレインさんがパートナーとして担い、アウトソースしています。その上で、当社の事業運営メンバーだけで50名ほどおりますので、比較的潤沢なハンズオンメンバーがいます。出資は、5億円、出資比率15%以下はすべて権限移譲されているので、基本的には本体の経営会議や会議体は必要なく、自分たちで決裁できます。ですので、先ほどの自己完結のお話でいうと、マイノリティの出資についても、できるだけ小さくてもいいので権限を委譲してもらうことが大事だと思います。
日本の経営、マネジメントはリスク指摘に陥りがちです。例えば、スタートアップのこういう案件がありますがどうでしょうかと聞くと、「ここは大丈夫か」「あそこは大丈夫か」とマイナス面を指摘されることが多いです。これは全部正しいのですが、スタートアップはそもそも穴だらけなんで、これでは全ての案件が落ちてしまいます。
1件1件聞いても絶対マイナスの指摘しかありません。群れで見て判断し、10の案件から1件当たるとよかったという取り組みを続けられるよう、いかに権限移譲を勝ち取るかがカギだと思います。
Q7:CVCや新規事業に適したチームを組成するには、どうしたらよいでしょうか?
A:やりたいことやステージによってメンバーは変わる 多様性は大事
「新規事業はどんなチームでやってますか?」とか、「メンバーはどう構成していますか?」「中途採用が多いんですか?」などと聞かれることは多いんですが、我々のチームはとにかく頻繁に変えています。
一時期は、中途採用の人だらけでさまざまな業界・業種の人がずらっと並んでいる時期もりましたし、最近はほぼ新卒だけとっていて、新卒だけ増員して、逆にベテランは出している、みたいなことをやっているんですね。
これに関して言うと、メンバーは「やりたいことやステージによって変わる」と思っています。例えば、BtoBのデジタルトランスフォーメーション(DX)の案件を取り込むということであれば、やはり事業会社での経験が豊富なメンバーが必要だと思っています。これをクロスオーバーで事業を作りにいくということになります。
一方、最近のように、メタバースやWeb3ということになっていくとですね、やはり過去の経験値はあまり関係なくなります。だとすると、比較的、機動力があって先入観のない若手のポテンシャルに賭けるといったような人員構成が望ましいです。
その観点で言うと、皆さんがやろうとされている新規事業やその方向性、ステージに応じて、チームは柔軟に変えた方がいいんじゃないかなというふうに思います。
確実に言えることは、均質のチーム、価値観が同じようなチームでやると、変化に気づかなくなるということです。その点でいうと、多様性のあるチームを組むということは、どのステージにおいても共通して大事だと思います。
Q8:KDDIのオープンイノベーションの取り組みが今の形になるまで、どのくらいの期間を要しましたか?
A:だいたい3年サイクルで作って壊しの繰り返し。アップデートし続ける姿勢が必要
当社がスタートアップ支援やオープンイノベーションの取り組みを10年ほどやってきた中で、いつ頃、今のような「型」ができたのかということもよく聞かれます。
これに関して言うと、始めて2〜3年で大体の型ができて、それを壊して、また2〜3年やって、壊して、また数年やっているので、だいたい3年サイクルくらいで作って壊してを繰り返しています。
先述しましたが、作りにいく事業や領域、ターゲットが違えば、必然的にやり方も変わると思います。まず、「スタートアップファースト」であること。0→1については外にアイデアを求めて、我々はあくまでも1→10や、10→100をやるんだというのは明確にしています。その上で、自分たちは「グロース装置になる」という考え方は変わらず、成熟しています。
一方で、フロントの構えや、ソーシングの仕方は常に入れ替えています。ですので、新しいことをやるということは、常に自分たちの体制や取り組みのあり方そのものも、常にフレッシュにアップデートし続ける姿勢が必要かなと思います。我々もそれを心がけてやっております。
Q9:0→1はやらないとのことですが、なぜそこまでオープンイノベーションに振り切れるのですか?
A:不慣れな0→1や「ままごと」みたいなことをやる必要はない。 サラリーパーソンのアイデアと、起業家のアイデア、どちらの成功確率が高いか
なぜそこまで大局的になれるのかとよく言われますが、これはすごくシンプルです。いわゆる通信会社のサラリーパーソンが考える新規事業のアイデアと、起業家が身銭を切ってマーケティングして「この領域でいける」と思って立ち上げた会社とアイデア、どちらの成功確率が高いですかと考えると、どう考えたって後者ですよね。背負っている覚悟もリスクも違います。
ですから、僕らが不慣れな0→1や「ままごと」みたいなことをやる必要はないと思っています。本気でやっている方たちを真剣に応援していく。自分たち、大企業というものは安定成長は得意ですけど、新しいことを生み出していくことに関しては、必ずしも得意ではないわけですね。その役割分担をきちんと理解すれば、結果として、0→1は外、自分たちはそのアイデアを大きくしていく役割だと、自分たちの得意を理解すればこそ、それぞれウィンウィンになると思ってやっています。
Q10:オープンイノベーションの取り組みにおける成功、失敗体験を教えてください。
A:支援からM&Aの確率は100分の1。失敗を恐れないオープンイノベーションから成功が生まれる
成功事例・失敗事例を教えてくださいとよく言われますが、一言で言うと、失敗事例しかありません。成功することが少ないんです。よく「失敗しないオープンイノベーション」というタイトルで講演をお願いしますと言われますが、「できません」とお答えしています。
一方で、「失敗を恐れないオープンイノベーション」というお話はいくらでもできると思います。失敗を前提としたようなオープンイノベーションの座組をいかに組めるかどうか、その失敗の中から、多産多死の中から成功が生まれてくると思います。
この10年間でKDDIの3ステップ、「1」の支援、「2」の協業、「3」のM&Aを踏まえて、実績を数としてご紹介すると、概念実証(PoC)や細かい支援も含めた広い意味で捉えた支援は10年間で2000件です。そこから協業にあたるマイノリティ出資が200件ほど、そしてM&Aに至ったのは20件です。
ですので、この10年間でスタートアップと向き合って2000件の関係を持ち、その中から200件に出資をして、20件のM&Aに至った、こういうぐらいの確率ですね。
ですので簡単に言うと、支援からM&Aの確率は100を支援して1ですから、1の成功に対し99の失敗がないと、M&Aは起きないと思っています。ですから、これぐらいの確率だと思って、とにかく数を回すことをおすすめしています。