静岡銀行と浜松いわた信用金庫は、いずれも静岡県内に根ざした「地域の金融機関」でありながら、イノベーションの中心地であるシリコンバレーへと果敢に飛び込んでいる。地元では競合関係にもあるが、シリコンバレーでは戦友であり、静岡のイノベーションの発展を願う同志でもあるという、ちょっと不思議な関係。同時期にシリコンバレー駐在を経験した静岡銀行の吉田拓矢氏と、浜松いわた信用金庫の金子洋明氏に、なぜ地域金融機関がシリコンバレーに拠点を持つ必要があったのか、そこから何を学んだのかを明かしてもらった。(本文は敬称略)

※本記事は2024年7月に開催されたFintech協会とTECHBLITZの共催イベント「地域金融機関がシリコンバレーで進めるオープンイノベーション」の内容を元に構成しました(聞き手はSozo VenturesのシニアディレクターでFintech協会理事を務める齊藤健一氏)

目次
なぜ「静岡の金融機関」がシリコンバレーに!?
シリコンバレーでの活動と課題:静岡銀行のケース
シリコンバレーでの活動と課題:浜松いわた信用金庫のケース
シリコンバレーで得たそれぞれの学び
どんな人がシリコンバレーに向いている?

登壇したモデレーターの齊藤氏、浜松いわた信用金庫の金子氏、静岡銀行の吉田氏(左から、TECHBLITZ編集部撮影)

なぜ「静岡の金融機関」がシリコンバレーに!?

異業種連携の取り組みが転機に

―日本の地域金融機関でシリコンバレーにチームを設立して活動しているのはほんの数行だけで、両行はまさに先陣を切っている存在です。まずは静岡銀行の吉田さん、自己紹介とシリコンバレー駐在員事務所を設立された背景についてお話しいただけますか。

吉田:静岡銀行は2021年11月にシリコンバレー駐在員事務所を設立し、私は初代所長として赴任しました。私自身、海外勤務を含めて営業担当者としての長いキャリアはありますが、テクノロジーやイノベーションの分野においては全くの未経験でした。

 静岡銀行のベンチャービジネスの取り組みにおいて、最初の転機は2014年に新たなビジネスの創出に向け、異業種企業との連携を開始したことです。こうした活動の中で、日本のスタートアップに出資して新しい事業を生み出していくための取り組みを展開したり、「ベンチャーファンド投資」(2016年)を開始したり、静岡の皆さんにスタートアップ業界や先端技術を紹介する場として「TECH BEAT Shizuoka」(第1回は2019年7月開催、静岡県と共催)などのイベントを開催しました。

 そして、銀行としてもっと直接的にお客様に支援ができることはないかと考え、「ベンチャーデット」の取り扱いを開始し(2021年10月)、スタートアップをさらに支援するためには情報収集が必要だということで、シリコンバレー駐在員事務所ができたという経緯です。

吉田 拓矢
静岡銀行
シリコンバレー駐在員事務所
(経歴)
2002年 静岡銀行入行
2007年 香港支店トレーニー
2008年 資金為替グループ
2012年 タイ・カシコン銀行派遣
2016年 国際営業統括グループ
2019年 浜松営業部
2021年 事務所開設に伴い現職

―ありがとうございます。次に、浜松いわた信用金庫の金子さん、自己紹介とシリコンバレーでの取り組みをご説明ください。

金子:浜松いわた信用金庫は2016年に御室健一郎会長(当時:理事長)からシリコンバレー派遣の方針が発表され、2017年に初代駐在員が派遣されました。2019年に2代目が行き、私は、ちょうど浜松信用金庫と磐田信用金庫が合併したこの年に庫内公募を見て手を挙げました。海外経験が全くなく、英語も全然できないという状態での挑戦でしたね。2022年から丸2年間、3代目として任期を務め、2024年7月に帰国して現在は日本での業務に復帰しています。

 そもそもシリコンバレー派遣が始まったきっかけは、御室会長が当時、メキシコ出張の帰りにサンフランシスコに寄って、時間があったのでスタンフォード大学を訪ねたことです。「シリコンバレーって面白いところだ。何かが生まれそうだ」と日本に帰ってきて、庫内で「シリコンバレーにうちの職員を送ったらどうなるかな」と話題に出すようになり、トップがその気ならと周りも本気になっていきました。当時、静岡県庁の方がスタンフォード大学にいたので、まずはビザの取り方などを調べる形で、プロジェクトが動き出しました。

 当金庫は、シリコンバレーでの活動をきっかけに、浜松市中心部でスタートアップ支援のシェアスペース「FUSE」を運営しています。一般的なシェアスペースとは異なり、シリコンバレー駐在経験者を含む10名ほどの正職員スタッフが常駐しているのが特徴です。野球で例えるなら、シリコンバレーの駐在員が「ピッチャー」、浜松版エコシステムの拠点を目指すこの施設が「キャッチャー」となり、お互いがリンクしながら活動しています。

金子 洋明
浜松いわた信用金庫
ソリューション支援部 新産業創造室 副調査役
(経歴)
2007年4月~ 営業店3店舗で法人営業を中心に資金サポート・財務改善などに従事
2019年6月 法人営業部(現ソリューション支援部) 新産業創造室
2022年6月 Stanford University Visiting Scholar
2024年7月 ソリューション支援部 新産業創造室

シリコンバレーでの活動と課題:静岡銀行のケース

―静岡銀行さんのシリコンバレーにおける、具体的な活動内容について教えてください。

吉田:もともとの活動ミッションとしては2つありました。ひとつはシリコンバレーのエコシステムやスタートアップ、先端テクノロジーを調査し、本部の各部署や取引先に情報を提供することで「地域イノベーション」につなげること、もうひとつは出資先VCなどとの連携を通じてベンチャー関連ビジネス全般を調査して還元する「ベンチャー関連ビジネスの情報収集」です。

 ただ、「地域イノベーション」における情報提供に関しては、正直に言えば、周囲の反応に十分な手応えを感じることができませんでした。シリコンバレーバンク(SVB)の破綻や、自動運転タクシーへの乗車など、さまざまなトピックスを日本サイドに発信したのですが、「面白いね」「楽しそうでいいね」で終わってしまう。どうすれば自分事として捉えてもらえるか。そこが課題感として浮かび上がりました。

 そこで気付いたのは、スタートラインが少し先過ぎたということです。初歩的なことですが、なぜイノベーションが必要なのか、なぜシリコンバレー事務所を置いたのか。まず、そこを理解してもらうための従業員向けの啓発活動が大切だと感じました。

 それから、ネットワーキングの重要性ですね。私たちは駐在員事務所であり、シリコンバレーで実際の銀行業務はできないため、現地で提供できる価値は限られています。そのため、現地で入り込めない先が多くありました。これを打破するために、現地の会員組織に入会するなどできる限りさまざまな所に顔を出すことで、「またいるね」と言われるようになるまで、人脈作りに粘り強く取り組みました。

 また、当初の2つのミッションに「役職員のエンゲージメント」と「ネットワーキング」を加え、4本の柱のもとに有機的に動くことで、最終的には地域の中からイノベーションが起こり、エコシステムが回り続ける形を目指しています。結局、われわれは地方銀行なので地域の経済が潤うほどビジネスができますし、地域の皆さんが苦労されている時には下から支えて前に進めるように後押しすることが重要です。

―行内の仲間づくりで何か工夫されている点は。

吉田:実際に「熱さ」を体験してもらうなら、やはり現地を見てもらうのが一番だと思いました。皆さんご存知の通り、シリコンバレーは"表敬訪問"を嫌がる傾向があるので難しいかなと思っていたのですが、出資先のVCやシリコンバレー在住の方などの協力を得て実現しました。最初は支店長クラスを対象に10~15人規模で来てもらい、その次はもう少し若い層まで対象を広げました。そこで感じた熱さを日本に持って帰ってもらい、周囲に伝播してもらうということをやりました。

シリコンバレーでの活動について説明する静岡銀行の吉田氏(TECHBLITZ編集部撮影)

シリコンバレーでの活動と課題:浜松いわた信用金庫のケース

―浜松いわた信用金庫さんのシリコンバレーでの活動についてもお聞かせください。

金子:シリコンバレーのエコシステムの中心であるスタンフォード大学に職員を継続的に派遣し、現地で人脈構築や情報収集を行っています。そこで得た知識や知見を地元である浜松市や磐田市を中心とした静岡県西部地域に落とし込む活動をしています。正直、2017年に初代駐在員が派遣されたころは、シリコンバレーの「シ」の字も分からないレベルです。ただ、初代駐在員の渡邉の熱量はとてつもなく、その渡邉が先ほど話に出た浜松市内のFUSEの計画を立て、2020年にFUSEは創設されました。初代と2代目が0から1、そして1から10という現在の活動の道筋を作ってくれたと思っています。

 私は3代目としてスタンフォード大学アメリカ・アジア技術経営センター客員研究員として赴任し、今は4代目がシリコンバレーにいます。僕たちの代でやるべきことは、今のこの活動をいかに10から100へ持っていくかですね。

 実は、かなり前の段階からすでに5代目が決まっています。次世代の駐在員を決めている点は、当金庫のコミットメント・覚悟が表れていると思います。

―FUSEとはどのような施設なのですか。

 JR浜松駅から徒歩5分ほどの立地にある、ザザシティ浜松中央館の地下1階にあります。金融機関っぽくないカジュアルな雰囲気で、広さ約2,000平米のフロアにコワーキングスペース、自由に会話ができるようなラウンジ、イベントスペース、試作ができるファブリケーションスペースなどがあります。さまざまな外部経験を積んで専門知識やネットワークを持ったスタッフが10名ぐらいいるんですけど、ほぼ浜松いわた信用金庫の職員で運営しています。職員の服装もとてもカジュアルですよ。

 本当に多くの方が視察に訪れていただいて、他の金融機関も同様の取り組みをやろうすると、やはり「収益は?」と聞かれます。収益以前になぜ、何のため、誰に向けて行うのか、ということが非常に重要であると伝えています。収益構造は取り組みを続ける中で徐々に変わってきて、収入もそれなりに出てきているので、さらに磨きをかけてステップアップを目指している状況です。

浜松いわた信用金庫の3代目シリコンバレー駐在員として活動した金子氏㊧(TECHBLITZ編集部撮影)

シリコンバレーで得たそれぞれの学び

―お2人がシリコンバレーで活動されて、実際に得られた学びや成果について共有していただけますでしょうか。まず、浜松いわた信用金庫の金子さん、お願いします。

金子:シリコンバレーにいた時に一番意識していたことは、地元の中小企業に対する発信の部分です。これは、静岡銀行さんと1点だけ方法が異なる部分なんですが、職員に啓蒙して熱を広げていくというのは私たちも実践していますが、「自分事化」してもらうのが難しいんです。

 そこで、取引先の中小企業の社長にアプローチして、シリコンバレーに来てもらってアテンドしました。そして、日本に帰った後に、実際に取引のある支店の職員に現地で見た事、聞いた事を伝えてもらいました。そうすると、「お客さんがこんなに関心を持っているのに、自分は知らない」と焦りを感じて自分事化してくれるんですね。ずるいやり方ですけど、これが一番効くんです(笑)。

 当金庫の経営陣には、プロジェクトが成長していく過程では失敗もあって、成長線が下振れることもあると伝えています。それでも本当に熱量を持ってやっているので、われわれを信じて人材もお金も投資してほしい、と。「こういう状態になりたい」というビジョンがあり、それに向かって正しいか間違っているか分からない道を進んでいる状態です。

―ありがとうございます。静岡銀行の吉田さんはいかがでしょうか。

吉田:シリコンバレーに行って一番感じたのは、私の中にある銀行員としてのマインドと、スタートアップ業界が持つマインドとの違いです。「日本側の言うことは関係ない、猪突猛進で失敗を恐れずにやろう。イノベーションを起こそう」という考え方と、銀行員のいわゆる「堅実に信頼第一。失敗しないことが自分たちの価値」という考え方は相反する思考でした。「銀行員」のアイデンティティとの闘いです。

 そうした中で、ある方に「日本の銀行がうらやましい」と言われたことがあります。それまでは、銀行は規制に縛られて新しいことができないと現実逃避していましたが、この言葉を聞いて、実際には銀行は規制に護られていることに気付かされたのです。事業会社はスタートアップによるディスラプトを常に恐れながら、時には手を組む形でやっています。銀行も規制がなくなればディスラプトされ得る存在なのです。

 だからこそ、お客様に選ばれるためにはスタートアップと一緒に新たなサービスを作ったり、可能性の一つとして、買収し一緒に仲間としてやっていく必要も出てくるかもしれない。シリコンバレーでは、「文化」あるいは「共通理解」が中心にあって、それを取り囲むように大学やVC、スタートアップなどのプレイヤーが有機的に繋がり、エコシステムを回しています。何もせずにいると銀行というプレイヤーがいないエコシステムができあがってしまう。そうなる前に、規制があるうちにエコシステムの中で銀行ならではの立ち位置を作れるよう、お互いに切磋琢磨してイノベーションを起こそう、といったようにマインドを変えていかなければならない、という学びが一番大きかったと思っています。

齊藤氏㊨からの質問に答える金子氏㊧と吉田氏(TECHBLITZ編集部撮影)

どんな人がシリコンバレーに向いている?

―大変貴重な経験を共有していただきありがとうございました。ちなみに、お2人とも結構「キャラ立ち」されていて、シリコンバレーでもお2人とも名が売れていらっしゃいます。シリコンバレーに行く人として、人物像やスキルの面から見てどんな人がいいのか教えていただきたいです。

金子:当金庫の場合、海外勤務が一般的ではない信用金庫ということもあり、英語のスキルは一番手には来ません。赴任前の準備期間に英語を勉強するというのは前提ですが。

 それよりも、駐在員がどんなキャリアであろうとも、会社の将来を責任感を持って考えてくれるかというのはすごく重要だと思っています。あとは、コミュニケーションをしっかり取れるというのが一番大きいですね。

 年次的なことを言えば、若い方が当然いいとは思うんですけど、かといって20代前半はちょっと若すぎるかなとも正直感じます。シリコンバレーにいる方たちの年齢と照らし合わせて話が合わないケースや、日本側とのキャッチボールをする時に庫内のしかるべき人に伝えられないケースも出てくるので。主観ですが、30代半ばくらいの人の方が活動もしやすいし、仲間もできやすいのかなと思います。

吉田:周囲から無鉄砲だ、無茶だと言われるようなギリギリの挑戦ができるぐらいの人、銀行員という凝り固まったものから一歩踏み出せる勇気がある人が良いと思います。

齊藤 健一
2022年8月にSozo Venturesに入社。戦略企画、投資、事業開発、教育活動に注力。Sozo Ventures入社以前は、三菱UFJ銀行に21年にわたり勤務し、デジタルサービス企画部にて、マネジメントとして、コーポレートイノベーション活動をグローバルに牽引。2009年から3年間シンガポールに駐在し、インド、ベトナム、フィリピンの銀行とのパートナーシップ機会を発掘し具現化。ミシガン大学ロスビジネススクールにてMBAを取得後、2015年から2020年まで、シリコンバレーにて、MUFGの米州グローバル・イノベーション・チームを率い、フィンテック企業を中心に、スタートアップ投資と事業開発を推進。一般社団法人Fintech協会 理事。



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