旭化成が2008年に設立したCVC室が、2011年に米シリコンバレーに拠点を開設し、イノベーションの最前線で活動を続ける日系CVCのパイオニア的存在の旭化成アメリカ。同社では「CVCは3段階で進化するもの」と定義し、各段階ごとに目標や評価基準を定めているという。設立以来、ゼネラルマネージャーとして活動を続ける森下氏に、これまでの取り組みの変遷、活動のポイントや学び、リターンについての考え方について聞いた。

目次
「日本企業的CVC」から旭化成はどう脱した
領域・事業環境・市況に応じてCVCの形態を使い分ける
必ずしも3.0がベストではない
失敗は知見になる、シェアして経営に還元

「日本企業的CVC」から旭化成はどう脱した

―はじめに、旭化成CVCの変遷を教えてください。

 旭化成はCVC設立以降、「新規事業創出」「コーポレートナレッジの獲得」の2つをゴールに設定して活動をしてきました。

 2015年以前は「設立初期」と位置付けていて、当初は日本側の決裁が必要で意思決定まで時間がかかりましたし、秘密保持契約(NDA)も日本語であるなど、ベンチャー業界の商習慣に合った形ではありませんでした。シリコンバレーではよく、日本企業は情報だけはたくさん取って意思決定はしないと揶揄されたりしますが、そんなウィンドウショッパー的な側面もあったかもれません。

森下 隆
旭化成アメリカ
Corporate Venture Capital
General Manager
2008年、旭化成コーポレートベンチャーキャピタルを設立し、ゼネラルマネジャーに就任。これまで欧米の60社以上のベンチャー企業に投資し、2社を買収。投資先企業の取締役としてベンチャー企業の経営参画や上場、資産売却などベンチャー投資関連実務およびベンチャー企業との戦略的提携を用いた新規事業開発に20年以上の経験あり。東京工業大学で化学工学の修士号、博士号を取得。
 2016年からの3年間は「変革期」といえる時期でした。変革期は、決裁権限を本社から投資委員会に移譲し、現地で決裁できる形に変えたことが大きなポイントです。また、マテリアル領域のみだった投資対象をヘルスケア領域にも広げています。ヘルスケア領域はボストンを新たに拠点として、VC経験を持つメディカルドクターを責任者に置き、ローカル人材も雇用してスタートしました。

 2019年から2021年まで3年間は「拡大期」と位置付けていて、欧州(ドイツ・デュッセルドルフ)や中国(上海)にも拠点を増設したり、住宅領域への投資も開始した。

 2022年からは「最適化期」と位置付けています。最適化期での大きなトピックスは、ここまでに2点。1つは住宅領域において、投資資金の一部と人材を住宅事業本部から出してもらったことです。これまではコーポレート資金の運用と、現地人材で活動してきましたが、事業サイドからも資金と人材を提供してもらうことで、よりCVCの活動にコミットして参画してもらえるようになりましたね。事業サイドがLP、CVCがGPと、社内で二人組合を作るような形で投資活動をしてきました。

 もう1つは、2023年4月サステナブル領域に特化した「Care for Earth」投資枠の立ち上げです。「新規事業創出」「コーポレートナレッジの獲得」だけでなく、温室効果ガス削減といった「社会的意義」のための投資も不可欠だという考えからです。とはいえ、マネタイズに時間がかかる分野ですので、既存のものと少し枠組みを変えたファンドとなっています。

TECHBLITZ編集部作成

―「新規事業創出」には事業部との連携が必須ですが、その際のポイントはありますか?

 そもそも事業部とCVCとの接点はあまりない上、事業部側は現業で忙しいため、一方的に情報を投げても「面白いね」で終わってしまう。そこでわれわれは、「情報収集、投資、投資後の提携、買収ができるCVCというインフラを使って新事業をやりたい事業部は、CVCに人を出してください。われわれもサポートしていきます」と投げかけました。「今の事業が先細りになりそう」「新しいことをやっていかないと」といった危機感や新規事業への必要性を感じている人たちと接点を持つことが、1つのポイントかと思います。

 また、人事異動によってCVCの現地駐在員だった人材が日本の事業部でキャッチャー役になってくれると、スムーズに連携が進むものです。そういった人材循環も大事かと思います。最も手っ取り早い方法としては、後で詳述しますが、投資元がクライアントとなって投資先の売上に貢献する「ベンチャークライアントモデル」に結び付ける方法でしょう。

事業部とCVCとの接点を作り方について語る森下氏

―CVC運営にあたっては、どういったポイントを意識していますか?

「ミッションの明確化」「マネジメントのコミットメント」「意思決定のメカニズム」「目的に合ったチーム編成」が大事だと思います。

 まず、「ミッションの明確化」について。「競合企業がやっているので」という話をよく耳にしますが、そういった動機では継続は難しいかもしれません。

 2つ目は「マネジメントのコミットメント」。世界には2,000ほどのCVCがあるものの、平均寿命は5年以下といわれます。一般的なフィナンシャルVCでも結果が出るまでに7、8年はかかるのに、です。経営陣には「長期で活動する必要がある」ということをまず理解してもらい、継続的に進捗説明や方向性のすり合わせを行ってCVCの価値の共有を行うことが大事でしょう。

 3つ目の「意思決定のメカニズム」については、CVCに独立性を持たせるとともに、ベンチャー業界の商習慣・スピード感に合った投資プロセスを確立することが必要です。

 4つ目の「目的に合ったチーム編成」について。われわれの場合はローカルでのタッチポイントを増やすために、VC経験を持つ外部プロフェッショナルの登用を進めてきました。現メンバー13人のうち、5人はローカルスタッフです。ローカルメンバーはソーシングや投資で、駐在員はどちらかというと日本側との事業開発のやりとりの部分で力を発揮しています。ちなみに、ローカル人材の報酬設計は駐在員とは異なり、「基本給+ボーナス+長期インセンティブ」というかたちで、つなぎ止めを図っています。

image: 旭化成

―投資委員会での意思決定プロセスについて、さらに詳しく教えてください。

 投資委員会は3人で構成されており、1時間ほどで決裁します。とはいえ、投資委員会とは最終判断の場という位置づけであり、投資委員会に上げる以前のプロセスが非常に重要です。「プレデューデリジェンスをするべきか」「本格的なデューデリジェンスに進むべきか」「投資委員会に上げるか」など段階ごとに現場で議論し、ふるいにかけていきます。それはもう、目利きそのものですね。個人的には、イチから大人数のコンセンサスを得ながら進める必要はないと思っています。ですので、差し戻されるケースもあるとはいえ、投資委員会まで進んだ案件は高確率で承認されています。

領域・事業環境・市況に応じてCVCの形態を使い分ける

―CVCとしての活動モデルを、「CVC1.0」「CVC2.0」「CVC3.0」の3段階に分けて考えていらっしゃるそうですね。

 下表にまとめましたが、1.0の段階では事業部にオーナーシップがあり、既存事業の拡大に必要な技術・事業などミッシングパーツの獲得が目的です。事業サイドとのスムーズな連携がカギとなる一方で、自社の事業方向性の変化や投資先の倒産といったミスアライメントが起こりやすいのも、1.0段階の特徴です。また、投資の見返りとして権利やライセンスなどさまざまな要求をしがちですが、あくまでも投資の対価は株式です。それ以上のものを要求すると、他の投資家に対する優位性を失いかねません。

image: 旭化成

 1.0の期間がある程度長くなると、「現事業から少し先を見据えた投資」という2.0方向へシフトしていきます。ただし、現業から離れている分、「提携や買収など『その先』のステップへ進みにくくなる」「提供できるバリューが限定的」という問題も起こり得ます。

 続く3.0では、財務リターンを評価軸にした投資にシフトしていきます。とはいえ、CVC活動を長く続けていくと財務リターンと戦略リターンは一致してくるものです。また、この段階では「コーポレートナレッジの獲得」が大きな意味をもちます。われわれの場合は、投資時にボードオブザーバーの権利を獲得します。投資先企業の取締役会に参加してビジネスノウハウなどのナレッジを獲得し、「この領域は今後手がけるべきか否か」という判断をするためです。「手がけるべき」となればその領域のエスタブリッシュな会社を買い、事業をつくっていく。財務リターンを評価軸にすることで大きな損金も出にくくなり、経営サイドにも「意味がある」と感じてもらいやすくなります。

CVC1.0からCVC3.0までの目的の違いを説明する森下氏

必ずしも3.0がベストではない

 ちなみに、われわれの場合はヘルスケア領域が3.0段階に当たります。アメリカに本社がある旭化成のヘルスケア分野ではCVC投資委員会のローカルメンバーがトップを務めており、CVCで得た知見を経営につなげています。

 1.0から段階的にお話してきましたが、必ずしも3段階目の「3.0がベスト」ということではありません。領域・事業環境・市況に応じてシフトしたり、各段階を組み合わせて投資全体でのポートフォリオ内でバランスをとったりすることも大事です。当社の場合、ヘルスケアは3.0ですが、マテリアルや住宅など事業会社が提供できるシナジーが大きい領域は1.0がベターだと考えています。

―「戦略リターンをどう評価すべきか」について悩むCVC担当者は多いと思います。この辺りはどうお考えですか?

 戦略リターンには「有形」「無形」の2つあると思っています。当社の「有形」リターンの一例としては、旭化成の子会社と投資先スタートアップとの、経営サポートを含めたパートナーシップ契約があります。スタートアップ側からすると「事業会社のバリューを提供してもらえる」、われわれからすると「『旭化成は投資先をサポートしてくれる』という評価が高まる」と、お互いにとってメリットが生まれていますね。

 先ほどお話に出た「ベンチャークライアント」も、有形リターンの1つです。旭化成ではWealthPark(ウエルスパーク)という投資先企業に、ヘーベルハウスのオーナー向け収入管理アプリを作ってもらっています。今後はさらに、オーナーの不動産収入を再投資に回してもらうことで、フィンテック事業に繋げていくという展望を立てています。

「無形」リターンもさまざまですが、「エコシステムや投資先企業の取締役会に参加してマーケット理解や知見を深め、企業形態・経営方針に役立てていく」という部分に大きな意義があると思っています。

image: 旭化成

―コーポレートナレッジなどは、経営陣や事業部へどのように共有していますか?

 経営陣に対しては、予算承認のための経営会議や、年1回のCVC活動の年次報告会などで共有しています。事業部に対しては、領域ごとに事業会社のCEOなどを集めて年に2回アドバイザリー会議を開いています。会議では投資先のCEOによるプレゼンテーションや、われわれからの投資活動での学びなどについての説明のほか、今後の投資の方向性についての議論も行います。いずれも、CVC活動を継続する上でとても重要なことですね。

失敗は知見になる、シェアして経営に還元

―これまでの活動の中での失敗例や課題などを教えていただけますか?

 そもそも10社に1社しか成功しない世界であり、われわれも数え切れないほど失敗してきました。特にスタート時は、投資に対する目利きが甘かったと感じています。事業シナジーに重点を置きすぎて、事業として成功する会社に投資できてなかった。投資先企業に取締役を送ったことで、倒産時に大きな問題を抱えたこともありました。それ以降、取締役は送らないようにしています。

 いずれにしても、失敗は知見になりますから、レポートにしてシェアし、ナレッジとして経営に還元しています。ポートフォリオの管理については、まだまだ不十分だと感じています。追加投資の際の判断基準や、これまでの投資先についての総括などを踏まえ、旭化成にとってのベストを探っていかなければなりません。

―シリコンバレーに長くいらっしゃいますが、現在の日系CVCのプレゼンスについてどう感じていますか?

 ローカル人材だけで運営していたり、一流VCファームから人材を雇ったりというCVCも少なくなく、10年前に比べてかなりプロフェッショナル化してると思います。エコシステムに入り込んでネットワークも築けており、プレゼンスは昔とは全く違いますね。

シリコンバレーにおける日系CVCのプレゼンスは昔と全く違うと話す森下氏

―今後のスタートアップエコシステムの市況については、どう見立てていますか?

 投資額で見ると、2021年の100兆円ほどをピークに毎年30%ほどの減少が続いていますが、2021年はコロナが落ち着いた時期ということでかなりバブル感があったのではないかと。実際、投資待機資金は300兆円ほどといわれており、各社とも資金不足ではなく、適正なタイミングを見計らっているのでしょう。市況については、生成AI分野がバブル的な状況になっている印象です。ただし、技術そのものではなく、技術を使ってどんな事業ができるかということが重要ですから、そうした可能性が感じられる企業の出現が大きなターニングポイントになると感じています

―最後に、CVC活動を行う企業やその担当者に一言お願いします。

 10年以上CVCの仕事をしている私も、いまだに「CVCは難しい」と感じています。ただし、続けていくなかでいろいろな学び、時には成功が出てくるものです。時間も苦労も必要ですが、そのぶん得られるものは大きいと思いますので、ぜひ続けていただきたいですね。



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