メンバーが大切にしたい想いを明確にすることから着手
――未来事業推進部、そして同事業部に紐づくCVCであるENEOSイノベーションパートナーズの取り組みについて教えてください。
ENEOSでは2019年に「2040年長期ビジョン」を発表し、その一環である「非連続な事業創造」を行う組織として未来事業推進部とCVC(ENEOSイノベーションパートナーズ)が同年に発足しました。「まちづくり」「モビリティ」「低炭素社会」「循環型社会」「データサイエンス&先端技術」の5つの分野で新規事業の創造を行っています。
スピード感をもってビジネスを進めるべく、当事業部は独立した決裁権限を持ちます。スタートアップへの出資はCVC代表も務める当事業部部長の権限で行われ、これまで30社超・約100億円の投資実績のうち、1社を除くすべてが部長による投資決定となります。なお、設立当初は6名だったチームは、現在28名になっています(2022年3月時点)。
未来事業推進部の設立当初は何から手を付けていいかが分からなかったため、まずはメンバーと議論し、我々が大切にしたい想いを整理しました。それが、ENEOSイノベーションパートナーズのホームページのトップにもある「自らを変革し 挑戦者とともに 大切なものを未来へ」というメッセージです。
そこから「年間10万トン以上のCO2削減に資する」「あらゆるステークホルダーに感謝される」「永続的な事業継続に向け、利益の出るビジネスを手掛ける」という3つの事業軸を掲げ、事業探索がスタートしました。
オープンイノベーションを通して「未来をつくる」事業を
――御社の具体的な取り組みの事例を教えてください。
現在、手掛けている事業を、いくつかご紹介します。まず、ドローンステーション構想があります。当社がドローン・空飛ぶクルマのためのインフラ「エアモビリティステーション」を構築し、ドローンによる点検・警備・災害対応・配送サービス、空飛ぶクルマによる移動サービスを社会実装させることを目指しています。すでにセンシンロボティクス社やSkyDrive社との資本提携を行い、少しずつ実現に向けて動き出しています。
昨年には、当社製油所の跡地を利用し「ENEOSカワサキラボ」を開設しました。ドローン点検実証が可能なドローンショーケース兼実証フィールドとなっています。自由にドローンを飛ばせる環境であるため、ドローン技術の発展にも寄与できると考えています。
次に、宅配ロボットがあります。ZMP社が開発した自動配送ロボット「デリロ」と、エニキャリ社が持つデリバリーのプラットフォームを活用し、ロボットによる近距離自動配送サービスの実現を目指しています。今年2月に中央区・佃で実証実験を行った際は、一般の方から600件を超える注文をいただきました。「デリロに会いたい」と8回もご注文された方がいらしたり、「深夜配達で知らない人に来られるのは怖いが、ロボットならば安心」という声をいただいたりなど、有意義な実験となりました。
また、ヘルスケアでは、地域住民の医療アクセスの向上・健康寿命の増進といった分野での貢献を目指しています。具体的には、健康状態を把握できる検査機を備えた専用ブースで、健康状態のチェックや医療関係者への健康相談などが行えるサービスを予定しています。オンライン診療を手がけるネクイノ社とパートナーシップを組み、ららぽーと柏の葉内にブースを設置して実証実験中です。
――幅広いですね。低炭素社会・循環型社会の実現に向けた事例はいかがでしょうか。
1つは、窓ガラスほどの透明度をもった太陽光発電パネルを開発する、アメリカのユビキタスエナジー社と協業し、透明型太陽光発電による再生エネルギーの推進、ZEB住宅等の推進に向け検討を進めています。現在は、同パネルを実際の建物の窓として使用する実証実験を行っています。
ほかにも営農型太陽光発電という、営農しながら太陽光発電をする方法があります。太陽光エネルギーをシェアすることから「ソーラーシェアリング」ともいわれる分野です。福岡のアグリツリー社をはじめとする複数のパートナーと組むことで世界へ広め、将来的には100万トンのCO2削減に寄与する農地兼発電所の設立を目指しています。
また「ブルーカーボン」についても取り組んでいます。樹木がCO2を吸収するグリーンカーボンに対し、海洋生態系にCO2が吸収・貯蔵されることを「ブルーカーボン」といい、近年大きな注目を浴びています。この活動に参画するため、オランダに本社があるUrchinomics B.V.社への出資も行っています。
現状、ブルーカーボンは事業化が難しく、すぐには利益を出せません。そこで、我々とスタートアップとの協業によるCO2排出削減量を「クレジット化」し、当社が買い取って自社のCO2排出削減量とする「ENEOS環境価値エコシステム」の構築を目指し、名古屋のウェイストボックス社と協業を行っています。このシステムにより、低炭素事業に関わるスタートアップがさらに出てくることを期待しています。
ほかにも、BaaS(バッテリー・アズ・ア・サービス)事業として、単にバッテリーを提供するだけでなく、バッテリーの2次利用、2次利用のリユース、最後はリサイクルという循環モデルをつくりたいと考えています。現在は、さまざまなスタートアップやパートナーと議論している段階です。
独立分散型電源においては、MIRAI-LABO社との協業を行っています。同社の道路型太陽光パネルや稼働型蓄電池の技術を活用し、災害時の電源確保や、蓄電池の二次利用やリサイクルなどに取り組んでいきます。
Image: ENEOSイノベーションパートナーズ
メンバー全員が納得する「軸」を持つこと
――「2040年の長期ビジョン」を実現する手段としてCVCを選んだ背景について、詳しく教えてください。
経営陣が「新規事業に取り組むためにはオープンイノベーションが不可欠」と考えており、そこを担うのが未来事業推進部だという位置づけです。あくまでもCVC投資は未来事業推進部の活動のひとつであり、資本提携が必要であれば、投資を実行する、というスタンスです。
また、ENEOSでは長期ビジョンに沿って、さまざまな部署が新規事業に取り組んでいます。未来事業推進部では時間軸を長めにとった「未来」に関わる事業を手がけていますが、「再生可能エネルギー事業部」「水素事業推進部」など具体的な案件に特化した部署もありますし、「新規事業デザイン部」という部署もあります。
――「自らを変革し 挑戦者とともに 大切なものを未来へ」というビジョンに至った経緯とはどのようなものですか。
設立当初にメンバーと「軸を1本つくろう」と話すなかで、全員が「腹落ちする」と思えたのがこの言葉でした。短期的に利益が出る案件ももちろん魅力的ですが、「未来へ残したいと思える事業に取り組もう」ということを、トップダウンではなくメンバーで話し合って決めたという経緯があるからこそ、今も軸がぶれずに続けていられるのかなと思っています。「メンバーが腹落ちする」ことは、大きなポイントですね。
――スタートアップのソーシング・情報収集・発掘方法について教えてください。コロナ禍では、海外企業の情報収集も難しいのではありませんか。
事業部の立ち上げ時からデロイト トーマツ ベンチャーサポートにハンズオンサポートをしていただき、スカウティングをしてきました。このほか、2019年にスタートした当社のアクセラレータプログラムの活用、海外の大学や商工会議所等のコミュニティへの参画、海外の情報サービスの活用なども行っています。海外についてはそれでもアクセスしきれないため、昨年10月に2社のファンドへのLP出資をスタートしました。
余談ですが、透明太陽光発電の事例でお話しししたアメリカのユビキタスエナジー社とは、一度も対面することなく、オンラインの打ち合わせだけで出資を決めました。同社の技術はすでに注目されていたため、後から参戦した我々としてはスピード感を大事にしたかったためです。同社へはすでにアメリカの企業が多額の出資をしており、あのとき二の足を踏んでいたらチャンスはなかったと思っています。
――知見が浅い領域についてのデューデリジェンスや目利きは、どのように行っていますか。
案件ごとのケース・バイ・ケースですね。原則としてはENEOS内で専門チームをつくり、総務や財務はその分野に特化したメンバーがデューデリジェンスを行い、事業・技術については我々未来事業推進部が責任をもつ、という方法をとっています。
――CVCがスタートアップへ投資する際は、現業である石油関連のステークホルダーへの配慮も必要でしょうか。投資判断での大まかな方針を教えてください。
投資先については、それほど現業にはこだわらずに、あらゆる分野に挑戦したいと考えています。
投資戦略の詳細はお話しできませんが、先に紹介した「大切なものを未来へ」という想いが外せないエッセンスとなっています。ですので、投資を検討する際は、担当者に必ず「この技術を未来に残したいか?」と確認します。イエスであれば、現業に関わっていてもいなくても、一緒にやらせていただく方向性を探っていきます。
Image: ENEOSイノベーションパートナーズ
――「連結売上高7兆円以上」という御社が、小さなところから始まる事業をどう評価するかを知りたいです。投資時の戦略リターンについての定義とは?
今まさに、そこを精査している過程です。設立当初こそ「本業に代わるような、1000億円以上の売上が期待できる事業を」と考えていましたが、3年間続けてきたなかで、「売上にこだわりすぎると、アイデアは素晴らしくても未来図が見えない技術・事業に着手できない」と分かるようになりました。
もちろん、将来の柱となり得る事業が理想ですが、必ずしもそうでなければいけないことはありません。例えば、売上はそれほど大きくなくても、年間10万トン以上のCO2削減に寄与するような技術であれば、取り組んでいく必要があると思っています。そういったことを議論しながら方向性の微調整を行い、社外秘の事業化判断基準をつくっています。基準はチーム内で共有し、判断時に活用しています。
スタートアップの発掘のみならず事業化までを担当
――新規事業開発メンバーが28名という組織は、これまでTECHBLITZでお話を伺ってきた企業のなかでもかなり大規模です。当初の6名から増員した理由について教えてください。
他社と比べて人数が多いという認識はありますが、我々は30名ほどが適当と考えており、これ以上増やすつもりもありません。メンバーは出資を決めるキャピタリストとしての役割とともに、「ゼロイチ」や「イチジュウ」といった投資後の事業化も担っていますので、どうしてもこれぐらいの規模は必要ですね。
というのも、他社の方から「CVCが見つけた技術をうまく事業部門へ引き渡しできず、事業化できない」という課題を多く聞いてきたからです。「我々がある程度まで事業化させることで、事業部門が受け入れやすい体制をつくろう」ということで現体制となりました。ここが、他社とは違う特徴の1つだと思っています。
――事業部への引き渡す際の判断基準とはどのようなものですか。
実際に引き渡しまで行った案件はなく、これからですね。判断基準などもこれから決めていきますが、「投資サイズが一定金額を超える場合は、事業部に渡すか、エグジットする」という方針は、具体的な金額も含めすでに決まっています。
――これまでの活動で、思い通りにいかなかった点や苦労した点を教えてください。
ブルーカーボン事例でのUrchinomics B.V.社への出資時は、海外とのスピード感の違いを痛感しました。アメリカのファミリーオフィスのファンド、香港のエンジェル投資家、当社の3者で投資検討を行ったのですが、我々が質問を受けると、社内関係部署への確認でとにかく時間がかかるんです。返答までに3~4日ほどかかることもありました。
出資契約締結後の海外送金日の決定においても同様でした。時差もあるので3日ぐらいはかかるだろうとは思っていましたが、実際は2週間。「このスピード感では、日本企業が海外企業へ投資するのは難しいだろう」とつくづく感じましたね。ほかの日本企業の方からは「早いほうですよ」と言われることもありますが、スピードは大きな課題だと思います。
――3年間の取り組みのなかで、島貫さん自身が「会社が変わったな」と思われた部分はありますか。
そこまではなかなかないですが、私自身もチームのメンバーも非常に楽しく仕事ができているため、社内の人々にも「未来事業推進部が何か楽しいことをやっている」と関心をもってもらえることは増えてきました。こうした雰囲気や士気を浸透させ、未来を見据えた活動をいろいろなところに派生させていきたいですね。
――最後に、今後の展望や方針を教えてください。
出資額を300億円ほどまで増やすとともに、活動をブラッシュアップし、事業部に引き渡したり、エグジットしたりしながら「大切なもの」をたくさんつくっていきたいですね。