スペースデブリ(以下、デブリ)とは、地球周回軌道に存在する使用済みの人工衛星やロケットの部品といった宇宙ごみのこと。宇宙には、大きさ10cm以上のデブリだけでも36500個以上あるという。現在、運⽤中の人工衛星は約5000機以上、2030年までの打ち上げ予定は約46000機以上というから、今後10年間で「宇宙の混雑度」はより一層増すと予想される。一方で、デブリによる衝突リスクは未解決のままだ。そのデブリの軽減を通して、宇宙環境のサステナビリティを守ろうと取り組むスタートアップが、アストロスケールホールディングス(本社:東京都)だ。ゼネラルマネージャーの伊藤美樹氏に、同社の取り組みと宇宙ビジネスの今後について聞いた。

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宇宙の「交通事故のリスク」が高まっている

――宇宙の現状と、御社が解決しようとしている課題について教えてください。

 宇宙というと、遠い存在のようなイメージがあると思います。ですが、人工衛星から送られてくるデータは、身近な暮らしを支える基盤として私たちと密接な関わりがあります。例えば、GPS、飛行機や船舶の管制、災害監視、天気予報といったところに人工衛星が使われ、社会活動や経済活動の基盤になっています。

 しかし、打ち上げられた後、使われなくなった人工衛星やその破片、ロケットの残骸、いわゆるデブリが今も宇宙に残っていて、運用中の人工衛星と衝突する危険性が高まっています。宇宙の交通事故のようなイメージです。それは私たちの生活にも関わってきます。

 宇宙には地上のように事故処理をしてくれる人はいませんから、こうしたデブリはいつまでも残ります。そして何かとぶつかった拍子でバラバラになったデブリの破片が、さらに衝突を生むという悪循環が発生しています。

 デブリが接近しているという危険を知らせるアラート回数も増えてきています。私たちの目的は、衝突の危険があるデブリを回収し、宇宙環境を持続的に使えるものにしようというものです。

伊藤美樹
アストロスケール
ゼネラルマネジャー
日本大学大学院航空宇宙工学専攻修了後、内閣府最先端研究開発支援プログラム「(通称)ほどよし超小型衛星プロジェクト」にて2機の超小型人工衛星の熱・構造設計、試験業務に従事。外国人留学生への衛星製造の指導などを経て、2015年4月アストロスケール日本R&Dに入社、同社代表取締役社長に就任。エンジニア業務も兼任し、デブリ除去衛星実証機「ELSA-d(エルサ・ディー)」の開発に取り組んできた。2019年2月、アストロスケールグループ組織編成に伴い、同社ゼネラルマネージャーに就任。

――宇宙の持続可能性を危険にしている背景はどこにあるのでしょうか。

 昔に比べて宇宙ビジネスが加速し、参入するプレーヤーが増えていることがあります。

 これまでの宇宙開発は国策で進められてきました。しかし、最近は民間企業が続々と参入してきています。テスラCEOイーロン・マスク氏のスペースXや、アマゾン創業者ジェフ・ベゾス氏のブルー・オリジンといった大資本だけではありません。ベンチャー企業、大学の研究機関など参入の裾野が広がっています。

 アカデミックなところだけでなく、ここ最近、盛り上がりを見せているのが、コンステレーションビジネスです。これは地球の軌道上を、何千、何万という等間隔に配置された衛星群で覆うシステム網のようなもので、地球をよりきめ細かく常時観測したり、今までインターネットが届かなかった地域にも通信を届けたりすることを可能にするものです。

 またコンステレーションビジネス向け小型衛星の開発が進むに連れて、部品や装置を開発する企業が増えています。また最近は打ち上げコストが下がり、参入ハードルが下がってきていることもプレーヤーが増えている要因でしょう。

地球軌道上の安全な「交通」を支える4つのビジネス

――御社が展開しようとしている宇宙ビジネスとはどのようなものですか。

 私たちが提供する軌道上のサービスは大きく分けて4つあります。まず、今後打ち上がる人工衛星が役目を終えた際に除去するEOLサービス、軌道上に既にある大型デブリを除去するADRサービスがあります。

 両方ともデブリ除去が目的である点は同じですが、対象がこれから打ち上がる衛星か、既に宇宙にある衛星またはデブリかで回収方法が異なるため分けています。

 EOLは、これから打ち上げる衛星にクルマの牽引フックのようなものをあらかじめ付けていただきます。私たちは宇宙に「サービサー」と呼ばれる捕獲機を飛ばしておきます。こうすることで衛星が役目を終えた時、サービサーが除去対象の衛星にドッキングして、回収できるという仕組みです。

 一方、ADRは既に宇宙にあるデブリを対象としているので、牽引フックを付けることができません。このためデブリの形状に応じて捕獲方法が変わります。考えられる方法としては、ロボットアームで捕まえるというものがあるでしょう。ADRの方がEOLに比べて技術的な難易度は高くなってきます。

 そして3つ目のサービスが、稼働衛星の寿命延長(LEX)です。これは燃料が枯渇したために動けなくなった衛星の姿勢制御、リロケーションなどを行うサービスで、クルマでいうメンテナンスサービスに近いですね。

 これは地上から400〜1200km離れた低軌道にある衛星ではなく、3万6000kmも遠く離れた静止軌道上の衛星を対象としたサービスです。静止軌道まで衛星を打ち上げるコストを考えれば、稼働可能な衛星を再利用するメリットの方が大きいため、LEXは生まれました。

 4つ目が、宇宙空間上での宇宙状況把握(SSA)です。これは特定の物体の回転や劣化状況などを把握してデータ提供する、道路交通情報センターみたいなものを考えています。

 私たちの事業を分かりやすくイメージすると、「宇宙のJAF(日本自動車連盟)」に例えるといいかもしれません。人工衛星をクルマとするなら、私たちは地球軌道上の安全な交通を支えるため、さまざまなニーズに応える会社です。

「デブリ除去実証衛星」の運用を2021年に開始

――開発はどこまで進んでいるのですか。

 2021年3月に打ち上げ・軌道投入に成功した「ELSA-d(エルサディー=End-of-Life Services by Astroscale – demonstration」は、現在、低軌道で運用を続けています。これはEOLを実行するための、デブリ除去実証衛星です。ELSA-dは実験用の模擬ゴミと一緒に打ち上げられました。そこで模擬ゴミを切り離して、捕まえるという実験を行っています。

 ELSA-dに搭載されるソフトウェアやセンサ、アルゴリズムにより可能となる自律型技術の多くは、いま開発中の後継機「ELSA-M」プログラムへ進化する予定です。そしてELSA-Mは2025年以降、打ち上げを予定しています。

Image: アストロスケールホールディングス

 またこのプロジェクトと並行して、クルマの牽引フックのようなドッキングプレートの開発も衛星事業会社と協力しながら進めています。このドッキングプレートは、ロボットまたは磁石を用いた仕組みで捕獲する構造となっていて、さまざまな衛星設計に合わせてカスタマイズすることが可能です。しかもこれは非常に軽量で、簡単に取り付けやすい。だから衛星運用者はこれを装着するだけで、宇宙環境の保全に低コストで貢献することができるものです。

ルールづくりと技術開発の両面から宇宙デブリを解決する

――御社と同じようなサービスを提供している企業は他にもあるのですか。

 前述した4つのサービスを網羅しているような企業はないと思います。多くの場合、デブリの回収だけとか、宇宙の状況把握だけに限られています。

 もっとも大きな違いは、私たちが国の宇宙政策と協力して開発を進めているところでしょう。技術的に優れた企業は他にもたくさんあるかもしれませんが、ルールづくりと技術の両面からアプローチしている企業はあまりありません。

 なぜこうしたアプローチを取るかというと、創業者の岡田光信CEOがアストロスケールを起こした2013年、約10年前に遡ります。当時、デブリ問題は認識されていながら、誰も解決策を打ち出せずにいました。国家利害が対立してルールづくりがなかなか前に進まなかったからです。

 しかもデブリ問題はルールがあっても、技術がなければ解決できません。そこで私たちは、いちはやく技術開発とビジネスモデルの確立に取り組もうとしました。国家間の利害とは無縁の民間企業だからこそ、先行してできることがあると考えたわけです。私たちは持続可能な宇宙システムを考えるとともに、デブリ低減に向けた宇宙の規範、規制、インセンティブづくりを政府や関係者と協力して進めています。

――デブリを回収する国際ルールの議論は、どこまで進んでいるのですか。

 ルール作りの議論は国連レベルで進んでいます。2019年に国連宇宙空間平和利用委員会(COPUOS)は、宇宙活動を長期的に持続可能なものにするために、加盟国が自主的に実施すべきガイドラインを定めました。しかし、これは勧告レベルのもので、法的拘束力のあるものではありません。世界的なルール合意に至るにはしばらく時間がかかるでしょう。

――なるほど。衛星事業会社は、宇宙の持続可能性に対する責任と自助努力が求められているということですね。ですが、すでにデブリとなってしまっている衛星は誰の責任になるのでしょうか。

 これは主として各国政府の役割と考えられています。とくに日本政府はこの分野で世界の主導的な立場にあり、宇宙開発研究機構(JAXA)は世界で初めてとなる大型デブリ除去を目指すプロジェクト(商業デブリ除去実証、CRD2=Commercial Removal of Debris Demonstration の略称)を進めています。そして私たちのADRサービスが、このプロジェクトのフェーズ1でパートナーに選定されています。

――海外の政府とも協力しているのですか。

 はい。2021年5月にOneWebという英国を本社とするコンステレーションビジネスの会社を通じて、英国宇宙庁から契約をいただきました。OneWebが打ち上げた衛星には、私たちのドッキングプレートがついていて、将来、除去衛星となった時に回収できるよう商用実証を行う予定です。

――衛星事業会社が自ら回収したり、回収機能を付けたりすることはないのですか。

 いろいろな考え方がありますが、第3者に頼む理由は2つあります。

 1つは衛星の打ち上げ費用は、重さに比例するということです。事業会社としてはなるべく衛星をコンパクトにして、通信以外の余計な機能を付けたくありません。

 そして、もう1つは技術的な難しさです。仮に事業会社が衛星を地球に落下させて回収するような機能を付けたとしても、それが宇宙で本当にちゃんと動作するかどうか確認することは難しいでしょう。確実に機能させようと思うと、事業会社に大きな負担がかかってしまいます。ですから衛星事業会社はなるべく目的だけにフォーカスし、それ以外の部分は外部に任せるというスタンスをとっています。

実用化のマイルストーンは2020年代半ば

――2021年11月にシリーズFで124億円という巨額の資金調達をしています。どのような分野に投資する予定ですか。

 調達資金は、技術開発と設備投資に充てていく考えです。私たちは日本のほかに、英国、アメリカ、イスラエル、シンガポールの5カ国にすでに子会社を持っています。それぞれの国で抱えているプロジェクトが異なるため、現地国の事情に合わせて開発できるよう投資していきます。

――今後、目標とするマイルストーンは何ですか。

 2020年代半ばまでに、デブリ除去サービスを実用化する予定です。そして2030年までには、寿命延長(LEX)まで含めた軌道上サービスが当たり前となっているようにしたいですね。

――事業を進める上で、どのようなパートナーシップを求めますか。

 これからの宇宙開発は1からものを作る個別生産から、たくさん同じものを作る複数生産が必要になってきています。複数生産のノウハウや、低コスト化する技術や知見を持っている企業を必要としています。また、例えば捕獲技術など、独自の技術をお持ちの企業があれば協力していきたいです。

これから有望な宇宙ビジネス どんな人でもチャレンジしてほしい

――ところで、伊藤さんはどうして宇宙に興味を持つようになったのですか。

 私が宇宙に興味を持ったきっかけは、中学生の頃見た映画「インディペンデンス・デイ」です。この映画で登場する宇宙船の姿がすごく印象的で、もともとモノづくりが好きだった私は「どうしたらこんなアーティスティックな流線形を描くことができるのだろうか。宇宙ってすごいな」というところから宇宙に興味を持ちました。

 それで大学では宇宙工学を学び、卒業後は衛星開発のプロジェクトに従事しました。アストロスケールに入社したのは、スペースデブリという難しい課題に取り組もうとする姿勢に共感したからです。また、民間企業だからこそできることに可能性を感じました。宇宙業界はとても期待が持てる市場です。これから有望な宇宙ビジネスにおいて貢献したいと思いました。

――最後に宇宙を目指す人や企業に向けてメッセージをお願いします。

 宇宙ビジネスのチャンスは確実に広がりつつあります。宇宙へ民間人を送り込むような計画も本格的に動き出しました。これまでの参入企業に限らず、医療やアパレル、食品などあらゆる業種にチャンスがある時代が来ています。いろいろな分野の企業にチャレンジしていただいて、私たちとコラボレーションできる日が来るよう楽しみにしています。

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