「明日の大型契約に、今日中に保険証券が必要」――そんなスタートアップのスピード感に、従来の保険は応えられるのか。ブローカーや代理店など複数の事業者が介在し、見積もりから証券発行まで数週間、時には数カ月。テクノロジーが猛スピードで進化する一方、保険の仕組みはその変化に追いつけていない。
この“遅すぎる保険”を、ゼロから作り直そうとしているのが、米サンフランシスコ発のCorgi(コーギー)だ。同社は単なる保険業務支援ソフトの開発企業ではない。引受や証券発行、保険金の支払い、再保険までを自社で担う「フルスタックの保険会社」を立ち上げ、一連のプロセスをAIで効率化。最短1分での見積もりを可能にした。
さらに、AIエージェントの誤作動やデータ漏えいといった新たなリスクを補償する「AI Coverage」も展開する。なぜ、ゲーム業界出身の起業家たちは、参入障壁の高い保険会社そのものを作ったのか。TECHBLITZは、共同創業者でCOOのエミリー・ユアン(Emily Yuan)氏に、創業の背景と保険業界を根底から変える構想を聞いた。
目次
・「保険こそ、AIの最良の応用先だ」
・作ったのはフルスタックの保険会社
・AIエージェントのミスを補償する保険
・保険業界を根本から変える一世一代の機会
・日本企業との連携も常にオープン
「保険こそ、AIの最良の応用先だ」
―ご自身の経歴とコーギーを創業した経緯を教えてください。
もともとエンジニア出身で、スタンフォード大学でコンピューターサイエンスを学んでいましたが、3年次に中退して最初のスタートアップを立ち上げました。ソーシャルメディアの会社で、のちに「Picnic」と呼ばれ、最終的にゲーム会社の「Basket」へと変化していった事業です。
ちょうどLLM(大規模言語モデル)が登場した頃、共同創業者のNicoと私は、「保険こそがLLMの最良の応用先のひとつだ」と気付きました。保険は文書が非常に多い業界です。銀行やクレジットカードのように、すべてが台帳上の「0と1」で記録される世界ではありません。文書に何が書かれているかを理解し、それぞれの補償内容を実際のリスクの価格に翻訳する。そこが保険の本質だからです。
―前の会社で、保険のどこにそれほど苦しんだのでしょうか。
会社を運営するには、オフィスを借りる、資金調達をする、提携を結ぶといった場面ごとに何種類もの保険に入る必要がありますが、そのプロセス全体が「ブラックボックス」でした。 保険業界がこれほど遅くてぎこちないのは、中間業者の層があまりに多いからです。
ブローカー、卸ブローカー、小売ブローカー、MGA(Managing General Agent)などがあらゆる間に挟まり、コミュニケーションが伝言ゲームになるため、返事が来るまで数日かかります。素早いレスポンスが当たり前のテック業界にいた私たちには、衝撃的な体験でした。
作ったのはフルスタックの保険会社
―そこで、ディストリビューター(代理店)ではなく、みずから保険会社そのものを作る決断をしたのですね。
ええ、私たちは実際の保険会社(キャリア)を作りました。他社の証券や商品を売っているだけでは、商品体験を自分でコントロールすることはできません。私たちが目指すのは、顧客が証券を買う瞬間から、請求が必要になったとき、カスタマーサポート、保険金の支払いまで、体験のすべてを完全に掌握することです。そのためには「フルスタックの保険会社」となり、自社で引受を行い、請求処理をし、再保険まで担うしかありません。自分たちより遅い第三者を待つ必要がなくなるからです。
―サイトには「1分で見積を」とありますが、それを支える技術について教えてください。
実は、私たちが新しい引受の方法論を発明したわけではありません。これまで人間が申請書をレビューして行っていた計算作業を、コンピューターに代わりにやらせているだけなのです。
AIが「これはどのハザードクラス(危険等級)に当たるか」「ハザードクラスAなら対応するリスク変数は0.75」といった分析を行います。これを判断するには本来、何年もの経験が必要ですが、コンピューターに任せればより正確に、より速く処理できます。だから顧客は、誰かの承認を待つことなくその場で見積もりと証券を手にできるのです。
Image : Corgi HP
AIエージェントのミスを補償する保険
―AIエージェントのミスを補償する「AI Coverage」という独自の商品を提供されていますね。
企業がAIを安心して導入するためには、問題が起きたときの補償が不可欠です。これまでも「テクノロジーE&O」という保険がありましたが、大手保険会社はこぞって「AIの引受の仕方が分からない、リスク計算ができない」と、AIを補償対象から除外し始めています。
これはテックエコシステムにとって非常に悪影響です。補償がないと新技術の導入をためらってしまいます。AIエージェントの誤購入やデータ漏えい、さらにはヒューマノイドロボットが倒れたり爆発したりする事故まで、ビジネスモデルごとに異なるAIのリスクを定義し、価格をつけて証券を提供するのが私たちの仕事です。
―ゲーム業界から保険業界へ来て、最も驚いたことは何ですか。
圧倒的な「遅さ」です。数週間から数カ月、時には数年かかるのが当たり前でした。参入障壁が高く新規参入者が少なかったため、大手企業は居心地よく利益を上げており、速く動く必要がなかったのです。
しかし、外部から来てファースト・プリンシプル(first principles)*でゼロベースから考えられることは大きな強みです。「なぜこのやり方でなければならないのか?」と問うことで、業界の当たり前を批判的に見直し、より良い方法を実装できるのです。
*ファースト・プリンシプル:「それ以上分解できない最も根本的な真理や前提条件」のこと。古代ギリシャの哲学者アリストテレスが提唱した概念で、近年はビジネスや科学の分野で「常識を疑い、ゼロベースで物事を考える思考法」としてよく使われている。
Image : Corgi HP Solutionsのページより 「生成AI時代の新しいリスク」に特化した最先端の保険商品
保険業界を根本から変える一世一代の機会
―サイトのかわいいウェルシュ・コーギーが、ブランドに記憶に残るアイデンティティを与えていますね。一方で、週7日労働やオフィスでの寝泊まりなど、激しい働き方でも知られています。
保険は本質的に非常に退屈な金融商品です。だからこそ、GEICOのヤモリやAflacのアヒルのように、親しみやすく記憶に残るマスコットが必要なのです。
働き方について言えば、私たちは米国最大級の業界を根本から改善できる「一世一代の機会(once-in-a-generation opportunity)」を手にしています。これだけのチャンスを前に、全力で動かないのは可能性の無駄遣いだと思うのです。
私たちが探しているのは、9時から5時で働きたい人ではありません。本当に大きなものを築き、業界を変えたいと願う人です。費やす時間が50%か100%かでは、成し遂げられることに計り知れない差が出ます。
Image : otsphoto / Shutterstock
日本企業との連携も常にオープン
―日本企業とのパートナーシップについてはどのようにお考えですか。
日本には世界最大級の保険会社がいくつもあり、皆が懸命に働くという点でコーギーと非常によく似た仕事文化を持っていると感じます。現在、私たちが保険を引き受けているのは米国内だけですが、新しい連携には常にオープンです。とくに国際輸送やコマースなど、とても面白いコラボレーションができる領域はたくさんあると思います。
私たちは今後、非常に大きく重要な保険会社になり、金融インフラの他の領域へも広げていきたいと考えています。かつては苦痛で義務的だった保険という商品を、より合理的で、安く、ずっと速いものにする。このネットポジティブを、あらゆる領域に届けていきたいです。
「日本の皆様、コーギーはあらゆる種類の保険商品で新しいパートナーを探しています。もし、私たちが提供する『即時見積もり』や『より新しい価格設定の仕組み』を活かせる面白いアイデアがあれば、ぜひご一緒したいです。特に国際輸送やコマース領域など、協業の可能性は無限にあります。皆様と良い機会をご一緒できるのを楽しみにしています」