脱炭素社会の主役である電気自動車(EV)。その心臓部であるバッテリーの製造に不可欠なのがリチウムだ。
しかし今、このリチウムを巡って世界中で静かな危機が進行している。リチウムの採掘自体は世界各地で行われているものの、それを電池に使える純度まで高める「精製」プロセスの大部分を中国が握っているのだ。地政学的なリスクへの警鐘が強まる中、この構造に一石を投じるのが、カナダ発のクリーンテック企業Mangrove Lithium(マングローブ・リチウム)である。
精製プロセスに化学薬品ではなく「電気」を使うという全く新しいアプローチで、低コスト・低環境負荷のオンデマンドなリチウム精製技術を開発する同社の共同創業者でCEO、サード・ダラ(Saad Dara)氏に話を聞いた。
目次
・リチウム産業を縛る「コスト」「環境」「中国」の3要素
・薬品の代わりに「電気」を。高純度と低コストの両立
・三菱商事、旭化成、そしてカナダ政府が支援する戦略的意義
・2027年、カナダ初「鉱山から正極材まで」の実現へ
リチウム産業を縛る「コスト」「環境」「中国」の3要素
―現在のリチウム産業が直面している課題について教えてください。
現在、リチウム産業には大きく分けて3つの課題があります。1つ目は「生産コスト」、2つ目は「環境負荷」、そして3つ目が「不純物の除去(高純度化)」です。
従来の精製方法では、リチウム原料をバッテリーに使える純度の高い化学品(水酸化リチウムなど)に変換するために、大量の化学薬品を投入しなければなりません。これは生産コストの約30〜40%を占めます。また、それに伴って大量の廃棄物が発生するため、環境規制の厳しい欧米などでこれを適切に処理することは極めて困難でした。
―当初からリチウム精製を目的として起業されたのでしょうか?
実は、私たちの出発点はリチウムではありませんでした。元々は廃水から化学物質を回収する「水処理」の技術開発に取り組んでいたのです。しかし、あるリチウム企業との対話の中で「その技術はリチウム精製にこそ活用すべきだ」という示唆を受けました。急成長する市場と、技術的な親和性。私たちは迷わずピボット(事業転換)を決断し、リチウム産業のボトルネック解消に挑むことにしたのです。
―リチウムの製造には地政学的なリスクもあると聞きました。
はい、私たちが解決しようとしている一番の課題が、リチウム製造をめぐる中国依存の現状です。リチウム自体は南米の塩湖やオーストラリアの鉱山で採掘されますが、実は、そのほとんどが中国に運ばれて精製されています。
中国はバッテリー製造からEVの組み立てまで、極めて強力で巨大なエコシステムをすでに構築しており、コスト競争力でも他を圧倒しています。また、先程話した環境規制も他国に比べ緩やかです。
―中国に依存しないリチウム製造が重要になってくるのですね?
世界的なEVシフトにより、リチウムの需要は今後さらに増していくでしょう。自動車メーカーやバッテリーメーカーは「中国以外でのサプライチェーン(Non-China supply chain)」の構築を強く求めています。私たちは、まさにこの地政学的なボトルネックを解消し、中国に対抗できるコストで、中国以外の場所でリチウムを精製できる技術を開発しました。
Image : Mangrove Lithium
薬品の代わりに「電気」を。高純度と低コストの両立
―マングローブ・リチウムが開発した技術について教えてください。
一言で言えば、「化学薬品の代わりに、電気の力で化学反応を起こす」電気化学プラットフォームです。当社のプロセスは電気をトリガーにしてリチウムを変換するため、高価な薬品の消費を抑え、運用コスト(OPEX)を約30%削減できます。
―30%のコスト削減に加え、「品質」面での優位性も大きいと伺いました
その通りです。電気化学的に不純物を分離・除去することで、バッテリー製造に最適な極めて純度の高い化学物質を製造できるのが当社の強みです。この「クリーン、低コスト、かつ高品質」という3要素を成立させた点こそが、世界中の自動車・電池メーカーが当社に注目する理由です。
Image : Mangrove Lithium HP
―リチウムの原料には、塩湖の塩水、鉱山から採れる岩石、さらには使用済みバッテリーなど様々なものがありますが、柔軟に対応できるのでしょうか?
はい。私たちはその3つの異なる原料のすべてに対応できます。当社の技術はプラットフォームであり、あらゆる種類のリチウム源に適応させることが可能です。
技術自体は「モジュール(コンテナのような小さなユニット)」の集合体として設計されています。これにより、巨大な化学工場を一から建てるリスクを減らし、鉱山の隣や、あるいは正極材メーカーの隣に、必要な規模でフレキシブルに設置することができます。すでに多数の特許を取得しており、このスケールでの実証と商業化においては、私たちが世界で最も先行していると自負しています。
Image : Mangrove Lithium HP
―リチウム業界や顧客からの反応についても教えてください。
マングローブ・リチウムの顧客には、リチウム生産者、バッテリーのリサイクル業者、バッテリー製造者などがいますが、非常に熱烈な反応をいただいています。
特に、経済安全保障の観点からサプライチェーンの地域分散が急務となっている北米や欧州の反応が大きいですね。「中国への依存を減らしたい」というニーズは、今や自動車業界全体の悲願。そのため、私たちのプラットフォーム技術は世界中から大きな注目を集めています。
三菱商事、旭化成、そしてカナダ政府が支援する戦略的意義
―出資者には、ビル・ゲイツ氏のファンドや名だたる日本企業に加え、カナダ政府系ファンドも名を連ねていますね。
はい。最近ではカナダ政府系ファンド「カナダ・グロース・ファンド(CGF)」から8,500万ドルの資金調達を実施しました。これは、東海岸に計画しているフルスケールプラントの実現に向けた重要なマイルストーンです。
―日本企業との提携にはどのような期待を寄せていますか?
三菱商事は、鉱山や鉱物資源の分野で世界的に非常にアクティブなプレイヤーです。鉱山資産の競争力強化に加え、リチウムの原料調達や市場への販売ルート開拓、さらには将来のプラント建設に向けたファイナンス面でも極めて強力なパートナーです。
また、旭化成は世界トップクラスの「電気化学技術」を持つ企業です。彼らにとってリチウムは、自社の高度な技術を応用できる新しいフロンティアと言えます。100年以上にわたって電気化学プラントを運用してきた歴史があり、プラントのセットアップやオペレーションのノウハウなど、彼らから学ぶことは計り知れません。
―日本には、自動車メーカーや電池メーカーなどの巨大なバッテリーエコシステムがあります。今後、日本企業とはどのような連携を望んでいますか?
私たちは現在、精製したリチウムを買い取ってくれる「オフテイク(長期引取)契約」のパートナーや、正極材*メーカー、電池メーカーとの提携を強く求めています。また、今後の大型プラント建設を融資面で支えてくれるパートナーとしての参画も大歓迎です。
*正極材:スマートフォンや電気自動車などで利用される電気を蓄え・放出する「プラス極」の材料。電池の容量、出力、安全性などを決める重要なもの。
Image : Mangrove Lithium HP
2027年、カナダ初「鉱山から正極材まで」の実現へ
―短期・長期のビジョンをそれぞれ教えてください。
2026年までの最大の目標は、バンクーバー近郊のデルタ市で建設・試運転を進めている第1号プラントを確実に成功させることです。
それを踏まえ、2027年にはカナダ東海岸に計画している、現在の20倍の規模(年産2万トン)となる超大型プラントの最終投資決定(FID)を下し、あわせて原料確保と製品販売に関する商業契約を完全に締結することを目指しています。
―その先にあるビジョンは何でしょうか。
東海岸のプラントが完成すれば、EV約50万台分に相当するリチウムを供給でき、カナダで初となる「鉱山から正極材まで(Mine to Cathode)」を一気通貫で繋ぐクリーンな一大拠点となります。
リチウム産業に「電気化学」という新しいスタンダードを打ち立てるパイオニアとして、日本のパートナーの皆さんと共に、世界のサプライチェーンを塗り替えていきたいと考えています。