Cellugy(セルジー)は、化粧品に広く使われてきた化石燃料由来の増粘剤・安定剤に代わる、バイオベースのレオロジー調整剤「EcoFLEXY(エコ・フレキシ―)」を開発するデンマーク発スタートアップだ。化粧品の質感や安定性を支える一方で、マイクロプラスチック汚染の原因ともなってきた従来品に対し、「高性能」と「生分解性」を両立する代替技術で挑んでいる。「善意だけで業界は変わらない。サステナビリティを『選びやすい選択肢』にすることが必要だ」。そう語る共同創業者/CEOのイザベル・アルバレス・マルトス(Isabel Alvarez-Martos)氏に、技術の可能性とその先のビジョンを聞いた。

目次
化粧品業界が直面する「化石燃料依存」という課題
セルジーの製品ならでは、成分面の2つの特徴
規制強化が追い風に──今、セルジーの技術が求められる理由
日本市場への期待と、グローバルなビジョン

化粧品業界が直面する「化石燃料依存」という課題

―現在、化粧品に用いられている増粘剤は難分解性で、環境への負担も大きいそうですね。御社が開発した、バイオベースの増粘剤について教えてください。

 当社が開発したのは、化粧品の増粘剤・安定剤として一般的に使われる、化石燃料由来のカルボマーの代替品となるバイオベースの「EcoFLEXY」シリーズです。これは、セルロースベースのレオロジー調整剤*で、発酵によって糖を生物変換するバクテリアから作られます。

 増粘剤の難分解性についてご指摘がありましたが、当社の製品は、室温条件下での試験の結果、土壌、湿潤水、そして海洋環境において、いずれの環境でも高い生分解性が確認されています(土壌では90%、海洋生分解試験では82%)。

*粘度を高め、質感の調整や安定化のために添加する成分。

image : Cellugy 「EcoFLEXY」 左:パウダー / 右:液体ベース処方

―御社は、どのような課題の解決を目指しているのでしょうか。

 私たちが解決しようとしているのは、化粧品メーカーによるシリコン、ポリエチレングリコール(PEG)、アクリル、有機フッ素化合物(PFAS)など、化石燃料由来成分への依存です。これらは優れた質感を実現するため消費者に支持されてきましたが、多くが分解されず、食物連鎖や環境に影響を及ぼすマイクロプラスチックとなっています。実際に、人体のさまざまな部位から検出されていることも報告されています。

―そもそも、事業を始めた理由は?これまでのキャリアについても教えてください。

 私はスペイン出身で、母国のオビエド大学で化学を学びました。その後、デンマーク第2の都市にあるオーフス大学で博士研究員として研究に従事しました。セルジーのアイデアが生まれたのはこの時期ですが、大学の研究プロジェクトとしてではなく、共同創業者とともに自宅のキッチンで行った実験が出発点でした。

 私たちは同じ研究室に所属し、科学の力で現実世界の課題を解決したいという共通の想いを持っていました。特に強く問題意識を抱いていたのが、プラスチック汚染と、それが人間や環境に及ぼす深刻な影響です。

 当初はキッチンにある身近な道具や材料を使い、技術の可能性を確かめるための試行錯誤を重ねました。会社設立後、こうした実験は本格的な技術開発へと発展し、現在はスケールアップを目指す企業へと成長しています。

 私たちの使命は、真に変化をもたらす持続可能なソリューションを生み出すことです。最初のターゲットはパーソナルケア業界でしたが、この技術はそれにとどまらず、より幅広い分野への応用が可能だと考えています。

Isabel Álvarez-Martos
Co-Founder & CEO
スペインのオビエド大学で分析化学の修士および博士号を取得後、デンマークのオーフス大学で電気化学バイオセンサー分野のポスドク研究員に従事。2018年にCellugyを共同創業しCEOに就任。

セルジーの製品ならでは、成分面の2つの特徴

―競合他社にはどのような企業があり、どの点で差別化を図っているのでしょうか。

 業界には、同様の用途を持つ製品を提供する企業が数多く存在します。天然由来のレオロジー調整剤としては、ガム類が最も一般的な代替品として知られています。

 そうした既存製品と比較した際、当社の成分にはいくつか際立った特徴があります。まず、幅広い有効成分に対して優れた懸濁性と安定化性能を発揮する点です。顔料やカプセル化された粒子を含む場合でも、低濃度で均一な分散状態を保つことができ、有効成分を高配合した処方にも対応できます。

 もう一つの大きな強みは、さまざまな環境条件に対する高い適合性と安定性です。高pHや広いpHレンジ、高電解質を含むビタミン処方、アルコールを含む植物由来成分など、一般的には安定化が難しい条件下でも機能します。新しいバイオベース成分が開発されても、処方への組み込みが難しいケースは少なくありませんが、当社の製品は、そうした高度な処方が求められる場面で特に力を発揮します。

image : Cellugy スプレー製品にも組み込める

―昨年にはスキンケアブランド「Bioli」と製品を共同開発しています。今後はどのような企業との協業を想定していますか。

 Bioliはバイオアクティブ酵素技術をベースにしたスキンケア製品を開発するデンマーク企業です。同社とは、原材料に当社のEcoFLEXYを採用したデイクリームを共同開発、2025年2月に発売しました。両社のビジョンが一致しており、当初から非常に良い相乗効果が生まれたパートナーシップだったと感じています。

 現在は他にも、業界をリードする複数の多国籍企業から関心を寄せられており、コスメブランド、販売代理店、原料メーカーなど、さまざまな立場の企業と協業しています。

 守秘義務契約の関係で企業名は公表できませんが、市場の主要プレーヤーやバリューチェーン上のステークホルダーにサンプルを提供し、先方での試験や処方開発が進められています。当社としても、需要の高まりに対応するため、アウトソーシングパートナーを活用しながら生産体制を迅速に拡大しています。

image : Bioli

規制強化が追い風に──今、セルジーの技術が求められる理由

―御社の技術は、EUのマイクロプラスチック規制や米国のPFAS規制とも重なるように見えます。このタイミングをどのように捉えていますか。

 今はまさに絶好のタイミングだと感じています。ご指摘の通り、EUのマイクロプラスチック禁止令をはじめ、石油化学由来成分に対する規制が次々と導入され、大手化粧品ブランドが代替となるバイオベース成分を本格的に探し始めています。

 フォーチュン500企業の中には、2030年までに製品ポートフォリオ全体をバイオベースかつ生分解性のものに切り替える目標を掲げている企業も少なくありません。これは規制当局からの要請だけでなく、消費者からの強い期待によるものです。

 私たちは、消費者やメーカーが「性能」と「持続可能性」のどちらかを妥協する必要がないよう、そのギャップを埋めることを目指しています。従来の植物由来原料には機能面で限界がありますが、バイオテクノロジーを活用することで、より柔軟で革新的な機能性を実現できると考えています。

―EcoFLEXYは米国でGRAS認証**を取得しています。化粧品以外の分野への応用については、どのように考えていますか。

 当社の技術は、さまざまな分野に応用可能なプラットフォーム技術です。EcoFLEXYはレオロジー調整剤として、パーソナルケアだけでなく他の業界でも活用できます。

 例えば食品分野では、ヨーグルトや飲料にとろみや食感を与える用途があり、特に近年はビーガン製品での需要が高まっています。さらに、建設業界や自動車産業など、複合材料の性能を高める用途にも可能性があります。

 現在の主軸はパーソナルケア業界ですが、それはこの分野に明確な課題があり、当社の技術が強い価値を発揮できると判断したためです。一方で、この成分には多様な応用可能性があるため、将来的には最も大きなインパクトと価値を生み出せる分野へと展開していきたいと考えています。

**GRAS認証:米国食品医薬品局(FDA)が定める、食品添加物の安全性を保証する認証制度。

―環境配慮型製品への関心も高まっていますが、この流れは御社にとって追い風でしょうか。

 価格設定は、どのような視点で捉えるかが重要だと考えています。EcoFLEXYは機能性を重視した原料であり、複数の役割を担えるため、処方によっては配合成分そのものを減らすことが可能です。

 その結果、市場で受け入れられている価格帯にできるだけ近づけることができます。化粧品のプレミアム化は、技術を採用できるブランドや消費者を限定してしまう側面があります。私たちは、真に社会にインパクトをもたらすためにも、できる限り入手しやすく、手頃な価格で提供することを重視しています。

気候変動への関心の高まりにより、環境に優しい製品にお金を使う傾向が強まっている。PwCの調査報告書「PwC 2024 Voice of the Consumer Survey」によると、消費者はサステナビリティ商品であれば価格が9.7%上乗されることを受け入れるという調査結果も。また、消費者の約46%が環境に配慮した製品を購入しており、80%以上が持続可能な製品に対してより多く支払う意欲があると報告されている。

―欧州委員会からの810万ユーロの助成金の使途を教えて下さい。

 助成金はすでに交付されていますが、実際の運用は昨年12月1日から始まり、4年間にわたって実施されます。主な用途は、商業規模での生産体制の確立と、主要な美容ブランドと連携した技術検証です。

 欧州委のLIFEプログラムは、持続可能な代替技術のみに焦点を当てた助成制度です。今回の採択は、環境へのインパクトだけでなく、技術的・商業的な観点からも、この技術が高く評価された結果だと受け止めています。

 私たちが目指しているのは、プロセスを徹底的に最適化し、大規模な経済性を実現することです。生産プロセスの最適化、製品ポートフォリオの拡充、そして成分の商業化に向けた取り組みのすべてが、このLIFEプログラム期間中、そして会社全体にとっての重要なマイルストーンとなります。

image : Cellugy

日本市場への期待と、グローバルなビジョン

―日本市場への進出は検討されていますか。また、日本企業と協業する場合、どのような関係が理想だとお考えでしょうか。

 日本は、私たちにとって非常に魅力的な市場です。高機能成分や科学に基づいたスキンケアの文化が根付いており、品質やサステナビリティへの意識も高い点は、私たちの考え方と非常によく合致しています。

 日本市場に参入する際には、協業を軸としたアプローチが重要だと考えています。たとえば、日本の消費者の嗜好やニーズに合った処方を共同で開発するなど、研究開発面でのパートナーシップには大きな可能性があります。そのためには、市場の方向性を共に描ける現地のパートナーの存在が不可欠です。

 現在は、各地域で強い基盤を持つ販売代理店と連携していますが、日本においても同様の形での協業に関心があります。また、美容ブランドとの提携に加え、事業拡大や商業化を支援していただける投資パートナーとの関係構築にも前向きです。バイオテクノロジーや高性能サステナビリティは、日本市場でも大きな潮流になりつつあり、商業面・投資面の双方で大きな機会があると考えています。

―今後達成したいマイルストーンと、中長期的なビジョンについて教えてください。

 私たちは、今後6〜12カ月で主に3つの目標に取り組んでいます。

 1つ目は事業拡大です。原料をできるだけ広く市場に展開するため、年末までに最初の商業規模生産を開始し、本格的な商業化を目指します。

 2つ目は、戦略的パートナーシップの構築です。市場に多様性と広がりをもたらすため、さまざまなパートナーと連携しながら事業基盤を強化していきます。

 3つ目は、投資家基盤の拡大です。これにより、事業拡大と商業化を可能な限り早いスピードで進めていきたいと考えています。以上が、今後6〜12か月間の主要なマイルストーンです。

 長期的には、バイオテクノロジー由来素材の分野におけるグローバルリーダーになることを目指しています。バイオテクノロジーには、新しい分子や機能、より効率的なシステムを生み出す大きな可能性があります。最終的には、完全にバイオベースでありながら高性能なパーソナルケア産業を実現することが、私たちのビジョンです。

―需要が高まる中で、スケールアップにおいてどのような課題がありますか。また、それをどのように乗り越えようとしていますか。

 スタートアップである以上、組織やリソースには限りがあります。人員や対応できる範囲が限られる中で、急速に高まる需要に応えつつ、できるだけ多くの顧客が持続可能な処方へ移行できるよう支援していく必要があります。このバランスを取ることは、簡単ではありません。

 特にパーソナルケア分野では、原料の初期テストから最終製品として市場に出るまでに、企業規模にもよりますが数年を要することもあります。バイオテクノロジーのスケールアップは一直線ではなく、使用するバクテリアなどの微生物の挙動によって、予期せぬ課題が生じることもあります。

 だからこそ私たちは、できるだけ早い段階で顧客と市場投入までの道筋を共有し、期待のズレが生じないように計画することを重視しています。迅速なフィードバックループと反復的な改善を重ねることで、常に技術を磨き続け、パートナーに安心感を持ってもらうことが重要だと考えています。スケールアップと顧客対応を同時に進めることは、この種の技術が直面する最大の課題の一つだと言えるでしょう。

image : Cellugy

―最後に、日本の読者にメッセージをお願いします。

 私たちは、パーソナルケア分野を中心に、日本市場におけるビジネスチャンスに強い関心を持っています。日本には高い技術力と品質意識を持つ企業が多く、私たちの技術とも非常に親和性が高いと感じています。

 コスメブランドや企業の皆さまには、もしこの原料の技術的な機能性が、貴社が目指す製品や解決したい課題に合致するのであれば、ぜひ一度試していただきたいと思います。

 また、次の成長フェーズや資金調達について対話に関心をお持ちの投資ファンドや投資家の皆さまとも、ぜひ意見交換ができればうれしいです。

 さらに、パーソナルケア分野以外でも、この原料の応用可能性を感じてくださる企業があれば、ぜひお話ししたいと考えています。思いがけないコラボレーションが、新たな価値を生み出すこともあるはずです。



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