エコノミークラスの座席は、実は航空会社の経営と環境負荷を大きく左右している──。座席1つの軽量化が数百キロの機体重量削減につながり、燃料費やCO₂排出量を抑えるカギとなるのだ。こうした課題に挑むのが、フランス発のExpliseat(エクスプリシート)。チタンや炭素繊維複合材を用いたシートで従来比30%の軽量化を実現し、エールフランスやエア・カナダを含む20社以上に採用されている。今、同社が次の成長の焦点とするのはアジア市場、とりわけ日本だ。CEOのアモリー・バルベロ(Amaury Barberot)氏に、その戦略を聞いた。

目次
軽量化の鍵はエコノミー座席にあった
航空会社の3大課題に包括的ソリューションを提供
エールフランス機で初フライトを実現
アジア市場は優先課題、新幹線との協業は「理想」

軽量化の鍵はエコノミー座席にあった

 バルベロ氏がエクスプリシートに参画した背景には、航空技術と座席技術との間にあるギャップへの強い問題意識があった。

「2011年当時は、エアバスのA380やボーイング787(ドリームライナー)といった大型・最新鋭の航空機が登場した時代でした。チタンをはじめとする新素材が多用され、極めて高度な技術が結集した機体でしたが、乗客が直接触れる座席はその進化を反映していないと感じたのです。

 フランスで工業エンジニアリングを学んでいたバルベロ氏は、在学中に創業者のベンジャミン・サアダ(Benjamin Saada)氏と出会い、同氏が2011年にエクスプリシートを立ち上げてから半年後の2012年初頭に参画。以後10年間、共同経営者として事業を率い、2020年にサアダ氏が新事業に挑戦したことを機に、翌2021年にCEOへ就任した。

 同社は創業から3年間を徹底的に研究開発に注ぎ込み、チタンや炭素繊維複合材を活用した超軽量シートを開発。これまでに100件以上の特許を取得し、複合材を本格的に導入した航空機シートの先駆者となった。

「私たちのシートは市場にある他製品より30%軽量です。座席が軽ければ航空機全体も軽くなり、燃料消費を抑えられます。その結果、航空会社は燃料費を削減できるのです」とバルベロ氏は強調する。

 戦略の中心は短・中距離路線のエコノミークラスだ。バルベロ氏はこう説明する。「エコノミークラスは座席数が最も多く、市場規模も最大です。重量を1席あたり3kg削減できれば、200席の機体では600kgもの軽量化につながります。一方、ビジネスクラスは1機に10席前後しかなく、効果は限定的です」

Amaury Barberot
CEO
フランスのPSL大学付属パリ国立高等鉱業学校(Mines Paris - PSL)卒業。同国のインフラ建設大手COLASやインドの鉄鋼大手Tata Steelでプロジェクトマネージャーを務めた後、2011年から2012年にかけてフランス海軍で従事した後、2012年にExpliseatへ参画し、各部門責任者を経て2021年11月にCEOに就任した。

航空会社の3大課題に包括的ソリューションを提供

 エクスプリシートの強みは、航空会社が直面する複合的な課題に一度に応えられる点にある。バルベロ氏によれば、同社の技術は「燃料費削減」「CO₂削減」「メンテナンス費削減」という3つの主要課題を同時に解決できるという。

 まずは燃料費だ。「航空会社にとって燃料はコストの30%を占めます。私たちのシートは約5%の燃料削減を可能にし、最大のコスト項目に直接貢献します」とバルベロ氏は語る。

 次にCO₂排出量の削減である。「航空業界は多くのCO₂を排出します。軽量化によって燃料消費を抑えることは、航空会社の脱炭素化を支える有効な方法なのです」と、環境面での価値を強調する。

 3つ目はメンテナンス性の向上だ。従来の座席は肘掛けやテーブルがプラスチック製で壊れやすいが、エクスプリシートの製品はプラスチックを一切使用せず、炭素繊維複合材や金属で構成されている。「そのためはるかに堅牢で、整備コストを大幅に抑えることができます」とバルベロ氏は説明する。

 こうした技術的優位性は数値にも表れる。同社のシート重量は1席あたり6kgで、競合他社は約9kg。わずか3kgの差も200席の機体では計600kgとなり、燃料消費に直結する。「600kgの差は莫大な燃料に相当します。これが私たちの大きな差別化要因です」とバルベロ氏は強調する。

 さらに、乗客の快適性にも独自の工夫を凝らしている。ソフトウエアによる数値解析と実際の着座テストを組み合わせ、改良を重ねる手法だ。軽量フレームを採用しているため、大きなクッションを確保できる点も特徴である。

image : Expliseat

エールフランス機で初フライトを実現

 エクスプリシートの成長は、航空業界の浮沈と密接に連動してきた。バルベロ氏はこう振り返る。「COVID-19以前は急成長し、利益も出していました。しかしパンデミックで航空会社が運航を停止し、座席の購入も止まりました。業界全体にとって非常に厳しい時期でした」

 その後の回復は劇的だった。「2022年以降、業績は大きく伸び、事業規模を4倍に拡大しました。現在は200人を超える従業員を抱え、年間1万席以上を製造しています」と語る。

 顧客基盤も順調に拡大している。創業当初は顧客ゼロからのスタートだったが、今では「エールフランスやエア・カナダといった大手を含む20社以上と取引があります。小規模から大手まで幅広い航空会社が顧客で、ヨーロッパ、北米、アジアなど世界中に納入しています」と説明する。

 事業戦略の特徴は、新造機向けだけでなく既存機のリフィット需要にも応えられる点だ。航空会社はメーカーを経由せず直接座席を購入でき、同社は展示会やロードショーを通じ積極的に営業活動を展開している。2025年7月には営業担当副社長が日本を訪れ、複数の航空会社と面談し、高い関心を得たという。

 そして直近の大きな節目が、2025年9月1日に迎えたエールフランスでの初フライトだ。パリのシャルル・ド・ゴール空港発ハンブルク行きの便に、同社の超軽量シート「TiSeat 2X」110席が搭載された。「エールフランスの機体に私たちの座席が搭載され、初フライトが実現しました。座席の仕上がりは素晴らしく、全員が非常に満足していました」とバルベロ氏は成果を語る。

image : Expliseat 「TiSeat 2X」

アジア市場は優先課題、新幹線との協業は「理想」

 エクスプリシートは今後の成長戦略として、アジア市場での営業体制強化を最優先課題に掲げている。バルベロ氏は「次のステップはアジアでの営業拠点設立です。すでに北米とヨーロッパに拠点がありますが、2025年にアジア事務所を開設する計画です」と語る。

 なかでも日本市場への期待は大きい。既に複数の航空会社と協議が進行中で、炭素繊維複合材料を中心としたサプライチェーンでも日本企業との関係を深めている。「現在、重要な日本のサプライヤー3社と取引しています。日本は複合材料分野で非常に強く、新たなサプライヤー発掘にも投資しています」と説明する。

 事業領域は航空機用座席にとどまらない。鉄道やエアモビリティ分野でも航空技術を応用し、炭素繊維複合材による軽量座席を開発している。「高速鉄道は特に重要なターゲットであり、新幹線との協業が実現できれば理想です」とバルベロ氏は熱意を見せる。実際にフランス国鉄(SNCF)とも協業しており、高速鉄道TGVでは2026年から同社の座席が採用される予定だ。

 長期的なビジョンも明確だ。「航空会社には、複合材料製の座席こそ唯一の実用的な選択肢であると認識してもらいたい。軽量な代替品があるのに、なぜ重い座席を選ぶのでしょうか」と問いかける。日本市場に関しては「日本は材料分野で突出した強みを持っています。日本の航空会社は複合材料の価値を理解しており、必ず協業につながるはずです」と期待を寄せる。

 最後に、日本の潜在的パートナーに向けた印象的な言葉を残した。「日本は高技術製品を好む国であり、私たちはまさにそのサプライヤーです。もし新幹線での協業が実現したら、日本語学習に挑戦することを約束します」。技術者としての誠実さと日本市場への敬意が伝わる一言は、同社の本気度を象徴している。



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