偏頭痛を含む神経性疼痛疾患を、薬を投与することなく治療できるウェアラブルデバイス「Nerivio」を提供するTheranica(本社:イスラエル・ネタニア)。このデバイスは腕に装着し、「条件付き疼痛調節」というメカニズムを用いて無害な刺激を与えることで、脳幹の特定の神経伝達物質の放出を増加させ、本来の痛みの遮断を図る。すでに、米国やEUでは正式な治療法として認められている。日本を含むグローバル展開を目指す同社の共同創業者でCEOのAlon Ironi氏に、創業の経緯や将来展望を聞いた。

目次
デジタル信号処理技術などを神経系の作用に応用
デバイスが偏頭痛に作用する仕組みとは
グローバル市場への拡大と、他の治療法への拡張

デジタル信号処理技術などを神経系の作用に応用

―専門領域と、創業までの経緯をお教えください。

 私はイスラエルのTechnion (Israel Institute of Technology)で電気・コンピュータ工学の学士号を取得しました。その後、Technionでの仕事を始めましたが、常に医療機器業界での仕事を見つけることを夢見ていました。しかし、イスラエルでは当時、この分野はあまり発展しておらず、職を見つけるのは困難でした。そのため、デジタル信号処理、主にオーディオ処理、ビデオ処理、画像処理などの分野でキャリアをスタートしました。

 DSP GroupやZoran Corporation(2011年にCSRが買収、2014年にQualcommがCSR買収) など、アメリカに拠点を置き、イスラエルに研究開発部門を持つ企業で勤務したのです。この間にシリコンバレーにも滞在し、Santa Clara Universityで電気工学の修士号を取得しました。Zoran Corporationではエンジニア職から、開発チームおよびアルゴリズムグループのマネージャーへと昇進し、最終的には研究開発部門の副社長を務めました。その後は起業家となり、パートナーと共に自身の会社を経営していました。

 2013年ごろになると、私は本来の夢に戻る時が来たと感じ、何人かのパートナーと共に、私たちが持つ電子工学、通信技術、デジタル信号処理などの知識と経験を医療機器分野でどのように活用できるかを模索しました。そのなかで、世界有数の神経科医であり「痛み」の専門家であるTechnionのDavid Yarnitsky教授との出会いがありました。

 そこで、人体の神経系が大きな電気回路であると考えると、私たちの知識や技術がこの分野に役立つのではないかと考えたのです。Yarnitsky教授から聞いた課題の中に偏頭痛がありました。実は、私の娘も以前から偏頭痛に悩まされ、さまざまな薬を試していましたが、効果が見られなかったり、副作用がひどかったりしました。この課題に取り組むことで、もしかすると自分の娘を助けることができるかもしれないと考え、Theranicaを創業したのです。

―現在、お嬢さんの健康状態はいかがでしょうか。

 偏頭痛は、残念ながら慢性の病気ですが、彼女は私たちのデバイスを約5年以上使用しており、その間に3つの大きな変化が見られるようになりました。まず、偏頭痛の「発生頻度」が減少しました。次に、発生する偏頭痛の「強度」が軽減され、そして最も大きな変化は、ほとんど薬を使用せずにこのデバイスだけで症状を管理できるようになったことです。時々、鎮痛剤を使用することはありますが、ほとんどの場合、このデバイスのみを使用しています。

 彼女の状態は大幅に改善され、勉強や仕事ができるようになり、最近は医学部を卒業しました。以前は普通の生活を送ることが難しかったですが、この解決策を導入してからは、日常生活においても大きな改善が見られ、これにより非常に満足しています。

Alon Ironi
Co-Founder & CEO
1990年にTechnion (Israel Institute of Technology)電気・コンピュータ工学の学士号を取得したのち、Santa Clara Universityに進学し、1992年に電気工学の専攻修士号取得。その後はDSP GroupやZoran Corporationなどでエンジニア職に従事し、2000年からは3社のCEOを経験。2004年に設立したSiano Mobile Siliconではチップメーカーとして$40Mの売上を達成した。2016年にTheranicaを設立し、CEOに就任。

デバイスが偏頭痛に作用する仕組みとは

―素晴らしい成果ですね。御社のデバイスはどのように偏頭痛に作用するのでしょうか。

 私たちの神経系には痛みを抑制するさまざまなメカニズムが存在し、脳は身体を痛みから守る能力を持っています。痛みは一種の警報であり、通常は何らかの危険や問題を示しているため、基本的には私たちが危険から避けるのを助ける良いものです。しかし、時には神経系や体が痛みの有無を適切に判断できなくなることがあります。痛みを抑制するメカニズムの1つに「CPM(Conditioned Pain Modulation)」があり、このメカニズムは脳幹に存在し、危険でないと判断された刺激に関連する痛みを特定し、適切な神経伝達物質を放出することで痛みを止めることができます。

 2010年から2015年にかけての研究で、この痛みを抑制するメカニズムが機能しない人がいることが明らかになりました。これは間違った判断や認識により、危険や重要と誤って解釈される刺激があるため、痛みが増幅され、脳が対応を要する問題があると認識するようになるというものです。特に偏頭痛や線維筋痛症などの神経学的疾患を持つ人々において、このCPMメカニズムの機能不全と高い相関が見られます。

 私たちのデバイスは、上腕に取り付けて痛みのメッセージを伝達する神経線維を特定して刺激する電気信号を提供するよう設計されています。これらのメッセージが脳幹に届いた際にCPMメカニズムを活性化させることができます。この結果、主にセロトニンとノルアドレナリンの放出が増加し、偏頭痛の痛みの伝達を止めることができます。私たちはこの基本的な作用原理を応用したのです。ただし、外部からの信号が神経線維を刺激すると痛みを伴う可能性があるため、痛みを感じさせずに必要なメッセージを伝える信号波形を見つける必要がありました。当社はその手法を見つけ出し、いくつかの特許を取得しています。

―御社のデバイスを使った治療はどのようなものでしょうか。また、CPMの活性化には副作用などはないのでしょうか。

 治療の所要時間は45分ですが、個々の患者によっては、治療開始後わずか20分で症状の軽減や偏頭痛の発作の完全な抑制が報告されています。30分後に症状の軽減を感じる人もいますが、より安全を期して、より多くの患者に対応するために、治療時間は45分と設定されています。これは、急性治療だけでなく予防治療にも当てはまります。

 急性治療の場合、治療を開始してから20分から40分の間でほぼ即座に症状の軽減を感じることが多いです。予防の場合、偏頭痛の発作が始まるのを待たずに、隔日ごとに定期的にデバイスを使用します。私たちが公開している研究では、患者はデバイスを隔日で使い始めてから2週間で頭痛の日数や偏頭痛の日数が減少し始め、ほぼ全員が4週間後にはその効果を感じています。使用開始から2週間から4週間の間に、突然偏頭痛の日数が減少するなどの変化を感じ始めることができます。

 このデバイスが本当にユニークなのは、一方で高い効果を持ちながら、もう一方で副作用が非常に少なく、すべてが軽微で局所的で自然解消するため、非常に安全なプロファイルを持っている点です。現在までに、21件の研究が査読付きの出版物に掲載されています。それによると副作用の発生率は非常に低く、患者の0.5%から4%程度です。

 しかし、それ以上に重要なのは、副作用が局所的であることです。副作用は取り付けた上腕に生じる局所的なもので、全身的なものはありません。例えば、腕に温かさを感じたり、皮膚の赤みなどが見られるなどです。これらは治療終了後10分から15分で自然に解消されますので、他の薬に見られるような、便秘やめまい、疲労感など、薬によく見られるような副作用は全くありません。

image: Theranica HP

グローバル市場への拡大と、他の治療法への拡張

―ビジネスの進展についてお教えください。

 当社のデバイスは、米食品医薬品局(FDA)に加え、EU圏内で輸出販売する際に必要となるCEマーク認証を取得しています。私たちは最初にアメリカでデバイスの販売を開始しました。これはアメリカが最大の市場だからです。2020年初めにソフトローンチまたはパイロットとして販売を始め、その後徐々に拡大しました。これまでアメリカでは約70,000人の患者に処方されており、このデバイスはアメリカを含む他の国々でも医師の処方が必要です。当初FDA承認は急性治療目的だけでしたが、予防への適応拡大をした2023年からは利用者が急増しています。

 現在はアメリカだけでなく、インド、ドイツで利用されており、近々スペイン、南アフリカ、イギリスなどでも利用が始まる予定です。私たちはパートナーと協力しながら、さらに多くの国々へとデバイスを広げていく過程にあります。

―患者さんや医療関係者からの評価はいかがでしょうか。

 全体的に、私たちのデバイスに対する反応は非常に好意的です。もちろん、反応率が100%というわけではありません。実際に恩恵を受ける患者の割合が約65%から73%となっています。およそ30%にはデバイスに反応しないため、他の治療法を試すことになります。

 私たちのデバイスが反応する約70%の患者のうちの半分は部分的な症状緩和を得るグループで、市販の薬を補助的に使用する必要があります。残り半分はスーパーユーザーと呼ばれるグループ、偏頭痛の発作を完全に抑制し、他の薬を一切必要とせず、このデバイスだけで対処できます。

 スーパーユーザーからのフィードバックは、「これは人生を変えるものだ」というもので、医師や患者、家族からも同様の声が聞かれます。偏頭痛の多い子供や青少年、時には非常に高齢の人々からも、感動的なストーリーが寄せられています。例えば、85歳のアメリカの男性が、「40年前にこのデバイスを見つけていたら、人生が変わっていただろう」と興奮して話してくれたことがあります。

 また、薬の副作用に耐えられなかったり、薬が効かなかったりする子供たちの親からの話も非常に感動的です。偏頭痛が子供達の可能性を限定しており、学校に行くことも、社会活動やスポーツ活動に参加することもほとんどできませんでした。しかし、このデバイスを使用し始めてから、学校やスポーツ、社会活動が再び可能になっています。

―次のステップについてお教えください。

 現在、私たちは会社を3つの側面で発展させています。まず1つ目は、アメリカにおける経済的な側面です。私たちはデバイスの保険適用を拡大し続けており、患者が保険会社を通じてこのデバイスをカバーできるよう努めています。過去数年で、退役軍人管理局やアメリカのいくつかのブルークロス・ブルーシールド保険会社によってカバーされるようになったなど、興味深い成功を収めています。私たちは、アメリカの大手および中堅の健康保険会社と密接に協力してその範囲を拡大しています。

 2つ目はグローバル化です。アメリカ国内での活動から始めた後、約3年間の運営を経て、海外展開に踏み出す準備が整いました。最初のパートナーシップは、インドを拠点とする国際的な製薬会社であるDr. Reddy's Laboratoriesとのものでした。彼らは当初インドで、その後ドイツでデバイスを市場に出し、現在はヨーロッパやアフリカ、アジアのその他の国々へと拡大しています。また、日本においても2社のパートナー候補と交渉中で、近い将来契約を結び、1年半から2年後に日本でこのデバイスを導入し、市場への移行を支援する予定です。

 3つ目の側面は、他の疾患の治療法への拡張です。CPMが適用できる疾患や障害の一般的な名前は「特発性疼痛障害」です。偏頭痛もその一つですが、他にもあります。現在、私たちは線維筋痛症という非常に厳しい慢性疾患のための治療ソリューションの開発に取り組んでいます。数ヶ月前にパイロット研究を開始したばかりで、この研究が成功すれば、次の製品開発に進むことになるでしょう。

―新しい治療法を日本で適用する場合の課題はありますか。日本市場に参入する意気込みをお伝えください。

 主な課題は2つあります。まず1つ目は規制関連の課題です。日本には独自の規制機関があり、FDAやCEで既に承認されている私たちのデバイスでも、日本では全プロセスを最初からやり直す必要があります。これには多大な投資と時間、努力が必要になります。

 もう1つは市場の課題です。日本は非常に大きな市場であり、偏頭痛に悩む人も多いです。そしてアメリカと比較すると非薬物治療に対して比較的オープンな一方で、特に海外からの新しいアイデアには懐疑的な傾向があります。そのため、日本の医療コミュニティにこのデバイスの価値を理解してもらうためには、多くの投資が必要となると考えています。

 私は1995年ごろから日本の電子機器会社と数多く仕事をしてきました。その経験から、日本市場への進出は非常に難しいことを知っています。しかし、一度市場に進出すると、大きな忠誠心と長期的な関係が築かれるため、私たちはこの挑戦を楽しみにしています。

 私たちの治療法は、真のゲームチェンジャーであり、パラダイムシフトと言えます。これは多くの人々の生活の質を向上させ、変革する大きな機会です。日本だけで約1,200万人が偏頭痛に苦しんでいるとされており、このデバイスを使用することで、彼らの生活を改善し、薬物依存などのリスクなしに再び活力を取り戻すことができます。将来のパートナーやお客様、患者様にとって、これは非常にエキサイティングな機会です。

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