日本の大企業と日米のベンチャーの架け橋となるため、2013年にベンチャーキャピタル(以下、VC)のWiLを創業し、シリコンバレーを拠点として活動する伊佐山元氏。今回は、コロナ禍のなか1年を経過したシリコンバレーに訪れたさまざまな変化と日本との対比について聞いた。前編では、現在の日本に足りないものについて語ってもらった。

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<目次>
米国シリコンバレーで見えてきた3つの変化
パンデミックで生じたVCの悩みとは?
シリコンバレー離れは本当に起きているのか?
日本に圧倒的に足りないのは、未来ビジョンとリーダーシップ
将来を見通し、周りを信じ込ませる力が必要

伊佐山 元
WiL
共同創業者CEO
1973年生まれ。東京大学法学部卒業。日本興業銀行(現・みずほフィナンシャルグループ)に入行し、2001年にスタンフォード大学ビジネススクールに留学。2003年より、米大手ベンチャーキャピタルのDCM本社パートナーとして、シリコンバレーで勤務。2013年、日本の大企業と日米ベンチャーの橋渡しを行うことでオープンイノベーションを実現するWiLを創業。

米国シリコンバレーで見えてきた3つの変化

―新型コロナウイルスのパンデミックから1年以上が経ちました。シリコンバレーではどういう変化が起きていますか?

 大きく3つの切り口があります。まず、一番顕著なのは働き方の変化です。リモートワークは一過性のものではなく常態化しつつあります。Googleが今年9月からオフィス勤務に戻す方針を示したところ、従業員の反発があり、一部の社員には完全なリモートワークも認め、オフィスのロケーションも全員がシリコンバレーでなくてもいい、となりました。コロナによって、ワークスタイルが大きく変わってしまったわけです。

Photo: achinthamb / Shutterstock

 一方、日本ではおそらくコロナが落ち着いても、もとの働き方、満員電車に乗って会社に行って会議室で議論するというスタイルに戻るのではないでしょうか。日本の多くの経営陣は以前のスタイルを良しとしているし、そのほうが楽だから、という印象を持っているように思います。

 新しいデジタル空間、デジタル職場空間での働き方に対するストレスをまだ日本は乗り越えられていませんが、シリコンバレーは明らかにそれを乗り越えてしまいました。このような働き方の変化が1つ目です。

 2つ目は、子どもたちの学び方の変化です。学びの価値観がすごく変わった気がしています。リモートで授業を受けるようになり、遠隔でいろいろなツールを使って学習をするようになり、テストもオンラインで受けるようになりました。

アメリカでは以前から大学の試験は、基本的に論文を出すだけなので、オンラインでほぼすべてが完結できます。学びの面において、現在、言語が英語で提供されているものであればほとんどどんなコンテンツでもあるといっていいでしょう。

Photo: insta_photos / Shutterstock

 また、学びと仕事の関係も大きく変化しています。日本でも、仕事の「ジョブ型」が一気に加速したので、今までのように漫然と学んで、企業に入ってからいろいろ教えてくださいというやり方では難しいです。社会人になるときにちゃんと付加価値を生み出せるようにすべきです。アメリカはどんなにいい大学、ハーバードへ行こうが、スタンフォードへ行こうが、仕事がないという人はたくさんいます。これからますます、何を学びたいのか、学んだ結果、何をやりたいのかというのがより明確でないと仕事に就けなくなっていくでしょう。

 3つ目は、衣食住の変化です。Web会議では、髪がボサボサでも「帽子を被っていればいいか」となるのも自然になりました(笑)。女性がお化粧してキレイな格好をする頻度も減ったと思います。

 食事に関しては、Uber EatsやDoorDashの利用が盛んで、食材もオンラインで買うようにもなりました。これまでスーパーマーケットで購入していたのが、おそらく半分ぐらいはデリバリーに依存するようになったのです。実際使ってみると、明らかに現在のほうが効率的で安心・安全、と感じている人が多いのもわかります。

インタビューに答える伊佐山氏

パンデミックで生じたVCの悩みとは?

―VCの立場ではどうですか。コロナ禍による「シリコンバレー離れ」という話も聞きますが、VCとして戦略の変更はありますか。

 投資対象にはいわゆるシード、アーリー、ミドル、レイターなど、さまざまなステージがありますが、シード、アーリーステージの投資が難しくなりました。VCの仕事というのは、当然技術やプロダクト、サービスなどを評価することも大事ですが、起業家に会って、経営陣がどういう人物で、どんな想いで事業をやっているのかという定性的な評価、人間性の評価も重要です。アーリーステージになればなるほど、プロダクトがない場合もあり、経営陣たちの人格、考え方、人となりが投資するときのベースになるわけです。

 残念ながら、それがZoomのようなオンライン面談だとやりにくいわけです。今までなら、ランチを食べながら「この人はこういう癖があるのか」と思ったり、一緒にゴルフをしながら「この人、すぐにカッとなるな」と気づいたりすることがあって、アナログのやり方は、人間性を評価するときには非常にやりやすい面があったのです。それが画面越しになると、相手も準備できてしまうし、こっちも構えてしまうから、本性を探るのが難しくなります。シリコンバレーの大手VCはみんな言っていますね。

Photo: fizkes / Shutterstock

―そうなってくると、投資対象の見極めはどう行うのですか。

 この1年間、ベンチャー投資はものすごく活況です。何が起きたかというと、ある程度伸びている会社に対しての資金供給がかなり増えました。つまり、アーリーステージの会社というより、ある程度実績が確立されていて、さらにコロナになってデジタル化が進んだ結果、追い風が吹いているような場合、そこに豊富な資金が入っています。

シリコンバレー離れは本当に起きているのか?

―「シリコンバレー離れ」と言われていることについてはどうでしょう?

 たしかに、ビデオ越しで投資判断できるなら、シリコンバレーのような、高コストな場所にいなくていい、という話もあります。事実、引っ越す人もいますね。節税も理由の1つです。

 カリフォルニアの州税が高すぎるので、州税がないネバダ州やテキサス州、オレゴン州、ワシントン州に引っ越す人がいるのは確かだと思います。ただ、そういう人たちがものすごい勢いで流出しているかというとそんなこともなくて、やっぱりシリコンバレーに来る人もたくさんいるわけです。だから、出る人と来る人で同程度だと思っています。

 テスラのオーナーであるイーロン・マスクのような人がテキサスに生活拠点を移したと取り上げられると、シリコンバレー全体がテキサスに引っ越したのか、という雰囲気になります。でも自分の知り合いのVCやスタートアップがみんな引っ越しているかというと、まったくそんなことはないですね。

テスラCEOのイーロン・マスク Photo: Naresh777 / Shutterstock

 やっぱり、シリコンバレーの良さというのはありまして。税金は高くても、環境がいいですから、高い税金を払うだけの価値はあります。やっぱりカリフォルニアはワクチン接種にしても、他の州に比べて普及の仕方が圧倒的に早いです。お金持ちが多く、ある程度洗練された人が集まっているといった背景があるからです。

 実はシリコンバレー不要論というのは10年前にもありました。インターネットが流行って、SNSみたいな、オンラインでつながることが一般的になったときに、シリコンバレーにいる必要はないのではないか、という人がけっこういました。

 当初、メディアもいろいろと書き立てて「これからはバルト3国だ。エストニア、ラトヴィアだ、リトアニアだ」や「ルーマニアはハッカーがすごい」「北欧がいいぞ」など、そのような論調が10年前くらいにすごく高まったわけですよ。

 当時、コロナ騒動はなかったわけですが、そのとき思ったのは、いや、インターネットにつながっていればどこにいても働けるけれど、やっぱり新しい技術を研究している人や、高度な技を持っている人っていうのはシリコンバレーの大学に集中しています。すると、ここにいたほうが圧倒的に情報優位、情報が取れるという意味で優位だと思ったのです。つまり、シリコンバレーの空洞化は起きないと思っていたのですね。

 案の定、10年前にシリコンバレーの空洞化は起きませんでした。今回のシリコンバレー不要論は、コロナ禍で外に出ないのだからブレストもしないわけだし、オフィスに行って「ワイガヤ」がないのだとしたら、シリコンバレーにいなくていいのではないかということだと思います。

 ただ、私はこの天気がよく、海もあれば、スキー場もゴルフ場もあるという恵まれた環境は、人を惹きつけると思っています。だから、そう簡単にシリコンバレーから人が出ていくとは思えないし、私はあまり、シリコンバレー不要論を真に受けていません。

Photo: Lynn Yeh / Shutterstock

 ここで暮らしている自分自身がシリコンバレーを脱出して節税のために、オースティン(テキサス州)に行くかというと。いや、たしかにものすごく節税できるのですが、そこまでは考えていません。たとえば、節税を考えたら、シンガポールに引っ越したほうがいいのでしょうが、人生はお金だけではないです。自分がどういう人生を歩みたいか、社会に対して何を成し遂げたいかを考えると、シリコンバレーはとても魅力がある場所です。言われているほど、地殻変動は起きていないように思います。

日本に圧倒的に足りないのは、未来ビジョンとリーダーシップ

―コロナ騒動が落ち着いたら、日本企業はもとの働き方に戻ってしまうのでないかというお話がありました。現在の日本に足りないもの、逆にチャンスになりそうなものはありますか。

 コロナ禍の話以前に、日本全体で今圧倒的に足りていないと思うのは、ビジョンや未来像です。日本は将来こうありたい、こうしたいというビジョン、未来像というのがまったくない国になってしまいました。

 今まではロールモデルがどこかにあって、それがアメリカだったり、ドイツだったり、「ああいう国になりたいね」「ああいうカルチャーにしたいよね」「こういう国の産業政策に倣(なら)いたいよね」ということで、なんとなく真似することができました。

 そのときは日本人の勤勉性、コンセンサスを得やすい単一的な文化が非常によく作用し、日本は強くなったと思います。しかし、これから日本は人口が減っていき、高齢化も進むのはファクトとしてわかっています。今のような右肩下がり、坂を下っているときは何が大事でしょうか。

 もっとも大事なのは、日本をどんな国にしたいのか、ということ。日本のビジョンが全くないわけです。これはもう国のリーダーを見れば一目瞭然で「アメリカがこう言うので、そうします」「欧州がこう言えば、こうします」とやっていて、VCである我々から見ても白ける場面が少なくありません。

Photo: apiguide / Shutterstock

 例えば、最近ではカーボンニュートラルが注目されると「日本もカーボンニュートラルにします」と言ってしまいます。しかし、カーボンニュートラルというのは、大前提としてエネルギーが安く手に入る国土でないとできないわけです。

 カーボンニュートラルを本当に実現するためには、EV(電気自動車)を作るときも電池をつくるときも電気を使わなくてはならないのですが、現在、日本は電気の価格が高いため、日本でバッテリーを作ろうとしたところでEVはまったく採算が合わない事業になってしまいます。

 EVで世の中がクリーンになる大前提として、EVを作るときの電源すらクリーンでないといけないとなると、結局、最後はどこに行き着くかいうと、発電所は何を使って発電し、電力を供給しているかということになる。

 欧州であれば原子力がすごく強く、アメリカは原子力もあれば、再燃(排気再燃式)もありますが、日本政府は原子力に積極的に取り組むわけにもいかないのに、世界的な世論に乗って「カーボンニュートラルをやります」と言い、日本の産業界から総スカンを食らっています。

 そうでなく、例えば日本は世界で最も省エネ技術が進んでいるので、そこを押し出す手もあるかもしれません。なぜなら、日本はもともとリソースが少なく、国土も狭かったから、コンパクトにして効率的に作ることに注力してきました。また、公害問題にも苦しんだため、CO2を除去する技術の研究開発などにも力を入れています。

Photo: NicoElNino / Shutterstock

 そのような日本の技術を、化石燃料をたくさん使っているアフリカや東南アジアなど、発展途上国に輸出するのです。カーボンニュートラルというより「CO2の排出をどうやって抑えるかというところで貢献します」と、日本の立ち位置をもう少し確固たるものにできるはずです。そして日本は、発生するCO2に対してタックスを払えばいいわけです。

 日本の強みを活かせない場所では戦わず、日本の技術的な強みを生かして国際社会に貢献する方法を考えればいいのです。日本の政治家はまわりの頭のいい人たちと仕事をしているわりには、あるべき姿を指し示すことができていないと感じます。政治家だけでなく、もしかしたら大企業もまわりを見ながら、様子を見ながら動いている感じかもしれません。残念ながら、日本全体において「将来どうしたい」という強いリーダーシップが欠如しているように思います。

将来を見通し、周りを信じ込ませる力が必要

―日本の政府や企業にはビジョンを示す力がないという話がありました。ビジョンの欠如がイノベーションを阻害しているのでしょうか。

 日本政府や多くの大企業は、総意を気にしすぎます。みんなの顔色を見てしまうから、結局、大胆な決断ができません。みんなの調整をし始めると、無難なことしかできなくなってしまい、「新しいことをやろう」という雰囲気になりにくいのです。

 そこで大事なのがリーダーシップです。コンセンサスを取ろうとしても答えが出ないようなとき、あるいは変化のスピードが速くなり、世の中がどうなるかわからないというとき、経営者が過去の自分の経験と直感をもとに「こういう方向に行くぞ」「こういうふうにしたい」と、将来像を語って、その組織のメンバーに信じ込ませることが大事です。ただ、それができる人が少なすぎるのです。

Photo: Matej Kastelic / Shutterstock

 イノベーションには、まさにこの「信じ込ませること」が一番大事です。正解はわからないけど「やるぞ」ということを、トップがコミットできるかどうかが非常に重要なのです。一方で現業を維持し、深化をしながら、もう一方で新しいことを探索するのは相反する活動なので、両方をつなぎとめられるのは社長しかいません

 従来の事業をしている人は、新しいことをしている人に「なぜ、そんな余計な予算を使うのだ」と言い、新しいことをしている人は今までの仕事を深めている人に「そんなことをやっていても将来ないんだから、もっと新しいことやろうよ」と言います。志向や文化が違う人たちが社内に存在することになるわけです。

 そうした時に、トップがコミットしないと多くの場合、イノベーションはうまくいきません。オープンイノベーションをやるためのツール、社内向けビズコンのやり方、ベンチャー企業との組み方、M&Aの仕方のようなものは、ある程度パターンや雛形があり、外から学ぶ方法はいくらでもできます。重要なのは、トップによるコミットです。

 また、トップがビジョンを語るストーリーテリングも大切です。経営学者などはセンスメイキングと言うこともありますが、従業員がストーリーに納得できることが重要なのです。将来がどうなるかわからない中、社長が言っていることに賛成するか反対するかは、結局は、社長の話に腹落ちし、納得できるかどうかなのです。たとえ社長自身がはっきりとわかっていなくても、将来像とその理由・背景などからやるべきことのストーリーを話し、従業員に共感させなければならないのです。

後編「【WiL 伊佐山元】日本のイノベーションをスケールアップさせる秘策」に続く

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