日本国内では、東京大学や東京工業大学、一橋大学、京都大学など国立大学のほか、早稲田大学や慶應義塾大学など有名私立大学の付近に出店。海外では、インド工科大学(IIT)やアメリカのブラウン大学にも店舗を開き、現在はハーバード大学やイギリスのオックスフォード大学への出店交渉も進んでいる。
なかでもエンリッションがもっとも力を入れているのがIITへの出店で、全16校のうち5校で店舗をオープンしている。積極的な海外展開やIITに出店する理由などを、同社代表の柿本氏に聞いた。
(インタビュアー:イシン株式会社 松浦道生)
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初の海外出店先にインドを選ぶ
―事業概要を教えてください。
自社ブランドの学生向けカフェ『知るカフェ』を運営しています。カフェの特徴は、国内ではすべての店舗が大学のキャンパス付近にあり、店舗のオペレーションをすべて学生が行っていることです。『知るカフェ』は企業の協賛金で運営されているため、利用者である学生は専用アプリに登録するだけで、無料でカフェを利用することができます。現在、国内外で計26店がオープンし、昨年は約90万人の学生に利用されました。
キャンパス付近への出店にこだわっているのは、学生が日常的に集まる空間をつくりたかったからで、国内における店舗名は「東京大学前店」「早稲田大学前店」など、ほとんどすべてに「大学前店」がついています。
海外の店舗は、大学の学長の許可をえて、すべて大学敷地内に出店しています。数多くのエンジニアを輩出しているインドのIITをはじめ、現在はアメリカのブラウン大学とアマースト大学に店舗を開いているほか、ハーバード大学やイギリスのオックスフォード大学、ケンブリッジ大学への出店も交渉中です。最終的には、世界中の大学でカフェを運営できればと考えています。
―創業の経緯は何だったのですか。
『知るカフェ』の創業は、学生時代における私自身の経験がきっかけになっています。多くの学生は、就職活動を始めるのと同時に、必要に迫られて業界や企業のことを勉強し始め、大人と対話をしながら自己分析を行っていきます。
しかし私の場合は、たまたま社会人のスノーボードチームとのつながりで、大学1、2年の頃から社会人と話す機会が多かったのです。その際、私は知らず知らずのうちに、会社のことや社会で働くことについて教えてもらい、社会や自分のことを考える機会をえていました。
このときの経験から、私は次第に「学生が社会や自分を知る場をつくりたい」と思うように。そして、『知るカフェ』の1店舗目を、母校である同志社大学の前にオープンしたのです。
『知るカフェ』を開いたときは、学生だけでなく、企業からも大きな反響を得て、「このビジネスモデルはイケる」と確信しましたね。ただ、従来にない新しいモデルだったため、企業の協賛を得ることにはとても苦労しました。それを乗り越えられたのは、企業が今までの新卒採用手法とは違う新たな方法を探っていたからです。優秀な人材に対する早期のアプローチをかけたい企業のニーズが強まっていたのです。
日本におけるエンジニア不足はより深刻です。今後、海外の人材を新卒で採用することは、日本企業にとって現実味のある選択肢になってくるでしょう。そこで、私は創業2期目にはすでに『知るカフェ』の海外進出を視野に入れるようになっていました。
Image: Shirucafe
―初の海外出店先にインド工科大学(IIT)を選んだのはなぜでしょう。
IITは世界トップレベルの理系人材を数多く輩出しているからです。たとえば、グーグルCEOのサンダー・ピチャイさんや、サン・マイクロシステムズ共同創業者のヴィノド・コスラさん、元ソフトバンクグループ副社長のニケシュ・アローラさんなどがIIT出身者として知られていますね。インド企業ですと、ECモール同国最大手、フリップカードの創業者もIIT出身です。そしてIITには、世界中の多くの企業が優秀な頭脳を求めて人材獲得に訪れるのです。
しかし一般的に、IITの学生は、フェイスブックやグーグルは知っていても、日本の企業を知る機会がほとんどありません。就職活動を始める頃になってやっと、一部の日本企業を認識するようになるのです。
―IITの学生にとって日本は身近ではないということでしょうか。
ええ、IITの学生は、アメリカのことはよく知っていても、日本のことをそもそも知る機会があまりないという現状があります。それにインドでは、「日本企業はその他の外国企業に比べて人気がない」「就業時間が長い」などと言われ、ネガティブに報道されることもあります。
しかしIIT学生の日本に対する印象は決して悪いものではありません。私たちがアンケートを取ったところ、回答者の8割が「日本企業への就職に興味がある」と答えてくれています。日本企業については、「興味があるものの、よく知らない」だけなのです。
IITでは、全16校のうち5校のキャンパス内で『知るカフェ』がオープンしており、「大学公認のカフェ」として1日約3,000人の学生に利用されています。店内でドリンクを注文する際に開かれる専用アプリには、協賛企業のロゴやプロモーションが広告として表示されるようになっています。
そして、このアプリの学生による登録率は9割以上。『知るカフェ』は、日本企業がIIT学生の生活に入り込むための重要なプラットフォームになっているのです。
IIT学長に直談判、交渉の決め手は自社のビジョンだった
―IITではすでに学生のハートをつかめているようですね。異国の地でビジネスを展開するにあたって、どのような考え方を大切にしていますか。
起業の原点である「大学1年生から将来の就職を考える機会や、早くから社会に触れ合える環境をつくりたい」という想いを大切にしています。「学生にとっての将来の選択肢を広げたい」という想いに、インターンシップ生も共感してくれ、現在は世界で550人のスタッフが『知るカフェ』で働いてくれています。
また、「自分で常識を決めつけない」ことも大事にしている考え方の一つです。常識を決めつけないからこそ、創業2期目にはすでにIITと出店に向けた交渉を行えていたのです。
インド進出に際しては、「インド市場は難しいぞ」と当初は周りから反対されました。それでも、「今やらないで、いつやるんだ」と説き伏せ、IITの学長に直談判したのです。たまたま大学のホームページに学長の連絡先が掲載されていたので、「会いたい」と伝えたら、会ってくれました。ビジョンと想いを伝えられれば、協力者は出てきてくれるものですよ。
Image: Shirucafe
「自分で常識を決めつけない」ことに関しては、もうひとつエピソードがあります。インドではよくあることだと思うのですが、インド3号店のオープンが、当初の計画から6ヵ月も延期してしまったのです。こちらとしては、投資金額も大きな案件です。工事が延びれば延びるほどオープンも遅れてきます。そうした状況の報告を日本で受けながら、私は「なんで、こんなに延びるのか」と苛立ちを感じていました。
そして、様子を見にインドの現場を夕方に訪れてみると、そんな状況にもかかわらずなんと20~30人近い作業員が全員、寝ていたのです。しかし私はここで、現地ゼネコンを怒りたい気持ちを抑えました。「日本の常識を自分が勝手に他国へ持ち込んではいけない」と思ったのです。「郷に入れば、郷に従え」ではありませんが、このインドで商売をさせてもらえること自体に感謝しなければといけないのだなと。そして、「なんのためにこのカフェをつくろうとしているのか」「なぜ早くつくってほしいのか」を現地のゼネコンに丁寧に伝えました。
私の想いは現地ゼネコンにも伝わり、現場の工事作業員たちも、社長自ら日本から足を運んできたことに驚いたようで、そこから工事は無事、スムーズに進んでいきました。
―最後に今後の抱負を聞かせてください。
今後、いくらAIが発達したとしても、「カフェ×おもてなし」のカタチはAIに取ってかわられるものではないと思います。国内でも海外でも、『知るカフェ』では店舗デザインの図面作成を専門家に依頼し、内装にこだわってきました。接客では1店舗に15人の学生がつき、世界中どの店舗でも日本式のおもてなしを提供しています。
また『知るカフェ』のロゴは、学問の神様である「菅原道真」の家紋である「梅の花」と、私たちのビジネスが京都から始まったということもあり「日本らしさ」を意識したデザインになっています。こうした一つひとつのこだわりが資産となって、『知るカフェ』のブランドを形成していくと思っています。
私は資金調達を行った際、株主には「世界を取る」と宣言しました。これからも積極的に世界へ挑戦し続け、日本だけではなく、世界中の学生に、『知るカフェ』があったから、自分の将来がある」といってもらえるような経験を提供できる企業を目指していきたいですね。
※【告知】2019年6月、「インド×日本のコラボレーション」をテーマにした招待制サミットをインドのバンガロールで開催します。ご興味ある方はサイトよりお問い合わせください。
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