名刺管理サービスの国内最大手であるSansan株式会社。設立13年目のスタートアップ界の雄は、2015年にシンガポール、2017年にインドにも進出。2019年から「世界に挑むビジネスプラットフォーム」を目指すと宣言している。今回は個人向け名刺アプリEightのグローバル責任者を務める千住氏に話を聞いてみた。(インタビュアー:イシン株式会社 松浦道生)

千住 洋
Sansan
Executive Producer Eight
メキシコ生まれ、アメリカ育ち。2003年に中央大学総合政策部卒業後、日本オラクルに入社。6年間、営業としてデータベース製品、BIソリューションを販売。2009年にSansan入社。入社後2年間は経営管理部にて、人事、法務、経理、財務や名刺入力オペレーションを担当。2011年より新規事業Eightの立ち上げに参画し、プロダクトマネジメントやマーケティングを統括。その後、海外展開の責任者としてインドを拠点に活動中。

2015年にシンガポール、2017年にインドに進出

―まず御社の概要を簡単に教えてください。

 平たく言えば、法人・個人向けに名刺管理サービスを提供しているのですが、我々が目指すのは単なる名刺管理にとどまりません。「出会いからイノベーションを生み出す」、そのためにサービスをつくっています。

 法人向けのクラウド名刺管理サービス「Sansan」は、社内に眠る名刺をデータ化し、人と人のつながりを情報として可視化・共有できるクラウド名刺管理サービスです。2012年には個人向け名刺アプリ「Eight」の提供を開始しました。アプリで正確に名刺を管理できるだけではなく、ソーシャルの仕組みを取り入れ、名刺をビジネスのつながりに変える新たなビジネスネットワークとして、日本国内の登録ユーザーは200万人を超えています。

―グローバル展開を始めた経緯は何でしたか。

 創業当時から、経営陣のなかではグローバル展開の話が出ていました。まずは国内シェアを固めるのが先決でしたが、すでにグローバルに出て行くことは計画に組み込まれていました。

 我々は名刺交換する文化がある国には、全てビジネスチャンスがあると思っています。とはいえ、まずは英語圏で、名刺交換のビジネス文化があり、かつ競合が少ないマーケットという視点で、各国でテストマーケティングを行いました。

 結果、2017年に個人向けのEightをインドでサービス開始することにしたのです。

なぜインド人は名刺を大事にするか

―Eightの最初の海外進出先として、インドを選んだ理由は何だったのですか。

 インドは平均年齢の若さ、人口の多さ、国の成長率等といった定量的な魅力ももちろんあるのですが、特に私が魅了されたのは2つの理由からです。

 1つ目の理由は、新しいものを受け入れる柔軟性があることです。インドはご存知の通り、7%近い経済成長率を維持し続けています。私もこの1年間、ムンバイという商業都市にいるのですが、国の豊かさによる変化というよりも、生活がITサービスによって、どんどん便利になってきているという変化を日々感じています。

 インド版食べログのサービスを展開するZomatoや、電子決済及び電子商取引企業のPaytm、格安ホテルチェーンのOYOなど設立10年未満のスタートアップが次々と生まれ大きく成長しています。感覚的には、日本でいうメルカリのようなサービスが毎年数社生まれているような状況です。

 人々の生活ライフスタイルがITによって日々変わっていく様は、圧巻です。テクノロジーを生活に取り込んでいく、インド人の柔軟性を肌で感じたのです。そしてEightも正しく魅力を伝えられれば、インド人にも受け入れられると期待できました。

 2つ目の理由は、インドのビジネスパーソンは人脈ネットワークの形成、管理の重要性を十分に理解していたからです。日本では、名刺交換の時に「◯◯の会社に勤めている人間です」と会社紹介をし、会社対会社としてビジネスを始めることが一般的だと思います。

 一方で、インドは個人と個人同士の結びつきが大きい。ビジネスも、個人の自己紹介から入るのと、そうではないのとでは進み具合が全く違います。特にEightがターゲットとしているのは、高い役職を持つビジネスパーソンです。彼らは当然、自分の名刺を持っており、すでに自身で名刺の管理もしていました。

 先日もあるエグゼクティブの机を見せてもらう機会があったのですが、引き出しの中に名刺の束が何重にも保管されていました。またそれとは別に、お手製の名刺管理フォルダがつくられていて、どこでその人と会って、どんな会話したかなども手書きで書いてありました。

 インドのエグゼクティブたちは、自分のビジネスネットワークの価値を強く意識し、ネットワークをさらに強化していこうとしています。実際にビジネス交流会のようなミートアップの場は多く開催されています。日本人よりも、人脈に対する意識は高いと感じました。

ユーザーに直接会ってLinkedInとの違いを訴求

―実際にインドに進出してみて、想定外なこともあったのではないですか。

 進出前のテストマーケティングから「ビジネスパーソンにおける名刺管理のニーズ」は理解していたものの、ユーザーに我々が提供できる価値を理解してもらうことと、サービスをどうローカライズさせていくか、フィットさせていくかが想定よりも時間がかかりました。

 インドでは、ビジネスシーンでLinkedInがよく使われており、Eightとの違いを伝える必要性がありました。Eightは実際に名刺交換をしたことのある人たちのネットワークを管理するプラットフォームです。一方、LinkedInはまだ会ったことがない人とコミュニケーションを取ることができ、自分のキャリア形成にもつながるプラットフォームです。この違いを訴求していく必要性がありました。

 私自身、LinkedInとEightを併用しています。2つのサービスは違うポジションであり、共存できるものだと思います。

 こういった説明はオンライン広告ではできないと判断し、早い段階でマーケティング戦略を切り替えました。自分たちで地道にネットワークをつくり、普及活動をしていくことにしたのです。

 また、プロダクト面でも想定外なことがありました。当初はできるだけ日本のEightの仕様を使えたらいいと考えていたのですが、最終的にはインドで得た知見をもとに新たに仕様をつくり変えるケースもありました。

 具体的な例を挙げると、日本のユーザーは名刺データの“正確さ”を一番に求めます。ところがインドでは正確さよりも、一番に“スピード”を求められたのです。それまで日本では、名刺を撮影してからデータ化するまでのスピードについて遅いと言われたことはあまりなかったのですが、インドでは「データ化するのに、いつまで待たせるんだ」という声が非常に多かったのです。そこで、機械で認識した読み取りデータをはじめにユーザーに見せながら、後追いでオペレータが入力した結果を反映する仕様に変更しました。

 日本人とインド人の時間に対する感覚の違いは、実際にやってみないと分からないことでした。こういったユーザーの声をひとつひとつ集めていくなかで、グローバルの要望を吸収できる専用の開発体制をつくらないと、ユーザーの要望やスピードに追い付けないと判断しました。

インドのユーザーに対応するため、グローバル専用の開発体制を整備

―インド進出から1年以上が経ちました。手応えはどうでしょうか。

 グローバルから得られるフィードバックを吸収できる開発体制を整えてから、より早くマーケットフィットしてきたという実感はあります。

 また、PR戦略も代理店にお願いする形は捨て、まずは自分たちで地道に普及活動を取ることにしました。小規模なミートアップができる一軒家を借りて、定期的にミートアップを開催しました。ホームパーティーのようなフランクな場を設け、ユーザーの本音を聞き出すことができ、徐々にファンも広がったと思っています。

 最初の1年間は、ユーザー理解、マーケット理解、そしてユーザーに合わせたグローバル専用のアプリを出していくことに時間もお金も投資しました。実際、ユーザーの利用頻度や継続率の指標は上がってきています。また一人当たりの名刺の撮影枚数も増えています。この1年間の私たちの戦略、戦術は間違っていなかったと感じています。

―最後に今後の抱負を聞かせてください。

 我々のいるムンバイは、インドの中でも商業都市なのですが、まずはここでヘビーユーザーをつくりたいですね。いまムンバイにはWeWorkが7拠点あり、WeWork会員はみなEightに名刺を取り込むスキャンサービスを受けられます。まずはWeWork会員であれば、誰もが知っているという状態にしていきたい。実際、WeWorkからの波及効果は高く、他のコワーキングスペースや法人からも同じことをやってほしいという声を頂いています。

 そしてインドでサービスを広げながら、Eight自体のプラットフォームの進化、そしてインドの先にある他の国への展開も見据えています。「出会いからイノベーションを生み出す」ためにはまだ道半ばです。市場は全ての国にあります。まだまだこれからです。

特集 India x Japan

#1 【日本ユニシス】インドはデジタルトランスフォーメーションが最も起こりやすい国

#2 【アカツキ】インドのエンターテインメント、ライフスタイル市場に注目

#3 日本発プログラミング学習サービスProgate、IT大国インドへ挑戦

#4 【Sansan】日本発の名刺アプリがインド進出を決めた理由

#5 インド工科大学で『知るカフェ』5店を運営する日本人経営者



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