スタンフォード大学アジア太平洋研究所 Research Scholar
櫛田 健児

シリコンバレーでは日々、スタートアップたちが潤沢な資金を活用し、「場外ホームラン級」のビジネスを狙い続けている。なぜシリコンバレーでは既存の価値観を壊し、世の中を変えるレベルのイノベーションが可能となるのか。日本企業がとるべき戦略とは何か。20年間にわたり、現地の動向と日本企業の取り組みを注視し続けてきたスタンフォード大学の櫛田氏が語る。

※本記事は「Silicon Valley - New Japan Summit 2019 Tokyo」のトークセッションの内容をもとに構成しました。

FAMGAはなぜ潤沢なキャッシュを持っているのか

 シリコンバレーとは、スタートアップが生まれ急速に育ち、既存の業界・企業をディスラプションするところです。AI革命やアルゴリズム革命を推し進める企業・人材・資金が揃っているエコシステムが、シリコンバレーなのです。

 また企業が生み出す「価値」について本質的に考えられる場所でもあります。価値づくりにおいて必要なのは「ペインポイント」「ソリューション」、そして「スケール」です。ペインポイントを把握し、そのソリューションがあっても、スケールできないとすぐには世界展開できません。トップベンチャーキャピタリストは相変わらずシリコンバレーへ多額の投資を行っていますが、投資先となるのは場外ホームラン級のインパクトを期待されるスタートアップだけです。そこを左右するのが「スケール」なのです。

 スケールするには、新しい業界を作るか、既存の業界をディスラプションすることが不可欠です。「シリコンバレーもいずれディスラプションされるのでは?」という声を聞くこともありますが、現時点ではその可能性は高くはないと考えています。なぜなら、FAMGA(Facebook、Apple、Microsoft、Google、Amazon)などシリコンバレーの企業は、米国企業(金融以外)でトップテンに入るほどのキャッシュを持っているからです。(注:Amazon、Microsoftの本社はシアトルだが、シリコンバレーでも中核事業の人材を確保するために展開)

 キャッシュがあれば、R&DもM&Aもできます。ここが、キャッシュではなく株でM&Aを行っていた90年代のIT企業と大きく異なる点です。「キャッシュで世界中の素晴らしい『芽』をシリコンバレーに持ってくる」という流れが続けば、シリコンバレーの存在感はこの先も変わらないことでしょう。

櫛田 健児 (くしだ けんじ)
1978年生まれ、東京育ち。2001年6月にスタンフォード大学経済学部東アジア研究学部卒業(学士)、2003年6月にスタンフォード大学東アジア研究部修士課程修了、2010年8月にカリフォルニア大学バークレー校政治学部博士課程修了。情報産業や政治経済を研究。現在はスタンフォード大学アジア太平洋研究所研究員、「Stanford Silicon Valley - New Japan Project」のプロジェクトリーダーを務める。おもな著書に『シリコンバレー発 アルゴリズム革命の衝撃』(朝日新聞出版)、『バイカルチャーと日本人 英語力プラスαを探る』(中公新書ラクレ)、『インターナショナルスクールの世界(入門改訂版)』(アマゾンキンドル電子書籍)がある。http://www.stanford-svnj.org/

 では、FAMGAはなぜ潤沢なキャッシュを持っているのか――世の中に「価値」を提供したからです。

 「たくさんのデータが価値となっている」という考え方は違います。データがあるから価値が作れるのではなく、「価値を提供しているからデータが集まる」というのが、正しい認識です。

 たとえば、グーグルマップは非常に便利かつ無料で、圧倒的に渋滞情報が優れているからこそ、広く使われるのです。ユーザーとしてはこういう価値をもらっているから、位置情報などをグーグルに提供しても良いと考えているのです。位置情報を提供することで渋滞情報や到着時間の予想の精度が上がるので。Uberのような企業ですら、プラットフォームとして使っているように。どうでもいいデータをいくら集めても、突然価値が生まれるのは非常にまれで、期待すべきではないと思います。

 ツールをどんどん公開する。一般公開したツールをいち早く実装して使えるものにする。新しい技術に付加価値をつけ、場外ホームラン級のシステムやサービスを生み出す。こうした手法は、シリコンバレーの十八番でもあります。

 逆に、場外ホームランを打つには、「価値」を見つけなくてはいけない。だからこそ、数々のスタートアップが価値創造を模索し、ペインポイントの解決とスケールを急ぐわけです。そうした競争の繰り返しが、そのままシリコンバレーの歴史となっているのです。

Uberが自動車産業へ与えた影響

 Uberについて考えてみましょう。Uberはもともと、「ベイエリアでの移動のしづらさ(渋滞、サンフランシスコ市内の駐車場確保の難しさ、公共交通機関の圧倒的な不便さ、タクシー不足や乗車時のトラブルとボロボロの乗り心地の悪い車体)」というペインポイントの解消を目的に生まれました。

 そのソリューションをひと言で表すと「良い車と免許さえあれば、誰もがドライバーとして登録できる」ことで、混雑時に価格が上がり、それによってドライバーの数が増えるという需給のバランスを両方からアジェストさせる仕組みです。ドライバーがプロではないことに不安を感じる方もいるかもしれませんが、ドライバーは各々の自家用車を使うため、「むしろタクシーより安全運転」と実感します。

 また、乗客とドライバーとが相互評価するシステムにより、評価が低いドライバーを排除して悪いドライバーから乗客を守るだけではなく、タチの悪い乗客も排除されていくので、ドライバーを乗客からも守っているのです。もちろん、料金やルートと到着予想時間は予めアプリ上で確認できるので、普通にタクシーを捕まえて乗るよりもユーザーに情報が提供されます。つまり、乗客とドライバーという両者のペインポイントを解決できる仕組みを備えているのです。これで母親が子育ての合間の時間に、会社員が車で出勤するついでになど、さまざま人がフレキシブルにドライバーになれるわけです。

 スケールの方法についても触れておくべきでしょう。Uberのサービス展開には膨大なデータの処理・駆使が必要でしたが、AWSなどのグローバル規模のクラウドサービスをバックエンドに活用することで、自社のデータセンター構築が間に合わなくても急速に増える情報処理と蓄積のニーズをこなすことができました。地図データに関しては、先述の通りグーグルマップを使用。つまり、複数のプラットフォームの上に作られたサービスなのです。こうした手軽さにより、Uberのサービスは一気に世界中に広がりました。また、「あり合わせ」の側面もあるので、Lyftなどのライバルや、アジアではGrabなども出現しています。

 話はここでは終わりません。Uberの登場は図らずも、車を所有することのペインポイント(給油・メンテナンス・保険・パーキングなどの、費用・時間・手間など)も解消しました。さらに、乗客たちが「短時間の移動であれば、車種は気にならない」と考えるようになったことで、自動車産業そのものの価値破壊まで引き起こそうとしています。

 Uberという企業がこの先も続くかは分かりません。実際、さまざまな側面での綻びも見えています。ただし、Uberがなくなっても、Uberより良い会社がその穴を埋めていくことでしょう。解決したペインポイントが非常に多く、深いからです。何より、一度破壊された「自動車産業の価値」は、元には戻らないのです。

後編はこちら

シリコンバレー流DXとテスラの衝撃、そしてイノベーション人材の育成
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