スタンフォード大学アジア太平洋研究所 Research Scholar
櫛田 健児

シリコンバレーでは日々、スタートアップたちが潤沢な資金を活用し、「場外ホームラン級」のビジネスを狙い続けている。なぜシリコンバレーでは既存の価値観を壊し、世の中を変えるレベルのイノベーションが可能となるのか。日本企業がとるべき戦略とは何か。20年間にわたり、現地の動向と日本企業の取り組みを注視し続けてきたスタンフォード大学の櫛田氏が語る。
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※本記事は「Silicon Valley - New Japan Summit 2019 Tokyo」のトークセッションの内容をもとに構成しました。

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Teslaは「車とは何か」を再定義する存在に

 自動車産業にとっての脅威を、Teslaを例に考えていきましょう。

 Tesla社の共同設立者であり現CEOであるイーロン・マスクは、一般的な経営者たちとは「会社」についての考え方から全く異なります。Teslaは今やアメリカで高級自動車のカテゴリーで、電気、ガソリンを問わずもっとも多く売れている自動車であるにも関わらず、彼は売り上げ台数での勝負が本質ではありません。イーロンはTeslaは株主や社員のための会社ではなく、このままでは地球の環境破壊が進んで人類が住めなくなるので、エネルギーシステム変革を引き起こすのがTeslaだと語っています。すなわち上場企業の社長でありながら、「Teslaは触媒である」と断言しているのです。彼のモチベーションはお金ではなく人類のため。そのうえで、すでに驚異の新しい価値創造の数々を見せてくれています。

 自動車産業においては、IoTの究極ともいえる自動運転を部分的に可能にしました。ダウンロードをするだけで、ある日突然、自動運転モードのAutopilotが実装され、どんどん性能が上がっていきます。急ブレーキの性能も、ソフトウエアのダウンロードで大幅に上がりました。また、ペットを買い物に連れて行く際にペインポイントとなる飼い主が車を離れる際の車内温度の管理も、「ドッグ・モード」の登場でペットが車内で冷房に守られて待機でき、スマートフォンで室内温度が監視できる機能も導入されました。子どもたちが車内で楽しめるような仕組みもたくさん実装しました。さらに重要なのは、緊急時にバッテリーの容量を、遠方操作で本社から災害地の車体に対して解放できたことです。それまではバッテリーの寿命を伸ばすために使用制限されていたバッテリーを解放し、激しい山火事や大型ハリケーンから避難する車に対し、「避難時に車の充電が足りない」といったことにならないよう、使用可能なバッテリー量を一時的に増やしたのです。

 車だけでなく、ソーラーパネルについても画期的な技術を生み出しました。これまでのように屋根に太陽光パネルを貼り付けるタイプではなく、太陽光パネルと屋根用タイルを一体化させた製品を商品化させたのです。自宅のTesla社ソーラーパネルで発電し、大容量のTesla Wallバッテリーで蓄電し、夜にTesla車の充電ができ、もうほとんど外からの電気を買わなくて良いので、家庭単位で二酸化炭素の排出量をカットできます。

 つまりTeslaは「車とは何か」を再定義させる存在になったわけです。同社ではパフォーマンスや動きを常に測り、膨大なデータを集めています。Teslaが運営する充電ステーションもアメリカで1万を超え、常に車からその位置と空き状況が見え、充電が終わってもつなげ続ける人には1分1ドルの罰金が課せられるなど、システム全体を提供しているのです。自動運転も一般向けには一番発達しており、常に地図などと連動してユーザーのデータを吸い上げているので、例えば車線がわかりにくい一般道の車線分岐点のところで何度かAutopilotが外れたら、次第に学習してくれるのです。こちらも、「価値の提供によりデータが集まる」の好例といえるでしょう。

櫛田 健児 (くしだ けんじ)
1978年生まれ、東京育ち。2001年6月にスタンフォード大学経済学部東アジア研究学部卒業(学士)、2003年6月にスタンフォード大学東アジア研究部修士課程修了、2010年8月にカリフォルニア大学バークレー校政治学部博士課程修了。情報産業や政治経済を研究。現在はスタンフォード大学アジア太平洋研究所研究員、「Stanford Silicon Valley - New Japan Project」のプロジェクトリーダーを務める。おもな著書に『シリコンバレー発 アルゴリズム革命の衝撃』(朝日新聞出版)、『バイカルチャーと日本人 英語力プラスαを探る』(中公新書ラクレ)、『インターナショナルスクールの世界(入門改訂版)』(アマゾンキンドル電子書籍)がある。http://www.stanford-svnj.org/
 Tesla社も、この先どうなるかは分かりません。ただし同社には、成功体験をもつ優秀な社員が多数育ち、同社を離れても成功体験として次のチャレンジに向けて走っています。TeslaのIPOによって多額の資金も得た従業員や元従業員も数多くいます。こうした人材が、シリコンバレーにはそこかしこにいるのです。

 自動車産業の価値破壊の動きは、これだけではありません。

 たとえば、Lyftがシアトルとポートランドで試験的に導入している「グリーンモード」。これは、ライドシェアでエコカー(電気自動車かハイブリッドカー)が呼べるサービスです。

 そもそも電気自動車が未だに自家用車購入時の本命になっていない理由は、「乗車経験がないから」という理由も大きいのです。そこで、グリーンモードの出番です。たとえばUberよりLyftのグリーンモードの到着が10分遅かったとしても、到着時間があらかじめ分かるので道端で待つのではなく、アプリで確認しながら仕事や他のことをして、車が近くに来たら外に出れば良いだけなので、適度に時間調整できる乗客ならば「環境にも貢献できるし、一度は電気自動車に乗ってみよう」となるものです。一度乗車したことがある人が劇的に増えれば、「うちの2台目は電気自動を買おう」と考える人が増える可能性が高いという研究結果があります。するとどうなるか――。ガソリン会社や自動車メーカー、部品会社や下請け会社など、ガソリン車関連企業の優位性が奪われ、電気自動車関連企業の台頭のきっかけになり得るのです。

 さらに、Aurora Innovationというスタートアップについてもお話ししましょう。同社はTeslaとGoogleの各自動運転開発者たちとAIの教授によって2017年に設立された、自動運転に特化したシステム(OS)だけをつくる企業です。Auroraが自動運転のWindowsになる可能性は、大いにあります。Auroraの自動運転がもっとも安全で安定したものとなれば、自動車の価値は、他のどんなスペックよりもAuroraを載せているかどうかによって乗っている人の安全性や乗り心地が決まります。そうすれば安くて長持ちの車があっても、Auroraを載せていなかったら、多少は壊れやすくてもAuroraを載せている車種の方が安全だということになり、既存の自動車産業の価値の大部分をAuroraが持って行くことになる。もちろんAuroraが勝つとは限らないが、勝つにはこの創設者チームに勝たなくてはいけないのです。

 もちろん、いずれもこのシナリオ通りに進むとは限りませんが、シリコンバレーではこうしたシグナルをあらゆる場面で目にします。さて、あなたの会社はどう動くべきでしょうか。

補完技術と利害関係者の動きがインパクトを左右する

 AI革命の本質とは、AI技術そのものにあるわけではありません。AI技術だけでなく、「その技術を誰がどう価値につなげるか」が本質です。

 たとえば、蒸気エネルギーは船と鉄道によってモノ、人、金の動きを大幅に変え、我々の文明を大きく前進させましたが、蒸気エネルギーという技術は運河という大規模なインフラ工事やベッセマーが発明した鋼鉄製の鉄道レールと組み合わさって初めて活用できたました。そして蒸気エネルギーで動く工場から、電気エネルギーで動く工場は、電力化という革新的な技術が現れた途端に生産性が大幅に上がったのではなく、70年後にヘンリー・フォードのライン生産を開発してから大きく伸びた。どんなに素晴らしい技術もそれ単体で本質的な技術革命が起こるのではなく、補完関係が強い別の技術の開発・組み合わせによって活かされ、革新が進むのです。

 AIも同じです。既存の技術だけでなく、まだ我々も知らないような技術との補完関係が複数成り立ったときに、今までにはない価値を発揮することでしょう。

 ただし、そうして生まれた価値がどれだけ世の中に広まるかは、その新技術による利害関係や影響を受ける業界や行政の動きに大きく影響されます。

 たとえば、薬の副作用を分析するツールが開発され、それによって薬の投与量を減らせるとします。消費者にとっては非常にグッドニュースですよね。アメリカであれば、保険・病院事業を垂直統合で展開する企業がすぐに取り入れるでしょう。しかし、日本も同じ動きを辿るとは限りません。「処方する薬を減らされては困る」という非常に政治力が強い産業団体などが反対する可能性があるからです。ステークホルダーと折り合いをつけるという問題が解決されない限り、いくら素晴らしい技術でも世界中に均等に浸透することはありません。

 そういう意味でも、客のペインポイントを知るだけでなく、客の客のペイントポイントを測り、それぞれに対して最適なAIソリューション、スケールをする必要があるのです。

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