※インタビューシリーズ「シリコンバレーから日本を考える」では、櫛田健児氏(スタンフォード大学ジャパン・プログラム リサーチスカラー)がシリコンバレーの企業・スペシャリストにインタビューし、日本の未来・可能性について掘り下げます。
<目次>
・働き方を変革する「ワークマネジメント」
・データで測れないインサイトも進出の判断材料に
・日本でのパートナー企業の選定基準は?
・業務改革の意識を高めたコロナ禍のリモートワーク
・「リージョン・ファースト」で現地法人に権限移譲
・日米の労働観のギャップが浮き彫りに
働き方を変革する「ワークマネジメント」
櫛田:まずは日本法人の代表を務める田村さんにお聞きします。ワークマネジメントツール「Asana」の概要から教えてください。
田村:Asanaは、業務に必要な情報・コミュニケーション・必要な資料などを、それぞれタスクという単位に紐付け、人・仕事の可視性や生産性を向上させるクラウドアプリケーションです。
田村:大きな特徴は、先ほど述べた通りチャットやメールなどによるコミュニケーションのうち、指定されたプロジェクトやタスクに関する内容がひもづいて、ひとつのグループが形成されること。各ブロックを見れば仕事の流れなどもわかるので、わざわざホウレンソウを行う必要はありません。会議は進捗報告に終始せず、話し合うべき議題に集中できます。これらは一般的なコミュニケーションツールとの大きな違いです。
では一般的なプロジェクト管理ツールと何が違うのか? 多くの既存製品は管理者用の状況把握ツールであり、メンバーに報告事項を入力させるもの。対してAsanaは、管理者だけでなくメンバーも利益を享受できます。メンバーはAsana上でいつも通り仕事を進めるだけ。管理者はAsanaを見れば進捗が分かります。
また、プロジェクトやタスク同士のつながりが“見える化”されている点も特長です。会社のミッションにはじまり、目標、ポートフォリオ、プロジェクトとプロセス、タスクまでがピラミッド型に表示できます。
田村:これによって、現場の各タスクが最上位概念のミッションまでつながっていることが一目瞭然に。そして、経営陣からメンバーまでが会社や仕事の全体像、自身の立ち位置を確認しながら業務に取り組めるわけです。
データで測れないインサイトも進出の判断材料に
櫛田:これまで御社はどのくらいグローバルに展開してきたのですか? 日本法人の体制と併せて聞かせてください。
山田:Asanaは、最古参の日本人メンバーは私です。アメリカの大学を卒業後、2016年7月にAsanaへ入社しました。当時はサンフランシスコとニューヨーク、そしてダブリン(アイルランド)の3拠点に展開しており、社員数は200名ほど。
すでに売上の半分はアメリカ以外の地域で占められており、本格的なグローバル展開の機運が高まっていました。私は入社から2年ほどエンジニアとして働いていたのですが、日本への進出計画が立ち上がり、マーケットリサーチのプロジェクトを担当することになりました。
田村:日本オフィスの設立は2019年3月。現在のメンバーは19名です。
櫛田:シリコンバレーのスタートアップは、早い段階から国外市場に目を向ける傾向がありますよね。山田さんがマーケットリサーチを任されたとき、他に日本に詳しいメンバーはいたのですか?
山田:いえ、日本語ができるのは私だけでしたね。そこで手がけたのはビジネス側のリサーチ。Asanaがどれくらい日本で売れているのかを調べ、日本の顧客に話を聞いたり、パートナー候補に会ったりしました。
Photo: mojo cp / Shutterstock
山田:一方、プロダクト側のリサーチは外部のコンサルティング会社に委託。製品をこのまま日本に展開しても問題ないかなど、さまざまな点を調査してもらいました。
櫛田:たくさんの調査データが出そろっても、コンテクストがわからないと判断が難しいですよね。その際はデータ以外の面で提案や助言をできる人が必要になります。山田さんはそういった役割も担っていたのですか?
山田:そうですね。まず前提として、マクロ的な観点では日本市場の魅力は揺るぎません。GDPは世界3位、IT投資額は2位の巨大市場ですから。とはいえ、数字で測れない部分も重要です。当社の経営陣は「実際どうなの?」といったフワッとしたインサイトを求めており、懸命に本質を見極めようとしていた印象です。
日本でのパートナー企業の選定基準は?
櫛田:日本でのパートナー探しはどのように?
山田:AsanaのCOOや営業トップは日本市場での経験があり、彼らのツテをたどってパートナー候補と会いました。ただし、軽々に契約は結べません。最終的な判断は代表の田村に任せました。
田村:日本に限らず、ビジネスの状況は短期間で大きく変わります。ですから、事前スタディを念頭に置きつつも、ゼロベースで「いまの顧客の購買方法は?」「Asana以外の第三者が必要なケースとは?」といった点を再考しながら進めました。
そして、改めて顧客視点でバリューを深掘り。「必要なパートナーのバリューアドとは?」「それは顧客にとってどんな存在か?」「パートナーが入った場合の商流はどうなるか?」といった点を細かく詰めていきました。
Photo: LeonidKos / Shutterstock
田村:たどりついたのは「お客様にとっての付加価値が必要」というシンプルな結論。つまり、自らもAsanaを使い、その真の価値を理解し、顧客にきちんと伝えられることが重要です。
さらに「このツールをこう使うことで、仕事をこんなふうに変えられる」と踏みこんだ提案ができるパートナーと協業したい。そうした存在は簡単に見つかるものではなく、われわれが育てていかなければなりません。ある程度の体力が必要ですが、揺らいではいけない軸だと考えています。
業務改革の意識を高めたコロナ禍のリモートワーク
櫛田:顧客とのあいだにSIerなどが入り、見こみ違いの結果になることはありませんか? 既存システムの一部に組みこまれてしまい、きちんと活用されないとか。
田村:その心配はありません。われわれの顧客はIT部門に限定されたものではなく、営業・総務・購買などフロントラインでビジネスを行っている方々ですから。しかも、最近は業務ツールなどの予算は各部門につけられることが多い。つまり、おサイフも意思決定権も現場にあるわけです。
なかには「買うときは口座のある既存パートナー経由で」と指定されるケースもありますが、その割合は低い。クラウドの時代へ移行にするにつれて、エンドユーザーがソリューションを選択するケースが格段に増えましたね。
もちろん、ご指摘の懸念はわかりますよ。実際、多くの方がIT部門を通して導入されたシステムで痛い思いをしてきました。だからこそ、「きちんとした情報を得て、しっかり理解してから自分たちで決めたい」という思いが強いのでしょう。
櫛田:当初のSalesforceのように「営業がもっている予算だけで始められます」という小さな導入から、各部門へ大きく広がっていくようなイメージですね。でもポジティブな面だけではなく、「いまのプロセスを変えると、責任の所在がわからなくなる」といったネガティブな意見は出てきませんか?
田村:その会社の危機意識によりますね。仮に組織を3層に大別すると、ほとんどの経営トップは危機感を抱いています。そして、現場も「もうちょっと仕事のやり方を変えられないか」と考えているケースが多い。
Photo: Cagkan Sayin / Shutterstock
田村:実は多くの場合で足を引っぱるのは真ん中、いわゆる中間管理職です。Asanaを入れることで役割やタスクが大きく変わり、もしかしたら自分たちは‟いらない人”になってしまうかもしれないと。その層が抵抗勢力になるのか、推進勢力になるかどうかで、その組織がAsanaから得られる効果は大きく違います。
とはいえ、新型コロナウイルスの流行で風向きが変わりました。以前はいくらでも抵抗できたのですが、コロナ禍のリモートワークでは中間層の方々も抵抗しづらい。会社全体で仕事を変えていかなければ、という流れになっています。
山田:同感ですね。中間層をいかに味方につけるかは、プロセスを変えるうえで非常に大きなポイントだと感じています。
「リージョン・ファースト」で現地法人に権限移譲
櫛田:企業としてのAsanaはどんどん大きくなっています。日本法人と米本社のコミュニケーションに問題はありませんか?
田村:社員総数は1,000名を超えましたが、拡大による弊害は感じていません。それを支えているのは「リージョン・ファースト」というAsanaの方向性。「その地域のビジネスをもっとも把握しているのは最前線にいる人たち」という考え方です。実際、日本・アジア太平洋地域・欧州・北米という各地域に大きくエンパワーメントをしており、その度合いはどんどん高まっています。
櫛田:エンパワーメントは永遠のテーマですよね。権限移譲が進むことで、方向性がバラバラになってしまう危険性もあります。
田村:全体のルールや管理職の役割は本社が決めています。チェスにたとえるなら、「ポーンはこういう役割をします」「ビショップはこう動きます」というルールは全世界共通です。
Photo: Monster Ztudio / Shutterstock
田村:ただ、その駒をどこに動かすかは各地域の対局者が臨機応変に決めていい。統一ルールのもとで同じ役割の人が各リージョンにいるけれど、具体的な戦略と動き方はそれぞれの現地法人に委ねられているわけです。
櫛田:グローバルな観点において、日本市場の優位性は何ですか?
田村:オペレーションにおいては、日本で最適な方法をとれることでしょう。英語圏のリージョンでは英語の既存アセットをそのまま展開していますが、日本では日本語のアセットをもう一度組み立て直さなければいけません。
逆にいえば、「日本に適するように言語以外の部分も組み立て直せる」ということ。日本とアメリカでは商習慣やマインド、行動パターンなどが異なるため、日本用に変更できる効果は大きいですね。
田村:Asanaは「世界のチームが容易に協力しあえるようにし、人々の豊かな未来に貢献する」という明確なミッションを掲げ、「チームの一人ひとりがベストをつくし、お互いに共感と信頼をもって大きな仕事を達成する」という姿勢を大切にしています。
カルチュラル・インテリジェンスを尊重し「働き方改革」や日本固有の「DX」などの日本固有の課題や文化の違いなどチームが理解を深めるために努力してくれます。
また「日本の市場ではAsanaはどう役立てられるのか」「この翻訳コンテンツは日本でも活用できるか」など細かな気遣いをしてくれます。どこにいても「世界の人々の豊かな未来に貢献するチームメンバー」と感じられるAsanaのカルチャーは、本当にすばらしいと感じています。
日米の労働観のギャップが浮き彫りに
櫛田:最後に、想定内と想定外の本音を聞かせてください。これまで日本の大企業向けにサービスを展開してきた中で、どのような成果と課題がありましたか?
山田:マーケティングのキャズム理論でいうアーリーアダプター層には、早期に受け入れてもらいました。これは想定内の成果。その次の大企業のみなさんには、予想以上に早く受け入れてもらった印象ですね。
内野:その一方で、想定外の課題は、日本では「働き方」の根本的な考え方がアメリカをはじめ世界各国の地域と大きく異なるため、その部分をいかにわかりやすく伝えていくかという点です。
国内トップ企業のビジネスパーソンや、シリコンバレー流を目指すスタートアップ経営者でさえ、凝り固まった日本的労使慣行や独特の商慣習からの脱却に苦戦しているように感じます。
Photo: iJeab / Shutterstock
内野:当社で実施した調査によると、働き方に関わる違いや新型コロナウイルスの影響について、日本は各国に比べていくつかの指標で極端な結果が出ていました。表面的な違いだけでなく、本質的な違いが数字で如実に現れているのがわかりました。
我々としては、「ワークマネジメント」のコンセプトを伝える際にも、実際に使われている言葉などでわかりやすく補ってあげたり、事例を交えて説明しています。お届けするメッセージの出し方やコンテンツの作成にはかなり工夫を凝らしているのです。
田村:日本とアメリカでは仕事に対する考え方が違います。それは想定内でした。アメリカはジョブ型雇用で入社時から専門性を求められるため、労働者も生産性やパフォーマンスを高めるための自発的な行動をとります。
一方、日本では終身雇用型の採用と人材育成が主流。新卒者を大量採用し、現場の経験を積ませて属性を見極め、場合によっては部署や部門を異動させながら徐々に育てていく方式です。
そこでの仕事とは、上司が差配して部下に振りわけるものであり、各メンバーも「上から指示されたものが仕事」という意識が強い。そうした就労環境に「最前線の働き方を意識し、生産性を自発的に高めていこう」という考え方を組みこもうとしても、相容れない部分は若干あります。一朝一夕にはいきませんが、今後は仕事の考え方を抜本的に変えなければなりません。
想定外の成果は、多くの企業が「これまで通りの結果を出すには、これまでのやり方ではダメだ」という危機感を覚えてくれたことです。おそらく新型コロナウイルス感染症の拡大によって、仕事の進め方や場所が変わったからでしょう。結局は従来のやり方に落ち着く可能性もありますが、真剣に考える企業が増えたこと自体はいいことだと感じています。
※本インタビューはWorld Innovation Lab (WiL)とのコラボレーション企画です。