「なぜ掃除機や電動工具をわざわざ所有し、狭いクローゼットに眠らせておく必要があるのか?」。この素朴な疑問から、都市生活のあり方を根本から変えようとしているスタートアップがある。イスラエル発のTULU(トゥル)だ。

同社は、集合住宅やオフィスビルの共用スペースに、AI搭載のスマートユニットを設置。居住者はアプリ1つで、ダイソンの掃除機からVRヘッドセット、「PlayStation 5」までを「必要な時だけ」レンタルできる。世界各地の不動産大手などと提携し、ニューヨーク、ロンドン、ダブリンと急速に拠点を拡大する同社は、単なるレンタル業者ではない。「居住者」「不動産オーナー」、そして「製品ブランド」の3者に利益をもたらす、とても合理的な「循環型プラットフォーム」を構築している。

今回は、共同創業者でCEOのイシャイ・レハヴィ(Yishai Lehavi)氏に、PropTech(不動産テック)の枠を超えた同社のビジョンと、データが解き明かす「次世代の消費行動」の本質について聞いた。


目次
「所有から利用へ」の潮流が住み方も変える
メーカーが喉から手が出るほど欲しいデータ
居住者・オーナー・ブランドをつなぐエコシステム
ブルーオーシャンを独走する理由
東京はTULUにとって理想的な都市

「所有から利用へ」の潮流が住み方も変える

―まず、ご自身の経歴と創業の経緯について教えてください。

 TULUを立ち上げる前、私は建築家として活動していました。しかし、建築家として働く中で、既存の都市環境のあり方にどこか閉塞感(depressed)を抱くようになったのです。転機となったのは、マサチューセッツ工科大学(MIT)のアクセラレータープログラムへの参加でした。そこで、共同創業者のヤエル(Yael Shemer)と出会いました。

 彼女は環境起業家としてのバックグラウンドを持ち、消費主義に対して非常にオルタナティブな視点を持っていました。彼女の「消費」に対するアプローチと、私が培ってきた「建築・都市環境」への理解、そして「テクノロジー」が融合し、TULUという形に結実したのです。

―TULUが提供するサービスについて教えてください。

 TULUの本質は、今起きている2つの大きなパラダイムシフトを捉えている点にあります。

 1つは、消費パラダイムの変容です。「欲しいから、買う(I want, so I buy)」という方程式から、「必要だから、使う(I need, so I use)」という方程式への移行です。そしてもうひとつが、AIの台頭です。AIによって、消費者のマインドセットを深く理解することが可能になりました。

 この2つの交差点に位置するのが、当社のプロダクトアクセス・プラットフォームです。これは主に2つのエンジンで駆動しています。

 まず、物理的なタッチポイントである「TULUユニット」です。マンションなどの居住スペースに設置されるこのユニットは、掃除機やVRヘッドセット、PlayStation、さらには日用品まで、あらゆる製品を「オンデマンド」で提供します。住んでいる場所で、今必要なものを、今すぐ手に取れる体験です。

 しかし、単に並べておくだけでは「習慣」は生まれません。一度は利用してくれても、真の価値を感じなければ二度目はないからです。

 そこで重要になるのが、2つ目のエンジン「TULU Brain」です。これは、収集した膨大な使用データをAIで分析し、実行可能なインサイトへと変換するシステムです。このインサイトが各ユニットへフィードバックされることで、利用者のエンゲージメントを高め、次の利用を促すという強力な「フライホイール(自律的な成長のサイクル)」が生み出されるのです。

Yishai Lehavi
Co-Founder & CEO
イスラエルのテルアビブ大学、ドイツのミュンヘン工科大学で建築学を専攻。2010年代前半より建築設計事務所に勤務し、都市計画や公共プロジェクトに携わる。2016年、公共交通機関の混雑を可視化するモバイルアプリ「SpaceSeat」を開発し、スマート交通ソリューションコンテストで受賞。米マサチューセッツ工科大学(MIT)発の起業支援プログラム・MITdesignXへの参加をきっかけに、都市と消費の関係に課題意識を深め、2019年にTULUを共同創業。CEOに就任。

メーカーが喉から手が出るほど欲しいデータ

―具体的に、ユニットはどのように機能し、どのようなデータを蓄積しているのでしょうか。

 仕組みは極めてシンプルです。利用者はアプリで製品を選んでロックを解除し、使い終わったら返却するだけです。このプロセス全体が「TULU Brain」に記録されます。

 重要なのは、設置拠点が増えるほど、より多くの消費者にアクセスでき、より解像度の高いデータが蓄積される点です。蓄積されたデータはAIによって深いインサイトへと変換され、それがまたすべてのユニットの価値を高めていく。私たちはこの「フライホイール」を回すことで、単なるレンタルを超えた価値を生み出しています。

―「TULU Brain」が生み出すインサイトとは、具体的にどのようなものですか。

 例えば、ボッシュとの提携では「29%のユーザーが、カーペットの掃除にターボモードの強力な吸引力を高く評価している」といった、実際の生活動線に根ざしたデータが生成されます。

 AIに対して、「バッテリー寿命についてユーザーはどう感じているか?」と自然言語で尋ねることも可能です。これはグーグル検索のような一般的な回答ではなく、バイアスのない、リアルな生活環境での実体験に基づいた「生の声」です。メーカーにとっては、これこそが喉から手が出るほど欲しいデータなのです。

居住者・オーナー・ブランドをつなぐエコシステム

―居住者、オーナー、ブランドの3者を結ぶビジネスモデルは、どう収益化されているのでしょう。

 私たちは建物というインフラを軸に、需要側(居住者)と供給側(ブランド)を結ぶ強固なエコシステムを構築しました。

 収益モデルは3層構造です。まず、居住者はサブスクリプション料金を支払い、製品を自由に利用します。次に、不動産オーナーは、物件の資産価値を高め、入居率や継続率を向上させるための「アメニティ」として費用を負担します。

 そして3つ目が、ブランド企業です。彼らはTULUを、Z世代やミレニアル世代に向けた「10年間にわたる試用(Try before you buy)の機会」と捉えています。学生時代に「掃除機といえばボッシュ」という体験を刷り込まれた若者は、数年後に郊外で家を買う際、ボッシュを選ぶ可能性が高まるでしょう。現在、フィリップスやケルヒャーといった世界的メーカーが、この将来の顧客獲得を見据えて参画しています。

―なぜ、世界の名だたる不動産オーナーが、自らTULUを求めるのでしょうか。

 驚くべきことに、現在提携している世界的な不動産管理グループはすべて、先方から連絡をくれました。私たちはマーケティングをほとんど行っていません。需要は完全にオーガニックでバイラルなものです。

 米国を拠点にグローバル展開するの不動産デベロッパーのグレイスター(Greystar)などは、私たちが依頼するまでもなく、自発的にパートナーシップをLinkedInで発信してくれました。すると、それを見た別の物件担当者から「うちのビルにも入れたい」と問い合わせが殺到したのです。

 最近では、設計段階からTULUが組み込まれるケースも増えています。デモ中に開発業者がフロアプラン(図面)を見せてくれるのですが、そこにはすでに建築家によって「TULU unit」の場所が描かれていたりします。彼らにとって、TULUはもはや付加価値ではなく、現代の集合住宅における「スタンダード」になりつつあるのです。

Image : TULU HP

ブルーオーシャンを独走する理由

―競合他社についてはどう見ていますか。TULUの決定的な差別化要素は何でしょうか。

 日本は世界に冠たる「自動販売機大国」ですよね(笑)しかし、TULUは単なる自動販売機ではありません。これは複雑な「エコシステム」であり、消費者の行動を真に理解する能力そのものなのです。

 TULUのようなモデルをゼロから構築するのは容易ではありません。このビジネスは、一定の臨界点を超えた「スケール」があって初めて機能するからです。

 1つは「規模の経済」です。数百もの建物、ブランドとの信頼関係、そしてユニットの製造コスト削減。これらは規模がなければ成立しません。そしてもう1つ、何より重要なのが「時間」です。人々が「欲しいもの」を買わせる手法は確立されていますが、人々が「必要とするもの」を理解し、それを使用習慣(ハビット)へと変えるノウハウを蓄積するには、膨大な時間がかかります。ロンドンの学生とニューヨークの若年ファミリーでは、ニーズが全く異なるのです。

 私たちはこの6年間、その「消費者コード」の解読に心血を注いできました。今から誰かが追随しようとしても、私たちはすでに3〜4年先を行くブルーオーシャンにいます。

―事業の成長スピードと、直近の資金調達の狙いについて教えてください。

 過去3年間、毎年100%以上の成長を継続しています。現在、世界60以上の都市で展開し、毎日新たに2つのユニットがどこかの建物で稼働を始めています。

 直近のシリーズAエクステンションラウンドでは、不動産テック特化のカナダのVCであるグリーンソイル・プロップテック・ベンチャーズ(Greensoil PropTech Ventures)や、ボッシュのCVCから出資を受けました。不動産とブランド、両輪からの強力なバックアップです。

 特筆すべきは、私たちがすでに運営面で黒字operationally profitableを達成している点です。ビジネスの根幹はすでに自立しており、今回調達した資金は、さらなる指数関数的な成長と「TULU Brain」の技術革新、そして利用率をさらに加速させるための投資に充てられます。

―今後24か月で見据えているマイルストーンは何ですか。

「TULUを生活のスタンダードにする」ことです。

 私たちの戦略は常に2軸です。まずは拠点を「広く」展開し、1,000棟以上の建物、50万人以上のユーザーにアクセスすること。次に、データ活用によって一棟あたりの価値を「深く」掘り下げ、エンゲージメントを最大化することです。

 もはや、このモデルが機能するかどうかを疑う段階は終わりました。膨大な需要があり、オーナーもブランドも、そして何より消費者がTULUを求めています。今はただ、その普及のペースをどこまで加速させられるかの勝負です。

東京はTULUにとって理想的な都市

―日本企業との協業についてお聞きします。日本企業との連携に関心はありますか。

 大きく2つの観点から、日本市場には非常に強い関心を持っています。

 まず、東京はTULUのソリューションにとって「理想的な都市」だという点です。アパートの住空間が限られており、すでに「モノをシェアする」文化が土壌として存在します。私は建築家だったので、銀座の「中銀カプセルタワー」(故黒川紀章氏が設計、2022年に解体)のような実験的な集合住宅のコンセプトも熟知していますが、あの精神こそ東京でうまく機能するはずです。すでに、日本国内の不動産オーナーや開発業者数社とは対話を始めています。

 もう1つは、ソニーに代表される日本が誇るグローバルブランドとの連携です。彼らの高品質な製品を、私たちのプラットフォームを通じて「生活の場」で提供し、高解像度な利用データという形で価値を還元したいと考えています。

―具体的には、どのような形でのパートナーシップを想定していますか。

 1つは戦略的投資です。現在、積極的に資金調達を行っているわけではありませんが、不動産やブランドの領域で付加価値をもたらしてくれる日本企業がいれば、将来的なパートナーとして常に門戸を開いています。

 また、日本という独自の文化圏で展開するにあたって、現地の市場に精通したベンダーや再販業者、あるいはシステムインテグレーターといったパートナーの力も不可欠になると考えています。

―日本国内での販売代理店やシステムインテグレーターとの関係はありますか。

 現時点では、独自の設置手段を持つエンドユーザーに直接販売しており、彼ら自身で統合を行っています。ただし、世界各地で現地のインテグレーターと協力することもあります。

 これは日本でも必要になることであり、適切なパートナーシップを見つけたいと思っています。

―5年から10年先、TULUが描く未来のビジョンについて教えてください。

 私たちのミッションは、人々の消費行動のデータを完全に理解することで、生活様式そのものを革新することです。

 これまでのデジタル革命は「欲しいものを買わせる(購入)」能力を最大化させましたが、人々が実際に「何を必要とし、どう使っているか(使用)」に正面から取り組む企業は多くありません。TULUはこの「使用」というレイヤーを解明していきます。

 この挑戦は、中途半端な規模では成し遂げられません。私たちは当初から「大きく成功するか、さもなくば撤退するか(Go big or go home)」の覚悟で、巨大なインフラを構築しています。

 実際、新しい常態(ニューノーマル)への移行はすでに始まっています。アムステルダムで学生時代にTULUを使っていたユーザーが、ニューヨーク、シカゴと転居しても、当然のように「引っ越し先にアプリの登録を移してくれ」と連絡してきます。彼らにとって、もはやTULUがある暮らしは、意識して選ぶものではなく、空気のような「スタンダード」なのです。

―最後に、日本の読者や潜在的なパートナーに向けてメッセージをお願いします。

 今、世界中の人々が「所有することそのもの」には価値を見出さなくなっています。価値があるのは、製品がもたらす体験です。

 私たちは「所有を減らし、より豊かに生きる(owning less, living more)」というムーブメントを日本にも広げていきたい。居住者に最高の利便性を提供したい不動産オーナー、そして消費者の最も近くにいたいブランド企業──。日本で、このビジョンを共にするパートナーに出会えることを心から楽しみにしています。



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