遊休不動産の有効活用 大企業が「やらないこと」に着目
2005年の創業以来、遊休不動産を自社で保有することなく借り受け、貸会議室や宴会場として運営することで、「新たな空間活用ビジネス市場」を創出してきたティーケーピー。中核であるフレキシブルオフィス事業は現在、国内外合わせて422施設(国内408施設、海外14施設、2022年2月末時点)と国内最大級のネットワークを築いている。
事業のきっかけは、河野氏が誰も使っていないビルの一角を見つけ、「もったいない」と思ったことだったという。
伊藤忠商事為替証券部を経て、日本オンライン証券(現auカブコム証券)設立に参画した経験などから、河野氏は「事業を興すには、やはりみんながやらないことをやるしかない。大企業が目をつけないところをニッチなビジネスとして展開する」ことを考えていた。
「大企業であれば、取り壊しが決まったスペースに関して、取り壊して新しく建てることに頭が行くので、その間に何かをやろうという発想にはなりません。私はそれを逆手に取って、そのスペースが取り壊されるまでの間を借りる、という形をとりました」
使わなくなった機械室や地下のスペース、土日しか使っていなかった結婚式場の平日利用など、不動産を保有することなく、時間貸し・期間貸しで有効活用する事業が広がると、そこに付随するニーズが続々と出てきた。懇親会などのニーズに応える料飲・バンケット事業、泊まり込みの研修をしたいという要望に応えるホテル・宿泊研修事業と、ニーズを具現化することで「雪ダルマ式に会社を大きくしてきました」と河野氏は語る。
途中、リーマン・ショックにも直面したが、大企業がビルや保養所をどんどん手放す中、物件を仕入れて有効活用。2011年の東日本大震災では、多くのイベントが自粛になり、ホテルの宴会場などが使われなくなったことから、都内のホテル宴会場を獲得し、運営に乗り出した。その結果、厨房や音響照明、レンタル備品などを内製化でき、余剰のキッチンやスタッフを活用して貸会議室にケータリングで料理を提供することが可能になり、客単価も一気に増えた。河野氏は景気低迷期に割安で物件を仕入れるという、「ピンチをチャンスに変える」逆張りの発想で常に会社を成長させてきた。
2010年にコールセンター・BPO事業に参入し、2013年には宿泊型研修会場の提供を開始。2014年、フランチャイズでのアパホテル運営を始め、2017年には東証マザーズ上場を果たした。2019年、レンタルオフィス最大手、リージャスの日本法人、台湾法人を完全子会社化した。創業当初、1億8000万円だった売上高は15年を経て、2020年2月通期は543億円まで成長した。だが、そこを襲ったのが新型コロナウイルスだった。
Image: ティーケーピー
海外出張中に感じたコロナへの危機感と対応策
2020年初頭、ヨーロッパやアメリカへの出張に飛び回っていた河野氏。2月の第1週、IRで訪れたニューヨークでは、横浜港に到着したクルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス号」のニュースがひっきりなしに流れていた。当時のアメリカ社会は「対岸の火事」のような視点だったという。その後、帰国前にハワイに寄ると、社会の雰囲気が刻々と変わっていくのを感じた。
3月に入ると各国がロックダウンの厳しい措置を取ったことなどを受け、強い危機感を胸に河野氏は資金確保に奔走した。「当時、現預金は80億円ほど持っていたんですが、それが非常に小さく見えました。毎月家賃で20億円、人件費で10億円の月30億円が固定費として出ていく。ロックダウンになったら、これは絶対にまずいと思いました」
1年間は持ちこたえられる資金として、360億円をポイントにし、資金の流動性を高めようと考えた河野氏。80億円の現預金に加え、保有不動産の売却で100億円、優先株発行で20億円、預金の流動化で10億円。そして150億円の調達枠の確保にめどをつけたのが、4月10日の段階だった。その後、政府は緊急事態宣言の対象地域を、首都圏など7都府県から全都道府県に拡大し、行動制限は5月下旬まで続いた。
河野氏がとったのは「冬眠作戦」だった。「何をしてもしょうがないときは動いてはいけないんです。だからそのとき、皆に言いました。『現金は用意したから大丈夫。そして熊になる』と。脂肪を蓄えて冬眠したわけです」
その間、事業の見直しや再構築でコスト削減に取り組んだ。「体温を下げて冬眠しなきゃ意味がないので、毎月のコストを下げる努力をしました」。その結果、この2年間の赤字は約67億円に抑えて乗り切ることができた。
Image: ティーケーピー
貸しスペースからイベントをプロデュースできる会社へ
コロナ禍でティーケーピーが取り組んだのは、「冬眠作戦」だけでなく、新たなニーズに応える事業の構築だった。貸しスペースとそれに付随する飲食などの需要は落ち込んだ一方、顧客からオンラインでのセミナーや表彰式などの要望が広がった。
コロナ前は、ティーケーピーの会場同士をテレビ電話でつなげるようなシステムを導入していたが、セキュリティが頑丈な一方、利用料金は高額だった。コロナ以降はZoomによるオンライン会議などが一気に普及したため、大容量回線を確保することでセキュリティが担保されたオンラインイベントが可能になった。以前から、Googleや楽天、ソフトバンクなど大企業のリアルのイベント開催や配信を担っており、その経験が活きた。
「これで一気に革命が起きました。ティーケーピーはZoom社と日本初のウェビナーパートナー契約を締結し、拠点ごとに大容量回線も引きました。当社の貸会議室をスタジオ代わりに使うようにして、例えばグリーンバックで映して、顧客企業がすごい場所で表彰式を開催しているような動画の見せ方を演出するなど、一気にノウハウが花開きました」。株主総会のハイブリッド配信をサポートするなどの取り組みも構築した。
顧客をつなぎ留めながら、新たなニーズに応えていく中で、「今度はリアルで開催し、ハイブリッドでの配信とその動画編集も含めて、ティーケーピーでプロデュースしてもらえませんかという依頼に変わってきています」という。
2022年6月時点で、売上高はコロナ前の7~8割程度まで戻っている。「スペースを時間貸ししていた事業から、イベント自体をプロデュースできる会社に変わりつつあります」。コスト削減と周辺事業の強化で客単価は上がっており、コロナからのV字回復とともに、「貸会議室等の利用件数が戻れば、今までの最高売り上げの1.5倍くらいまで伸びるかもしれません」と河野氏は手ごたえを感じている。
また、2021年5月には、河野氏は菅義偉首相(当時)と面談し、同社の会議室を新型コロナウイルスワクチンの職域接種会場として無償提供すると直談判。医療機関と連携し、接種会場の手配や必要備品の手配、運営サポートなどを総合的にサポートする「TKP職域ワクチンセンター」を運営し、延べ100万人への接種をサポートした。
さまざまな物、人を流動化・活発化させる「再生ビジネス」へ
景気低迷も「逆張りの発想」でチャンスに変えてきた河野氏。ティーケーピーは今後もハードとスペースを活かし、その周辺事業も全てサポートできる体制づくりを目指す。
「当社の顧客は基本的に大企業です。今後も新入社員の採用イベントや社員研修、記者会見、新商品の発表会場といったセールスプロモーションなどを支えながら、会議室を使った周辺事業、会議やイベントに関わる全てのサポート事業に関してはティーケーピーが担っていくのが今の戦略です」と河野氏は語る。
YouTuberの配信スタジオとしての利用も広がっており、「当社がイベントを組み立てていく中で、そのオペレーション力やノウハウを持っている企業があればぜひ提携したいです。広告代理店などに中抜きされない良い商品を一緒に作っていけるのではないかと思います。動画を一緒に制作するとか、スタジオ機能を持つ大企業とも連携したいですね」
サテライトオフィスなどの需要に合わせた事業展開や費用削減、新たなニーズへの対応で、コロナ禍からのV字回復を遂げたティーケーピー。河野氏は中長期的なビジョンをこう説明した。
「企業の中で固定化している『人や物』、つまり企業が持つブランド力やノウハウ以外は全て流動化できると私は思っています。流動化するほど、人の動きも活発になり、社会が活発化し、付加価値ができて国力が上がると考えています。そこに大きな流れがあると思います」
「ですから、私は『新しいものを作る』ということより、今あるもの、インナーマッスルをきちんと鍛えることが大事だと思っています。大企業もいろいろな『もの』を持っていますよね。それが贅肉だったり、使っていない筋肉だったり、有効活用できていないものはたくさんあるはずです。それらを有効活用する『再生ビジネス』が今後の社会に求められているキーワードで、ティーケーピーがやるべき仕事だと思っています」