歯科業界との「偶然の出会い」によりデンタル3Dソリューションに特化
――Amir氏の経歴とSprintRayを立ち上げた経緯を教えて下さい。
私はもともとエンジニアの出身で3Dプリントを中心とした機械工学と生産工学の博士号を持っています。学生時代の研究は3Dプリントに関するもので、その後の私のキャリアにつながっています。
SprintRayの共同創業者であるJing ZhangとHossein Bassirと共に、3Dプリントに使われる様々な種類の材料を調べていた時、高解像度、高容量で手頃な価格の3Dプリントソリューションが市場に存在しないことに気付きました。
当時、どの3Dプリンターも冷蔵庫のような大きさで、信じられないほど高価なものでした。私たちは2014年、洗練された高解像度の卓上3Dプリンターのプロトタイプを開発し、Kickstarterキャンペーンを行い、40万ドルを集め、SprintRayを立ち上げました。
――なぜ、3Dプリンターの技術を歯科業界に特化しようと思われたのですか?
歯科業界への参入は、偶然としか言いようがありません。会社を設立した当初は、歯科医療に携わるつもりはありませんでした。私たちは、高解像度の3Dプリント技術を市場に投入し、2015年から2016年にかけて、アクセスしやすい市場に参入したいと考えていたところ、ある歯科技工所の方が私たちの装置を買ってくださったのです。
その方と一緒に仕事をしていくうちに、私たちが開発した技術が歯科医療に対応する十分な精度があることが分かりました。こうして、歯科用3Dプリントの分野に参入することになったのです。
1人でも多くの方が手頃な価格で質の高い歯科治療を受けられるよう、卓上型プリンターをできるだけ多くの歯科医院に導入したいという使命感が、私たちのチーム、投資家、取締役会、エンジニアたちで共鳴し合い、2017年、私たちは歯科医療に全面的に注力することを決めました。
Image:SprintRay
Usain Bolt Foundationと提携 チャリティー活動にも取り組む
――御社の製品および技術の特徴を教えて下さい。
従来の歯科医院においては、3Dプリンターの用途が限定され、鋳型の代わりになる模型やサージカルガイドを作る程度しかありませんでしたが、当社は研究開発への投資を重ねるうちに、患者さんの口腔内で長期間使用できる素材を開発できるようになりました。これは、私たちが取り組んだ材料の進歩の1例です。
その用途は、インプラント手術のための歯科用モデルガイドから、睡眠時無呼吸症候群の人のための噛み合わせを動かす装置、マウスピースや睡眠時歯ぎしり防止用のナイトガードまで、多岐にわたります。
歯科医は、当社の3Dプリンターを使い、アライナーやリテーナーを作成することができます。また、入れ歯、インプラント、人工歯根など、今まで数週間かかっていた治療が、患者が歯科医の椅子に座っている間にできるようになるのです。
2017年の話に戻りますが、私たちが歯科医療を選んだ理由は、「より優れた歯科医療のために、そしてこれまで歯科医療を受けることができなかった人たちのために、私たちの3Dプリンター技術を届けたい」という使命を感じたからです。私たちは何年もかけて、歯科医療にかかる費用と、今まで治療のために何度も通院しなければならない患者の負担を大幅に軽減することができるのです。私たちの技術により、より速く、より効率的な治療を提供できるようになりました。
Image:SprintRay
――世界の恵まれない人々に質の高い歯科医療を提供するチャリティー活動のため、オリンピック金メダリストのUsain Bolt氏と提携していますね。具体的にどのような活動をされているのでしょうか?
Usain Bolt氏は素晴らしい選手であり、世界中のアスリートを支援することで、チャリティーを通して大きな成功を収めています。Usain Bolt Foundationとの相乗効果で、恵まれない人々に歯科医療を提供し、世界中でより手頃な価格の口腔ケアや歯科医療を受けられるようにすることができると考えたのです。
The SprintRay FoundationとUsain Bolt Foundationによって、このパートナーシップが生まれ、ジャマイカ歯科医師会と協力し、"Bolt Labs powered by SprintRay" を立ち上げました。パートナーシップを結んでから1年が経ちましたが、ジャマイカでは非常に活発に活動しています。
私たちはジャマイカに何度も足を運び、歯科医療を提供し、地元の歯科医に私たちの技術を使って、より身近で迅速な歯科医療を提供できるようにトレーニングを行っています。また、Bolt氏は私たちのブランドアンバサダーであり、会社の成長にも貢献してくれているのです。
2024年の日本進出を視野に入れ、マーケットリーダーの地位確立へ
――資金調達について伺います。2022年10月のシリーズDでは、Softbank Vision Fundなどから1億ドルを調達しました。資金の使い道を教えて下さい。
SoftBank Vision Fundのヘルスケアチームと私たちが同じビジョンを共有できたことがうれしかったですね。彼らのチームは、私たちをサポートしてくれ、世界中の人々にこのヘルスケアへのアクセスを提供することができるようになりました。ソフトバンクとは1年ほど前から連絡を取り合っていますが、この件に関しては非常に期待しています。
資金調達の使途には3つのカテゴリーがあります。1つ目は様々な地域でマーケットシェアを拡大し、それに向けて成長していくことです。
2つ目は、北米と欧州におけるマーケティングと成長戦略でセールスを2倍、3倍と拡大させていくことです。2021年4月にドイツで欧州本部を立ち上げましたが、予想以上のスピードで成長しています。市場には多くのインフラが必要です。私たちの戦略は、市場に参入し、パートナーや代理店を通じて反応を学び、時期が来たら市場に出て、より良いセールス、マーケティングサポート、顧客サービス、地域の歯科医へのサポートを提供することです。
3つ目は、カスタマー・エクスペリエンスへの投資です。お客様一人ひとりが、私たちのシステムを簡単に使えるようにすることです。医師が成功するためには、多くのトレーニングが必要になってきます。私たちは、この市場をサポートし、市場を確立するために、この分野に投資していくつもりです。
――日本へ進出する予定はありますか?
2023年には、一部のパートナーや販売代理店を通じて日本で展開する予定です。そして2024年には、日本オフィスの開設を考えています。
歯科業界には、素晴らしいパートナーがいますが、私たちが大きな影響を与えるためには、市場での存在感を示す必要があります。そこで、2024年には日本にオフィスを開設し、歯科医療をサポートできるようにしたいと考えています。サービスを提供するために、日本のヘルスケアやテクノロジーの販売会社と提携する予定です。
――御社の長期的なビジョンを教えて下さい。
ソフトウェア、ハードウェア、材料に関して言えば、私たちはどの競合他社よりも先んじて取り組んできました。人工知能やマニュアルデザインを通じて行われている治療計画全体を、私たちのエコシステムに組み込み、デジタル画像のプロバイダーと提携して、シームレスかつ統合的にサービスを展開してきたのです。
その観点から言うと、私たちは今後もマーケットリーダーであり続けるでしょう。そして、10年後には、どの歯科医院に行ってもコンパクトなサイズで用途が優れている3Dプリンターが置いてあり、患者が何度も医院に足を運ばずに、入れ歯、クラウンなどがすぐに出来上がっているといいですね。
私たちは幸運にもUsain Bolt Foundationと提携し、恵まれない環境に置かれた人々に歯科医療を提供することができました。これからも私たちの技術が、世界中の多くの医師の手に渡り、より良い、より利用しやすい、そしてより安価な歯科医療を提供するために使われることを心より望んでいます。