インタビュー前編「ウィキペディアとChatGPTの子供? 話題のAI検索『パープレキシティ』に迫る」はこちら
目次
・インドでの大学時代、米国での研究生活
・Google検索の「最大の課題」とは
・「キーワード検索」から「質問」の時代に
・シリコンバレーを目指す若者へ
インドでの大学時代、米国での研究生活
―OpenAIなどでの研究職などを経て、2022年8月にパープレキシティを創業されました。あらためて創業までの経緯を教えてください。
私はインド南部のチェンナイ出身ですが、インドの文化というか、少なくとも私の生まれ育った地域では金銭的な成功よりも、賢くて、知識が豊富であることが重要でした。あまり裕福な土地柄ではないので、それが社会的に尊敬を得るための方法だったのです。パープレキシティが「全ての人々に世界の知識を提供する」というミッションを大切にしているのも、こうした背景があります。
インド工科大学マドラス校(IITM)の学士課程では電気工学を専攻していて、コンピューターサイエンス学部への転部を希望していましたが、成績がわずかに足りず、オンライン講座などでプログラミング言語や機械学習を独学しました。後に、コンピューターサイエンス学部の機械学習の授業にも特別に参加することが認められ、最終的にはクラスでトップの成績を収めました。そうして学問にのめり込んでいく中で、AIの世界的権威の下でインターンシップをする機会を得ることができ、学部生ながら論文も発表しました。
その後、カリフォルニア大学バークレー校でコンピュータサイエンスの博士課程に進み、さらに機械学習やAIの研究を深めました。バークレーでは、OpenAIの共同創設者であるJohn Schulman(ジョン・シュルマン)を含む素晴らしい人々から多くのことを学ぶ機会がありました。そうした縁もあって、OpenAIやDeepMindでのインターンシップを経験し、業界の先頭に立って活躍する人々に触れ、自分よりも優秀な人が本当にたくさんいることを知りました。2018年のOpenAIでのインターン時には「GPT-1」がリリースされましたが、これはAI領域に対する私自身の理解が大きく転換した出来事でしたね。
パープレキシティ創業前の歩みを振り返るアラビンド氏(TECHBLITZ編集部撮影)
―来たる生成AI時代を見据えていたかのような輝かしいバックグラウンドですね。学業や研究者として得た知見を、「検索」という領域で生かそうと思った理由は。
私はGoogleの創業ストーリーに強く感銘を受けています。そこには明確な「時代を超えた使命」(Timeless mission)があったからです。「インターネット上の情報を整理し、人々がアクセス可能な状態にする」というニーズは常に存在します。しかし、それをどのように実現するかは絶えず変化し続ける必要があります。ある問題があって、それを解決したと思ったら、別の誰かがその問題を再考してあなたを追い越すかもしれない。しかし、それは時代を超えた使命と呼ぶべきものであり、私が心を惹かれて止まないものです。
今、さまざまな偶然やタイミングが重なり、大規模言語モデル(LLM)や生成AIなどの新しい技術が進歩し、結集しています。これは、私たちが使用してきたあらゆるソフトウェアに革命をもたらすほどのポテンシャルを秘めたものです。
そうした中で、紛れもなく検索ツールは「キング・オブ・ソフトウェア」と言えるでしょう。あらゆるソフトウェアを見ても、ユーザーベースの規模で最大なのは検索ツールですから。プロダクトを評価する際に「歯ブラシテスト」(Toothbrush test)という考え方があって、ユーザーに少なくとも1日に2回使ってもらえるプロダクトは極めて影響力があるとされています。現代社会において、誰もが少なくとも1日に1回は何かを検索しているのではないでしょうか。何かを学ぼうという深い理由ではないとしても、「コーヒーをどこで買えばいいか」や「散歩に行くのに良い場所」などを検索するでしょう。
つまり、検索領域の市場の可能性は無限です。そこで、生成AIという新しい技術の進歩を利用して、検索をどのように再考できるかを真剣に考え抜きました。その答えが、パープレキシティです。
Google検索の「最大の課題」とは
―検索を再考する中で感じたGoogleの課題はどのような点ですか。
Google検索の最大の課題は、情報過多による雑然さです。ユーザーインターフェース(UI)が「過剰に充実」した状態になっています。
私は情報を探すとき、広告やミスリーディングな情報など、数々の雑多な事柄が注意を引こうとしてくる状態を望みません。どんな検索クエリでも、商業的な意図が少しでもあれば広告が表示されます。そうでない場合でも、多くのパネル、下部のリンク、その他さまざまなコンテンツが表示されます。Googleのビジネスモデルが、検索結果ページをより多くの広告やリンクで埋め尽くし、ユーザーにたくさんリンクをクリックさせることで収益を上げる仕組みだからです。
私はミニマリズムを信じています。不要なことを極力減らし、ユーザーが必要なものだけを提供して、最も重要なことに集中できるようにするべきです。答えを得たら、それで終わり。「少ないことは豊かなこと」(Less is more)という哲学ですね。
パープレキシティは多くのリンクをクリックする必要がなく、答えを取り込み、学び、さらに多くの質問をすることを後押しするものです。この新しいインターフェース、新しい体験が、市場を変革できると感じています。これは成長する市場になると考えています。
―シンプルさは重要な要素とのことですが、方向性としては機能を拡充していくのですか、それとも正確性を追及していくのですか。
私たちが重視するのは、正確性、スピード、回答の質、フォーマットのレンダリング方法、パーソナライズ化です。これらを絶えず改善していくこと、また、改善のスピードが重要です。こうした要素がユーザーの信頼とロイヤリティを得るのに役立ちます。ユーザーに「このプロダクトはどんどん良くなっている」と感じてほしいです。
「Google検索は情報過多になっている」と語る(TECHBLITZ編集部撮影)
「キーワード検索」から「質問」の時代に
―長らく変化の少なかった検索領域にイノベーションが起きそうですね。
あるイノベーションが起きると、既存の市場からシェアを奪うと思われがちですが、そうではなく、新しい市場を成長させるのです。これまで人々はキーワードで情報を探してきており、質問するという「スーパーパワー」を持っていませんでしたが、今ではそれが可能になりました。新しい習慣としてそれに慣れ、以前はしなかった質問をするようになるでしょう。
これにより、トピックについて深く掘り下げて学ぶことができるようになります。今後5年、10年の間に、私たちのようなサービスを介した質問の数が飛躍的に増加すると信じています。まずは技術を人々に認知してもらう必要があり、そのために日本でソフトバンクと締結した戦略的提携のようなパートナーシップが非常に重要だと考えています。
―この先の5年、10年後に見据えるゴールは何ですか。
このプロダクトが、その潜在能力を実現することを期待しています。プロダクトにも会社にも、多くの可能性があります。5年から10年後には、このプロダクトが世界中のすべての人々に使われ、少なくとも1日に2回利用され、恩恵を受け、学び、好奇心旺盛に使っていることを望みます。それが達成できれば、私はとても満足すると思います。
そして、さらにその先のステップとして、世界の知識を誰もが「指先」でアクセスできるようにするという使命は終わることがありません。常に新しい知識や情報が生まれ、既存の知識を理解する新しい方法が生まれるからです。
たとえ私が会社を経営していなくても、この使命は重要です。パープレキシティは個人を超えたものであり、10年後でも会社が存続し、誰が経営していても、使命に忠実であり続け、すべての人に情報を提供する使命を果たし続けることを望みます。アプリを使うと楽しいと感じられることが大切です。長い道のりですが、人生の偉大なことは簡単には達成されません。偉大さを達成するためには少しの苦労と忍耐が必要であり、最終的にはそこに到達するのです。
シリコンバレーを目指す若者へ
―最後に、シリコンバレーでの活躍を志す若者たちへのメッセージをお願いします。
自分が情熱を持てることを見つけてください。それは良い意味での「執着」に近いものでしょう。1日に12時間でも、15時間でも、無我夢中で取り組むことができるもの。仕事とは感じずに、むしろ楽しいと感じるようなものです。そのようなものを見つけたら、しっかりとつかまえて、深く、深く追求してください。それがあなたの天職かもしれません。
それが何であっても構いません。ただ、「誰かがやっているから」とか「お金がたくさん稼げるから」という理由は捨ててください。私たちがAIの研究を始めたとき、AIはまだ研究テーマとしての位置付けで、お金を稼ぐ手段ではありませんでした。だから、誰もお金のためにAIの研究を始めたわけではありません。誰もがAIが切り拓くであろう未来にワクワクし、情熱を持っていたからこそ研究に取り組んだのです。
だから、自分の心の声を聞き、それに従ってください。そうして得たスキル、知識、専門性は価値あるものになり、必ずお金も後からついてきます。逆は駄目です。「この分野はお金が稼げるから、それに対してうまくなろう」と考えるのはやめてください。自分の仕事を愛することができなくなり、いつか必ず人生の意味を探し始めることになります。人生の意味は、お金のために働くことではなく、自分が情熱をかけられるものから来るべきです。
情熱の全てを傾けられるものを見つけてほしいとメッセージを送るアラビンド氏(TECHBLITZ編集部撮影)