目次
・ブロックチェーンをメディア領域で活用
・世界中の「余った」コンピューティング資源に着目
・Livepeer Networkの運営の仕組み
・動画配信だけでなく、動画生成AI領域にも事業拡大
・日本企業とのパートナーシップに期待すること
ブロックチェーンをメディア領域で活用
―まず、これまでのキャリアとLivepeer創業の経緯を教えてください。
私はコンピュータサイエンスを学び、ソフトウェア開発者およびエンジニアとしてのキャリアを歩んでまいりました。その後、Accentureでカスタムソフトウェア開発を行う大企業で短期間勤務した後、スタートアップや起業家の世界に足を踏み入れました。これは、自分のプロジェクトを立ち上げ、迅速に動き、大きな影響を与えたいと考えていたからです。
私はこれまでに3度、スタートアップを創業しました。最初のスタートアップは、データインフラの会社だったのですが、成功を収めて売却できました。その後、モバイル向けスタートアップのWildcardを創業しましたが、あまり良い結果を得ることができませんでした。Wildcardでは、デスクトップ向けウェブサイトからモバイル向けウェブサイトへの移行をサポートするサービスを提供しておりました。顧客は、Facebook、Google、Twitter(現X)、Pinterestなどの大企業のプラットフォームに接続するためにわれわれの技術を使用していましたが、これらの大手プラットフォームが自前でモバイルバージョンを提供してしまったのです。
この経験から、大手企業の動向に左右されないように、オープンテクノロジーやオープンソースソフトウェア、オープンプラットフォームでのビジネスに着目しました。それは2016年ごろで、ちょうどイーサリアム(Ethereum)・ブロックチェーン・ネットワークが開発者プラットフォームとして登場していました。このプラットフォームは、誰でもアクセス可能で許可不要であるだけでなく、ソフトウェアに経済的インセンティブを組み込むことができ、参加者は報酬を得られるという強力な機能を持っていました。
一方、私たちは以前のスタートアップで多くの動画配信に関するエンジニアリングを行っており、そのコストと難しさを理解しておりました。動画はインターネットのトラフィックの80%を占めていながら、配信コストは非常に高価です。当時のイーサリアムの世界を見てみると、金融やファイルストレージ、アプリケーション開発の仕組みが構築されていましたが、メディアに関するレイヤーがないことに気付きました。そこで、世界中の人々によって提供されるオープンなメディアアクセス環境を提供できると考えたのです。これがLivepeerの始まりです。
image: Livepeer HP
世界中の「余った」コンピューティング資源に着目
―現在はどのようなプロダクトを提供しているのでしょうか。ビジネスモデルについても教えてください
Livepeerには2つの側面があります。1つは、世界中の「余った」コンピューティング能力と帯域幅を持つ人たちが運営する「Livepeer Network」です。このネットワークには誰でも参加でき、サーバーを提供して動画変換や動画に関するコンピューティングを行い、収益を得ることができます。現在、数千人のメンバーがこのプロジェクトの構築に貢献しています。もう1つは当社のSaaSプロダクト「Livepeer Studio」です。これは、動画配信アプリケーションを構築する開発者向けのAPIです。
Livepeer NetworkとLivepeer Studioによる動画関連のインフラは、パブリッククラウドを利用する場合と比較して、数十分の1のコストで利用できます。一般的に、動画ストリーミングを大規模に行うには非常に高額な費用がかかります。これは、クラウド事業者などが世界中にサーバーを配置し、最大容量を確保するための料金を支払う必要があるからです。ほとんど使用しない場合でもリソースを確保しておく必要があるため、ユーザーの負担も高くなります。
一方で、世界中には多くの未使用のコンピューティング資源が存在しており、Livepeer Networkはそのようなアイドル状態の資源を活用しています。動画の処理にはGPUが必要です。GPUは多くの場合、AI処理や暗号通貨のマイニング、ゲームに使用されていますが、動画のエンコーディングとデコーディングのためのチップも搭載されています。GPUの所有者は、Livepeer Networkに余った計算資源を提供することで収益を得られます。
Livepeer Networkでは、特定の企業の認定ベンダーやパートナーになる必要はなく、誰でも自由にネットワークに参加したり離脱したりできます。ネットワークのなかで価格競争が行われるため、ユーザーはより安いコストで利用することができるのです。非常に効率的な動画処理環境と言えるでしょう。
Livepeer Studioのユーザーには、インターネットテレビ番組「Fishtank Live」などがあります。この番組は常に20台のカメラが稼働しており、参加者の日常生活を撮影し、数百万人の視聴者が視聴し、投票するなどのインタラクティブな配信を行っています。また、刑務所や矯正施設に宗教サービスを提供する「God Behind Bars」という教会のストリーミング団体もユーザーです。
image: Livepeer HP
Livepeer Networkの運営の仕組み
―コンピューティング資源を提供する人と、開発者、動画配信コンテンツの提供者など、色々な役割の人が関係してくるのですね。
Livepeer Networkに参加する人について整理しましょう。まず、GPUなどのコンピューティング資源を提供する役割にはオーケストレーターとデリゲーターがあります。
オーケストレーターは、コンピューティングのためのハードウェアと十分な帯域でネットワークに接続できる環境を持っています。彼らは収益の権利を得るために、基本的に保証金を預ける必要があります。これをステークと呼びます。ステークを預ける理由は、ユーザーに対する保証を提供するためです。
しかし、ハードウェアの運用が得意で、帯域幅を持っている一方で、ステークを預けるための資金が不足することもあるでしょう。そこでデリゲーターが登場します。デリゲーターは、Livepeer Tokenの保有者で、ハードウェアは持たず、運用方法を知らなくてかまいません。オーケストレーターに代わってLivepeer Tokenによってステーク資金を提供します。オーケストレーターはその見返りに、自身が得る報酬や手数料の一部をデリゲーターにシェアします。
なお、ビデオ配信サービスの開発者や番組提供者は、利用料を支払ってLivepeer Networkのインフラを利用するユーザーになり、その先にはビデオを視聴するエンドユーザーがいます。
動画配信だけでなく、動画生成AI領域にも事業拡大
―イーサリアム・ネットワークには当初、動画関連のプレイヤーがいなかったそうですが、その後、競合は登場していますか。もしそうなら、競合との違いや御社の強みについて教えてください。
私たちのアプローチとは異なる視点で動画配信の課題解決に取り組んでいるプロジェクトも存在します。例えば、THETAというプロジェクトは特にコンテンツやアプリケーション層に重点を置いています。彼らは独自のアプリケーションを持ち、クリエイターがそのアプリケーションを使用して動画ストリーミングを行っています。
Livepeerは動画インフラに特化しており、開発者が作った数百の異なるアプリケーションをサポートしていますが、コンテンツクリエイターが使用する専用のアプリは存在しません。 また、Livepeerでは動画配信だけでなく、動画生成AIの領域にも用途を拡大しています。AIモデルを実行するために、Livepeer Networkを活用できるのです。私たちは動画に焦点を当てており、AI生成動画、ビデオオンデマンド、ライブストリーミングなど、多様な動画関連のサービスを提供しています。
―御社の成長性を示す指標などはありますか。また今後1〜2年の目標についても教えてください。
Livepeer Networkではサイト上でプロトコルの利用状況を公開しています。ここでは、Livepeer Networkの使用状況を示す多くの指標が透明に公開されています。現在、週に350万分以上の動画が利用されています。数カ月前は約250万分程でした。過去数週間で新しい利用者が参加しており、その使用状況やネットワークへ直接支払いされた料金を時間と共に確認できます。
もう1つの事業であるLivepeer Studioは、法人向けのSaaSビジネスであり、具体的なユーザー数や収益の成長については詳細を控えさせていただきますが、過去1年半で著しく成長しています。
今後は、AI生成動画のコンピューティングインフラを拡大していきたいと考えています。すでに準備が整い、新しいオーケストレーターがLivepeer Network上でAIモデルを実行し、ビデオを生成しています。今後1年間には、Livepeer Studioのような製品を提供する予定です。動画生成AIに関する処理の複雑さを隠し、ユーザーがクレジットカードで簡単にサインアップできるようなサポート付きのAPIを提供します。これはグローバルでスケーラブルなものとなります。注目を集める生成AIの領域でそのような製品を提供することは非常に興味深く、やりがいがあります。
image: metamorworks / Shutterstock
日本企業とのパートナーシップに期待すること
―マスアダプションに苦労しているWeb3事業者も多いと聞きます。動画処理や生成AIのインフラというアプローチなら需要が豊富に見込めそうですね。
はい。Livepeerは、多くのWeb3プロジェクトとは異なり、その提供価値が暗号通貨特有のものではありません。動画ストリーミングは数百億ドル規模の市場であり、Web3が登場するはるか前から存在していました。Livepeerは、よりコスト効果の高いスケーラビリティと信頼性のある動画ストリーミングを提供しています。
Livepeer Studioに関して、私たちは、技術面の複雑さを隠して提供しています。暗号通貨について何も知らない、または関心がない人でも利用できるメディアアプリです。
動画を視聴するエンドユーザーは、私たちのインフラとやり取りしていることに気付かないまま利用しているでしょう。マスアダプションに関しては、すでに多くの人々がLivepeerのインフラを通じてビデオを消費していると言えます。それがこの技術の強みです。
―日本企業とのコラボレーションについては、どのようなやり方が考えられますか。
日本市場向けに動画配信アプリケーションを提供する方々が、Livepeer Networkを利用できるようにすることが重要です。コミュニティメンバーとしてサポートいただくことも考えられます。また、販売パートナーと協力することも有効です。適切な資料、ユーザー教育、販売およびエバンジェリズムがパートナーシップの道筋になるでしょう。アプリ開発者やメディア業界とすでに関係を持つ企業と協力し、ビジネス開発の関係を築いていきたいですね。
―長期ビジョンと、将来のパートナーや顧客に対するメッセージをお願いします。
最終的なビジョンは、Livepeerが世界中のビデオワークフローの90%を支えることです。最もコスト効果の高いスケーラブルなインフラストラクチャを活用することに、理由はありません。コミュニティが拡大するにつれて、全員がこの技術をより有用にするために貢献するインセンティブを持ちます。これにより、ビデオと分散型コンピュートに関するさらなる機能が追加されるでしょう。
Livepeerは、AIを活用したビデオの未来を支えるべきであり、世界がその方向に向かっていることは明らかです。私たちは大きな野心を抱いていますが、一方で現実的なアプローチも取っています。現時点で人々が求める製品を構築し、既存のシステムに統合して、より多くのユーザーをコミュニティに引き込んでいきたいと考えています。
その過程において、日本は私たちがさらに理解を深め、より緊密に協力し、パートナーシップとユーザーベースを拡大したい市場と考えています。私たちのミッションや、オープンでコミュニティ志向のアプローチに共感していただける方々を歓迎します。Livepeerの現状をお伝えし、ビジネスパートナーシップを結ぶことが適しているか、または技術の利用をサポートすることでお役に立てるかをお互いに見極めていきたいです。