自身も不安神経症を経験し、サポートの重要性を実感
――Intellect創業の経緯についてお聞かせください。
私の最初の起業は2014年、デジタルコンテンツの分野でした。そのビジネスを売却した後、様々なスタートアップで勤務していました。旅行に関するアクティビティやマーケットプレイスを提供するトラベルテック企業のVoyaginではマーケティングチームを率いていて、その企業は楽天に買収されました。その後はEntrepreneur Firstという、ディープテックの創業者に投資する企業に勤務し、投資先の成長やマーケティングをサポートしてきました。
そして2019年、私はCTOのAnurag Chutaniとともにメンタルヘルスのサービスを提供するIntellectを創業しました。実は、その背景には私自身が16歳の頃に経験した苦悩があります。不安神経症(不安発作)を経験し、セラピストや心理学者と出会いました。幸運なことに彼らや家族のサポートを得ることができたのです。
2019年10月に共同創業者でCTOのAnurag Chutani氏とともにIntellectを創業。2022年、Forbes 30 Under 30 - Asia - Healthcare & Science に選出。
それから私はセラピストと何年も付き合ううち、メンタルヘルスに対する視点が変わっていきました。臨床的な問題や葛藤、病気のためだけでなく、不安への対処のために、個人として、自分自身を築いていく方向に変わったのです。どうすればもっと幸せになれるか、どうすればもっと生産的になれるか、どうすれば周りの大切な人たちにとってより良い人間になれるか……自分という人間をより良く、より成長させる方向に進みました。
日本をはじめ、シンガポール、香港など、アジア諸国の人たちは、ストレスの多い社会で生活しています。アジア諸国は世界でも精神衛生上の危機や自殺の割合が高いと言われていながら、人々はメンタルヘルスのサポートを受けていません。サポートを必要としている人たちが、どのようにサポートを受ければいいのか分からないのです。私たちはその状況を変えようとしています。
Image:Intellect
セルフケア、コーチング、専門家とのマッチング 利用しやすい、総合的なプラットフォーム
――すばらしいですね。どのようなソリューションを提供しているのでしょうか。
私たちは、アジア全域のメンタルヘルスのエコシステムを作ろうとしていて、モバイルアプリでエンドツーエンドのメンタルヘルスケアを実現しています。提供するソリューションは、日常的で簡単なサポートから、臨床的なケアまでいろいろありますが、大きく3つの柱があります。
1つ目はセルフケアです。何百ものセルフガイドのセッションやセルフガイドのプログラムを提供しています。収録されたコンテンツの配信やミニゲーム、アクティビティを日本語、英語、中国語など様々な言語で提供しています。ユーザーは自分が抱える小さな問題に対してサポートを受けることができます。
2つ目は、認定コーチによるライブサポートです。コーチはセラピストや心理学者ではありませんが、ユーザーの仕事のストレスや家族関係の悩み、改善したい習慣など、臨床的ではないことについてサポートします。ユーザーはアプリを通じて自分の好みのコーチを選び、メッセージのやりとりをしたり、ビデオ会議による相談をしたりできます。
3つ目は、セラピストや心理学者、精神科医とのマッチングです。臨床的なサポートが必要な個人に、専門家を紹介します。このようなサービスを提供することで、ユーザーが困ったときに踏み出す一歩をとても軽くしています。
ビジネスモデルはBtoBで、企業や組織の従業員向けの福利厚生のような形で利用されます。Fortune 500に選ばれているような大企業が採用しており、アジアで働く従業員をサポートしています。2019年に創業し、2020年にベータ版をローンチしたのですが、わずか2年で300万人が利用するプラットフォームになっています。
従来から福利厚生の一環として従業員支援プログラムのヘルプラインがありましたが、利用率は非常に低いです。カウンセラーのセッションを予約するのにも数週間から数カ月かかっていました。私たちのソリューションは日常的な問題に対して積極的な支援を行うため、非常に高い割合で利用されています。より生産的に問題に対処できるようなプログラムを通じて、パフォーマンス志向の人材を育成しているのです。
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Covidの影響でより高まったメンタルヘルスケアの重要性
――2年で300万人が利用するとはかなり急成長ですね。成長の理由をお教えください。
私たちは、2020年から2021年にかけて非常に急速な成長をしました。私は、メンタルヘルスは新しい問題ではないと思っていますが、最近まで人々の意識が向けられていませんでした。Covid-19の登場によって、人々の行動に非常に大きな変化が起きました。この2年間で、苦痛を感じる人の割合が最も高く、孤独を感じる人、うつや不安を経験する人など、あらゆるネガティブな感情が、パンデミックのために増加したことが明らかになりました。
人々は、苦難の自覚によってもっとオープンにサポートを求めようと、自然に行動するようになったのです。私たち自身もメディアで取り上げられることも多くなり、企業もメンタルヘルスに投資するために大きな一歩を踏み出すようになりました。
――メンタルヘルスケアの需要が高まっているのですね。アジア市場においてこの分野に競合はいますか。
メンタルヘルス分野におけるテクノロジー活用は新しい分野で、競合が参加することは良いことだと思っています。しかしながら、競合の多くはマインドフルネスアプリのように1つの要素しか持っていません。Intellectは、マインドフルネスアプリの要素だけでなく、コーチングによるケア、専門家とのマッチングなど、フルスタックを構築している点が違います。
メンタルヘルスのためのスーパーアプリ、エコシステム構築を目指す
――2022年9月には日本法人を設立されました。これから1年間、どんなマイルストーンを掲げていますか。
私たちは今日、アジアにおけるメンタルヘルスのカテゴリーをリードする立場にあり、多くの素晴らしい投資家から2,000万ドルのシリーズAラウンドの資金調達をし、日本市場への進出を果たしました。日本は、メンタルサポートのニーズが非常に高い一方で、偏見の目で見られることも多く、なかなか参入しづらい市場と言われています。そこで私たちは市場を理解するためにも、日本の大手VCなどの投資家と強力なパートナーシップを結んで市場に参入しました。
MS&ADホールディングとは長期的なメンタルヘルスの保険商品をつくるパートナーシップを結びました。ほかにも、投資家や企業パートナーと協力し、どのような企業や事業をサポートできるかを考えています。地方自治体にもソリューションを提供したいと考えています。
また、私たちは、アジア太平洋地域のメンタルヘルスのマーケットリーダーになることを目指しています。アジア全域でメンタルヘルスのためのスーパーアプリを作りたいと思っています。コーチングやカウンセリングだけでなく、メンタルヘルスのスクリーニングやパーソナルケアまで、私たちのソリューションや臨床サービスの幅を広げるということです。日本だけでなく、アジアのほかの地域でも、多くの人々の生活を支える大きなチャンスがあると信じています。
――長期的なビジョンについて教えてください。また、日本の読者に向けてのメッセージもお願いします。
私たちのビジョンは、単なるアプリやプラットフォームのようなものではなく、アジア太平洋地域にメンタルヘルスのエコシステムを構築することです。オンラインでのスクリーニングから対面での診察に至るまで、あらゆるサポートを提供したいと考えています。メンタルヘルスに問題を抱えている人が、それが小さなものであれ大きなものであれ、私たちのプラットフォームを通じて適切な関連サポートを見つけることができるようにしたいと考えています。
私たちは、メンタルヘルスは一企業の取り組みではなく、複数の組織と政府が共同で推進するものだと考えています。それは最終的には会社にも影響を与えるからです。個人が体調を崩したり、精神的に弱くなっていたりすると、良い仕事ができません。企業においては辞めてしまう人、出勤しない人などによるコストも発生します。このような組織・社会のコストは、個人のメンタルヘルスに気を配れば、すべて解決できるのです。
日本企業との提携、戦略的なブランドパートナーとの提携、メンタルヘルスに関心のある組織との提携、認知度を広めるための提携、戦略的なコラボレーションなど、どのような提携も歓迎しています。私たちは、そのような方々と積極的に話し合いたいと思っています。この取り組みに関心をお持ちの企業との提携を強く希望しています。