インテル出身メンバーが作ったエッジAIチップ
2010年に創業したBlaizeは以前の社名をThinCIといい、当初は自社のサービスや製品を外部に公表しないステルスモードで事業を展開していたという。創業メンバーは、Munagala氏、CTOのSatyaki Koneru氏、チーフサイエンティストKe Yin氏の3人。それぞれ前職はIntelでGPUアーキテクトとして活躍した経歴を持つ。Koneru氏はNVIDIAにも在籍していた。
「Intel時代、グラフィックスプロセッサ(GPU)の開発に携わっていました。コンピュータービジョンやニューラルネットワーク(脳の神経回路の一部を模した新しいAIモデルのこと)など新しい技術が登場し、自律走行のようなワークロードを支えるにあたって、従来とは異なるプロセッサとソフトウェアが必要だと気付きました」
近年、コンピュータや通信ネットワーク、AIなど技術の高度化によって、ネットワークを介して人間が周囲の空間をリアルタイムに把握し、コントロールできるようにする「スマート社会」の実現が期待されている。例えば、交通がスムーズで安全になるスマートシティや、農家の生産性を高めるスマート農業、品質と安全性を維持するスマート工場などだ。しかし、これには大きな課題があった。
「自動車、スマートシティなどのユースケースはすべて、私たちが『エッジ』と呼んでいるものです。AIの真の価値創造はこれらの作業をエッジに持ち込み、私たちの日常生活に取り入れることができた時に起こります。というのもデータセンターの外に出てみると、非常に膨大なデータがあるからです」
「しかし、AIの問題点は、これまで大量の計算機とモデル、データが遠く離れたデータセンターに置かれてきたことです。自動運転する車の前に突然、人が現れて急ブレーキが必要となっても、その情報をデータセンターにいちいち送って、戻ってくるのを待っていては事故を防ぎきれません」
つまり、エッジAIがデバイス上で異常か正常かを分析したり、判定を下したり、予知保全を行うなど、その場で必要な判断を瞬時に下す必要があるということだ。エッジAIを働かせるためには、低レイテンシー、高エネルギー効率、プログラマビリティのあるハードウェアが必要だった。
Image: Blaize
旧来のアーキテクチャではこれらを実現できないと気づいたチームは、特にニューラルネットワークのようなAIモデルの処理に特化することで、低消費電力で、高パフォーマンスのAIチップの開発に成功した。BLAIZE GRAPH STREAMING PROCESSOR (GSP®)は、従来のCPUの10~100倍の実行効率を持ち、AIの持つ能力を最大限に発揮させることができる。
また、AIの高速演算処理を可能とするハードウェアに加え、総合ソフトウェア開発キットやアプリケーションソフトを開発し、統合的なAI・画像データ処理ソリューションを提供している。
自動運転やスマートシティ分野への広がりに期待
Blaizeは当初、モバイル機器向けの開発を狙っていたというが、デンソーやダイムラー、未来創生ファンド、サムスンなど、複数の企業・VCなどから戦略的出資を受けたのをきっかけに、自動車や産業用システムに注力するようになったという。
「大きな変革期を迎えている自動車業界において、私たちはテスラのような新興EVメーカーに対抗するパートナーです。そしてもう1つ注力しているのが、スマートビジョンの分野です。現在、世界で年間10億個ものカメラが出荷されていますから、スマートファクトリーやスマートシティなどさまざまな場面でAIチップを活用できるでしょう」
Blaizeはハードウェア技術の開発に積極的に取り組み、ソフトウェアスイートとともに製品を出荷している。ハードウェア製品群はAIのワークロードに適したプロセッサと、それを組み込んだモジュール基板で構成される。
このモジュールシステムは、カメラやロボット、産業用PC、エッジサーバーに搭載することが可能だ。一方、ソフトウェア製品群は「AI Studio」と呼ばれるコードフリーのプラットフォームを用意し、ドラッグ&ドロップでソリューションを構築、展開、管理できるようにした。
「課題はハードウェアだけではありません。AIの価値を引き出すためにはソフトウェアも必要です。そこで、ハードウェアとソフトウェアを効率的に組み合わせて、世界初のプロセッサとソフトウェアのフルスタック・ソリューションを構築しました」
「最終的なカスタマイズはアプリケーションレイヤーで行います。例えば、空港で不審者を識別して追跡したいと思った場合、似たようなニューラルネットワークやAIモデルを探してきて、アプリケーション層で再利用できます。だから自動車、農業、小売業などあらゆる場面で、安全監視や事故防止など多様なユースケースに展開できるのです」
現在のエッジ用AIチップの参入プレーヤーは、NVIDIA、Intel、Qualcommなど大企業のほか、イスラエルのHailo、アメリカのGyrfalcon Technologyなどスタートアップも参入するホットな市場だ。競合プレーヤーとの違いについてMunagala氏は、Blaizeが他社と比べてよりエッジAIのワークロードに適していることと、プログラマビリティに優れている点だと述べた。
「エッジAIは本当にさまざまなワークロードが求められます。従来の画像処理に基づいた構造のGPUは、AIの処理にはいささかレトロフィットです。また、他社の中にはクローズドなOEM供給しかやっていないところもあります。ですが、私たちはオープンスタンダードなソフトウェアなので、お客様は自分達でコードを書くことができます」
Image: Blaize
デンソー、ネクスティエレクトロニクスなど国内自動車業界とつながり
Blaizeは現在、豊田通商グループの半導体商社ネクスティエレクトロニクスなど、日本国内の複数のエレクトロニクス商社と販売代理店契約を結んでいる。日本企業と既に良好な関係を築けており、出資などを通じたパートナーシップは今後も歓迎するとMunagala氏は付け加えた。
2021年7月には、シリーズDラウンドで引き続きデンソーなどから7100万ドルの資金調達をした。パンデミック後もIoTやエッジAIへの期待は高まっているとして、技術開発や事業拡大に積極的に投資していく考えだ。そして最後に、Munagala氏はこれから生活のあらゆる場面でエッジAIが活躍する未来が来るだろうと将来ビジョンを語った。
「私たちの長期的なビジョンは、いかにしてAIを単純化するかということです。iPhoneやAndroidのスマートフォンを使うように、簡単に導入できるようにしたいのです。AIを使いたいと考えるあらゆる産業が、マウスをクリックするだけで簡単に、あるいは非常に直感的な方法でAIを構築、導入、管理できるようになるはずです。これからエッジAIは世界に大きなインパクトを与えることになるでしょう」