目次
・挑むのは「ソフト開発の最も困難な課題」
・顧客の9割以上がGitHub Copilotから移行
・製品を導入した企業のユースケースは?
・人間と機械の融合で描く、10年後の開発環境とは
挑むのは「ソフト開発の最も困難な課題」
―これまでの経歴と、Augment Codeに参画された背景についてお聞かせください。
私が機械学習で博士号を取得したのは随分前のことです。当時、AIの重鎮の一人であるGeoffrey Hinton氏をはじめ、素晴らしい教授陣と研究を共にする貴重な機会に恵まれました。その後、Webアプリケーションサーバーやストレージといった、複雑なエンタープライズソフトウェアの開発に携わり、日本でも成功を収めたBEA SystemsやPure Storageといったビジネスにも深く関わりました。日本へはその関係で何度も訪れたことがあります。
こうした経験を通じて、優れたソフトウェアを開発することがいかに難しいかを痛感してきました。多くのソフトウェアが期待される機能を十分に備えていなかったり、使いにくかったり、信頼性やセキュリティに課題を抱えていたりする現状を目の当たりにしてきたのです。そんな中、LLM(大規模言語モデル)が登場したことで、ソフトウェアの在り方を劇的に改善できる可能性を見出しました。これがAugment Codeの始まりでした。
他社が比較的シンプルなソリューション、たとえば簡単なアプリケーション開発の支援に注力する一方で、私たちはもっと根本的な課題に取り組もうとしています。それは、非常に大規模で複雑なコードベースを、数百人、時には数千人ものエンジニアが協力して扱う際に直面する問題の解決です。私たちはAIを活用し、ソフトウェア開発における最も困難な課題に挑戦していきたいと考えています。
顧客の9割以上がGitHub Copilotから移行
―市場には複数のコードアシスタントサービスがありますが、他社のサービスとの違いは何でしょうか?
他社のサービス、例えばMicrosoftのGitHub Copilotについてですが、これはあたかもコンピュータサイエンスの学位を持った新卒社員のようなものです。プログラミングの基本的な方法を理解している一方で、固有の会社のソフトウェアに関する知識がなく、チーム全体の生産性向上に直接貢献できるわけではありません。
私たちは、これとは異なり、お客様のソフトウェアに精通したAIを開発したいと考えました。このAIは、ソフトウェアの仕組みに関する最も難しい質問に答えることができ、最も複雑な問題のデバッグを支援し、大規模なチーム環境にも対応できるものです。このアプローチは市場でも独自性があり、現在のところ、当社以外に同様の課題に取り組むためのAIを開発している会社はないと認識しています。実際の市場での反応からも、この違いが明確に示されています。現在、私たちの顧客は200社以上に上り、その90%以上がGitHub Copilotから移行してきたお客様です。
GitHub Copilotのようなソリューションは、顧客コードを用いてモデルをファインチューニングするアプローチを取っていますが、この方法にはいくつかの問題があります。例えば、コードに変更があるたびにモデルを再調整する必要があり、それには多大なコストがかかります。また、異なる拠点で作業している開発者ごとに、個別に調整されたモデルが必要になる場合もあります。さらに、AIが顧客コードから学習した内容が外部に漏洩し、顧客のセキュリティを損なうリスクも無視できません。
これらの課題を解決するために、私たちは従来とは異なるアプローチを採用しました。それがRAG(Retrieval Augmented Generation、検索拡張生成)です。この手法は、非常に大規模なコードベースにも対応できるよう設計されています。現実問題として、数千ものファイルで構成されるコードベース全体をAIに渡して処理することは不可能です。そこで私たちは、顧客コードの知識を保持しつつ、プログラマーが作業する上で必要となる適切なコンテキストのサブセットを高速で提供できる仕組みを構築しました。
AIモデルは、オープンソースのモデルをベースに、それぞれの役割を最大限に発揮できるようトレーニングを施しています。通常は4~5つの異なるモデルが連携して動作しています。それぞれのモデルが専門的な役割を担うことで、全体としてより効率的で効果的なソリューションを提供できるようになっているのです。
―サービスはどのように提供されているのでしょうか?
現在、私たちはクラウドサービスとしてソリューションを提供しています。その中でも、開発者が日常的に使用するツールとの連携を重視しており、例えばMicrosoftのVisual Studio CodeやJetBrainsのIntelliJ IDEA、WebStormといった統合開発環境(IDE)向けのプラグインを提供しています。また、多くのエンジニアがコミュニケーションツールとして利用しているSlack用のプラグインも開発しました。このプラグインを使用することで、Augment CodeのAIはSlack内の会話に参加し、コードに関する質問に答えたり、問題が発生した際のデバッグを支援したりします。さらに、コードベースに直接アクセスする必要がなく、すべての作業をSlack内で完結できるのが特徴です。
収益モデルは、サービス使用に対してアクティブな開発者の人数に応じた月額課金制を採用しています。席数に基づく従来型の課金モデルとは異なり、実際にサービスを使用した分だけ課金する仕組みです。他のサービスでは、利用の有無にかかわらず一定額を支払う必要があることが一般的ですが、私たちは会社に実際の価値を提供できた場合のみ課金するというアプローチを取っています。このモデルはお客様にとっても合理的で柔軟な選択肢となっています。
image : Augment Code AI in Slack
製品を導入した企業のユースケースは?
―顧客の成功事例を共有していただけますか?
はい、2つ紹介しましょう。1つ目は、eコマースアプリケーションの移行プロジェクトを進めていた顧客のケースです。このプロジェクトは非常に複雑で時間のかかるものでしたが、Augment Codeを導入したことで状況が一変しました。移行に必要な時間が半分に短縮され、エンジニアの生産性が劇的に向上しました。具体的には、1日あたりの作業量が従来の2倍に増加し、チーム全体の効率が飛躍的に改善されました。この成果により、顧客はプロジェクトの早期完了とコスト削減を同時に実現しました。
もう1つは、ノーコードでWebサイトを作成できるツールを提供しているWebflowという企業です。彼らがAugment Codeを導入した際に得た最大の利点は、新入社員のオンボーディングプロセスが大幅に改善されたことです。それまでのオンボーディングでは、シニアエンジニアが新入社員の指導役を務める必要がありました。しかしこの方法では、新入社員が一人前になるまでに時間がかかり、さらにシニアエンジニアが質問対応に多くの時間を費やすため、業務全体の効率が低下していました。
Augment Codeの導入後、AIが新入社員の指導役として機能するようになり、状況は一変しました。新入社員は24時間365日いつでも利用可能なAIメンターを通じて、コードベースに関するあらゆる質問に即座に答えを得ることができます。これにより、彼らは適切な方向へ迅速に導かれるようになり、シニアエンジニアが他の重要な業務に集中できる環境が整いました。
image : Augment Code
―事業の成長について教えてください。また、御社は2024年4月にシリーズBラウンドで資金調達を実施し、ステルスモードから脱却しました。調達資金の使い道や目指す方向性も併せてお聞かせください。
創業したのは2022年前半ですが、サービスの提供を開始したのは2024年初めでした。最初のリリースは200社の顧客を対象に行い、その後に一般公開へと移行しました。この短期間で非常に急速に成長しており、これまでは主にエンジニアリングチームの強化とクラウドプラットフォームの基盤作りに注力してきました。資金調達後は、数千社規模の顧客をサポートできる体制へとビジネスを拡張する準備を整えています。製品が市場で好調な反応を得ているため、今後はセールスとマーケティングにも積極的に投資し、この成長の勢いを活かしていきたいと考えています。
今後1〜2年で指数関数的な成長を遂げることが重要です。私は過去にPure Storageなどで四半期ごとに事業規模を倍増させた経験があります。今回も同様に爆発的な成長率を再び実現することを目指しています。もちろん、課題も少なくありません。特に採用は非常に慎重に行っています。当社が掲げる高い目標を達成するためには、必要なスキルと職業倫理を持つ優秀な人材を見極める必要があり、多くの候補者と面談を重ねています。
さらに、市場には多くのノイズが存在します。当社の競合サービスは実質的にはGitHub Copilotで、つまりMicrosoftとの競争が中心です。しかし、実際の市場で目立たない競合も多く、マーケティング活動を活発化させて参入を表明している企業が増えています。そのため、私たちが市場の他の製品とは一線を画す存在であることを効果的に伝える必要があります。Augment Codeがいかに優れているかを人々に理解してもらうことは、現在進行中の大きな課題です。
また、クラウドサービスの拡張も引き続き重要なテーマです。特にAIに必要なGPUの確保は大きな課題の一つです。現在、GPUに対する需要が非常に高まっており、これを適切に確保することが、今後のサービス拡張に欠かせない要素となっています。
image : Augment Code 正面左からCEOのScott Dietzen氏、創業者のIgor Ostrovsky氏とGuy Gur-Ari氏
人間と機械の融合で描く、10年後の開発環境とは
―日本市場へ参入する場合、パートナーについてはどのようにお考えですか?
私たちは、当社の製品が難しい課題に対してより良い解決策を提供できるかを常に重視しています。そのため、ソフトウェア開発の新しい方法を試してみたいと考えるエンジニアリングチームやソフトウェアエンジニアとの協力に特に興味があります。このような協業を通じて、製品の可能性を広げていきたいと考えています。
販売パートナーについては、まだ具体的な選定を行っていません。日本市場に関しては、将来的に販売パートナーと協力する可能性が高いと思いますが、現時点でリセラーに関する具体的な決定を下すのは早すぎると考えています。ですから、製品を実際に試してみたいと考えるエンジニアとの協業からスタートしたいと考えています。
現在、日本企業と正式な協議を進めてはいませんが、私は過去に日本で大きなビジネスを展開した経験があります。準備が整い次第、当時の関係性を再構築し、再び日本市場で活動を広げていきたいと考えています。すでにアジアやヨーロッパにも顧客がいますが、顧客の大多数は米国に集中しているのが現状です。
―長期的なビジョンについて伺いたいのですが、将来の開発環境についてどのようにお考えでしょうか?
私たちは、人間の知性と機械の知性が融合することで生まれる可能性を強く信じています。人間はソフトウェアに求められる要件を深く理解する能力に優れており、どのような機能が必要か、ローカルデータセンターからクラウドに移行すべきか、データモデルを最適化して高速化すべきかなど、ゴールを描くのが得意です。一方で、機械はそのゴールに向かう過程での細かい作業を効率的にサポートする能力に長けています。
社名を「Augment」(増強させるの意)としたのは、人間と機械が協力することで、今後10年間でソフトウェアを劇的に改善できると確信しているからです。私たちのビジョンは、世界中に存在するソフトウェア債務を解消し、ソフトウェアが常に期待通りの成果を出せる状態を実現することにあります。ただし、この未来を形作るうえで、ソフトウェアエンジニアは依然として重要な役割を果たします。私たちは、エンジニアがより創造的で面白い仕事に集中できる環境をつくりたいと考えています。単調で退屈な繰り返し作業は機械に任せ、人間は本来の知性を活かせる領域に専念できる世界を目指しています。
AIの力を活用すれば、技術の習得をより簡単にし、作業を負担の少ないものに変えられると信じています。例えば、大規模なコードベース内で単純な変更を行う場合、数十箇所もの異なるファイルや場所に手を加える必要があることがあります。その途中で質問や会議に中断されると、人間がすべての詳細を記憶しておくのは困難です。しかし、こういった反復的なタスクは機械が得意とする分野です。
人間にはゴールへのビジョンがあります。この人間のビジョンと機械の効率的なサポートを組み合わせることで、私たちはソフトウェアの品質を向上させるだけでなく、ソフトウェアエンジニアの仕事そのものをよりやりがいのある、楽しいものに変えることができると確信しています。これが私たちの目標です。
―日本の潜在的なパートナーや顧客に向けてメッセージをお願いします。
Augment Codeを日本市場に提供できることに心から期待しています。私はこれまで日本の多くの企業と仕事をする素晴らしい機会に恵まれてきました。同様の成功を収められるよう、皆様と協力してソフトウェアをより良いものにしていくことを楽しみにしています。