メガベンチャーが牽引した2017年の東南アジアスタートアップ

 1644億ドル、これは2017年の1年間で世界中のスタートアップが集めた投資金額だ。(※1)前年比49%増にも及ぶこの金額から、彼らへの期待がうかがい知れる。なかでも東南アジア地域は、その急速な成長ぶりで存在感を放つ。7月時点で既に前年比60%増の約50億ドルもの資金を集め、いま一番ホットな地域として注目を集めている。(※2)東南アジアでは今何が起こっているのか、われわれ日本企業は彼らとどう関わっていくべきか、東南アジアの最先端を走るシンガポールのスタートアップエコシステムから見ていきたい。

 2012年以降、東南アジアスタートアップへの投資額は右肩上がりに成長していたが、2017年、この1年は特に大きな伸びを記録した。その主役となったのは東南アジア発のメガベンチャーたちだ。タクシー配車アプリを運営するGrabは27億ドル(SeriesG)、インドネシアのECマーケットプレイスTokopediaは11億ドル(SeriesG)を調達している。その他にも総合ネットエンターテイメント企業のSea Limitedが5.5億ドル、インドネシアのオンライン旅行代理店Travelokaが3.5億ドルを調達するなど、億越えの大型調達が目立つ1年だった。(※3)

コンシューマー向けウェブサービスに投資が集中

 経済成長の波に乗る東南アジアでは、中間所得者層の伸びに合わせてインターネット市場も右肩上がりに成長している。その市場規模は2017年時点で500億ドル、2025年には2,000億ドルに達すると予測されている。(※4)そのためアジアのインターネットユーザーを囲い込むことがビジネスチャンスに繋がる重要なポイントであり、コンシューマー向けのウェブサービスに注目が集まる要因となっている。また東南アジアという単位ではなく、それぞれの国の課題をデジタル技術で解消するようなサービスが存在感を増している。

 例えばインドネシアのバイクタクシー配車アプリGo-Jekだ。バイクタクシーの配車で獲得した顧客基盤を活かして、送金サービスやデリバリー事業など多角展開しているメガベンチャーとして有名だ。当時ジャカルタでは慢性的な渋滞が問題となっていたため、オジェックと呼ばれるバイクタクシーが市民の足となっていた。渋滞を気にする必要がなく便利な一方で、オジェックを捕まえる面倒さや値段の不明瞭さなど課題は多かった。このインドネシア独特の課題を、先進国の配車アプリというかたちで解決し現地でのシェアを獲得している。

テクノロジーをベースにしたスタートアップの登場

 大型資金調達の陰に隠れがちだが、アーリーステージのスタートアップも十分な注目を集めている。東南アジア投資で有名なベンチャーキャピタル達が、アーリーステージに特化したファンドを組成している。Wavemaker Partnersは0.66億ドル(※5)、Vertex Venturesが2.1億ドルとSeedPlusが0.18億ドル(※6)と、その注目度の高さがうかがえる。

 また、ここ数年でテクノロジーを武器にしたスタートアップも注目を集めている。精緻な人工皮膚技術を用いて化粧品などのテスティングサービスを提供するDeNova Sciencesや、スポーツ用のスマートセンサーを開発する9 Degrees Freedomなど、これまで目にする機会の少なかったテックスタートアップをよく見るようになった。

政府主導でイノベーションを創出するシンガポール

 ここ数年でテックスタートアップが登場し始めたのは、政府主導のスタートアップ支援策が背景にある。近年では東南アジア各国の政府がそれぞれスタートアップ支援策を講じているが、その牽引役となっているのはシンガポールだ。

 シンガポールは「スマートネーション」という構想のもと、テックイノベーションにより、自国の競争力と国民生活の向上を目指すという政策を立てている。特定技術の研究開発に190億ドルを投資するという「RIE2020計画」や、「StartupSG」というスタートアップ向けの支援プログラムはもちろん、イノベーションのために政府が所有するデータを一般開放したり、各地域に先端技術の実験場をつくるなど本気度の高い施策を次々と展開している。

 その結果、日本のメディアにも取り上げられた無人空港(チャンギ空港ターミナル4)や、無人自動車の走行実験が実現している。他にもホーカーセンター(屋台食堂)での電子決済システム導入や、行政手続きの電子化が進められており、そのスピーディな変化は目を見張るものがある。

産学官連携でスタートアップが生まれる仕組み

 シンガポールは政府の力だけではなく、政府・企業・大学が連携することで新しい技術や起業家を生み出す仕組みを整えている。

 JTC LaunchPad @ one-northという約800のスタートアップ(2018年3月時点)と、VCやインキュベーターなどが集まる一帯がある。その中心にあるPlug-in@Blk71というインキュベーションこそ、その一例だ。この施設はシンガポール国立大学が運営する「NUSエンタープライズ」、シングテル(シンガポール・テレコム)のベンチャーキャピタルの「イノベイト」、シンガポールメディア開発庁の産学官連携により運営されている。

 この中ではスタートアップ同士の交流はもちろん、サポーターとなる大企業のメンバーが横並びで仕事するなど、コミュニティの活性化に大きな役割を果たしている。周りには大学教授や先輩経営者などメンターやサポーターがたくさんおり、チャンスを掴みやすい環境が整っている。

 1億ドル以上の調達に成功しているC2Cフリーマーケットアプリを運営するCarousellや、画像認識技術を活用した画像検索サービスプロバイダViSenze等、有力なスタートアップがここから輩出されている。また先述のDeNova Sciencesは、ナンヤン工科大学(NTU)が運営するインキュベーションNTUitive出身であり、ここでも大学に所属する3Dプリントの科学者の協力を得てビジネス化を実現させるなど、優秀なスタートアップが生まれるエコシステムが存在している。

シンガポールのイノベーションに貢献する日本の大企業

 資源が少ないシンガポールでは外国企業を誘致するなど、外の力をうまく活用している。多くの日本企業もシンガポール政府と良好な関係を築き、そのイノベーションに大きく貢献している。

 NECはシンガポール政府とのパートナーシップを背景にビジネス展開を加速している好例だ。NECのもつ生体認証技術を、ビデオ監視システムや出入国管理システムの構築に役立てシンガポールのセキュリティ強化に貢献している。

 その他にも、無人電車やGPSを活用した道路課金システムを手掛けた三菱重工や、シンガポール科学技術研究庁(A * STAR)と共同開発・研究を行う中外製薬、パナソニックとニコンも半導体製造のためA * STARと連携しており、シンガポールの発展に大きく貢献している。

スタートアップもまた、日本の力を求めている

 世界の大企業たちも、積極的にスタートアップとの関係性を深めている。テンセント、アリババのようにスタートアップに投資する企業や、コーポレートベンチャーキャピタルとして活動している企業の話はよく聞く。他にもシンガポールのフィンテック企業と協業するIBM、イノベーションラボを開設しサービス開発と現地のスタートアップ人材育成に貢献するペイパルなどがある。インキュベーションプログラムやアクセラレータープログラムを持つなど、スタートアップの活動を支援しながら彼らとの接点強化や協業を模索している企業は多い。

 東南アジアで活躍するスタートアップのCEOたちに話を聞くと、スタートアップも日本企業に大きな期待を寄せていることがわかる。企業により様々だが、彼らは大きく分けて「資金」「技術・ノウハウ」「顧客基盤」という面で日本企業との関係を深めていきたいと考えている。同業種の日本企業と関係を深めたいという声が多く、日本企業の進んだノウハウの獲得と日本マーケットを視野に入れた協業を考えているようだ。

スピード感の違いが障壁に、双方の歩み寄りが必要

 一方でスタートアップのCEOたちは口を揃えて、日本企業の「スピードの遅さ」を指摘する。世界の大企業たちとの交渉は、その場で話がまとまることも多いが、日本企業との交渉は、数カ月間にわたり話が進まないということもよくあるようだ。投資の話を進めていた日本企業から快諾の連絡が来た時には、既に資金調達が終了しているという話はよく聞く。日本企業のスピードの遅さは昔からよく聞くが、彼らの口から直接聞くと、その問題の切実さを感じてしまう。

 しかし、彼らは決して日本企業との協業を諦めているわけではない。日本企業と話を進める時は、その意思決定フローを考慮し、早めに対話を開始するように心がけているというCEOもいる。

東南アジアスタートアップとの協業パターンは各社各様

 シンガポールの成功を見ている近隣の東南アジア諸国もテクノロジーやスタートアップの振興に力を入れ始めている。シンガポールの次にスタートアップが輩出されているインドネシアでは、2020年までに1000社のテックスタートアップを生み出すことを目標に掲げ、エコシステムの形成に力を入れている。

 シリコンバレーなど世界トップのスタートアップ集積地に比べれば発展途上ではあるが、シンガポールを中心とした東南アジア全域で優秀なテックスタートアップが生まれつつあることは事実である。日本にとって、東南アジアは地理・文化・歴史的に近い存在であり、今後心強いビジネスパートナーとなるはずだ。

 生産や流通の効率化、新市場の開拓、新技術やサービスの研究開発など、協業によるメリットは様々であり、それを実現する手段も投資や協業だけではなく多様に存在する。まずはハッカソンなど東南アジアのスタートアップとの交流を深めるところからスタートするという手もある。乗り越えるべき壁はあるものの、日本企業と東南アジアのスタートアップの交流は今以上に加速していくだろう。

※本記事は2018年4月に発刊した「東南アジアスタートアップエコシステム」の記事を転載したものです。

【参考リンク】
(※1)https://www.pwc.com/us/en/moneytree-report/assets/MoneyTree_Report_Q4_2017_FINAL_1_10_18.pdf
(※2)https://www.cbinsights.com/research/southeast-asia-tech-deals-and-dollars/
(※3)https://www.crunchbase.com/
(※4)http://apac.thinkwithgoogle.com/research-studies/e-conomy-sea-spotlight-2017-unprecedented-growth-southeast-asia-50-billion-internet-economy.html
(※5)http://wavemaker.vc/wp-content/uploads/2017/10/Press-Release-Wavemaker-Partners-Closes-Second-Southeast-Asia-Fund-of-US66M-backed-by-IFC-13-October-2017-1.pdf
(※6)https://www.cbinsights.com/research/venture-capital-southeast-asia-new-funds/



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