サステナブルな社会の実現に向けて、解決すべき課題の一つである「食品ロス」。まだ食べられるのに廃棄される食品は膨大な量に上る。イギリス発のスタートアップOlioは、地域の住民間で、期限内に食べきることができない食品を譲り合える「食品シェアリング」のアプリを開発・運営している。コロナ禍で「人とつながりたい」という人々の思いが顕著になり、アクティブユーザーを増やし続けているという。OLIOの共同創業者でCEOのTessa Clarke氏に、フードロスの削減とビジネスを両立させる取り組みや今後の展望を聞いた。

【まとめ】世界環境デー 脱炭素から食品廃棄まで 課題解決に取り組むスタートアップ
関連記事
【まとめ】世界環境デー 脱炭素から食品廃棄まで 課題解決に取り組むスタートアップ
「【まとめ】世界環境デー 脱炭素から食品廃棄まで 課題解決に取り組むスタートアップ」の詳細を見る

テクノロジーで「つながる」コミュニティを強化

――御社のサービスについて教えてください。

 OLIOは、地域社会や家庭で生じる膨大な量の食品ロスを解決するアプリです。アプリの仕組みは簡単です。ユーザーは、食品の写真を撮り、説明文と指定の待ち合わせ場所を補足して、アプリ上にアップロードします。近隣住民はその投稿を見て、欲しいと思ったアイテムを投稿者に通知し、投稿者が承諾したら、指定の場所に受け取りに行く仕組みです。

 さらに、Tesco(英大手スーパーマーケット)等の小売企業とパートナーシップを組んでいます。Tescoから引き取った食品の出品もしています。

 私たちのサービスのコア・コンピタンス(企業の核となる強み)は、OLIOというアプリを媒介にして、人と人がつながる「コミュニティ」機能を有しているところにあります。

Tessa Clarke
Co-founder & CEO
University of Cambridgeで社会学と政治学を専攻し、University of StanfordでMBAを取得。DysonのEコマース部門や国際的なフィンテック企業のWongaで管理ディレクターとして活躍後、B2Bメディアを提供するContentiveで役員を務める。2015年にOLIOを共同創業し、CEOに就任。

 SNSなどを通じてオンライン上での人間関係は一見豊かになったように見えます。しかし、実際は、私たちはかつてないほど、オフラインでは孤独な時代を生きているのです。ユーザーからはOLIOを通じて、ご近所さんや隣人とコミュニケーションを取り、良い人間関係を構築できることで、「元気になった」という反応をいただいています。

 さらに、「食品ロス」の解決に簡単に取り組むことができ、「社会に良いことをした」というセルフイメージの向上にも役立っている、との声もよくいただきます。つまり、OLIOは、テクノロジーを通して、「コミュニティの強化」に取り組んでいるのです。

 そのため、シェアできるアイテムは食品だけではありません。日用品の貸し借りや、自家製の料理の提供も可能です。OLIOの「コミュニティ」機能は人と人とのつながりを取り戻します。ユーザーは現在、イギリスを中心に、シンガポール、メキシコ、アルゼンチン、チリ、コロンビアなど、世界で約560万人がアプリに登録しています。

――コロナ禍で大きくユーザー数を伸ばしたと聞いています。

 その通りです。新型コロナウイルスの感染拡大により、地域によってはロックダウンなど、家から出られない状況が続きました。ロックダウンを前に買占めが起こり、スーパーマーケットの棚から食品が消えました。人々は「我々の生活を成り立たせていたのは、『人と人とのつながり』だった」と気づいたのではないでしょうか。また、「食事に困っている人がいたら助けたい」という気持ちも、同時に生じたことでしょう。

 イギリスでは、在宅勤務が定着したこともあり、コロナ禍が始まった2020年から私たちのユーザー数は5倍に伸びました。在宅勤務の中でちょっとした休憩がてら、隣人の住む場所に欲しい食品を取りに行くという行為はとても楽しいものなのです。

「食品を捨てたくない」のは人間の素直な気持ち 25〜45歳の女性が主にサービス利用

――食品ロス問題への関心の高まりも感じますか。

 はい、感じますね。コロナ禍とともに、問題視されているのは気候変動です。ニュースで洪水や山火事の映像を見るたびに、「気候変動は喫緊に取り組むべき問題だ」と誰もが気づいたのではないでしょうか。

 さらに、爆発的な世界人口の増加により「100億人をどう食べさせるか」が重要な論点になっています。これらの問題を身近に、家庭や企業のレベルで解決できるのが「食品ロス削減」です。パンデミックが起き、2020年を機に激変した世界で、大量生産・大量消費を前提とした近代社会のあり方そのものが「幸福への道」ではないと、多くの人が気づいたのではないでしょうか。

Image: OLIO

 実は、2015年の創業当初は、気候変動の問題と食品廃棄削減という観点でのビジネスを掲げており、同じコミュニティに住む人同士がつながり、何かを共有するときに起こる「魔法」について私たちは気付いていませんでした。

 サービスを運営する中で分かったのは、「食品の廃棄」が好きな人は誰もいない、という点です。「食べ物を捨てるのは気持ちが良かった」という人はいないのです。対して、食べ物を必要としている誰かに、自分の家だけでは食べきれずに余ってしまったものを提供すると、とても気分が良くなります。

 もちろん、ユーザーにとっては、気候変動への対策という大義名分はあれど、実際には人とつながり、食品を提供することで自分も満たされるという「人間の直感」に訴えかける点が、我々のサービスが支持されている理由でしょう。そもそも、私たち人間はコミュニティに暮らす中で、資源は貴重であることを知っていました。廃棄の概念が広がったのは最近のことで、ごく現代的な事象なのです。

――メインの顧客層を教えてください。

 OLIOのユーザーには、学生から年金受給者まで、さまざまな人がいますが、主にサービスを使っているのは、25歳から44歳の女性です。家庭の食事を担当する方々に多く使っていただいています。余談ですが、他のサステナビリティ関連のサービスを手がける起業家も、女性の方が気候変動などの危機に対して敏感であり、注意を払っていると言いますね。

Image: OLIO

食品廃棄、気候変動の課題解決に新しいビジネスパラダイムを

――御社の収益モデルを教えてください。

 アプリの登録、利用は無料ですが、特別なプロフィールデザインなどが利用できる有料サブスクリプションプランも用意しています。さらに、大手スーパーマーケットや飲食店など、企業や地域の事業者と連携し、「Food Waste Hero Program」というサービスを始めています。企業や事業者は「食品廃棄ゼロ」を達成するために売れ残ったり、余ったりした食品を提供します。当社に登録しているトレーニングを受けたボランティアがそれを引き取り、アプリを使って必要な人に再配布するプログラムです。

  大量の食品廃棄を巡り、これまで企業は回収業者にお金を払って食品を廃棄していました。私たちのサービスでは、大手スーパーマーケットや地域の飲食店などは、食品を提供するたびに当社にお金を支払います。当社は企業や事業者に対し、「提供していただいた食品で、どれだけの家庭が助かったのか、CO2をどれくらい削減できたのか」などのデータを伝えています。ユニークなサービスです。

 OLIOは慈善事業ではありません。私と共同創業者は目的意識を持った利益の大切さを知っており、それが新しいビジネスパラダイムになると信じています。気候変動、食品ロスの問題は世界的な大きな課題です。だからこそ、大規模に迅速に解決されなければならないのです。そのためには、社会において企業が何のために存在し、どう事業を展開するのか、目的を持ったビジネスが最も効果的なモデルになるのです。

BtoBビジネスを強化 日本進出の際は大手食品小売業との連携をしたい

――2021年9月にシリーズBで4300万ドル(約55億円)の資金調達に成功しました。資金の使い道を教えてください。

 ビジネスの規模を拡大していく非常に重要な転換点となります。まずは、BtoBビジネスである「Food Waste Hero Program」のサービス拡大を図ります。私たちにはとても強力なサポーター企業たちがいます。サービスに磨きをかけるために、人員拡大も進めていきます。

 さらに、海外でのサービス拡大も予定しています。現在は、イギリスをはじめ、アメリカ、シンガポール、メキシコやアルゼンチンといったラテンアメリカ諸国など63カ国でビジネスを展開しています。特に、シンガポールとメキシコでは、大手食品小売企業と良い関係を築いており、それらの地域で重点的にサービス拡大を図っていきたいです。

――多くの投資家を惹きつけた理由はなんだと感じていますか。

 気候変動という避け難い事象に、どの産業も直面せざるを得ない中で、私たちが「食品ロス削減」をテクノロジーで解決するスタートアップだからでしょう。非常に解決が難しい問題ですが、私たちが「コミュニティ」という側面を見出したことで、注目を浴びるようになりました。

 私たちは、膨大な廃棄物を出しながら食料を生産し、消費するシステム自体の変革を目指しています。食品ロスの解決には、地域住民のつながりを強化し、彼らが今持っているリソースを最大限活用するという、案外原始的で、身近な方法が残されていたのです。その事実を再発見したのがOLIOであり、だからこそ多くの投資家を惹きつけることができたのでしょう。

――日本市場への参入は考えていますか。

 いつかは参入したいですね。私たちの目標はとても大きく、2030年までに10億人の登録ユーザー獲得を目指しています。しかし、前述したように、現在のターゲットは英語とスペイン語圏でのビジネス拡大です。ただ、アプリは世界中どこからでも使えるので、日本からの利用は今でももちろん可能です。

 日本市場に参入する際は、大手食品小売企業や、ファストフードチェーンと提携したいです。彼らとパートナーシップを組めれば、非常に良いスタートを切ることができるでしょう。現に、アイルランドでも、Tescoとの提携により、地域の住民はすぐに私たちのサービスを知ってくれました。日本でも、同様のパートナーシップ構築を目指したいですね。

代替肉に昆虫食…フード関連のトレンドが掴める「Food Tech Trend Report」
関連記事
代替肉に昆虫食…フード関連のトレンドが掴める「Food Tech Trend Report」
「代替肉に昆虫食…フード関連のトレンドが掴める「Food Tech Trend Report」」の詳細を見る

食糧不足・環境・健康問題で注目を集める、フードテック12カテゴリ
関連記事
食糧不足・環境・健康問題で注目を集める、フードテック12カテゴリ
「食糧不足・環境・健康問題で注目を集める、フードテック12カテゴリ」の詳細を見る



RELATED ARTICLES
「カスタマイズ欲」強めのインドの若者の間で人気 家族写真でフォトブックやカレンダーなど製造するZoomin
「カスタマイズ欲」強めのインドの若者の間で人気 家族写真でフォトブックやカレンダーなど製造するZoomin
「カスタマイズ欲」強めのインドの若者の間で人気 家族写真でフォトブックやカレンダーなど製造するZoominの詳細を見る
複数クラウド間のネットワーク構築、半年以上の作業期間をわずか数時間に Alkira
複数クラウド間のネットワーク構築、半年以上の作業期間をわずか数時間に Alkira
複数クラウド間のネットワーク構築、半年以上の作業期間をわずか数時間に Alkiraの詳細を見る
コーヒーショップの混雑観測から始まったスマートビル革命 Density
コーヒーショップの混雑観測から始まったスマートビル革命 Density
コーヒーショップの混雑観測から始まったスマートビル革命 Densityの詳細を見る
クラウド全盛時代の新常識?CPU・GPUが利用データを暗号化 Anjuna
クラウド全盛時代の新常識?CPU・GPUが利用データを暗号化 Anjuna
クラウド全盛時代の新常識?CPU・GPUが利用データを暗号化 Anjunaの詳細を見る
勉強を「学び」から「遊び」に ゲーム感覚の学習プラットフォームが子供に人気 SplashLearn
勉強を「学び」から「遊び」に ゲーム感覚の学習プラットフォームが子供に人気 SplashLearn
勉強を「学び」から「遊び」に ゲーム感覚の学習プラットフォームが子供に人気 SplashLearnの詳細を見る
ソフトバンクも出資する韓国の人気旅行アプリの強さとは ヤノルジャ
ソフトバンクも出資する韓国の人気旅行アプリの強さとは ヤノルジャ
ソフトバンクも出資する韓国の人気旅行アプリの強さとは ヤノルジャの詳細を見る

NEWSLETTER

世界のイノベーション、イベント、
お役立ち情報をお届け
「オープンイノベーション事例集 vol.5」
もプレゼント

Follow

探すのは、
日本のスタートアップだけじゃない
成長産業に特化した調査プラットフォーム
BLITZ Portal

Copyright © 2024 Ishin Co., Ltd. All Rights Reserved.