なぜ日本はシリコンバレーのエコシステムに入り込めないのか
―近年、シリコンバレーに進出する日本企業が増えています。櫛田さんは日本企業には共通して直面する課題があると指摘していますね。
私はシリコンバレーに来て、20年近くになります。昔から日本企業は存在はしていましたが、そのほとんどはコアなエコシステムに入り込めていません。それはなぜで、どうすれば改善できるのかを解き明かすのが、私のテーマの一つです。
私はこれまでシリコンバレーで数多くの日本の組織を見てきました。そして本社の方や駐在員の方と議論していく中で、共通して抱えている課題が多いことに気づいたんです。業種にかかわらず、大企業や政府系機関は同じ問題に直面しがちです。
―それが「日本企業の陥る10のワーストプラクティス」ですね(下表)。そもそも日本企業は何を求めてシリコンバレーにやってきているのでしょうか。
もともと日本企業は半導体の業種を中心に、シリコンバレーの企業と競争するために来ました。半導体の原料であるシリコンの聖地、シリコンバレーに。当初は現在のような調査や研究開発の拠点という位置づけではなかったんですね。それから日本経済がスローダウンして不況に入っていった一方で、アメリカはシリコンバレーを中心に元気になっていた。コンピューター産業を中心に、アメリカの競争力が一気に高まっていったわけです。
そういった背景もあり、ここ15年ほど、日本企業は何か新しいビジネスを作るためにシリコンバレーに来ています。シリコンバレーを中心にアメリカ経済が大きく伸びたので、日本のビジネスを持ち込むのではなく、シリコンバレーで何か開発したり、またその動向を調査しようとしています。
ただ、残念ながらその目的意識はあまりはっきりしていないところが多いのです。とりあえず何かの研究開発のシーズを探してこよう、何とかシリコンバレーの波に乗らなければいけない。そのためにCVC(コーポレートベンチャーキャピタル)を作ったり、VC(ベンチャーキャピタル)へ投資をしてLP(リミテッドパートナー)になったり、とりあえず事業所を作って情報収集をする。こういった動きが最近は圧倒的に多いですね。
日本企業は「テイク」ばかりで「ギブ」がない
―シリコンバレーにおいて日本企業の存在感は高まっているのでしょうか。
いろいろな日本企業がシリコンバレーでうろうろしているという意味では、そうかもしれません。しかし、シリコンバレーのエコシステムに貢献しているという意味では、その存在感はまだ非常に小さい。うろうろしているだけで、実際のビジネスにつながっていないケースが多いんです。
実はいま日本企業が一つ、困った問題を引き起こしています。それは情報収集のミッションを持ったプレイヤーが多すぎるということです。シリコンバレーのスタートアップや大手企業に、日本企業からのアポイントが殺到しているのです。
あるFintechのスタートアップは、日本企業から年間100件以上のアポイント打診が来たそうです。100件以上ですよ。ほとんどの日本企業側のミッションは、有望そうなFintechのスタートアップからヒアリングし、そこで得た情報を日本本社に送ることです。単なる情報収集が目的なので、ほとんど何のビジネスにもつながりません。
―スタートアップにとっては迷惑な話ですね。
実際、100社の面談依頼を受けたFintechは、そのアポイントをずいぶんこなしたにもかかわらず、全く成果につながらなかった。これはスタートアップにとって大問題です。スタートアップは少数精鋭でやっているところが多いのです。なるべく自分の働く時間を確保して、急成長をしなくてはいけない。投資家も成長のプレッシャーをかけている。そんな中、スタートアップとしては日本の大手企業を顧客にできればアメリカ国内でも存在感が高まって、アメリカ企業の顧客も増えるかもしれないと期待しています。しかしその期待には全く応えてもらえない。なぜなら、これらの日本企業は情報収集だけが目的だからです。
こういった現象は、ここ数年のシリコンバレーブームで相当増えています。日本企業は面談に来ても、情報のギブアンドテイクがない。テイクに来るだけでギブがない。じゃあ会う必要ないよねと、日本企業には会わないというスタートアップは増えています。これはスタートアップにとって迷惑なだけでなく、本当にビジネスをしたい日本企業の妨げにもなっています。
駐在員がスタートアップの決裁者に会うのは難しい
―シリコンバレーの日本企業のなかには、真剣にスタートアップとの取引や投資、事業提携を進めようとしている企業もあります。そういった日本企業の動きはどうでしょうか?
もちろん、そういった動きを試みている企業も少なくはないのですが、決して簡単ではありません。まず駐在員はスタートアップの決裁者に会うことすら難しい。これは駐在員の個人の力量の問題ではなく、構造的な問題です。日本企業の多くはシリコンバレーでの買収、投資、提携等の実績がありません。そういった実績のない日本企業に、忙しいスタートアップがわざわざ時間を取るインセンティブがありません。
これは日本の大手企業にとってはカルチャーショックかもしれません。日本だと下請けやサプライヤーが半無限大にやってくる。会いたい人がいれば、向こうから会いにやってきてくれる。日本ではアポが取れないなんてことはないでしょう。それがシリコンバレーに来ると、全く相手にされない。アポを打診しても無視される。では、どうやって自分を売り込めばいいのかというと、その経験、ノウハウがない。単なる自分たちの自己紹介だけではダメ。もっと具体的な作戦が必要です。
さらにシリコンバレーで使えるリソースがどれくらいあるのかも重要です。明確な戦略もなく、駐在員が使えるリソースもない、単に日本で規模の大きな会社ですというだけでは相手にされません。それは外から見てすぐにわかります。その解決策の一つとしては、まず駐在員に一定のリソースを使う裁量を与えること。そうすれば駐在員は「私の裁量でこれだけのことはできます。本社はこういった分野に力を入れており、本社を巻き込めば、これだけ大きな規模のことができます」とスタートアップに話すことができます。
しかし駐在員にリソースを与えるということは、単に「調査部」の人ではいけなくて、社内でより戦略的な新事業開発部に位置していて、本社側からも有望とされている人をシリコンバレーに送る必要があるのです。
サファリパーク気分でやって来る本社
―「上層部の表敬訪問の対応に追われる」というのも、ワーストプラクティスの一つとして挙げています。
本社の役員がシリコンバレーの様子を見にくるという話はよくあります。駐在員にとってはこれが自分の仕事ですし、人事評価にも関わるので必死にスタートアップのアポを設定します。場合によっては投資や提携の話もちらつかせて、アポを取りつける。しかし、本社の役員はサファリパークに動物を見に来るような気分で視察にやってきます。何の戦略的な意図もない単なる表敬訪問です。役員は”サファリ気分”でやってきて、満足して帰っていくだけです。駐在員も無事にアポイントをこなして、やれやれと安堵するだけ。これでは旅行代理店であって、ビジネスとしては意味がありません。
これは日本の本社が駐在員の時間をアセットとして捉えていないことにも問題があります。その一例として、空港への送り迎えがあります。本社の重役が来ると、当たり前のように空港への送り迎えが発生します。飛行機の到着が遅れれば、ずっと空港で待たせます。そして車に乗り込んだら重役は時差ボケで寝てしまう。
シリコンバレーの事業所はどこも少数の部隊で業務を回していますので、送り迎えなどしている時間があるような業務ではおかしいのです。駐在員の時給で考えても、けっこうなコストがかかっています。駐在員の方は「送迎をしてもかまいませんが、本社に200万円請求します」くらいのことをボーンと言ってほしいですね。何を言っているんだと言われたら、「私の給与はこれくらいで、いま100億円の案件を準備していて、送迎による機会損失があります」と言い返せばいい。それくらいの意識改革をしてほしい。ドライバーを雇ってゲートで待ってもらっても100ドルちょっとです。重役に付き添いで人が来るならUberを使えばいい。コストはその半分以下です。
しかし、実際にそういった意識で本社と対峙している駐在員は稀です。本社とシリコンバレー事業所の意識や情報のすり合わせができないまま、実態はどんどん悪化していきます。
シリコンバレーではなく、日本本社ばかりを見るようになる
―具体的にどう悪化していくのでしょうか。
リソースも決裁権もない駐在員は、なかなか具体的な案件を持ってくることはできません。そこで本社は細かい情報収集をたくさん命じるようになります。駐在員も本社の指示ですから、それをこなすことがメインの仕事になります。
ただ、情報収集も難しくて、シリコンバレーの最先端の情報はなかなか本社に刺さりません。たとえば、数年前にブロックチェーンの技術を本社に報告しても、おそらく本社は理解してくれなかったでしょう。最先端の情報を受け止める体制がないからです。では、何が本社に刺さる情報かというと、いまマスメディアでもてはやされている情報です。実際のところ、シリコンバレーではすでに周回遅れになっているくらいの情報が、日本のメディアで大々的に取り上げられています。そういったちょっと古い情報を送ると、本社側は「なるほど、新聞でも読んだことがあるし、これは本当に起きているのだな」と納得し、喜ばれるわけです。
本社側も新聞などで見た流行りのキーワードの情報収集を、ミッションとして与えるようになります。シリコンバレー側はどんどん細かくなる本社の要求に応えているうちに、いつのまにかシリコンバレーではなく本社の方ばかり見るようになります。本社に細かい情報を報告するのがメインの仕事になり、活動する時間もどんどん日本時間に近くなっていく。シリコンバレーのエコシステムに入っていく時間と労力がもう残されていない。本当にこれでいいのでしょうか。
―そういったワーストプラクティスに陥らないように、きちんとシリコンバレー側にリソースと裁量を与え、活動できる体制を整えたとします。そういった場合の落とし穴はありますか。
シリコンバレー側にリソースと裁量が与えられている場合、それを推進しバックアップしている役員なり部長が本社に存在しています。大変なのは、その後ろ盾となっている人が異動してしまうケースです。その場合、本社でとりなす人がいなくなるので、シリコンバレー側が孤立してしまう。シリコンバレー事業所は糸の切れた凧のようになってしまう。
後任の人はシリコンバレー事業所の情報も持っていませんし、それまで共有してきた事業の感覚や問題意識が白紙に戻ってしまう。最悪、シリコンバレー事業所なんて意味ないですねということになる。リソースは取り上げられ、スタートアップと商談ができなくなり、重役のサファリに走り回ることになるわけです。本社の後ろ盾を失う、これは大きなリスクです。
―経営陣全体がシリコンバレー事業所の位置づけを理解し、バックアップしていく必要がありますね。
本社にとってシリコンバレーの優先順位が下がってきた場合、現地に送り込まれる人材の質が変わることがあります。エースクラスや幹部候補を送り込むのではなく、ちょっとやり場に困った人材を送り込むとか、本社の出世街道から外れた人を左遷気味に配置するといったケースです。会社を将来背負う人が来ているのか、出世街道を踏み外した人が来ているのか、外から見れば一発でわかるものです。踏み外し組を送り込んでいるようであれば、この会社の本気度は低いと判断し、周囲から相手にされなくなるでしょう。
また、人材配置の失敗のケースでいうと、「シリコンバレーは若者の街」と勘違いし、若すぎる未熟な人材を送り込む会社があります。でもシリコンバレーは決して若者だけの街じゃない。マーク・ザッカーバーグのような学生起業家のイメージが強いかもしれませんが、起業家の平均年齢は40歳程度。若い人もいるけれど、みんながそういうわけじゃない。経験不足でノウハウもない、技術もない、そんな若者を送り込んだところで、何もできるはずがない。これもだいたい失敗します。
駐在員は1年目で生活立ち上げ、2年目で仕事、3年目で帰任準備
―人事制度については、駐在員の「3年任期」も問題視されています。
企業も政府も人事ローテーションがあるので、駐在員もだいたい3年おきに人が変わります。駐在員は最初の1年で生活を立ち上げます。シリコンバレーは日本とは全然違う環境ですから、家族も含めた生活の立ち上げと人脈開拓に追われて、あまり仕事はできない。2年目にやっと仕事がきちんとできるようになり始める。3年目は帰任のタイミングが迫っているので、長期スパンの仕事は仕込めない。帰任に向けて準備を始めなくてはいけない。3年の任期を終えると日本に帰り、せっかく蓄えた知識も人脈も白紙に戻ってしまいます。
厄介なのは、前任が帰国する直前か、まずい場合はその後にしばらくしてから次の後任がやってくることです。引き継ぎの挨拶にやってくるのですが、引き継ぎというのは、相手からするとほとんど価値がない。引き継ぎの挨拶は、たいてい何の具体的な用事もなく、本当にただ挨拶をするだけですからね。むしろシリコンバレーとはどういうところなのか、こっちが後任に教えてあげなくてはいけない。
この人事制度は日本型資本主義の一番強いところを使えていません。日本の強みは長期雇用。人の首をどんどん切って、どんどん新しい人を連れてくるようなスタイルじゃない。本当は長期的視点で人材を活用し、ノウハウを溜めて、事業を伸ばしていくスタイルなのに、シリコンバレーでは短期的視点で人材を次々に入れ替えていく。シリコンバレーを活用するには、スタートアップや投資家とのネットワークが大事です。ネットワークを作るには、長期的な視点で腰を据えてエコシステムに入っていかなければいけない。それが駐在員に対する人事制度と噛み合っていないのです。だからシリコンバレーを上手に使えない。
ちなみに、15年前にも日本人コンサルタントが同じ問題提起をしていました。驚くべきことに、今も全く同じことが起きているのです。最近、シリコンバレーがバブルだという話がありますが、これも繰り返されていることです。日本企業はいつもバブルで失敗しています。
日本企業はバブルまっただ中にやってきて、バブル崩壊後に撤退する
―具体的にどういう失敗をしているのでしょうか。
日本企業は歴史的にバブルが盛り上がってくるとシリコンバレーにやってきて、バブルがはじけると撤退しています。これは1999年のドットコムバブルもそうでしたし、リーマンショックの引き金となったクリーンテックバブルでもそうでした。バブルがはじけだすと、たしかに怖い。メディアでは投資のワーストプラクティスがたくさん出てきます。某日本企業は数億の投資を失敗したと書かれて、社内からは失敗というラベルを貼られるかもしれない。世間もシリコンバレーは危ないという風潮が出てきて、じゃあ撤退しようということになりがちです。
でも、本当はバブル崩壊後こそが大チャンスです。バブル崩壊後を生き延びるスタートアップは強く、そこに投資すべきなんです。ドットコムバブル後に伸びたのはGoogleやAmazon、eBayであり、クリーンテックバブル後にはTeslaが出てきました。バブルがはじけた後こそシリコンバレーに残り続けて、生き残った有望なスタートアップに投資すべきです。バブルの時に買ってバブルがはじけたら撤退するのは、高く買って安く売るのと一緒。商売としてはワーストですよね。しかも日本企業にとってシリコンバレーの景気はコアの収入とはあまり関係ないので、資金的な打撃を受けるわけではありません。
よく言われているのはバブルの後半になると、CVCが出てくるということです。それでバブルがはじけると、サーっと引いていく。実はこれは日本企業に限った話ではなく、どこの国でも同じことをやっています。
シリコンバレーではCVCの進出が急増しています。そういう意味では、いまシリコンバレーはバブルで、そろそろバブルがはじける時期に移行していくと思いますか。
ある投資家はこう言っていました。「ギロチンの時代に差し掛かりつつある」と。これまで自立していない黒字化できる力のないスタートアップでも資金調達を続けられていました。しかし、そろそろ資金調達のハシゴが外され、淘汰されるスタートアップが増えてきています。これは非常に健全な話だとは思います。
もうすでに一流のVCはアーリーステージのスタートアップへの出資を絞り始めています。トップVCからシリーズB、Cの調達ができないので、CVCに声をかけているスタートアップも増えている印象です。すると日本のVCにも今まで全然声がかからなかったのに、急に声がかかるようになります。日本企業は「いい投資案件が来た」と喜ぶ前に、なぜ自分たちに声がかかったのだろうと冷静に考えるべきでしょう。
―これまでのバブルとの違いはありますか。
今までと違って、バブルのはじけ方がゆっくりかもしれません。1999年の時に比べてIPOが減り、スタートアップのエグジットはM&Aが中心になっています。M&Aがどうなっているかというと、バリュエーションは高いかもしれないが、キャッシュで買収をしている。ドットコムバブルの時は株で買収をしていて、リーマンショックの時は不動産ローンに関連した金融商品の価値をベースにしていて、キャッシュが今ほど動いていませんでした。いまはMicrosoftがLinkedInをキャッシュで買ったように、Apple、Google、Facebookなどがキャッシュでスタートアップを買っている。キャッシュが動いているということは、外から見てアセットの価値がガクッと下がるともうGoogleが良い会社を買収できなくなるということではありません。キャッシュはキャッシュですから。そう考えると、今回は「バブルがはじける」というより「修正がかかる」という表現に近いかもしれません。
日本企業は強すぎた。だから苦境に陥っている
―シリコンバレーの日本企業のワーストプラクティスの話に戻します。日本企業の問題は15年前から変わっていないというお話がありました。なぜ長年指摘され続けていながらも、ワーストプラクティスに陥ってしまうのでしょうか。
元をただせば、日本企業は強すぎた、早く成長しすぎた。そこにすべて集約されます。日本企業は終身雇用、年功序列で、労働供給が安定していました。人材をフレキシブルに働かせて、会社全体として知識創造をしていく。ホワイトカラーとブルーカラーの差がそんなになかったから、トヨタ方式のように下から上に情報を上げていくようなシステムができた。これは製造業においてものすごく重要でしたし、日本国家全体の戦略でもありました。
アメリカの企業の場合、人をどんどん社外に出していたので、ナレッジが社内にたまらなかった。またアメリカの製造業はホワイトカラーのエリートが設計をして、ブルーカラーの工員が物を作る。両者は社会的な位置づけも生活水準も全然違っていて、日本のように両者ですり合わせをするのは難しかった。
また、日本企業が活躍した時代は、世界の技術の方向性が非常に分かりやすかった。オイルショックになってエネルギーが高いから、小さくて燃費のいい車を作ろう。テープレコーダーを持ち運びできるくらい小さくしよう。電卓に入れられるくらい小さいソーラーパネルを作ろう。誰もが卓上で使えるくらい小さい計算機を作ろう。とにかく何をやればいいか分かっていた。戦略は明確で、そもそもどうしたらいいかを考える必要はなかった。
もともとの発明はアメリカで行なわれていたと。でも、アメリカではインプリメンテーションができなかった。すり合わせや長時間労働が必要だし、ブルーカラーとホワイトカラーの差が分かれすぎていた。
でも日本ではそれができたわけです。明確にやるべきことがわかっており、終身雇用の人事制度のもと、設計と製造ですり合わせをしながら実現していった。そして製造・重工・商社のグループ企業間でノウハウを共有しながら、世界に出て行きました。
―日本企業はこの成功モデルにとらわれて、今は機能していないということでしょうか。
このような日本企業のモデルは、シリコンバレーの逆なんですね。シリコンバレーではいい人材を入れて、いらない人材を外に排出していく。ディスラプションが次々に来るから、コアなビジネスモデルを変えていかなければいけない。もちろん自分で自分をディスラプションしなければいけない局面も出てきます。Appleは成功したiPodを殺すようなiPhoneを出しました。iPodが会社に貢献してきたのは事実だが、iPodに遠慮してはいけない。今までの主力製品の価値を無にするようなことを決断し推進するわけです。
シリコンバレーは製造のすり合わせができないから、中国に外注委託生産をしている。ものすごくハイエンドなものよりも垂直統合で突き詰めてやって行くほうがいい。電気自動車は外注委託生産ではなく全部自前でやっていて、クオリティが高い。それができるのは、非常に優秀な人を入れて、ダメな人を出しているという人材循環があるからです。
日本企業はコアなビジネスモデルを変えようと思ったら、良い人材を外から採用して、人材を放出しなくてはいけない。でもそれはできない。スター社員は部下であっても自分の倍ぐらいの給与を与える、そんなシリコンバレーのような給与システムは採用できない。歴史的にホワイトカラーとブルーカラーの給与格差もなく、全員がギュウギュウの満員電車乗っているような国ですからね。
―「日本は強すぎた、早く成長しすぎた」というお話でしたが、早く成長しすぎたのはどういう意味でしょうか。
今の日本の大手企業の経営陣は、50代以上です。特に60代以上の人は、日本がものすごいスピードで経済成長していたころの当事者でした。彼らは「日本は経済大国だ」という認識を持っています。しかし、その日本のイメージと現在の姿にギャップがあり、がっかりしています。ジャパンアズナンバーワンだったのに。貧しかった戦後からこんなに豊かな国にしたのに。「アメリカ人はあんまり働かないし、製造業はひどい」と言っている間の80年代の後、90年代に入ってコンピューター産業を核としたIT革命がアメリカ、特にシリコンバレーから起こり、日本ではバブルが崩壊したことと重なって経済力で思い切り抜き去られてしまった。
そういった認識を持っている人が、日本の大企業や政府の中で一番の権力を持っています。成功体験と置き去りにされたガッカリ感を両方持っているのです。下手をすると過去の時代の成功体験から学んだことこそがその後、置き去りにされた要因だということに気づかず、ただガッカリしているけれども生活は豊かな人が、企業の戦略的なリソースと人材配置を決めているわけです。これは日本企業のシリコンバレーの活用法にも影響しています。このマインドから、まさに日本企業の製造力にかなわなかったがゆえにソフトウエアやデザインで高付加価値を目指したシリコンバレーを活用する術を見出すのは難しいのです。
―世界でも日本企業が特にシリコンバレーを活用できていないのでしょうか。
日本企業だけがそうなのかと言われれば、それは違います。世界的に見て、大企業は同じ傾向に陥りがちです。ただ、かつて日本企業はシリコンバレーとは異なるモデルで強く、早く成功しすぎました。その分、シリコンバレーのモデルに適応するのが一層難しいということは理解しておくべきです。
日本企業がシリコンバレーをうまく活用できていないというのは、特定の企業や個人のせいでもなく、歴史的な経緯とも紐付いた日本経済や日本企業の構造に要因があるのです。その根深い部分まで理解した上で、どう適応していこうか、変革していこうかということを皆で知恵を出し合って考えていくべきです。日本企業の良い事例、悪い事例があれば共有して、皆で頑張っていきましょうということです。
注目すべき日本企業の3つの事例
―今回はワーストプラクティスにフォーカスしてお話を聞いてきましたが、日本企業の注目すべき良い取り組み事例も教えてもらえますか。
今後注目すべき、シリコンバレーの活用事例は3つあります。
1つ目はヤマハ発動機です。シリコンバレー法人のCEOである西城さんは、ヤマハ本社に「本業をディスラプトしてもいい」という合意を取り付けて、こちらでCVCを立ち上げました。西城さんは本社と強いパイプを持ち、自分の裁量で使える予算も非常に多いので、スピードが非常に速い。研究機関のSRIと組んで、ヒト型自律ライディングロボット「MOTOBOT」を作ったのもわずか10ヶ月。日本本社の持っていない自動運転のAI、ロボティクスを取り入れて開発しています。すぐに採算の取れる事業ではありませんが、そのハードルを突破して、まず実行した。スタートアップ側もこういった事例は大歓迎でしょう。
2つ目はコマツです。2008年から鉱山のトラックの自動運転を行っており、シリコンバレーでは3次元の正確な測量のためにドローンのスタートアップSkycatchと提携・投資しました。スタンフォードとUCバークレーにも人を送り込んで、新しい技術を柔軟に探し回っています。また大手のDraperNexusとニッチなCore Venturesの2つのVCに出資し、両方から情報を集めています。シリコンバレーにオフィスは持たず、出張ベースで本社と現地を行き来し、情報の孤立化を防いでいます。良い案件があればすぐに意思決定できるように、CTO室を作り、その直下に機動力とリソースを持った精鋭チームを作っています。新しい技術が出てきたらすぐに試す。これまでGPSを使っていても、もっと精度の高いドローンが出てきたら、ドローンに切り替える。このあたりの考え方が明確で柔軟です。
3つ目はWiL。こちらは事業会社ではなく、VCです。WiLは日本企業内に眠る良い技術をスピンアウトさせて、シリコンバレーで展開させています。ファンドの出資者である日本企業としては、自社の技術やビジネスを、自社のマネジメントから外して、独自にシリコンバレーに展開できる。それに出資企業としては、うまくいけば経営陣のおかげ、ダメだったらWiLのせいにできる。(笑)WiLはシリコンバレーのネットワークも持っているので、情報収集もできるわけです。
これらが注目すべきシリコンバレーの活用事例ですね。うまくいく企業に共通するのは、活動のスピードが速く、戦略のアップデートの柔軟性が高い。新しい情報をもとにして、戦略をアップデートして、次々に手を打っています。今後もっと多くの注目事例が出てきて、日本企業の戦略がアップデートされていくでしょう。
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