スタンフォード大学研究員が語る「シリコンバレーのエコシステムと成功者たちの共通項」

スタンフォード大学研究員が語る「シリコンバレーのエコシステムと成功者たちの共通項」

Silicon Valley / University
2016-07-20 12:07
世界でもっとも有名な地図上には存在しない場所、シリコンバレー。 なぜここで社会を一変させるようなイノベーションやメガベンチャーが誕生し続けるのか。 シリコンバレーを知り尽くす日本人のひとりであるスタンフォード大学アジア太平洋研究所 研究員の櫛田氏に、その「強さの秘密」を語ってもらった。
櫛田 健児
スタンフォード大学 アジア太平洋研究所 研究員
1978年、ニューヨーク生まれ。2歳から東京で育つ。2001年6月にスタンフォード大学経済学部東アジア研究学部卒業(学士)、2003年6月にスタンフォード大学東アジア研究部修士課程修了、2010年8月にカリフォルニア大学バークレー校政治学部博士課程修了。情報産業や政治経済を研究。「Stanford Silicon Valley - New Japan Project」のプロジェクトリーダーを務める。おもな著書に『バイカルチャーと日本人 英語力プラスαを探る』(中公新書ラクレ)、『インターナショナルスクールの世界(入門改訂版)』(アマゾンキンドル電子書籍)がある。

完璧なビジネスインフラと世界から集まる優秀な頭脳たち

かつてシリコンバレーといえばカリフォルニア州北部、サンタクララ市とその周辺を指していました。ここにはGoogle、Intel、Facebookなど、名だたる企業が集まっています。そこからやや北のサンフランシスコ周辺にはTwitter、salesforceなどがあります。現在ではこれらを含んだサンフランシスコのベイエリア一帯にある世界的IT企業の集積地をシリコンバレーと総称しています。

シリコンバレーとはエコシステム、生態系です。起業家が「これをやりたい」と思ったときに必要となる投資家、弁護士、会計士などのビジネスインフラがひと通りそろっている。そして、なによりもビジネス機会を探している人材と企業の層も厚いのがシリコンバレーの強さの秘密のひとつです。

人材面で中核をなしているのは、スタンフォード大学とカリフォルニア大学バークレー校(以下、UCバークレー)という世界トップクラスの大学です。ここには各国から優秀な学生と研究者たちが集まり、シリコンバレー企業の経営層の重要な人材供給源となっています。

この間、コーヒーショップで大学の知人とばったり会いました。彼はFlipboard※の創設者です。もともと大学の寮で私と一緒だったのですが、彼は卒業後Appleに就職し、AppStoreの開発チームに携わりました。そして母校であるスタンフォード大学の教授に招かれたのです。その後、Appleを退社してFlipboardを立ち上げると、彼の教え子たちがついてきました。シリコンバレーの強さの一端は、こうした人材循環です。

※Flipboard:AndroidとiOSに対応する雑誌形式のソーシャルネットワークアグリゲーションアプリ。
 Flipboard, Inc.(2010年に設立)が提供している

人材クラスターとトップ人材の高い流動性が成長力の源泉

スタンフォード大学やUCバークレーの卒業生がシリコンバレーのスター企業で働くかたわら、教授と築き上げた信頼関係をもとに母校で講義をもち、いずれ起業するときに教え子たちが右腕となる。そして今度は教え子たちが同じ教授の仲介で講義をもち、起業してそのまた教え子たちが…といった大学や教授を中心とした人材クラスターが存在しているのです。

一方、トップレベルの人材も高い流動性をもっています。

たとえば、Googleのスターだった2人。GmailをつくったPaul BuchheitとGoogleMapsをつくったBret Taylorは、ともにGoogleを退社し、FriendFeedを立ち上げました。同社はのちにFacebookに買収されます。その後、TaylorはFacebookのCTOに数年就任してからまた起業し、Buchheitは投資家に転身しました。

YouTubeの創設者は元PayPalの従業員で、ご存知の通り、YouTubeはGoogleに買収されました。YahooのCEOはGoogleの重役でしたし、電気自動車のTesla Motorsの創設者はPayPalの成功で大富豪になったElon Muskです。

ほかにも例を挙げればキリがないほど、ここではトップレベルの人材循環は珍しくありません。そしてほとんどシリコンバレーに残るのです。

資金だけではなく付加価値の供給も担うVC

なぜシリコンバレーは 優秀な人材を引き寄せて離さないのでしょうか。

その理由のひとつは、ここでの成功にともなう膨大なリターンです。たとえば、少し前ですが、Facebookの上場時の時価総額は邦価換算で8兆円を超えました。こうした「シリコンバレー・ドリーム」を支えているのがベンチャーキャピタル(以下、VC)の存在です。

アメリカにおけるVCの年間投資規模は約3兆円といわれます。日本が1,000億円強なので、ついその金額の大きさに目を奪われがちです。しかし、注目すべきは付加価値の部分。アメリカのVCには大成功を収めたアントレプレナーが多くいますし、有能な人材をたくさん知っています。投資先にどんどん紹介したり、送りこんだりするわけです。これが人材面やビジネスモデルに高い付加価値を与えるのです。

ゆったりに見える裏側の努力と失敗を評価する柔軟な文化

しかし成功者は一握り。激烈な競争に勝つため、 起業家や経営者のほとんどは家に帰っても仕事をし続けています。深夜2時にメールの返信がくるのは珍しくありません。一見、みんなゆったりしているように感じるのは、天気がよいうえ、家族との夕飯に間に合うように、オフィスから引き上げる人が多いからです。

また、ときには失敗経験者のほうがプラスに評価されるという文化もあります。

たとえば、似たようなビジネスプランをもつ、同じくらいの経歴の2人が投資家にプレゼンするとします。ひとりは失敗なしの人で、別のひとりは「こう失敗した」と説得力ある体験談を語れる人。この場合、後者が評価されるでしょう。なぜなら、失敗経験をもつ人のほうが対応力があると見なされるからです。

対応力は、シリコンバレーという多民族で構成されるビジネス社会での市民権を獲得するために必要な条件でもあります。私は日本の大企業がシリコンバレーではなかなか活躍できなかった大きな理由は、本社の戦略や組織、そして英語力の先にある個人レベルの対応力の不足にあると考えています。

自分の意見をもっている人間が信頼される

アメリカ国内でも、とくに移民が多いシリコンバレーで話される英語は、スラスラとはほど遠いケースが日常茶飯事です。問われるのは英語力ではなく、信頼を得るための意見交換や情熱です。

直接ビジネスとは関係なさそうな領域でも、意見を述べあって信頼関係はつくられていきます。たとえば「中東情勢についてどう思いますか」と聞かれたときに「わかりません」では、よっぽど魅力的なビジネス案でなければ次回のアポイントは取れないでしょう。

日本で育成が課題となっているグローバル人材とは、単に英語をきれいに話せる人ではなく、会話の対応力に富み、文法は間違っていてもさまざまな自分の意見をもち、相手を魅了しながら信頼をつくりあげていける人材なのではないでしょうか。これこそ、世界中の企業や経営者、起業家を見てきた投資家を魅了できる人材が備えている共通項だからです。

アメリカ以外で生まれ育ち、シリコンバレーで成功した起業家たちを見ていると、そのように感じざるをえません。

「活用する」という発想転換のススメ

自国内に「○○版シリコンバレー」をつくろうという動きが世界で見られます。しかし、ビジネスインフラなどをこれから新たにつくろうとするだけではなく、それらができあがっている場所を上手に活用すべきだと感じるのは、私だけではないはずです。

いまシリコンバレーでは新たな起業ブームと投資熱の高まりにわいており、日本のベンチャー企業も再注目されています。そこでスタンフォード大学では、「どうすれば日本企業がシリコンバレーをうまく活かせるのか」をテーマにした、シリコンバレーと日本からの産学の専門家で構成するコンソーシアム、Stanford Silicon Valley New Japan Project(SV-NJ)を2014年10月に立ち上げました。SV-NJは、公開フォーラムやエコシステムの研究、政策討議、人材交流ネットワーキングなどを通じ、シリコンバレーと日本を結びつけるプラットフォームの形成をめざしています。これからも日本の企業や起業家がシリコンバレーをうまく利用するためのノウハウや問題解決方法を提供していきたいですね。 (敬称略)

出典:Tech通信Vol.2(2015年2月号)(http://www.tech-tsushin.jp/interview/tech2_stanford-university/)
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