デジタル技術を用いて業務の生産性向上などを図るDXの波はあらゆる業種・業態に押し寄せつつある。小売・飲食・サービス業などの店舗に勤務する店長やシフトワーカーに着目した店舗マネジメントツール「はたLuck」で、店舗型サービス業界のDXを推進しているのがHataLuck and Person(本社:東京都)だ。2019年のサービスローンチから5年目となる今年、同ツールの利用ID数は17万を突破した。ショッピングセンター(SC)を中心に採用企業・店舗数も増加しているという。創業者で代表取締役CEOの染谷剛史氏に、創業経緯と躍進の理由について聞いた。

社内起業コンテスト入賞から社内起業、そして独立へ

「はたLuck」はチェーン店や多店舗企業の本部と店舗およびスタッフ間をつなぐDXアプリだ。情報共有機能とシフト管理機能を中心に、コミュニケーションや業務マニュアルの閲覧、社員へのエンゲージメント向上機能をワンストップで提供する、店舗型サービス業特化の生産性向上SaaSとなっている。利用ID数は2023年4月には17万を突破。利用店舗数は1万4300店舗となり、着実な成長を続けている。

 同社の創業は2016年だが、ビジネスモデルの萌芽は染谷氏の前職時代、リンクアンドモチベーション在籍時にさかのぼる。国内の工場は続々と海外へ移転し、工場跡地にSCがオープンするのを目の当たりにして、地域雇用を担うのは工場からサービス業になると予感した染谷氏は、新規事業として人のサービス力を高め生産性向上を目指すサービス業向けコンサルサービスを社内コンテストにて提案。2015年に金賞を獲得し、翌年には社内ベンチャーとして8人のチームで同コンサルサービスのスタートを切る。これが現在の「はたLuck」へとつながることになる。

 しかし「前職ではオフィスワーカー向けのコンサルティングが主だったこともあり、新規事業で提供するコンサルサービスは店舗勤務者のニーズとマッチせず、金額感もマッチしないという課題がすぐに表面化した」ため、当初はもくろみ通りにはいかなかったと染谷氏は振り返る。

「目の前の顧客の対応で忙しい店舗スタッフは、泊まり込みで行うようなホワイトカラー向けの人材育成研修にはそもそも参加もできません。方法論を変える必要に気づいた時、目を付けたのが当時爆発的に普及していたスマホです」

 2010年に9.7%だったスマホの普及率は、2016年には71.8%*にまで上昇していた。個人のスマホを業務で活用するBYOD(Bring Your Own Device)での研修機能を新たに取り入れようとするタイミングで、会社より社内ベンチャーの解散が告げられる。これを機に染谷氏は、これまで進めた事業を自らのものとして独立起業する道を選ぶ。(*出典:総務省 令和2年版 情報通信機器の保有状況

 そして、2017年にナレッジ・マーチャントワークスとして創業。2018年にはシリーズAラウンドで総額2.7億円の資金調達に成功し、2019年6月にはシフト作成機能、情報共有機能、エンゲージメント機能、データマネジメント機能を統合したSaaS「はたLuck」の製品版を正式にローンチした。

染谷 剛史
代表取締役 CEO
1976年、茨城県生まれ。1998年、リクルートグループ入社。中途・アルバイト・パート領域の求人広告営業に従事。新人賞を受賞。マーケットプロデュース部門に異動し、WEB・モバイル系新商品開発に従事。2001年、株式会社デジットブレーン入社。副編集長、広告局マネジャー。大手ホテルやハウスウェディングのPRコンサルティングに従事。2003年、株式会社リンクアンドモチベーション入社(東証一部上場)。大手小売・外食・ホテルといったサービス業の採用・組織変革コンサルティングに従事。

2012年には同社執行役員に就任。以後も新規事業開発(グローバル事業立ち上げ、健康経営部門の立ち上げ)を経て、サービス業に特化した組織人事コンサルティングカンパニー長を担う。2017年、HataLuck and Person(旧名:ナレッジ・マーチャントワークス)を設立し、代表取締役に就任。多店舗展開型企業の経営・組織変革を目的にサービス産業に特化したHRコンサルティング全般を行う。

シフトワーカーの情報伝達格差と時給制が生む不平等の解消を目指す

「はたLuck」が解決を目指すサービス業の課題とは、情報伝達格差と時給制から生じる労働環境だと染谷氏は語る。

「​​小売業や飲食業では、店舗で働く労働者の大部分が非正規雇用者で、正規雇用の労働者とは給与形態、退職金の有無、社会保険の有無などのほかに、パソコンやスマホのような機器が会社から支給されないなど、情報伝達の格差があります。経営層からの指示が現場に届くまで数週間かかるようなことも稀ではありません。従業員の個人スマホに『はたLuck』のアプリをインストールしてもらう代わりに、店舗のWi-Fi環境を整えて通信費の負担をなくすようにしました。これで企業はハードへの投資を行わずとも、スタッフ全員とオンラインでのやりとりが可能になります。」

「時給制による問題もあります。お客の入りが多くても少なくても同じ時給では、暇なほうが得をすることになります。全体的に時給を上げるのが難しい状況を踏まえ、インセンティブとしてポイントを提供する仕組みを導入しました。社員間でサンクスギフトを贈り合い、そのデータをもとにサンクスギフトの多い社員の時給を上げて、決済サービスなどのポイントへ交換可能にするということを提案しました。貢献度を可視化し、貢献度の高い人に時給以外のインセンティブを提供しようという発想です。」

時代の逆風を追い風にして成長へとつなげる

 しかしローンチ直後、新たな壁に直面する。当時、アルバイト従業員が職場で不適切な動画を撮影し、SNSで拡散させてしまう“バイトテロ”での炎上事案が世間をにぎわせていたのだ。仕事場で個人のスマホを使わせるなんてもってのほかという空気がまん延し、「お前、正気か?」とまでいわれるほどに営業先での反応も散々だったが、染谷氏はそこに勝機を見いだしていた。

「僕はそれを褒め言葉だと思いました。スタートアップはダークホースなので正攻法ではダメです。社会的に逆風が吹くところは、大手が参入しないスキマになっているはずだと思い、やり続けるほうを選びました。また、競合サービスがない状況のなかでコロナ禍となり、そこで生まれた新たなニーズに対応できたことで結果的に追い風に乗ることができました。」

「現在、SC業界では恐らく同製品を知らない人のほうが少ないのではないか」というほどの知名度を獲得するまでになったきっかけは、大規模SCでの採用だ。2020年9月から三井不動産と共同でQRコードのデジタル入館証、各テナントの店長・スタッフへの連絡、e研修などSC向け機能の実証実験をスタート。2021年5月に三井不動産グループが管理・運営する全国約40の商業施設、約10万人のスタッフに「はたLuck」の導入が実現した。

 染谷氏によれば、大規模なSCでの従業員数は数千人規模にもなり、その3割が毎年入れ代わるという。従来型のパウチ型入館証では、毎年の制作コストのほかに、退職した従業員から入館証が返却されず、防犯上のリスクも生じてしまう。入館証の管理が不完全であれば、災害発生時の安否確認も難しくなる。物理的なカードを作り替えるコストも時間もゼロにし、付随するデメリットをまとめて解消したのが「はたLuck」だった。

image: HataLuck and Person

コロナ禍前後のシフトワークを巡る環境の急変にも対応

 その直後、再び思わぬ事態に直面する。コロナ禍により多くの店舗が休業や閉店を余儀なくされ、「シフトを組むというニーズそのものが、まさに蒸発してしまった」のだ。しかし同時に発生した新たなニーズに「はたLuck」の機能が役立つことになる。

「コロナ禍で非正規従業員を解雇し、正社員だけでシフトを組むという状況にならざるを得なくなりましたが、そのときに新たに発生したニーズもあります。新卒生を採用したものの、コロナの影響で店舗は開けられない、店舗のPCも触れないという状況で、仕事も研修も、何もやらせることができないのです。そこで『はたLuck』のe研修機能を使った在宅研修のニーズが生まれました。」

「緊急事態宣言やまん延防止法の発令が金曜日の夜に発表されることが多かったうえ、都道府県によって出勤可能な地域と自宅待機となる地域とが分かれていました。翌日の勤務に関する連絡を個別に、かつ遠隔で伝えるニーズが出てきたのです。『はたLuck』では、店長も自分のスマホからスタッフの個人のスマホへ『翌日は出勤か・自宅待機か』といった連絡や閲覧確認ができるため、コロナ禍で選ばれるようになりました。創業当初とは時代も変わりBYODが浸透したのも手伝いました。」

 コロナの影響が沈静化した現在は、インバウンド需要の増加によりサービス業で一斉に人材採用を拡大しシフトを組むニーズが復活している。そのため、同社は人手不足に悩む店舗に向けて新機能をリリースした。近隣店舗で従業員を融通し合える「ヘルプ募集機能」だ。染谷氏は「目下、ヘルプ募集が最も大きなニーズとなっている」と語る。シフト管理機能と情報共有機能が同じサービスに統合された『はたLuck』の特徴が、コロナ渦中とアフターコロナとでまったく異なるニーズに対応し、現在の成長につながった。

「DXで社会をアップデートする取り組みへの共感」「AIテクノロジー」が提携のキーワードに

 SC向け「はたLuck」の開発で協力した三井不動産とは、コーポーレートベンチャーキャピタルファンド「31VENTURES Global Innovation Fund 2号」を通じて出資を受けるほか、東芝テック、凸版印刷からも出資を受け、協業も進めている。今後の提携・協業の方向性について聞いたところ、染谷氏は「DXの取り組みへの共感」と「AIテクノロジー」をキーワードに挙げた。

「これまでのやり方では、労働生産性が上がらず、給与も上げられず、インフレの波にのまれて従業員を幸せにできなくなる、という課題を抱える企業が多くなる時代です。その課題解決にDXを活用したいと考える企業や、そのような課題を抱えたクライアントを持つ企業、社会を“アップデートする”取り組みに共感いただける企業とパートナーシップを組みたいと考えています」

「また、SCを顧客として抱えていることから毎年何万人単位でユーザーが増えていますので、個人ごとの勤務時間や勤務内容、ポジション、評価など、詳細な履歴書ともいえるデータを膨大に持っています。労働データに新たな価値を生み出していく取り組みが、今後の私たちには欠かせないことから、コアテクノロジーとしてAI技術を持っている企業と組み、お互いに相乗効果を得ていくことにも期待しています。」

次なる目標は「2025年に50万ID」

 競合サービスとして挙げるのは「シフト管理専門サービス」と「LINE」だ。それぞれに対する優位性や、比較時の訴求ポイントを染谷氏に聞いた。

「シフト管理専門サービスと競合する場合は、シフト管理だけではなく情報共有が同じプラットフォームで行えるメリットを訴求します。情報共有ツールとしての最大の競合は個人なら無料で使えるLINEです。こちらに対しては情報漏えいのリスクがペインポイントになります。また、単機能のSaaSを複数導入すると、管理画面も複数になりますし、利用するスタッフ側もその都度アプリを使い分けることになり手間が増えます。『はたLuck』ならまとめて管理でき、生産性向上につながります」

 目下の目標は「2025年中に、50万IDに到達すること」と語る染谷氏。その先に見据える将来像として、頑張った人が報われる仕組み作りを目指しているという。

「先ほどのAI企業との提携の話とも関連しますが、毎日蓄積される詳細な労働データの解析から新たなサービスを考えています。例えば、勤務実績をその人の信用に変えて、真面目に働いている人、頑張った人が報われるようなサービスを提供したり、信用度の高い人向けの金融商品・保険商品を作ったりすることも可能になります。時給をいきなり2倍にするのは無理だとしても、頑張っている人はサービスを割引価格で利用できるような仕組みがあれば、可処分所得は実質増やせます。そんな非正規雇用者向けの仕掛けを作っていく必要があると考えています」



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