電気自動車(EV)メーカーのテスラは、もはや時価総額の面では米国最大級の企業の一つだ。スタンフォード大学の櫛田健児氏は、テスラ躍進の理由は「ユーザー視点の徹底にある」と語る。シリコンバレーから見たテスラの飛躍要因について、具体的な例をもとに櫛田氏が解説する。

<目次>
・テスラ飛躍の原動力となった、EVのペインポイント潰し
・テスラはDXの究極の姿
・「目標は人類を救うこと」

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テスラ飛躍の原動力となった、EVのペインポイント潰し

 テスラのEV(電気自動車)開発では、ユーザーファーストの視座が徹底されています。顧客がEVを買わない理由を探して、ひとつずつペインポイントを潰しているのです。これから具体的なペインポイントを紹介しましょう。

 まず「バッテリーがもたない」。テスラのEVが登場する以前、ほとんどのEVはボディーが小さくても100キロ程度しかバッテリーが持ちませんでした。かつて大きくバッテリー寿命を伸ばしたのが初期の日産リーフでしたが、それでも一度の充電で100マイル(約160km)弱しか走れませんでした。しかし、テスラは航続距離が300マイル(約480km)以上のモデルだけを製造しています。

Photo: canadianPhotographer56 / Shutterstock

 次に「充電切れが怖い」。テスラ以前のEVは、ガソリン車と違って出先で充電が気軽にできませんでした。そのため、電池残量を気にして放電の恐怖と戦いながら運転するしかありませんでした。しかし、テスラは北米だけでも2500ヶ所、2万台以上の充電スポットを自前で作りました。場所や空き状況などは車内の大画面で一目で分かるし、遠出する場合、あるいは目的地にたどり着くために充電が必要な場合は、行き先へのナビゲーションの途中で寄るべき充電ステーションに案内してくれます。

 そして「充電に時間がかかる」。全国に張り巡らされたテスラのスーパーチャージャーを使えば、10分間で150マイル(約240km)分の充電ができるスポットが豊富にあります。最も速い充電スポットだと30分もあれば300マイル(約480km)ほどの充電ができるので、充電の待機時間は全く苦になりません。

Photo: Sheila Fitzgerald / Shutterstock

 さらに「充電中の待ち時間が退屈」というペインポイント解消のため、充電スポット情報には近くにカフェやレストラン、スーパーなどの近隣施設の有無も表示されます。例えば、私の近所のスターバックスには駐車場に充電ステーションがあり、コーヒーを買ったり、短いミーティングをする間に充電するという使い方の人が多いのです。

 しかも車内の大画面を使ってネットフリックスを視聴したり、実際のハンドルを使って遊ぶレーシングゲームや、コンピューターや他の人と通信で対戦できるチェスなどのゲームもあります。なんと、車のUSB端子にゲーム機のコントローラーを差し込んでアクションゲームなどもできます。子供を連れてサクッと充電する時には非常に役に立ちます。

テスラはDXの究極の姿

 4つ目は「運転が楽しくない」。歴史的にEVはバッテリーを極力使わないように加速も遅く、運転感覚もかなり妥協をしたもので、運転が楽しくありませんでした。一方、テスラは大衆車モデルでも、スポーツカー並みの加速と運転エクスペリエンスができます。最高峰のガソリン車と同等レベルの加速をいつでもサクッと出せるので、試運転する人は皆驚き、その虜になってしまいます。

Photo: canadianPhotographer56 / Shutterstock

 5つ目は「価格が高い」。EVは低価格モデルから売り出すのが一般的で、総走行距離や運転エクスペリエンスの妥協を考えると、かなりコスパが悪かったのです。しかし、テスラはまず高価格モデルの製造を優先し、その後に量産型モデルを販売し、中流層にも手が届く価格に抑えました。テスラ自身がリースも行っており、3年リースの月々の支払額は他の車とさほど変わらず、多くの人の手が届くレベルとなり、一気に普及しました。

 6つ目は「安全性が心配」。バッテリーを積んでいるので発火などが心配されるかもしれませんが、テスラはレクサスなどの高級車と同等、もしくはそれ以上の安全レベルを達成しました。米政府統計や安全性評価を行う民間の「コンシューマーリポート」などでも、最高評価を得ています。

 しかも、量産型モデルが発売された直後に「急ブレーキの性能が悪い」というリポートが発表されたときは、約2週間後に改善版のソフトウェアをリリースしました。すでに出荷済みの車は、ソフトウェアのダウンロード1回で急ブレーキの性能が劇的に向上しました。

 7つ目は「バッテリーが劣化する」。実際にバッテリーは劣化するものですが、テスラの場合は最新版のソフトウェア更新が次々に配信され、様々なバッテリー使用量のオプティマイゼーションが行われるので実質的にバッテリーがより長持ちするという改善が行われています。

 例えば、室内の冷暖房システムの最適化が進み、バッテリー消費を抑えるアップデートなどが行われています。ちなみにアップデートはWi-Fiか車の無線データ回線でダウンロードされるので、どこにいても気軽にアップデートができます。

 最後に、特にアメリカで車を買う場合、非常に劣悪だとして評判が悪いディーラー体験や値段が不透明、交渉が面倒、別の車種を売りこまれるといったデメリットがあります。しかし、テスラはWebサイトから直接購入できる仕組みをつくっています。しかもこのウェブサイトは至ってシンプルで、五画面分ほどのスクロールで購入ができます。携帯やタブレットからも簡単に車が購入できるようになっています。

Photo: Tesla Webサイト

 これらはユーザーから見たEVのペインポイント、あるいは車を買うこと、所有することのペインポイントを消し去ったものです。もちろん、この多くはデジタル技術が可能にしています。したがって、DXの究極の姿でもあると言えます

「目標は人類を救うこと」

 同時にテスラは車がIoTなので、さらなる価値をユーザーに提供することができます。たとえば、数年前にカリフォルニアの大火事やフロリダのハリケーンで多くの避難者が出たことがありました。その際、テスラは避難地域のEVのバッテリー容量をフルに解放しました。

 普段はバッテリーの寿命を長くするためにある程度、使わせない部分があるのですが、この部分も解放したというわけです。もちろん、シリコンバレーの本社からの操作でした。「人命を尊重する素晴らしい会社」と高く評価されました。

 最近ではテキサスを大寒波が襲い、州の大部分が数日間にわたって停電しました。寒さをしのぐためにガソリン車の車内で暖房をかけ続けた結果、一酸化炭素中毒で亡くなった人もいました。その時期に「テスラのEVは暖房を30時間以上かけ続けても安全だった」という報道インタビューで語る複数の人が取り上げられ、テスラが評価されました。

 もちろん、数日間の停電ともなるとEVの充電はできませんが、ガソリンスタンドのポンプも使えないので同じようなものでした。この大停電で、むしろEVよりも、家庭用蓄電池をつけていた家が助かったのですが、実はこれもテスラの家庭用蓄電池が脚光を浴びました。テスラの蓄電池をつけていれば数日は停電中でも家の電源が持つからです。この蓄電池は、テスラがEV用のバッテリーを大量に作っているので規模の経済が働き、他のメーカーよりも低価格で提供できています。

 テスラCEOのイーロン・マスクは「私たちの目標は自動車業界の改革ではない。人類を救うことだ」と語っています。同社はソーラーパネルのビジネスモデル改革も推進しており、‟風が吹けば桶屋が儲かる”ようにテスラのEVが選ばれる流れをつくっています。

テスラCEOのイーロン・マスク Photo: Steve Jurvetson from Menlo Park, USA, CC BY 2.0 , via Wikimedia Commons

 一方、トヨタ自動車の社長である豊田章男さんは「EV普及はムリ」と発言しています。「電池の充電時間や寿命などを考えると、EVの普及は難しい」「トヨタが本気でEV・FCV(燃料電池車)・プラグインハイブリッドまで、あらゆる電動車を手がけたからこそ、わかった」と。

 はたして、これは真実でしょうか? テスラの実際の普及状況を見てください。EV市場自体は小さく、ニッチなものでしたが、同社の「モデル3」はEV市場の枠を打ち壊して爆発的に売れました。2020年の全米セダン売上では、トヨタカムリなどに続いて第4位にランクイン。なんとプリウスの5倍以上の売上だったのです。

 テスラの収益は右肩上がりで伸長し、キャッシュフローも改善しています。もはやニッチでギリギリの経営をしている新興企業ではなく、業界トップに真っ向から勝負をかけている存在となっています。しかも提供しているものが自動車だけではなく、ソーラーパネルや家庭用蓄電池、そしてビジョンが「気候変動対策として個人が取れる数少ないアクション」なども含まれているので、価値提供の勝負所を変えています。

 まだまだディスラプションの波は続いています。2000年~2015年の間、アメリカの大企業である「S&P500」を形成する会社のうち、約52%が消えました。私は豊田さんの発言が心配です。でも、私の愛車は20年ちょっと前のトヨタセリカのオープンカーですから、これは愛情と頑張ってほしいがゆえの心配なのです。

櫛田 健児
スタンフォード大学 アジア太平洋研究所
Research Scholar
1978年生まれ、東京育ち。スタンフォード大学で経済学、東アジア研究の学士修了、カリフォルニア大学バークレー校政治学部で博士号修得。2011年より現職。主な研究と活動のテーマはシリコンバレーのエコシステムとイノベーション、日本企業はどうすればグローバルに活躍できるのか、情報通信(IT)イノベーション、日本の政治経済システムの変貌などで、学術論文や一般向け書籍を多数出版。おもな著書に『シリコンバレー発 アルゴリズム革命の衝撃』(朝日新聞出版)などがある。https://www.kenjikushida.org/

レポート記事
インフォテインメント、充電インフラ等の自動車業界技術トレンドや、国内外企業事例を紹介【AutoTech Trend Report】

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