メルカリをはじめとする日本発のユニコーン(時価総額が10億ドル以上の未上場企業)創出を支え、国内のスタートアップ投資を牽引してきたグロービス・キャピタル・パートナーズ(以下、GCP)。2022年7月には、7号ファンドを組成し、過去最大となる500億円規模で1次募集を完了したと発表した。1996年設立の1号ファンド以来、GCPの運用総額累計は1,600億円を超え、累計投資先社数は190社超に上る。今後、日本のスタートアップ投資はどのようなフェーズに向かい、どんな分野の躍進が注目されるのか。GCP代表パートナーの高宮慎一氏に、大型ファンド組成の狙いやスタートアップを巡る現状と日本の政策、大企業とのオープンイノベーションについて聞いた。

※後編GCP 高宮氏に聞く Web3の普及に必要なこととは? 大企業は「What」を明確にせよ 

日本のスタートアップエコシステム ユニコーン輩出の環境整う

 諸外国に比べて起業がしにくいと言われてきた日本でも続々とスタートアップが生まれ、ユニコーンを輩出する環境が整いつつある中、GCPは過去最大の500億円規模で7号ファンドをファーストクローズした。主な出資者には、産業革新投資機構、日本政策投資銀行、三井住友銀行、損害保険ジャパン、東京海上アセットマネジメント、オリックス生命保険、North-East Private Equity Asia II Pte.Ltd(シンガポール)などが名を連ねる。今後も規模を大きくする予定だという。

 7号ファンド組成の狙いについて、高宮氏は「やはり、背景的なところがすごく大きいです」と日本のスタートアップエコシステムの確立について手ごたえを語る。

高宮慎一
グロービス・キャピタル・パートナーズ
代表パートナー
戦略コンサルティング会社アーサー・D・リトルにて、プロジェクト・リーダーとしてITサービス企業に対する事業戦略、新規事業戦略、イノベーション戦略立案などを主導した後、2008年9月グロービス・キャピタル・パートナーズ入社。2012年7月同社パートナー就任。2013年1月同社パートナーおよび最高戦略責任者(CSO)就任。2019年1月代表パートナー就任、現在に至る。東京大学経済学部卒、ハーバード大学経営大学院MBA修了。

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「日本のスタートアップのマーケットはVCファンドの投資額、資金調達額でいうと、直近5年、毎年で2倍弱ほどの倍々ゲームで成長してきています。2021年でいうと、約8000億円に達しました。ほんの10年前は数百億円だった世界から比べると、隔世の感があります」

 このトレンドを大きく牽引したのが、2018年に日本初のユニコーン(時価総額1000億円以上のスタートアップ)メルカリが上場したことにあると指摘する。「メルカリを皮切りに、ユニコーン的に大きくなる企業がようやく日本のスタートアップエコシステムからも定常的に出てくるようになりました。1000億円のValuationを超えて大きくなっていく、もしくは世界で戦っていくスタートアップがようやく輩出できるような環境になったということです」

Image: Rawpixel.com / Shutterstock

「いい会社づくり」から「産業づくり」のフェーズで求められるVCの役割

 高宮氏は日本のスタートアップエコシステムは「いい会社づくり」から、「産業づくり」のフェーズに入ったと指摘する。その上で「我々、お金の出し手としても、スタートアップ側が必要になってくる大規模な資金を提供できるよう、体制を整えないといけないという背景でファンドを組成しました」

 7号ファンドは1社あたり最大100億円近い投資を可能にする。デジタルトランスフォーメーション(DX)をはじめとする国内巨大産業のアップデートや日本発グローバル展開を志すスタートアップへの投資を通して、「次世代を担う産業創造」の契機となりうるマーケットやテーマに取り組むユニコーン、デカコーン(時価総額100億ドル以上、日本円で約1兆円以上)を創出していくことを狙いとしている。

 GCPの7号ファンド組成はWeb3、DX中心の投資とメディアに取り上げられることもあったが、高宮氏は「我々は引き続き、領域特化のファンドではないという前提であり、Web3やDXはもちろん、領域として伸びていくところ、領域として日本が世界で戦えるところに投資していきます。ファンド規模が大きくなっても投資手法に大きな変化はなく、引き続きアーリー、プレシードあたりからリードをとって、ハンズオンで、上場まで支援していくことを強みにやっていきます」と説明する。

 一方で、「先述のトレンドの中で成長しているスタートアップのレイタ―ステージのファイナンス規模が大きくなっています。スタートアップ側としては、スタートアップファイナンスに慣れているVC、さらに、できれば既に事業やチームの状況がよくわかっていてスピーディーに意思決定できる既存VCに後続ラウンドもリードしてもらった方が楽というニーズがあります。また、場合によってはクロスオーバーの投資家であったり、プライベートエクイティのプレーヤーであったり、これまでと違う多様な投資家とのコミュニケーションの橋渡しやシンジケーションにおいても、我々が大きく価値を出すという段階に来ています」と指摘する。

 そのレイターステージのラウンドの中で、GCPがリードを務める、もしくはアンカーインベスターになるという価値の提供を視野に入れている。

「5号、6号ファンドまでは付加価値を出すことに注力し、我々キャピタリストが社外役員として参画しながら経営者に伴走して、ゼネラルマネジメントといわれる経営面での『壁打ち相手』になっていました。キャピタリストのみならず、『GCP X』(組織構築支援、CXOレイヤーの採用支援などを中心としたバリューアッドの専門チーム)が組織作りを支え、キャピタリストと両輪となり事業戦略と組織戦略をシームレスにして、戦略を達成できる組織作りの支援に取り組んできました。また、組織作りの設計図に基づいて、キーマンの採用、場合によってはメンバーの採用を支援するところまでバリューアッドの領域を広げてきました」

 今後もバリューアッドの領域を広げていく方向性を維持しつつ、「今一度、原点回帰というか、VCの本丸中のバリューアッドはやはり資金供給だというときに、特に資金が不足しているレイターステージの企業の100億円、200億円のラウンドを組成することにしっかりとした支援が求められているのではないかと考えています。我々がしっかりとリードなりアンカーなりして、ファンドのLP投資家や機関投資家の皆さんとのシンジケーションをアレンジし大きな額のラウンドの組成を支えていく意図を持ち、この規模感で7号を組成しました」と高宮氏は語る。

 GCPの7号ファンドは、国内のスタートアップエコシステムにおいてこれまで課題とされてきた評価額が大きくなったスタートアップに対する日本の投資家、VCからの大規模な資金調達を可能にし、VCも次なるステージにバージョンアップする取り組みだといえる。

Image: Fabrik Bilder / Shutterstock

「デカコーン」「森をつくる」上で注目分野はDXとWeb3

 GCPは1996年、日本初の本格的ハンズオン型VCとして設立した。起業家やスタートアップに対して事業資金の提供のみならず、企業成長のために必要となる「ヒト(人材)」「カネ(資金)」「チエ(経営ノウハウ)」を総合的に支援する取り組みで、この四半世紀余に渡って日本のスタートアップ市場を支えてきた。

 それはまさに、土にまかれた種に水をやり、陽の光を当て、芽を出した木々が成長するエコシステム形成の過程と重なる。そこから大きな「森」をつくっていくことが、GCPの目指してきた「産業創造」だ。

「芽から若木になるまではジョウロで水をあげていけばよかったんですけど、スタートアップのエコシステムそのものの状況が『木を個別に育てる』ところから『大きな森を育てる』というフェーズに変わってきています。森になるためには、周りを巻き込んでより多くの水をまかかなければいけないという時期に合わせ、我々もファンド規模を大きくしているということです」

 高宮氏によると、現在、日本の時価総額1000億円以上で上場したスタートアップはメルカリを含め11社になった。「メルカリの上場以降、マザーズ上場後すぐに1000億円にタッチダウンした企業や、未上場企業でも『あそこはもう1000億つけているよね』といわれる企業も入れると、日本では30社ほどが時価総額1000億円規模になっています」

 メルカリの上場から3〜4年で30社のユニコーンが生まれているという現状に、高宮氏は「毎年10社ほど1000億円規模のスタートアップが出ているというペースは悪くないと思います。定常的にユニコーンを出していく流れが当たり前になってきている中で、次のチャレンジはデカコーン、1兆円企業の輩出だと思っています。デカコーンは1社で『森になる』『産業になる』規模の会社だと思います」と説明する。

 では、どのようにデカコーン企業をつくり出していくのか。

「逆算して考えたときに、どんなテーマだと1兆円企業ができるのか、ということです。つまり、マーケットの規模が10兆円はないと、1兆円規模の会社は生まれません」

「つまり、10兆円以上の規模がある巨大な日本市場で寡占化できるような領域、分散しているものを集約して稼ぐべきテーマと、『日本発海外』で勝てるテーマの2本立てで考えると、国内市場のDXと、日本が強みを持って世界に出る一例としてWeb3が挙げられます」

世界で「勝てる」仕組みへ 必要不可欠な大企業とスタートアップの連携

 マーケットの規模から逆算する「産業創造」について、高宮氏はこう説明する。

「最近もアマゾンジャパンが、米国Amazonとアイスタイルとの間に業務資本提携契約が締結されたと発表しました。木のアナロジーでいうと、木の単品、1本1本の規模感ではなく、森としてどうしていくかを考えたとき、いかにスタートアップと大企業が『勝ち組連合』を作って世界で勝っていくのかが重要になります。大企業がスタートアップとうまく組みながら、これまでの旧態依然とした業界を変革し、グローバルに出ていく大きなチャンスです」

 スタートアップと大企業がお互いに手を取り合い、ウィンウィンの関係で「世界で勝つこと」と、旧態依然とした日本の業界を変えていくこと。その流れを通して「ユーザーや社会全体にとってメリットがある新しい価値をどうつくっていくのか、そんな戦いに突入していく時代だと思います」と高宮氏は指摘する。

Image: Ground Picture / Shutterstock

「大企業側は既存のマーケットシェアを持っていますが、イノベーションを導入していかないと『ゆでガエル』になってしまう。昭和的な自前主義で、自社の中央研究所で技術開発し、事業部で新製品に落とし込んでいく、というようなやり方だけではもう通用しないと思います。オープンイノベーションであったり、DXであったりと、言葉尻はどんどん変わってはいますが、イノベーションの新たなソース、新しい成長の鍵として大企業とスタートアップの連携は不可避だと思います」

 大企業とスタートアップが連携によってグローバルのマーケットで「勝つ」には、どんな連携が考えられるのか。

「例えば、モビリティの概念が変わる中で、自動車メーカーがネット系のスタートアップとどう組むか。電気自動車+インターネット接続アプリケーションサービスの世界でどう勝っていくかということであったり、世界ナンバーワンプレーヤーと日本のAIで強いプレイヤーが組んで、ファクトリーオートメーション、工場の自動化でどう一段、世界を変えていくか。そんなふうに本当に大きくジャンプしてイノベーションを起こすような思考の広げ方をしないと、世界戦で勝てないと思います」

 では、企業文化や意思決定の仕組みが違う大企業とスタートアップが「勝ち組連合」をつくって日本の次代を担う新たな産業を創造し、世界で戦うためには、何が必要なのか。

 後編では、高宮氏が指摘する日本の大企業の「あるある失敗例」を踏まえたスタートアップ連携の在り方や、「スタートアップ創出元年」を掲げた日本の政策への展望、そしてWeb3の可能性を紹介する。

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