スタンフォード大学出身者による、スタートアップを支援するために組織されたStartX。著名なメンターを抱えており、アクセラレータの役割も果たすなど、起業家の強い味方として確かな実績を残している。軸になっているのはイノベーションの文化だというStartXは今後どこへ向かうのだろうか。

※本記事は「Silicon Valley - New Japan Summit 2017」の基調講演『【スタンフォード発アクセラレータプログラム】「StartX」とスタンフォードのアントプレナーエコシステム』を構成したものです。

Joseph Huang
StartX
CEO
2011年、スタンフォード大学大学院工学部コンピュータ・サイエンス学科修士課程を修了。自らスタートアップを起業する中で、StartXと出会い、多様な職種の創業者らが、情報交換を行い、切磋琢磨する姿に共感する。2013年、GPS関連スタートアップのWifiSLAMを2000万ドルでAppleに売却、3年間同社で勤務後、2017年、StartXのCEOに就任。
スタンフォード大学出身者によるスタートアップを支援するために組織されたStartX。コミュニティであり、エコシステムであり、アクセラレータの役割も果たすなど、起業家の強い味方として確かな実績を残している。軸になっているのは、イノベーションの文化だというStartXは今後どこへ向かうのだろうか。

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スタンフォード大学出身スタートアップを支えるエコシステム

 StartXは、スタンフォード大学にゆかりのある起業家のためのコミュニティであり、エコシステムです。対象となるのは、スタンフォードの学生や教授、卒業生です。我々は独立した非営利組織で、スタンフォード系列の学校すべてと協力体制を組んでいます。つい数週間前には、医科大学院と協力してハッカソン(Hackathon)を立ち上げました。日本からも数多くのチームが招待されました。我々は医学と工学、そしてコンピュータ科学を併せたバイオ分野と緊密に連携しています。バイオ分野のプログラムからも、クールなAI製品が多数登場しています。他にも、工学部や地球科学あるいはエネルギーと環境科学部、持続可能性研究のためのTomcatセンター、そしてもちろん経営大学院やMBAチームとも提携しています。

 StartXには、定期的に世界中のトップクラスの大学から問い合わせが来ます。その内容はというと、「StartXは、学生や教授、そして卒業生がスタートアップでイノベーションの文化を構築するための方法やエコシステムプログラムを提供していますね。どうしたら別の大学でもStartXのようなプログラムを作れるのでしょう?」といったものです。実際、ハーバード大学とプリンストン大学、マサチューセッツ工科大学からは何度も声をかけていただいています。直近の数カ月間で、わざわざこちらに足を運んでくれたところもありました。

8年間で1170名の起業家を支援、時価総額は100億ドル

 StartXが誕生してから8年がたちました。その間、我々が受け入れた起業家の数は1170名です。繰り返しになりますが、彼らはスタンフォードの学生、教授、もしくは卒業生です。スタンフォード出身者のチームが起業した会社の数は526社。そのうち42名はスタンフォード大学の教授です。つまり、学術界最高峰の研究所から、最高峰の技術を手に起業したことになります。

 それから8年、どの企業も非常に頑張っています。StartX関連企業の時価総額は100億ドルです。今現在操業を続けているのが403社で、AppleやDropbox、YahooやTwitterなどの大手企業に買収されたものも47社あります。実際、StartXの8年間の歴史で廃業した企業は全体のわずか14%ですので、我々独自の手法やスタンフォードのエコシステムの強みをここに見て取ることができます。そして忘れてほしくないのが、我々はこれらすべてを非営利で行っているということです。我々はスタートアップに株式を要求することはしません。彼らが自分のアイデアで仕事をする分には、我々から報酬を支払うこともしません。こういった問題にお金はかけません。それでもStartXの企業は、結果を出します。

 StartXに参加する企業が資金調達を行う際、その額は平均640万ドルになります。そしてStartXの企業は業界の一般的な基準より39%高い確率で、シリーズAラウンドでの資金調達を実現しています。シードステージであっても、StartX参加企業の時価は、スタンフォード出身者が所有する企業の平均額の1.7倍になっています。また、起業の世界では見落とされることのあるグループでも、StartXでは成功しているものが数多くいます。女性がリーダーを務める企業の場合、StartXエコシステムでのベンチャーキャピタルによる資金調達額は通常の5倍程度です。

 我々は特定の業界専用のプログラムも用意しています。医療業界向けのStartX Medはその第一弾で、2012年にローンチしました。今では135社を抱え、調達資金総額も9億2000万ドルに達しています。2017年7月には、FDAの承認件数が24件になりました。世界中の製薬会社上位10社のすべてが、StartXのいずれかの製品を消費者に提供しているのです。StartX Medに参加する企業が提携する病院の総数は250で、年間の患者数は6500万人にのぼります。

成功をもたらすのは「イノベーションを構築する文化」

 StartXにおいて、コミュニティに成功をもたらすのは、イノベーションの文化です。イノベーションを起こせと命じるのではありません。我々は、本来なら関わることのない人同士の、協力関係を引き出す方法を身につけました。StartXは、起業と消費者向けハードウェア、そして医療関連企業が一体となったものです。通常、ある国の組織または市場の各産業が協調的なイノベーションを推進するという目的で、安定的なレベルで相互作用するということはありません。しかし、我々はStartXに参加するあらゆるカテゴリの会社のCEOらが一堂に会するイベントをいくつも開催しています。たとえば、弁護士や法律事務所など、法律ビジネスで成功する秘訣を知りたい企業の課題や洞察、またイノベーションは、実は医療機関の優秀な外科医や運輸業界の上級幹部などに営業をかけたい会社のものと、驚くほどの共通点があるのです。

 業界間の仕切りを取り払い、総合的な知識を構築することで、より強力なイノベーションを手にすることができ、アイデアも迅速に共有できるようになります。だからこそ、我々はあらゆる視点を1つに集約することにしたのです。スタンフォードに入った学生は、教授や博士号取得者、研究者から教えを受けますが、実は教える側が学生に教わることもあるのです。多くの組織では、年齢や学教育レベルの高い者にすべての決定権が付与されることが多いですが、StartXでは、博士課程や修士課程の学生や卒業生、そして教授でも、大学生から学んでいるのです。若い彼らには斬新な視点がありますし、新たな挑戦に対する恐怖心が少ないことが多いですから。

StartXが担う使命とは

 この8年間、我々はStartXでイノベーションとコラボレーションの文化を構築し、それを育て、発展させる方法を身に着けました。我々が組織として、日々400もの企業と様々な取り組みを行う上で、あらゆる場面でそれを実践しています。面接や選抜プロセスもそうです。StartXでは、特定の問題を解決するための革新的なアイデア探しや金銭的なインセンティブの構築は行っていません。その分、参加企業を選抜するプロセスでは、会社ではなく、創業者その人に重きを置いています。革新的な文化を構築し、拡大する潜在能力を持っているかどうか、ということです。そのチームがイノベーションの文化を構築する方法を知っているなら、重要な問題を克服する方法や、革新的なアイデアが浮かぶように指導し、指南し、教育することができます。ただ、革新的なアイデアを持っているからといって、成功するために必要なイノベーションの文化を構築するのに適しているとは限らないのです。

 我々StartXの大きな使命は次の3つです。1つは、適切な人材を特定することです。どんな場所でも、自分の周囲にイノベーションの文化を構築できるポテンシャルの高い人です。2つ目は、そういった人材同士を結び付け、同じ志や能力を持った人たちとともに、イノベーション文化の強化に時間を使えるようにしてあげることです。そして3つ目、我々はそういう人たちをネットワークやエコシステムで取り囲んであげることで、成功の手助けをしたいと思っています。

 企業にいる社員にも、同じような分布が見られるようです。チームを運営するにあたって、イノベーションの文化を積極的に構築する管理職は全体の35%で、残りの65%はそうではないといいます。それができるリーダーというのは積極的に現状に挑戦する意欲があり、リスクを厭わず、自分のチームだけでなく会社全体を気にかけ、チームが直面している問題についてじっくり考えます。

 そこで、ある仮説が浮かんできます。もしも我々がStartXで身につけた「文化でイノベーションを推進する」ということを何かに生かす方法があったなら、どうでしょう。ある組織に属する従業員の中から、その潜在能力に応じて、自分の周囲にイノベーションの文化を構築することができる者を特定できたならどうでしょう。パフォーマンスや年齢、そして技術的な専門知識で評価するのではありません。我々はこの8年間で、どんな人なら、あらゆる場面でイノベーション文化を創造できる優れた潜在能力を持っているのか、という指標を真剣に探し求めてきました。もし、そのような人々を見つけられたなら、彼らを結び付け、アイデアを共有し合えるようにし、最終的には彼らをイノベーターのグループとして、最高峰の大学から生まれた最高の研究機関と画期的な技術と結びつけることができたらどんなにいいでしょう。

StartXと大企業が運用するイノベーションプログラム

 そこで最近、我々はこの通りの方法で世界中のFortune 500企業と新たなプログラムを試験運用し始めました。すでに素晴らしい成果を上げているものあり、非常に誇らしく思っています。このモデルに挑戦し、我々と協力して社内の従業員を対象にこのプログラムを実施しているFortune 500企業は、他のアクセラレータと提携した場合と比較して、実際の取引に結び付くコンバージョン率は5倍に上っています。さらに他のアクセラレータでは、企業と引き合わせてもらうのにも費用が発生します。

 我々と提携するFortune500企業は、革新的な人材を探し当て、仕事を生みだし、彼らを一流大学のテクノロジーと引き合わせることになります。そういった企業には、毎年2つのスタートアップとの共同イノベーションパートナーシップが割り当てられています。いずれも長期にわたってビジネスに大きな違いを生み出す一流のスタートアップです。

 また、このプログラム試験運用に参加するFortune 500企業は、立ち上げ当初の5カ月で投資や中核的な開発取引、または独自の技術的な試行プログラムといった形で結果を出してきました。私はこれらが指し示す可能性、そして新しいアプローチをとる上で我々が学んだことが持つ可能性に胸を躍らせています。新しいアプローチというのは、イノベーションの文化を、ここスタンフォードの学生や卒業生、そして教授たちにもたらすという非営利のアプローチです。それが、Fortune500のスケールでイノベーションを磨きたいと考える企業にとって、どのような意味を持つのでしょうか。

 スタンフォードにようこそ。StartXにようこそ。ありがとうございました。

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