Honda R&D Innovations CEO
本田技術研究所 オープンイノベーション戦略担当執行役員
杉本 直樹

シリコンバレーでのオープンイノベーションにおいて、日本企業のなかで常に先を行くホンダ。スタートアップとスムーズに協業するための仕組みや社内の協力体制づくりなどへの入念かつスピーディな取り組み、さらに「お客様のために」という企業DNAの社内浸透などがあったからこそ、功を奏したといえるだろう。順調そうに見えて実際は「トライ&エラーを繰り返してきた」という同社の歩みから、学ぶべき点は多い。(モデレーター:Stanford University APARC 櫛田健児氏)

※本記事は「Silicon Valley - New Japan Summit」のトークセッションの内容をもとに構成しました。


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シリコンバレーを軸に、世界中でイノベーションが進行中

杉本:「クルマ企業」のイメージが強いホンダですが、最初に作ったのは自転車にエンジンを付けたような、オートバイとも言えないような製品でした。交通手段も移動手段もない戦後まもなくの時代、創業者である本田宗一郎が奥さんために作った製品です。当時は世間で大変な好評を博し、ホンダは今でいうスタートアップのような形で企業として大きな一歩を踏み出したのです。

 現在はクルマにオートバイ、発動機など、「エンジンが付いているものすべて」といえるほど広範囲な分野を手がけており、ホンダジェットも非常に好評をいただいています。なお、今後はロボティクス技術を応用した歩行アシストなどの製品化にも力を入れていきたいと考えています。

 さて、ホンダのコーポレートスローガンである「The Power of Dreams」は、当社のDNAを非常によく表した言葉といえます。ホンダは本田宗一郎やその有志たちの「こんなもがあったら便利」「こんな製品でみんなの役に立ちたい」という思いから新製品を生み出してきた、どちらかというとプロダクトアウトで成長してきた企業です。

 現在、Honda R&D Innovationsが中心となって取り組んでいるイノベーションにおいては、次の3つの柱を立てています。1つ目はコラボレーティブイノベーションをテーマとした「Honda Xcelerator」。スタートアップ企業へ事業開発のリソースを提供するプログラムです。2つ目はM&Aやそれに先立つ投資。3つ目はツールとして新しいアイデアを生み出すための「デザイン思考」です。

ホンダのイノベーションの3つの柱

 3つのなかで基盤となるのは、1つ目の「Honda Xcelerator」。スタートアップが得意とする領域と、ホンダが将来にわたって注力する領域の交差点を深掘りしています。具体的な分野としては、AI・ロボティクス・コネクテッドカー・エネルギーなどです。私たちが資金・テスト車・場所・人などスタートアップに足りないリソースを提供し、ホンダの技術者や事業部の人間を巻き込んでコラボレーションを行っています。

 いくつもの協業先があるなか、特に密な連携を行っているのはDrivemode、Moixa、SoundHound、ubitricityであり、戦略的な出資や買収を行っています。

ホンダがコラボレーションしている主要スタートアップ 。2019年、最上部左から3社目のDrivemodeを買収した。

 また、この活動のスタートはシリコンバレーでしたが、現在ではデトロイトやボストン、カナダ、イスラエル、中国、ヨーロッパ、日本など世界中で進行中です。そこで生まれたものはCES(世界最大の家電見本市)でも毎年、プロトタイプを展示しています。

 今後も私たちは、ホンダとイノベーターの夢を合わせて大きな夢を追う、いわば「The Power of United Dreams」をスピリットとして活動していきます。

杉本 直樹(すぎもと なおき)
東京大学工学部機械工学科卒業。リクルートに入社し、情報誌事業のインターネット化を主導。UCバークレーMBA留学中に開設した海外現地情報サービスを基に、修了後YYplanet.comをシリコンバレーに設立。2005年Honda Research Institute USA, Inc.に入社しCVC設立に参画。2011年よりHonda Silicon Valley LabのSenior Program Directorを務める。2017年、Honda R&D Innovations, Inc.を設立しCEO就任。株式会社本田技術研究所のオープンイノベーション戦略担当執行役員も兼任。

櫛田 健児 (くしだ けんじ)
1978年生まれ、東京育ち。2001年6月にスタンフォード大学経済学部東アジア研究学部卒業(学士)、2003年6月にスタンフォード大学東アジア研究部修士課程修了、2010年8月にカリフォルニア大学バークレー校政治学部博士課程修了。情報産業や政治経済を研究。現在はスタンフォード大学アジア太平洋研究所研究員、「Stanford Silicon Valley - New Japan Project」のプロジェクトリーダーを務める。おもな著書に『シリコンバレー発 アルゴリズム革命の衝撃』(朝日新聞出版)、『バイカルチャーと日本人 英語力プラスαを探る』(中公新書ラクレ)、『インターナショナルスクールの世界(入門改訂版)』(アマゾンキンドル電子書籍)がある。http://www.stanford-svnj.org/

Drivemode買収に至った経緯

櫛田:密な連携を取っているという4つの企業との取り組みについて教えてもらえますか?

杉本:Drivemodeはナビゲーションやメッセージ送信、音楽の再生などを、スマホでストレスなく行えるアプリを作っています。それさえあれば、高価なカーナビはクルマにとって不要になる。「スマホとクルマをつなげて、安全簡単に操作できるものを作ろう」と協業を始めました。おかげさまで当社のクルマとオートバイでの採用が決定し、もうすぐ世に出るところです。

 Drivemodeとはかなりガッツリ組んで協業したので、「これからも一緒にやっていこう」ということで買収しました。ですが、そもそものDrivemodeのミッションである「すべてのドライバーに安全で最先端のドライブ経験を」というテーマは変えず、Drivemodeアプリは引き続き作っていきます。そのうえで、ホンダ製品とつなげたときだけに使える追加機能も設け、お客様により便利で快適なUXを提供し、当社の優位性を保つことを考えています。

写真:Rod Searcey

 ほか3社には戦略的出資を行っています。たとえばSoundHoundは自然言語認識に強みがあり、グーグルアシスタントやSiriにもできないことがたくさんできる。自動車メーカーとのパートナーシップはホンダが初めてではなく、すでに現代自動車など数社との連携を行っています。音声認識や意図理解の技術が高いだけでなく、メーカー独自のエクスペリエンス設計やデータ管理が行える部分が、SoundHoundの魅力です。

 SoundHoundとは「日本語版をいっしょにつくろう」ということで協業がスタートしました。結果、いい機能ができたので「戦略パートナーとして今後も深くお付き合いしたい」ということで戦略的な出資をしました。ステップを踏みながら話が進んでいる状況です。すでに、来年ヨーロッパと日本で発売されるコンパクト電気自動車「ホンダe」で共同開発した機能が搭載されることが決定しています。

 ホンダの場合は、いきなり出資でお金をばらまくのではなく、最初にコラボレーションを行ってから、戦略的出資やM&Aへとつなげていく形ですね。

 Moixaとubitricityは、ヨーロッパのエネルギー系のスタートアップです。ヨーロッパでは、クルマとグリッドをつなげて効率良く電気をやりとりできる仕組みや、電気自動車の充電もできる街灯など、自動車業界だけでなく街ぐるみで電気自動車への取り組みが進んでいます。そういった技術や知見を、ホンダの将来の事業にも活かしていこうと考えています。

なあなあにせず、地道に仕組みを作ってスタートアップ協業を進める

櫛田:ホンダ本来の強みはエンジン分野やガソリン回りであるのに、M&Aや出資先に電気関連企業があるというのは、大変興味深いですね。さて、3年前にもここでDrivemodeさんと対談をしてくださった杉本さん。そのときに聴衆へ驚きをもたらした取り組みの1つが、NDA(秘密保持契約)についてでした。

杉本:NDAにしても共同開発計画にしても、日本企業が作成する書類は非常に分厚い。スタートアップ側からは「書類チェックのための弁護士費用だけで倒産する」と言われますし、何より文書のやり取りに膨大な時間がかかるため、途中で開発がストップしかねません。

 ですので、本社の人間をDrivemodeのオフィスというかガレージ(笑)に招き、スタートアップとはどんな会社なのかについて理解してもらうことからはじめ、スタートアップとの協業のプロセスをすべて1から作り上げたのです。書類もすべて、簡単明瞭なものに作り直しました。このときに作成したものが、現在のアメリカでの一連の契約書類のテンプレートとなっています。地道な作業ではありましたが、なあなあでは進めず、きちんとした仕組みを作ったわけです。

 こうした課題を抱える企業は多いと思いますが、本社に対しては「スタートアップは当社にとって、特別なパートナーである。彼らは会社としては未熟だが、非常に尖ったアイデアをもっている。彼らとコラボレートすることで、尖ったアイデアを社内に取り込むことに意味がある」ということ声を大にして伝え、きちんと経営トップの理解を得ることが大事です。

 とはいえ、会社としては法務関係をおろそかにすることはできませんから、「そうはいっても」とはなります。私の場合は理解を保ち続けてもらうために、今でも本社への細やかな報告や情報共有は意識しています。

 また、本社の人間にシリコンバレーへ何度も足を運んでもらい、「シリコンバレーで起きていること」を体感してもらえるような試みも継続的に行っています。それらの積み重ねが大事だと考えています。

経営の中枢に身を置き、イノベーションが加速

櫛田:杉本さん、3年前より社内のポジションが上がりましたよね?

杉本:いえいえ、上がったというより、肩書が増えましたね(笑)。Honda R&D Innovations, Inc.のCEOと、株式会社本田技術研究所のオープンイノベーション戦略担当執行役員を兼任しています。

櫛田:上のポジションの人がシリコンバレーにいることは非常に有用です。シリコンバレーに身を置きつつグローバルな動きも見ることで、より大きなビジネス展開ができますから。現在のポジションになってから、追い風になったことはありますか?

写真:Rod Searcey

杉本:今までの業務は、革新的な技術やアイデアを見つけ、我々の事業や製品にモノとして入れ込むというものでした。現在は将来を見据えた事業戦略の検討にも携わるようになりました。私からも「このスタートアップと組んだら、こんなことができますよ」「この分野ですでに動いているスタートアップはたくさんありますよ」など、外からの知見を社内に伝えるようにしています。

 戦略とそこに必要な技術とをよりスピーディにつなぐことや、自前主義にとらわれず外部とのコラボレーションも視野に入れた戦略企画を立てるといった機会が増えました。経営とより密接に関わることで、シリコンバレーでの活動もより広がったと思います。

櫛田:想定内外でうまくいったことやチャレンジングだったこととは?

杉本:以前からもっていた「技術探索だけにとどまらず、事業戦略にM&Aや戦略的な出資を通して参画したい」という思いが叶い、おかげさまで徐々に事例もつくれるようになってきました。

 実はホンダは、出資事例はあってもM&Aを行ったことはなかったのです。この度のDrivemodeへのM&Aにあたっては、「買収によって事業拡張や組織力向上を図る」という考え方自体が経営にとっても初めての経験でした。また、お昼時の社内放送で「Drivemode買収」のニュースが流れると、「うちも企業買収なんてできるんだ…」と社員の皆さんも驚いてましたね(笑)。

「お客様のために」というDNAが社内をひとつにする

櫛田:そもそも、日本のM&Aでは成熟した企業をターゲットにしたものが多い。ファーストステップがスタートアップというのは面白いですね。Drivemodeといい他の電気関連企業への出資といい、「共食いになってしまう」という社内の反対はなかったですか?

杉本:Drivemodeとの協業スタート時、「スマホがあればカーナビはいらない」というクルマのプロトタイプを作って社内でデモしたところ、カーナビの開発チームのボスから大反発を食らいました(笑)。「スマホで何でもできることは、自分たちにも分かる。でも、シリコンバレーに開発研究チームを作ったのは、クルマにしかできないユニークな価値を見出すことだ」と怒鳴られたんです。

 私もひるまずに「僕たちはシリコンバレーで起きていることが、お客様のUXにどれだけインパクトがあり、お客様にとってベターなソリューションとなるかを発見し社内に伝えるメッセンジャーです。ですから、僕たちを怒鳴っても、世の中で起こることは何も変わりませんよ」と言い返しました(笑)。

 クルマはそれ自体が非常に高価ですし、カーナビを付けようものならさらに高くなる。そもそもスマホがあれば十分なのだから、それを徹底活用できるクルマを作ればいい――「イノベーションのジレンマ」の典型例ですね。お客様の視点で考えれば至極真っ当でしたので、社内ではストレートに受け入れられましたね。

 やはり、最後は「お客様」なんです。ホンダは「お客様の役に立ちたい」というDNAが非常に強い企業ですから、そこがブレてなければ最後はみんな理解してくれます。

櫛田:「スマホがあれば」という認識がより一般的になれば「即導入」とせざるを得ないのでしょうが、現実はなかなか難しい。「お客様のために」という企業姿勢は見習うべきですね。では最後に、シリコンバレーの活用法について日本企業の方へメッセージをお願いします。

杉本:シリコンバレーに住んで25年、ホンダに入社して15年ほどの僕が知る限り、オープンイノベーションやCVCのブームは今回で3回目です。過去の2回は、日本企業がたくさんやって来ましたが、景気が傾くとドーッと帰ってしまっていた。

 今回はその繰り返しにしたくはありません。米中の対立も深まり、今後の景気もどうなるか分かりませんが、腰を据えてスタートアップと自社とのWin-Winのパートナーシップを築くことが大事かと思います。

 我々もトライ&エラーを繰り返してきていますので、みなさんと共有したいと思っています。ぜひ諦めずに、お互いに長い目でみて取り組んでいきましょう。

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