事業創出の試みが人材育成につながる
――まずは、事業創出の仕組みをどうつくってきたかを教えてください。
NTTドコモから新規事業が生まれるルートは、「事業部門起点」「R&Dなどの新規領域探索起点」「オープンイノベーションや共創起点」の3つがあります。
2014年、NTTドコモ・ベンチャーズではスタートアップとの共同事業開発プログラムとして「39works(サンキューワークス)」を立ち上げました。当初は取り組みに難しい点もありました。「スタートアップと共創する、対等な意志の強さに寄り添うことの難しさ」「社外起点で生まれた事業の受取先がなかなか見つからない」「(業務委託契約という形態であったため)共創ではなく受発注の関係になってしまった」といった課題が生まれ、なかなかうまく機能しませんでした。
そこで、「適切な共創の仕組みをつくるには、まずNTTドコモ社内に意志のある受け取り手をつくり、社外起業家とフラットかつ対等に話ができる人が必要」となり、立ち上げから1年半後に39worksはNTTドコモ本社のR&Dイノベーション本部に移行しました。
株式会社ローンディールのメンターとして社外の人材育成にも携わる。一般財団法人リープ共創基金、NPO法人 ETIC.にプロボノとして参画。2013年 MIT Sloan FellowsにてMBA取得。大阪大学招聘教員。
39worksのスローガンは「未来の“あたりまえ”を創りたい」です。社外パートナーとプロジェクト体制を組み、一体となって企画から開発、運用、保守までを一貫して実施します。社内起業家がアイデアを出し、それを実現させるパートナーを社外から見つけてくるケースが主ですが、パートナーは必ずしもスタートアップとは限りません。たとえばBIMデータやIoTゴーグルを使ったものづくりソリューションL'OCZHIT(ロクジット)は、宮村鉄工という四国の鉄工所の方にご協力をいただきました。
プロジェクトはアジャイルで小さく立ち上げ、高速PDCAにより改善を繰り返し、マーケットに問いながらビジネスを育んでいきます。KPIを達成すると本格事業化となり、その際はNTTドコモの新規事業または子会社化してスピンアウトする方法などをとっています。先ほどお話ししたロクジットも、株式会社複合現実製作所(株式会社NTTドコモの新規事業創出プログラム「39works」と社内ベンチャー制度を活用して設立した会社)として、事業化されました。
KPI未達の場合は終了となりますが、終了事由はノウハウとして共有しており、非常に人気のコンテンツとなっています。
なお、事業検証プロセスは一般的なものと同じであり、「アイデア創出」「課題発見」「解決策検証」「収益性確認」といったフェーズごとに、「仮説確認」「受容性確認」「事業化確認」といったチェックポイントを設けて進めています。
Image: NTTドコモ・ベンチャーズ
まずつくってトライ 必要なものはその都度足す
これまで7年間の39works活動実績は、企画数1161件、検証件数115件、事業化プロジェクト数41件、子会社設立数2社(2021年9月末時点)。ロクジットのほか、小学生から手軽にプログラミングが学べる「embot(エムボット)」、スマホで予約・利用が可能なスマートパーキングシステム「Peasy(ピージー)」といったサービスも、ここから生まれました。
とはいえ、新規事業のアイデアは常に湧いてくるものではなく、プログラム立ち上げの時間経過とともに減ってくるものです。そこでアイデアの母数を増やすため、R&D部門だけでなく全社を対象にした新規事業のアイデアコンテスト「LAUNCH CHALLENGE(ローンチチャレンジ)」を2017年にスタートさせました。
その後、「数だけでなく質も大事だ」ということになり、2020年にアイデア検討のサポートやモチベーションやマインドを醸成するための「docomo academy(ドコモアカデミー)」を立ち上げています。
このように、私たちは最初から事業創出のための仕組み全体をキッチリ決めてスタートしたわけではありません。39worksをまずつくってトライをし、必要なものをその都度足していく方法で進めてきたのです。
ローンチチャレンジでの応募数は、1年あたり160〜180件ほど。2020年はコロナ禍の影響で落ち込みが予想されていましたが、Slackが全社導入されたことで、これまで東京からが中心だった応募が全国に広がりました。フラットにチャレンジできる体制になったことは、怪我の功名ですね。
また、同年度は60代のふたりの社員からの応募もありました。彼らは「自分たちが下の世代に伝えていくことも必要だ」「チャレンジしたい」という想いが強く、プレゼンでの「イノベーションに年齢は関係ない」という言葉が非常に印象的でした。
Image: NTTドコモ・ベンチャーズ
私はiモードサービスのローンチ経験があるのですが、そこでは外部パートナーをはじめ多様な人々とモノづくりを行うことができました。年齢や役職に関係なくオープンにフラットに会話ができたからこそアイデアの幅が広がりましたし、一人ひとりが「iモードをこういうサービスにしたい」という強い意志をもっており、自由闊達な意見交換がされていました。そうした環境があったからこそ、良いサービスが生まれたと思っています。
当時の経験もあり、私自身は「自己を持ちながら進める人を育てたい」という想いを持っています。これら新規事業創出プログラムでは、オープン・フラット・ダイバーシティなカルチャーの醸成を通して人材の育成につながればと考えています。
とはいえ、新規事業創出プログラムの目的は人材育成ではなく、あくまでも事業創出です。事業創出のために実施していることが、最終的に人材育成にもつながると思っています。
1人ひとりが意志を持ち、相手の意志も理解する
――オープンイノベーションについてはいかがでしょうか?
NTTドコモ・ベンチャーズでは、「社内の意志ある人と、社外の意志のある方とを、意志を持って“束ねる”」というミッションで、スタートアップ投資・協業やシナジー創出のための伴走支援を行っています。
シリコンバレーでの「束ねる」事例の1つが、AVATOUR(アバツアー)というスタートアップ、NTTドコモ、NTTビズリンクとの協業です。
アバツアー社は「日本市場でも自社サービスを展開したい」、NTTドコモでは「5Gの品質が体験できる象徴的なソリューションがほしい」、NTTビズリンクは「コロナ禍でも使えるWeb会議ソリューションがほしい」という想いをそれぞれ持っており、それを当社の社員がつなぎ、束ねていきました。
ドコモ・ベンチャーズがアバツアー社へ出資を行うとともに、ビズリンクとアバツアー社が代理店契約を、ビズリンクとドコモが提供契約を結び、ドコモの商材としてリリースされました。
Image: NTTドコモ・ベンチャーズ
シリコンバレーの「束ねる」事例の2つめが、TileDB(タイルディービー)というスタートアップです。
NTTドコモはモバイル空間統計を行うにあたり、タイルDB社のデータ処理技術に興味を持ちました。とはいえ同社はアーリーステージであり、技術がうまく機能するかも分からない。そこで、当社の社員が仲介役となってタイルDB社に働きかけた結果、当社からの出資とNTTドコモからのPoCにつながりました。
東京での「束ねる」では、NTT東日本が中小企業向けテレワーク新サービスのコア技術として、fileforce(ファイルフォース)社の技術を採用した事例があります。NTT東日本のような基幹インフラ企業がサービスのコア部分にベンチャー技術を採用することは極めて珍しく、このニュースは業界内外に大きなインパクトを与えました。
さらに、39worksでも音声認識AIサービスに強みを持つOtter(オッター)というスタートアップと協業し、事業展開を目指した実証実験を行っているところです。
こうした経験から、事業化と社員育成を両立する「共創しやすい仕組みづくり」に必要なことは、以下の3点だと実感しています。
1つめは繰り返しになりますが、「社員一人ひとりが意志を持つこと」。社内の人たちに共感してもらうには、誰かの言葉をそのまま伝えるのではなく、自身がきちんと納得したうえで意志を持った言葉で伝えていくことが大事です。そのためにも、言葉にしなくても伝わる内輪の人たちだけでなく、外の人たちの意志にふれることが大事です。
2つめは、「対等に対話し、意志を聞き出すこと」です。自身の意志だけでなく相手の意志をきちんと理解することが、より良い共創につながります。
3つめは、「育成ではなくあくまでも事業創出を目的にすること」です。それが結果、育成にもつながります。事業創出を目的とするとそのプログラム自体も「事業としての成果」が問われるため、プログラム運営側も起業家精神をもって取り組む必要があります。
地道な積み重ねがより良い共創を生む
――新規事業創出やアイデア創出を目的としたコンテストを実施している企業は多いですが、苦戦しているケースも多いようです。御社では毎年150以上の応募が集まる仕組みや風土を、どうつくったのでしょうか?
件数は会社の規模などによっても変わってきますし、NTTドコモ自体も起業家マインドが強い社員が多いわけではないと思うので、一概には言えないのですが…。以前、起業家マインドの強い社員が多いことで知られる企業の方に話を聞いたところ、同社でも「ポスター掲示やアナウンスだけでは応募が来ないので、一人ひとりに『出しませんか?』と地道に声をかけている」とのことでした。この企業でもそういう地道なことをしなければいけないのであれば、私たちは当然だなと思いました。
そこから私どもも、個別に声がけなどはするようにしています。そのほか、Slack
導入によって東京に限らず全国からフラットに応募が集まるようになりましたし、現在はドコモアカデミーから応募への導線もできてきています。
――ドコモアカデミーの研修内容を教えてください。
研修自体は1〜2週間に1回、1回につき3〜4時間ほど行っています。スキルセットについてはリーンスタートアップ手法・ユーザーへのヒアリング方法・事業の考え方などについてレクチャーし、マインドセットについてはそのさまざまなチャレンジをされている方をお招きしてお話を伺います。起業家もいれば、地方の公務員で面白い活動をされている方もいらっしゃいます。
Image: NTTドコモ・ベンチャーズ
――実際にプロジェクトがスタートした際、KPIはどのように設定しますか?
ユーザー数や売上などを指標としていますが、事業内容によって違いもあるのでその都度設定しています。また、1回のKPI通過で終わりではなく、事業ステージやその時々の状況に合わせた数値を都度、設定しています。もともとしっかりとした設定の指針を持っていたわけではなく、プログラムを動かしながら私たち自身が指標の選定や設定の仕方などを学んでいった感じですね。
KPIを最初からキッチリと決めても意味がないので、まずは勇気を持ってプロジェクトをスタートさせてみることをお勧めします。KPIありきではなく「プロジェクトありき」でスタートし、その都度プロジェクトやフェーズに適したKPIを設定していくというやり方でいいのではないでしょうか。
――社内起業家を生み出す取り組みをされているわけですが、そうした方々の今後のキャリアとは?
PoCまで進んだメンバーはR&D部門で本格的な商用化を目指してもらいますし、途中で終わってしまったメンバーはもともとのポジションに戻るなど、ケースバイケースです。「ローンチチャレンジをきっかけに、地域の人たちと5Gを活用した新サービスを創った」など、現業で起業家精神を発揮している支店の社員もいます。とはいえ、体系立ったキャリアパスはないので、今後は考えていく必要がありますね。
――「もともとは社外スタートアップとの共同事業開発を行っていたが、受け取り手がいないため、社内起業の取り組みにシフトされた」とおっしゃっていました。オープンイノベーションは社外の技術やアイデアとの連携が必須ですが、受け手についての問題は解決しましたか?
当社に投資の案件が来た時点で、初めて事業部門に投資と協業を含めた話を持っていくこともあるなど、未だにうまく機能していない部分はあります。しっかりとした関係性が築けていない部門へ突然話をしに行っても、なかなか自分事にはしてもらえないですよね。全部門を網羅するのは無理だとしても、今後注力したい領域・部門に対しては予めしっかりコミュニケーションをとっておくことが、地道ながらも大切。そうすることで、より良い共創がスピーディに進むと考えています。