※本記事は2024年11月にTECHBLITZが主催した「NEW JAPAN SUMMIT 2024 TOKYO」の対談「SOMPOオープンイノベーション戦略の振り返りとこれから〜様々なOI戦術に取り組んだからこそ肌で感じたメリット・デメリット〜」の内容を基に構成しました。
目次
・「資金だけ」はNG、全労力を注ぎ込もう
・大成功したPalantirとの合弁、成功の要因は?
・ファンド・オブ・ファンズは鵜飼い?
・「ジャパン・アズ・ナンバーワン」は必ず再来する
「資金だけ」はNG、全労力を注ぎ込もう
秋元:SOMPOグループのCDO就任以降、楢﨑さんは凄まじい勢いで数々のオープンイノベーションを推進されていますね。
楢﨑:私は最初に入社した三菱商事でも最後の3年間をシリコンバレーのオフィスで過ごし、そこから長くシリコンバレーで会社設立などに携わっていました。2016年にSOMPOホールディングスにCDOとして入社して以降もさまざまな事業や会社づくりに携わってきました。
SOMPOが持つデータの有効活用のため、アメリカで各産業の代表的企業や防衛向けなどにデータ分析ツールを展開するPalantir Technologiesと合弁会社を設立したほか、事故車ネットオークションのプラットフォームであるSOMPOオークス(現:オークスモビリティ)、EVバッテリーの延長保証を手がけるREVortexなどを立ち上げています。そして、当社のデジタル事業の中核となる、SOMPO Light Vortexです。
大成功したPalantirとの合弁、成功の要因は?
秋元:本質的なゴール・目的にフォーカスしてしっかりとした成果を築くために、投資をどう有効活用されていますか?
楢﨑:まずPalantirについては、2019年に資本金約108億円、SOMPOと米Palantirが50%ずつの株式持分で合弁会社Palantir Technologies Japanを設立しました。設立直後にコロナ禍となりましたがしっかりと育ち、事業として大きく成功しています。また2020年には、Palantirへ5億ドル(約540億円)の出資も行いました。Palantirの株価は2024年第3四半期の決算発表後に上場以来の最高値となる1株51ドルに。2020年の出資時は4ドル65セントでしたので10数倍、為替を考慮するとそれ以上となりました。約540億円が十数倍になったわけですが、投資という観点から言うと、個人的には米Palantirへの出資よりも日本法人の立ち上げのほうが非常に重要かつリスキーでしたね。Palantirの日本法人を立ち上げるとなると決死の覚悟が必要でしたし、実際に私自身の全時間・全労力を注ぎ込みました。
オークスモビリティは、インキュベートというかたちをとりました。別の企業が設立した後、そこから買収したという流れです。現在、その投資は数十倍のリターンとなり、結果的に大成功とされていますが、こちらも設立当初は大きなリスクがありました。社内の反対を押し切って事業を作らせ、それを買収して自ら運営したという経緯があり、Palantir同様にかなりの労力と神経を使いました。
どちらの投資についても、単にお金の投資というよりは、自らのハンズオンで全労力・全神経を注ぎ込んだという意味で「人的投資」だったという印象が強いですね。だからこそ成功できたのではないかと、今となっては思っています。
秋元:オークスモビリティには最近、変わった動きが見られましたね?
楢﨑:オークスモビリティが扱う事故車の仕入れは、ほとんどが損保ジャパンからでした。年間5万台ほどを扱っており、十分な利益が出ていました。とはいえ、国内の保険会社は損保ジャパンだけではありませんし、業界全体のプラットフォームとなるには、SOMPOの色を薄める必要があります。そこで、株式の3分の2を投資ファンドのアント・キャピタル・パートナーズに譲渡しました。多額の特別利益を得ましたが、私はアント・キャピタル・パートナーズに投資をしてもらったのではなく、「業界標準のプラットフォームとなるため、我々が3分の2の株式投資を行った」と考えています。
Palantirの日本法人立ち上げは決死の思いだったと振り返る楢󠄀﨑氏(TECHBLITZ編集部撮影)
ファンド・オブ・ファンズは鵜飼い?
秋元:SOMPOでは投資を積極的に活用されている印象ですが、これまでの成功例や反省点を教えていただけますか?
楢﨑:私は「スタートアップが『魚』だとすれば、ベンチャーキャピタルは『鵜』であり、ファンド・オブ・ファンズは『鵜飼い』である」と考えています。普段からお付き合いをしていないと、スタートアップという「魚」のことは分からないですよね。目の前に来た魚を捕まえても、すぐに死んでしまうかもしれない、すでに腐っているかもしれない、大きく育たないかもしれない、美味しくないかもしれない。
であれば、一匹一匹の魚ではなく、魚を捕まえることに精通している「鵜」に投資するほうが、いい魚に巡り合う確率が格段に上がります。さらに言うと、ファンド・オブ・ファンズという、鵜をたくさん持っており、魚の特性に詳しく、さらに魚を獲るのも得意な「鵜飼い」に投資することも大事です。
私はこれまでこの3つすべてに投資をしてきましたが、「魚」に関して言うと、私自身がハンズオンで手がけてきたPalantirのような例を除くと、失敗が多いですね(苦笑)。成功例が多いのは、鵜であるVCと鵜飼いであるファンズ・オブ・ファンズへの投資でした。
さらに、よく言われるように「魚」をどう捕まえるかよりも、その「魚」をどう活かすか、どう協業するかという部分こそが本当に大事であり、そこにこそ汗や労力が必要でしょう。「投資したから、あとはよろしく」では、絶対にダメ。実際に、そこで失敗をしている例は枚挙にいとまがないのではないでしょうか。
SOMPOのオープンイノベーションの取り組みに多彩な質問を投げかける対談相手のAT PARTNERS・秋元氏(同上)
秋元:スタートアップとの協業では、社内で仲間をつくる、社内を巻き込んでいくことが不可欠ですよね。
楢﨑:私自身もまさにそういった部分でいちばん苦労しましたので、今でも次の3つのことを大事にしています。
1つ目は、「スタートアップと担当者を実際に引き合わせる」こと。Webや資料を見たところで、実際には何も分からないものです。当社の場合、必ずシリコンバレーなど現地に関係者を連れて行きました。
2つ目は、「自分が責任をもって前に進める」と言ってくれるような、「社内スポンサーのような存在をいち早く仲間に引き入れる」ことです。
最後の3つ目。これがいちばん大事かもしれませんが、実際に協業する「現場の人たちをヒーローにする」こと。間違っても、「自分たちには何の得もない」と思わせてはいけません。例えば当社では、スタートアップと組んで新商品を作った際に、現場社員だけが社長賞をとったことがありました。DX推進側からは「なんで自分たちは蚊帳の外なのか」という不満も出ましたが、私は「いやいや、これから見ていてごらん」となだめていました。やがて、社長賞をとってヒーローになった社員が、ほかの部門の社員に「困っていることがあるなら、デジタル戦略部――我々の部門ですが――に相談してみたら?」と宣伝してくれるようになったのです。そういった草の根的な動きによる広がりは大きかったですね。
秋元:いわゆるDX戦略部のような、オープンイノベーションを推進する立場側の人々が大切にするべきことは何でしょうか?
楢﨑:こちらも3つあり、1つ目は「ビジョン」です。どこまで具体的な絵になっているかは別として、「自分たちはこういう世界を作る」というビジョンや意思がないとダメだと思います。2つ目は「ネットワーク」です。シリコンバレーに限らず、スタートアップやベンチャーキャピタルのコミュニティの中にある程度入ってかないと、やはり良い情報は得られませんから。3つ目は、「自分の目で見て、自分の耳で聞いて、自分の手足を動かして会いに行くこと」ですね。
その上で、会社の中で実際にビジネスとして動かすには、今申し上げた3つの要素を持った仲間を増やすことも大事ではないでしょうか。各事業部の方々とうまく連携するためにも、普段からコミュニケーションをとるようにし、「自分たちはどんなことができるか」を深掘りしておく必要があるでしょう。
昨今はいかなる業界でも、変化のスピードがものすごく上がっていますよね。現時点での本業が、5年後も本業だとは限らないわけです。「新しい事業を試したつもりが、数年後にはメインビジネスになった」ということも、往々にしてあるでしょう。そういう意味で、最初に挙げた「ビジョン」も単体の商品・事業部に留まらず、会社全体の変革に関わってくるのです。最初は大きなことはできないかもしれませんが、そういう目線・覚悟でないと間違った方向に行ってしまいかねません。
楢󠄀﨑氏は、スタートアップとの協業やオープンイノベーション推進に大切な「3つのこと」があると語る(同上)
「ジャパン・アズ・ナンバーワン」は必ず再来する
秋元:SOMPOさんがイノベーション活動を推進していくにあたり、今後は外部のリソースをどう使っていこうとお考えですか?
楢﨑:繰り返しになりますが、一匹ずつの「魚」ではなく、「鵜」「鵜飼い」とつながることがキーだと思います。それこそAT PARTNERSさんのデータベース『ATDB』(AT PARTNERS Data Base)は350万社もの情報を擁しており、我々もネットワークのツールの一つとして活用させてもらっています。こうしたデータベースや生のネットワークを持たないと、なかなか難しいでしょう。
秋元:「こんな領域で、こういう相手と組んでみたい」というイメージはお持ちですか?
楢﨑:我々が属する保険分野は生活・産業のさまざまなリスクを効率的・効果的にカバーしていくため、すべての業界とつながれる分野です。
一方で、世界はどんどんシンクロ化が進んでいると感じています。ネットワークのクラウドとエッジ、ハードウェアとソフトウェア、実態経済とバーチャル経済といったように、対極にあるようなものがお互いに行ったり来たりするうちにシンクロし、新しい市場ができるのではないでしょうか。実際に、ハードとソフトが一体化している現象も増えています。だからこそ、日本は再度モノづくりで復権するはずであり、今一度「日本はモノづくりの国だ」と標榜すべきだと思っています。私自身も「日本のモノづくりの企業と面白いことがしたい」と考えており、実はいくつかアイデアも温めているのです。
私もアメリカに長くいましたが、当時から「日本人は、やはりすごい」「日本が世界一かもしれない」と思う場面は多々ありました。今の日本は自虐的すぎる感じがして、すごく残念なのですよね。
おそらくこの先もう一度、「ジャパン・アズ・ナンバーワン」となる日がくるでしょう。スタートアップにも大企業にも、大きな可能性があると思っています。だからこそ、ぜひ皆さんとさまざまなかたちで提携・連携をさせていただきたいと思っています。
「日本人は自虐的すぎる感じがして、すごく残念だ」と日本のポテンシャルの高さを鼓舞する楢󠄀﨑氏㊧と、対談相手の秋元氏(同上)