※本記事は2023年10月に開催した「New Japan Summit 2023 Tokyo」の対談「大企業の “あるある” 課題から紐解く『スタートアップとの事業共創のコツ』」の内容をもとに構成しました(役職名は開催時、記事本文は敬称略)。
KDDI流の新規事業メソッドについて対談する中馬氏㊧と櫛田氏(TECHBLITZ編集部撮影)
キーワードは「危機感」と「弱者の戦い方」
中馬:KDDIのいわゆるCVCで投資の責任者をしている私ですが、投資はあくまでも手段であり、本業は新規事業の責任者です。2011年には日本で最初の企業アクセラレーターである「KDDI ∞ Labo(ムゲンラボ)」を立ち上げました。3~4年前からオープンイノベーションを行う大企業ともパートナーシップを組むようになり、現在は事業共創プラットフォームとして84社の大企業と一緒にスタートアップを支援する試みを、ボランティアで行っています。一般的なアクセラレーターのような「1業種1社」という決まりはなく、実際に1業種から複数社参加されているケースも多いですね。
ファンドとしては2012年スタートの「KDDIオープンイノベーションファンド」のほか、環境問題と地方共創にそれぞれ特化したファンドも立ち上げています。投資対象は、当社の主力事業である通信以外のすべて。「新しく出てきた領域にはどこよりも先に投資をする」というスタンスであり、ポートフォリオが非常に広いことが特徴です。
櫛田:KDDIとしては、新規事業にどういうスタンスで取り組んでいますか?
中馬:まず、「新規事業は自分たちで考えない」ことがベースです。すべてオープンイノベーションで行います。新規事業を進める理由は大きく2つあり、1つ目は「危機感」です。私が入社した当時の社名はKDD(国際電信電話株式会社)であり、国際電話で3,000億円の売上がありました。現在の国際電話の売上は、当時の10分の1ほど。今や皆さんLINEで通話されており、固定電話や国際電話というカテゴリーはなくなってしまった。「電話がなくなったぞ」というのが、われわれの原体験です。現在、KDDIは携帯電話の会社として知られていますが、われわれは「携帯電話もそろそろヤバいな」と真剣に思ってます。主力事業がなくなった体験が「新しい事業を作らないとディスラプトされる」という危機感につながっているのです。
2つ目は「NTTの存在」です。NTTには何十万人もの従業員がおり、研究開発に何千億円も費やしています。われわれは数百億円です。1番手と2番手で10倍の差があるとなると、自分たちで何とかしようとしても無理ですよね。「スタートアップをM&Aして事業化し、彼らと一緒に戦っていこう」となりました。われわれにとってM&A費用は研究開発費であり、NTTに対する「弱者の戦い方」をしているわけです。
事業の種はなるべく多く。上手くいかない場合は潰さず「放置」
櫛田:投資の引き際についてはどうお考えですか?
中馬:よく「撤退基準を教えてください」と言われますが、基準はありません。というか、なるべくならば撤退しないようにしていますね。おそらく私は日本一たくさんの新規事業を手がけていますが、失敗だらけです。ほとんど上手くいかないけれど、上手くいく「かもしれない」ものはたくさんあります。ですので、「今ではない」と思ったら、潰さずに「放置」しておきます。撤退するにも手間がかかるし、一度撤退したものを復活させる場合は、さらに手間がかかりますから。
大企業であれば、主力事業で業績を上げているうちは、止まっている事業が多少あっても、問題はないはずなんですよ。保留しておいて「タイミングが来たな」と思ったら、すぐ火を入れる。新規事業の種はなるべく捨てずに、たくさん持っておくことが大事だと思っています。
撤退はなるべくせず「放置」するという方法論もKDDI流(同)
櫛田:なるほど。大企業では「失敗」とみなされる行動はマイナス評価になるため、初めからやらないほうを選択しがちですね。ただ、「放置できる」という選択肢があれば、マイナスにはならない。こういうマインドも大事ですね。
中馬:ただし、放置できるようにするには、母数が多くないといけません。2個しかないうちの1つを放置すると、「もう1つは?」となりますが、たくさん動いている場合は言われないものです(笑)投資のポートフォリオから見ても、例えば通信会社が通信関連領域ばかりに集中しても、なかなかリターンが取れません。分散投資をすることでマルチプルが取りやすくなるのと同じように、たくさん手掛けることをおすすめします。「とりあえずやる」ことが大事で、「なんか違うな」と感じたらしばらく置いておく。すぐに結果が出るものはほとんどないですし、僕もいまだに分からないので、それぐらいの感覚でいいのではと思います。
櫛田:そのやり方ですと、スタートアップにかけるリソースなども、1社ずつ個別できっちり分けていくのは難しいですよね。決裁権や裁量はどうなっているんでしょう?
中馬:そこは本当に大事で、バルクで預けてもらうことがいちばんですね。1件1件を経営会議にかけて、その都度意思決定をするケースが一般的かと思いますが、大企業は「いかにミスを最小化するか」という失敗しないためのマネジメントになっているものです。その物差しで新規事業を測ると、おそらくすべてアウトでしょう。ですので、1件1件ではなく「〇年間で〇〇を〇件」というトータルなポートフォリオで評価してもらうような権限移譲が必要だと思います。
さらに、新規事業の領域の幅を広くすることも重要だと思っています。ひとつの領域でまとめてしまうと結果が出ないことが多いですが、たくさんの中にもちょっとしたヒットを出した事業があると、ポートフォリオ全体での「見栄え」みたいなものが変わってくる。加えて、人間もずっと同じ領域・思考でホームランだけを狙っていると、硬直してしまいます。「さまざまな領域を手がけて柔軟な思考や発想力を持つこと」「数だけでなく、バリエーションを持たせること」が大事だと思います。
櫛田:会社の主力事業に属している人たち、すなわち「社内理解が得られない」という悩みもよく聞きます。
中馬:むしろ、知られない方がいいことも多いですよ。ビジネスパーソンは「アピールしてなんぼ」なところがありますが、そこはあえて捨てて。アピールすると、「結果はどうなった?」となりますから。
一方で、事業成長のためには主力事業を使ったほうがレバレッジ利くのも事実です。「どこでそれを使うか」は非常にシンプルです。主力事業の人たちは「右肩上がりに業績を伸ばし、コストは削減させる」というミッションがあり、そこに寄与するものがあれば、必ず食いついてきます。赤字事業のときには見向きもされませんが、少しでも黒字が出た瞬間に、すぐアプローチが来ますよ。「どうしても目標数値にほんのちょっと届かない」という状況はどの事業部にもあり、そこでわずかでもプラスになる要素があれば、拾ってもらえるんです。そこまでは、隠して育てないといけません。黒字になれば、必ず日が当たりますから。また、こういった貢献ができると、今度こちらが苦しいときに助けてもらえるようにもなりますしね。
櫛田:日本国内ではM&Aが非常に少ない上、買収したらしたで、その後のマネジメントに悩むケースが多いですよね。御社ではM&A後はどうされていますか?
中馬:スタートアップが加速度的に成長していく事業であるのに対し、大企業は安定成長の経営ですよね。大企業は「加速度的に成長する事業を取り込み、自社も活性化していく」ことを望んでいますが、安定成長の構造・DNAの中にスタートアップを取り込んだら、伸びる会社も伸びなくなります。ですので、われわれは連結のCFOを送るだけで、取り込みません。基本的にカルチャーもそのままで、足りない部分があれば支えることで、成長を加速させていく感じでしょうか。
櫛田:スタートアップに対する社内の期待値や評価をマネジメントすることもありますか?
中馬:数字的な話をすると、すぐに新規事業が軌道に乗るわけではなく、赤字が出るケースも当然あります。ですが、各事業部は独立採算なので、赤字では困る。その場合、本社部門の事業部がいったんM&Aの受け皿になります。本社部門の赤字は複数の事業部に分割されるため、該当事業部のダメージは大きく減る。そういった方法で、新規事業を育んでいきます。テクニカルな話ではありますが、こういった対応をきちんととっていかないと、「減損」という失敗事例が積み上がってしまいます。
櫛田:「うちの会社はそういう構造ではないので難しい」というケースも多いと思います。どうやって今の仕組みが作り上げられたのですか?
中馬:最初にお話した「危機感」が、経営戦略に組み込まれていることが大きいと思います。ゆえに、大きな事業と小さな事業をやるダブルスタンダードが許容されているだけでなく、M&Aでグループインした人たちが本社の法務や知財などのリソースを自由に使える仕組みもある。こうした体制は10年、20年と続けた中で定着してきているものであり、ある程度の時間は必要かとは思います。
組織全体における新規事業担当部署の立ち振る舞いについても言及する中馬氏(同)
多種多様なフレームをクロスさせることで未来が生まれる
櫛田:「ムゲンラボ」についてですが、ボランティアで運営されているとのことでした。なぜ多額の費用をかけて、84社もの企業を取りまとめる必要があるのでしょうか?
中馬:ひと口に「新規事業」といっても、自分たちから見て新規だとしても、すでにそれぞれの事業を行っている企業側からすると既存事業であるわけです。KDDIから見ると通信以外はすべて新規事業であり、その84社もすべて新規事業なのです。われわれにとっての新規事業をすでに手掛けている企業が「どういう課題があり、どういう新規事業を狙っており、どういうスタートアップを探してるのか」について、われわれはオーガナイザーの立場からずっとモニタリングできる。これは非常に勉強になるし、有益なことです。
現代は、一つの分野・領域に特化しているだけでは厳しい時代です。「ムゲンラボ」には、多領域において日本を代表する専門家たちが集まっています。そうした人たちのアングルをクロスさせると本当に面白いものができるはずですし、未来への大きな可能性を感じられます。
櫛田:たくさんの事業者が集まるということは、たくさんの業界のフレームが集まるということ。異なるたくさんのフレームやスタートアップと触れ合うことで、さまざまなロジックが理解でき、どの状況でどのフレームを当てはめるべきかというヒントも得られ、新しいフレームも作りやすい。
中馬:よく「どこが一番いいですか」「この分野ならどの会社ですか」と聞かれますが、そんなことは分かりませんよね。ご自身でいろいろ見たほうがいいと思いますし、私もそうしています。オープンイノベーションというのはフラットに、いろいろなところに、オープンに、ポテンシャルを探り続けることだと思うので。皆さん「この技術はここ」と枠にはめたがりますが、そうすると枠にはまらないものを弾いてしまう。ですが、意外と弾かれたものからヒットが出たりするんですよね。
櫛田:技術の発展の歴史を辿ってみると、技術の進歩や発展のほとんどが、意図しなかったことの結果なのだそうです。ある小さな問題解決のために研究者たちが取り組む中で、当初の目的と全く違う大きな問題の解決ができた、というような。今の話も同じで、棲み分けや枠組みにとらわれ過ぎると、大きな可能性を潰してしまうと。
中馬氏が語る「KDDI流」に熱心に耳を傾ける聴衆(同)
櫛田:さて、CVCの側面について伺いたいのですが、多くの企業が抱える「投資リターンと戦略リターンをどうとらえるか」という問題については、どうお考えですか?
中馬:事業会社で投資や業務提携をするときに「これは戦略系だから、儲からなくてもいい」という理屈が本当に通るものでしょうか?投資リターンと戦略リターンの両方が返ってくることを目的にしているわけで、愚問だと思います。
櫛田:最後に人材育成について伺います。中途採用者や新入社員をどう育て上げていますか?
中馬:中途・新卒ともに事業創造本部として単独で採用しており、基本的に異動はありません。中途では金融や流通など幅広い分野から人材が集まりますが、多くが「早く結果を出さなければ」という思いから、これまで経験を積んできた分野に固執してしまう。ですが、われわれは「今のスキルやノウハウを違う分野とクロスさせて、新しい価値を生む」ことを期待しているのです。
なかなかうまくいかないので、最近は新卒採用に力を入れています。新規事業を進めるには「知らない」ことも武器です。新卒者は「昔これを試したけどダメだった」「これは〇〇のしがらみがあるから」といったことにとらわれることもなく、素直にチャレンジしていく。そういった姿勢のほうが、新規事業は上手くいくような気がします。
櫛田:なるほど。具体例を交えながらの本質を突いたお話を、ありがとうございました。