※本記事は「イシン・スタートアップ・サミット シンガポール2019」のトークセッションをもとに構成しました。
シンガポールのスタートアップの東証上場を推進
―今回のテーマは「東南アジアのスタートアップエコシステムへの貢献」です。まずはお一人ずつ自己紹介をお願いします。
杉山:東証のシンガポール支店は1996年に設立され、20年以上運営しています。最近ではシンガポール、東南アジアのスタートアップに、東京で上場してもらうためのプロモーション活動をしています。
シンガポールにはスタートアップ企業は多いのですが、最終的にIPOする場合、シンガポールの株式市場は彼らを受け入れるだけのスケールがありません。シンガポールは金融センターですが、人口、国土が小さいので株式市場としては成長しづらいところがあり、シンガポールでの新規上場は年間10社程度です。ですからシンガポールのスタートアップが上場する場合、他国のマーケットを模索しなくてはいけません。
東京株式市場の強みは流動性です。ライバルとなるシンガポールや香港の新興企業市場に比べ、東証のマザーズは上場後も株価を維持できるだけの流動性があります。もう1つの強みは評価額です。東証の初値PER(Price Earnings Ratio:株価収益率)は中央値で82倍と世界でも有数な評価額が付きます。そこにはシンガポールのスタートアップも関心を持っていて、早ければ来年度には東証上場第1号が出るのではないかと思っています。
東京株式市場には上場企業3600社以上ありますが、外国企業は5社未満で、外国企業が上場しない理由に、言葉など様々な制約や我々の宣伝不足などが挙げられます。ですが最近は東証の強みが大きくなっているので、現在は官民一体となってオールジャパンで東証上場に誘致しています。
―東証の競合相手はシンガポール証券取引所、中国でしょうか?
杉山:スタートアップがどこへ上場するのかという意味でいうと、競争相手はシンガポール、香港です。またユニコーンのような規模が大きい企業は米国ナスダックも考えるでしょう。株式市場そのものでは、世界の流れや、運用先としての魅力で言うと、上海が大きなライバルになります。
―オールジャパンとはどういう体制なのでしょうか?
杉山:5年前、私がシンガポールに来た時にIPOをやりたいと思っていましたが、我々の努力不足もあって何もできない状態でした。2012年あたりから投資家が東南アジアへ入ってきて、投資の規模は拡大していました。
しかし、日本国内のIPOが年間100件あるので、証券会社、監査法人、法律事務所などは日本で手一杯なのです。ですからシンガポールの日系証券会社、監査法人など、シンガポールの情報を東京へ伝える方々を、私が勝手にオールジャパンと呼んでいます。ようやくシステムは去年ぐらいに形になってきて、今IPOのプロジェクトを進めています。
魅力的だが難しい東南アジアマーケット
上原:DGインキュベーションではプリンシパル投資をしています。現在200社ぐらい投資していますが、6割がアメリカのスタートアップ、3割が日本、1割が東南アジアとインドで、海外への投資が多いのが特徴です。同グループのオープンネットワークラボは、日本のシードアーリーのスタートアップの育成を長年行っています。
投資先は、東南アジアではGO-JEKが一番有名で、インドのDroom、タイのZilingoなどがとても伸びている会社です。ステージとしてはシードアーリーからレイトステージまでカバーしています。
デジタルガレージとしては、以前Twitterの日本進出を支援してアメリカのエコシステムとのパイプを築きました。それがアメリカへのいい投資につながっています。ただアメリカで培った知見や歴史は過去のものになるので、今後は東南アジアやインド、イスラエルなど新しい地域に広げようとしています。
―上原さんはアメリカ、日本をはじめ様々な国で投資していますが、東南アジアはどういった位置付けなのでしょうか?
上原:東南アジアは魅力的ですが、難しい市場でもあります。人口が増えるので市場は今後大きくなります。しかしEXITの市場として考えると上場会社がまだ少ないので、投資してもなかなかEXITできないことになります。インドも同じ状況ですが、まだアメリカとのつながりが強いのでイメージはしやすい。東南アジアはいつEXITできるか分からないというのが、一番難しいところです。
―東南アジアは投資的観点もありますが、企業の情報収集としての投資、本業へ生かす投資もあると思います。その点ではいかがでしょうか?
上原:インターネットサービスへの投資は、情報収集の目的では難しいと思います。しかしスマートシティでは、リーディングエリアになる可能性があるので、その領域は注目しています。
シンガポールを拠点にマッチングを進めるJETRO
石井:JETROは海外54カ国74事務所に展開しています。私たちは「JETRO Global Acceleration Hub」というハブ拠点を作りました。ここではシリコンバレー、深セン、シンガポール、テルアビブなど世界12カ所で、スタートアップと日本企業をつなぐ活動をしています。12カ所以外にも関係する事務所にホットスポットとして参画してもらっています。
シンガポールにおいては、EDBシンガポール(シンガポール開発庁)、エンタープライズ・シンガポール(企業開発局)と了解覚書を交わし、日本、シンガポールだけでなく様々な国のスタートアップとのマッチングを進めています。JETROは、これまでは大企業や中小企業の支援をしてきましたが、それとは異なるスタートアップ、オープンイノベーションへの支援を始めたところです。
―JETROから見る東南アジアの魅力とはどういったものでしょうか?
石井:輸入先として、海外拠点として日本にとってアジアは重要な地域です。現在輸出を行っている日本企業は73%ですが、そのうち92%がアジア大洋州向け、中でも70%は東南アジア向けです。現在海外拠点を持っている日本企業は45%で、そのうち90%がアジア大洋州にあり、東南アジアは62%です。今後海外進出の拡大を図る日本企業は57%ですが、そのうち67%は東南アジアへの進出を考えています。
東南アジアの経済規模は2025年にはGDPが5兆ドルとなり、日本(2019年4.9兆ドル)を上回る見通しです。国別ではインドネシアが引き続き圧倒的な規模を誇り、フィリピン、マレーシアが2025年にはタイを上回るとみられています。
結びつきやすい関係性がある日本と東南アジア
杉山:5年間、東南アジア地域での仕事に携わってきましたが、現地の方々は日本に好印象を持っています。これは他の地域にはなくて、同じアジアでも中国や韓国にはここまでの好印象はないように思います。これをビジネス、あるいは国同士の付き合いに生かしていかない手はないですし、私もIPOのビジネスに手応えを感じつつあります。日本と東南アジアは人と人、組織と組織、国と国が非常に結びつきやすい関係にあると思います。
上原:各地域に投資をしていて思うのは、どの地域でも人々が求めている利便性はあまり変わりがないということです。インターネットサービスであると、検索エンジンがきて、EC、ゲーム、エンターテイメント、決済システムという流れはどこの国でも変わりません。
投資なのでリターンを出さないといけませんが、それ以外で社会貢献を考えると、東南アジアは市場が大きいので、日本の技術やクラフトマンシップ、インドのソフトウェア技術を組み合わせて、もっと面白いことができると思います。投資を通じて、何か新しいことを一緒に作り上げようと今後10、20年のスパンで考えています。伸びている市場で利得を得るだけではつまらないと思っています。
石井:この市場に関わる仕事をして30年以上経ちますが、当初、東南アジアには「日本に学べ」という機運もあり、多くの日本企業が技術指導でこちらへやってきました。それから推移して、今では学びの時代は終わったという印象を受けます。これからスタートアップとの連携も含めて、一緒にやっていこうという機運になることを期待しています。私たちJETROもマッチングという形で貢献して、一緒に良い社会を作っていきたいと思います。
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