IncubateFund General Partner
本間 真彦
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経済産業省 大臣官房 アジア新産業共創政策室長
山室 芳剛
編集部からのお知らせ:日本企業のオープンイノベーションの取り組みをひとつにまとめた事例集「Open Innovation Case Studies」を無償提供しています。こちらからお問い合わせください。
日本は完全に出遅れている
―あらゆる産業でDXを活用したビジネスモデルの改革が必要とされています。日本・海外での事例やトレンド、課題について聞いていきたいと思います。まずはお二人の自己紹介をお願いします。
本間:Incubate Fundは10周年を迎えたベンチャーキャピタルファンドで、シードステージに関心をもって投資をしています。日本から産業を作っていくようなスタートアップを立ち上げて行こうと、国内300社のテクノロジーの会社に投資しています。エコシステムの醸成、スタートアップのコミュニティづくりにも力を入れています。
私自身はJAFCOの海外投資からスタートしています。官のお金、日本のベンチャーに投資してそれを戦略的にアジアに還元したいという想いを抱えているアジア機関投資家、ITジャイアントと一緒に運用しています。
投資テーマは3つ掲げています。1つはまさにデジタルトランスフォーメーション。もう1つは、造語ですがパブリックセクターイノベーションという領域です。特に規制産業、ヘルスケアや宇宙、交通など政府と官民一体になって何かを成し遂げる分野が今後大きく伸びると、注力しています。もう1つはフロンティアテックと言いますが、テクノロジーで日本から世界に通じていくような領域です。
日本のBtoBの構造改革余地は大きいと思っています。テクノロジーによる変革余地が残されているということは、ベンチャー側から見ればチャンスで、労働生産性がよくなっていく余地があると思っています。
山室:経済産業省で直近は駐在でアジアの産業政策を担当していました。ハーバード大学に留学した時にアジアの同級生が優秀で刺激を受け、今後の日本にとってますますこれらの国との関係が重要になっていくと確信しました。
アジア駐在中は、新興国でたとえばGrabの登場のようなDXによって劇的に生活が改善する「リープフロッグ」を肌で実感しました。コロナを受けてさらにDXへの投資は加速しています。こういった領域で日本の産業が完全に遅れているという実感を持ち、経済産業省に具申して対応するための組織を作ってもらい、初代の室長に就任しました。
今日のお話の背景として、米中覇権争いやパンデミックなど、国際環境が激変しており、各国のむきだしの国家戦略が問われるようになっています。人類史の中では秩序が安定している時期の方が珍しく、それが終わりを迎えているということだと思っています。日本としてもしたたかな戦略を進めなくては激流に飲み込まれることは明らかで、官民連携、アジア新興国とのパートナーシップ強化がカギです。
日本ではハレーションが大きい
―お二人の考えるDXとはどのようなものなのか、なぜ海外企業とのコラボレーションが必要なのかについてお聞かせください。
本間:スタートアップ、ベンチャーの視点からすると、産業を今の延長線上から考えるのではなく、プロセスそのものをゼロベースで考えていくということで、持たざる者が作るという側面が大きい。日本の産業は培ってきたものが大きいので発想の転換が難しく、そのために海外との連携が1つ有効になるのではないでしょうか。大手企業でもアジアにいらっしゃる方が「日本でこれを試すと、ハレーションあるよね」と感じられるケースも多く、では海外で試してみませんかというアングルがあるのではないかと思っています。
山室:経済産業省のDXの定義は「企業がビジネス環境の激しい変化に対応し、データとデジタル技術を活用して、顧客や社会のニーズを基に、製品やサービス、ビジネスモデルを変革するとともに、業務そのものや、組織、プロセス、企業文化・風土を変革し、競争上の優位性を確立すること」です。
3つの変革、すなわち、自社や技術オリエンテッドだったものから、顧客や社会のニーズをもとにビジネスモデルを変革する、昭和型の組織・働き方から企業文化・風土を変革する、痛みを伴っても変革するということがポイントです。
コロナ禍でも日本は大きく出遅れていることが顕著になりましたが、たとえばオンライン医療はコロナ禍で必要になっても反対するステークホルダーが出てくるなどで変革がスローダウン、スケールダウンしてしまう。日本の中だけでは、DXを成し遂げなければならないという強烈な欲求が不足しています。
社会の基盤が整っていることによって、大きく変えられないということがある種、合理的な判断として起こってしまう。日本国内、日本単独で進めようとするとDXがうまくいかないため、日本とアジア新興国との相互補完関係を活かすことが解決のカギです。日本が資金・技術・ノウハウを提供し、アジア新興国が課題・市場・データを提供する。最適なパートナーシップ関係の下で、日本のDXを大きく加速化できるのではないかということで「アジアDXプロジェクト」という名をつけ、7月に閣議決定した政府全体の成長戦略に位置づけて進めています。
コロナで切迫感がでた領域も
―出遅れている日本ではありますが、一方でコロナ禍によって、DXが進んだ領域もあるのではないでしょうか。コロナ禍での変化をどう見ていますか。
本間:対面主義(実際に会わないとだめ)、ポジション主義(誰が言っているかが重要)が相対的に減ってくる、またSlackに書き込むことなどで可視化が進んでいるという変化はあると思います。
投資先企業でもリモート診療や、5年前からリモートワーク改革のためのベンチャーがあるのですが、これまでスタートアップが先を行き過ぎていた側面があったのが、コロナでかなり当たり前になってきた感覚はあります。もともと兆しがあったことが、コロナで加速したというのがベンチャー側の見方です。
山室:これまでは「できればいいね」くらいであったのが、「やらなければビジネスが回らない」という切迫感が出てきました。特にリアルとデジタルが融合していく領域、社会課題を解決するような領域が伸びていくと感じます。
たとえばフィンテックとライドシェアの融合でMUFGとGrabが連携して新しい金融サービスを開発したり、ヘルスケア分野ではオリンパスがインドでスマートフォンを使った簡便な内視鏡を開発するといった事例が、社会課題解決と巨大市場獲得を同時に狙う代表的な事業として挙げられます。
また、サプライチェーン分野では、信用状などの紙書類の処理を、コロナ以前からブロックチェーンのプラットフォームに転換するということは模索していたものの、コロナでいよいよ本気でやらなくてはいけないということで、アジアDXプロジェクトとして商社や銀行などと経産省が連携して進めています。こういった領域をどうDXしていくかというのが当面の課題になると思います。
―このテーマであれば日本のスタートアップと組むべき、このテーマならば海外のスタートアップと組むべきなどの使い分けはありますか。
本間:日本でも海外でも解こうとしているテーマは似ていると思います。Grabのようなサービスは日本でも同じ課題がありますし、遠隔診療はどの国の人と話をしても「最初は対面の診察は必要か」などが共通の論点になっています。
一方、アジアの中での日本の特徴を考えると、宇宙開発など、民間に門戸を開いていこうという官主導の規制緩和があって、日本が強いテクノロジーを持っていて横に広がっていくというケースがあります。外食産業で外国人労働者も含めて店舗でSaaSでサービス業のスタンダードを作るという企業があり、このようなものは日本の産業として進んでいると感じます。
横断的組織、そして資金の量
―DXを進めるためにどのような組織体制を作ればいいでしょうか。課題は何だと思いますか。
山室:企業から聞いているポイントとしては、まずは組織横断的チームの必要性です。社長直轄の横ぐしを通すような組織で、既存の縦割りを超えていく必要があるのと、権限がある人が横断組織を推進することがポイントだと思います。形を作っても魂が入っていないケースもあると聞いています。
もう1つはDX能力のある人に権限を持たせるため、年功序列、終身雇用などの昭和的な雇用形態を崩していく必要があり、経済産業省でも若手を抜擢するなど、大胆に取り組み始めています。
3つめは現実を受け止めるキャッチャーが必要です。私の好きな言葉にユリウス・カエサルの「人間ならば誰にでも、現実の全てが見えるわけではない。多くの人たちは、見たいと欲する現実しか見ていない」があるのですが、コロナ前から日本がいかにDXで遅れているかを伝えても、見て見ぬふりをする人が多かった。経産省では、運よく不都合な現実でも受け止めるグローバル産業本部という部署ができて助かりましたが、特に海外からの既存の枠組みを壊すような、耳の痛い情報がきちんと中枢に渡っているかどうかがポイントだと思います。
本間:お金の投資量が足りないと感じます。例えば、20年前から日本の大手商社の現場の決済金額が変わっていないこと等があります。相対的な経済のパワー、貨幣価値が変わっているのに、海外企業からすると、よく知るあの日本の大企業が「1億円しか出さないのか」とショックを受ける。
あとは、本業と別の評価軸を持って、DXのための別働隊を作れるかという点。大手の中でイノベーションを起こす、ベンチャーと組んでオープンイノベーションも推進されているとは思うが、日本企業は本業とは別口で、イノベーションを推進する枠を作るのがあまり上手ではないですね。
信用力や中立性を活かせ
―一方で、海外スタートアップから見た日本企業の強みもありますか。
本間:1つはこれもやはりお金です。企業にお金はあるのに、アジアの成長を取り込めていない状況ですね。2つ目は先端技術やノウハウ。3つ目はBtoBで取引をきちんとできる能力。東南アジアでお金を払ってくれないとかがよくある中で、日本企業はそれが担保されているので大きな信用の力になります。ここがもっとレバレッジかけられるといいのでは。もう少し機動的に動けるといいですね。
山室:日本に期待されている役割は、資金、リアル技術、ノウハウ、ネットワーク、信用ですが、それに加えて中立性があると思います。たとえばインドは安全保障上の懸念から中国企業を締め出そうとしている一方で、そこに生じる空白に米国企業が入ってくることにやはり警戒感もあります。ここで中立的な日本に入ってきてほしいという声が出ており、大きなチャンスです。
―最後に海外とのDXを進めるうえで日本企業にアドバイスをお願いします。
本間:DXをやろうとするとハレーションは起こるものです。DXを反対する側も、将来的にはそれを進めないといけないことは心では分かっているのではないかと思います。その人たちを「痛みがあってもやっていこう」と説得するためには、実証データが必要で、そのときにアジアのスタートアップで実際にきちんと回っているデータと事例を出すことが有効ではないでしょうか。
またバフェットが日本の商社の株を買って、アジアの成長を取り込みたいのではないかという憶測があります。アジアには、日本の大手企業がやってきたビジネスの脈々とした歴史と流れがあり、地の利も活かして、ゆるく仲間の輪を広げていくという発想があってもいいのではないでしょうか。
山室:日本政府では、本気でDXを進めるパイオニア的な企業を全力で支援したいと考えています。冒頭にお話ししたとおり、国際環境が激変し、秩序は流動的ですが、前向きに捉えれば物事がダイナミックに変わっていくイノベーティブな時代とも捉えられます。「アジアを舞台に、こんなDXプロジェクトを考えている」という企業は、ぜひジェトロDXポータルサイトをご覧いただければと思います。
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