※本記事は2018年5月24日に開催されたイベント「インド発・世界的イノベーションの事例紹介」の講演を編集したものです。
スタートアップ増加に対して、資金がまだ追い付いていない
インドはまだまだこれから新しいスタートアップが出てきますし、インドの市場自体も拡大していきます。その中で米国、日本、中国、その他ヨーロッパなどから、かなりの投資金額がインドに入ってくることが見込まれています。
2015年の1年間で、インドはスタートアップがおおよそ1兆円も資金調達をしたのですが、これはもう日本の8倍くらいの規模なんです。すでにかなりの金額が投資されているはずなのに、まだまだ資金調達を渇望している優良なスアートアップが私たちのところに来る。スタートアップの供給に対して、資金がまだ追い付いていない状況です。
キーワードは「AI、IoT革命」「デジタルトランスフォーメーション」「リープフロッグ」
インドのスタートアップトレンドのキーワードは3つあります。1つはAI、IoT革命。2つ目がデジタルトランスフォーメーション。3つ目がリープフロッグ。これらのキーワードが絡み合うことで、インド特有のエコシステムとイノベーションが生まれているということを説明したいと思います。
スタートアップの世界の時価総額トップ10を見ると、9年前はほぼインターネットサービスでした。メディアとかSNSとかですね。一方、Uberは既存のレガシーと言われるタクシー産業を一新したと言われています。そしてまさに今はこういった実世界に根ざしてビジネスをしている企業が、世界の時価総額トップ10の半分以上となっています。
インターネットの外、実世界と結びついているビジネスを、われわれの業界では「デジタルトランスフォーメーション」と言っています。インターネットの世界でSNSをつくろうと思ってもFacebookの勝ちは決まっていますので、もう無理だと。一方で既存の事業、フィンテックとか物流とか、そういったフィジカルな世界をAIやIoTを使って変えていって、デジタルトランスフォーメーションを起こしていく。次の新規事業が生まれるというトレンドがこれからもあるかなと。
インドでどういうことが起きているかというと、例えば廃貨がありました。高額紙幣を廃止しちゃったんですね。これが起きたあと、GDPは四半期ベース、月ベースでは落ち込んだんですけれど、すぐに回復しました。加えて、ペイティーエム(Paytm)というモバイルウォレットの企業が、月間で見たらユーザー数が8倍に増加したんです。まさにデジタルマネーの促進をねらっていたと言っても過言ではありません。
物流、トランスポテーション、モビリティ、遠隔医療の会社もどんどん出ています。インドは人口が多く、どんどんビッグデータがたまっていくので、後発で人口も少ない日本ではもうAIのインテリジェンスが追い付けないんですね。日本で「規制があってできません」とか言っているうちに、先にインドで完成してしまうといったことが起きています。
「リープフロッグ」というのは蛙がピョーンと飛ぶようなイメージですね。日本はポケベルがあって、PHSがあって、携帯があって、スマートフォンがあってというステップなんですけれど、インドはいきなりスマートフォンなんですね。インドの人々が最初にインターネットつなげたのはパソコンじゃないんですよ。みんなスマートフォンなんです。いきなり段階を超えて飛んでいくので、日本や中国の経済成長とも違う新興市場なのに、世界のトップレベルの技術がある。これは人類史上、国家ベースでみたら初めてだと思います。インドはまさにこのリープフロッグが起きています。
持たざるものが強い
私、持たざるものが強いとよく言うんです。小売店がないから、eコマース作っちゃう。病院がないから遠隔医療つくっちゃうと。誤解を恐れず申し上げると、日本は例えば病院とか医療はものすごく整っているから、その整ったインフラをベースに、どうしたら限界収益が上がるかな、追加の投資ができるかなと考えます。つまり、既存のインフラが発想とかイノベーションを阻害してしまっているんです。
次に既存のインフラがあるからこそ、既得権益が生まれてしまっている。遠隔医療をやろうと思ったら、医師会の猛反対にあうわけですよね。インドも医師会がありますけれど、そこまで強くありません。圧倒的に患者が多い状況だからです。
三つ目は規制があるからできないことが多い。日本で遠隔医療をやろうと思ったら、いったい規制を何個変えなきゃいけないのかということです。やはり日本企業から新しい社会イノベーションを起こすというのはかなり難しい。じゃあ規制が変わるまで待っているのかと言ったら、それは違うと思うんです。もうインドでトレンドを巻き起こしているスタートアップがいるわけで、そこに投資するなり事業提携をして、早めにツバをつけておくというのが重要なんじゃないでしょうか。
BtoBビジネスはアメリカエリート、BtoCビジネスはローカルエリートが立ち上げ
二つの軸でインドのスタートアップを分類したいと思います。「BtoB」とBtoBtoCを含む「BtoC」です。エンタープライズ向けの要素技術系か、それとも消費者向けのサービス企業か。サービスといってもインドの企業はほとんどAIが入っているので、ただのサービス企業じゃないのですが、この二つです。
例えばBtoB、インモビ、これアドテクの企業ですね、あとミューシグマ、ビッグデータ解析、これはマッキンゼーとかハーバード大学出身などのいわゆるインディアンのアメリカエリートみたいな人たちが立ち上げているというケースがものすごく多いのです。
一方でフリップカート、スナップディールとか、eコマースですとか、配車アプリのOlaみたいなBtoC企業は、ほぼ例外なくインド工科大学を出て現地のグローバル企業で働いて、エンジニアのCEOがつくったというケースです。日本の場合、楽天の三木谷さん、DeNAの南場さん多くはCEOは高学歴でも文系なのですが、インドはほぼ全員エンジニアです。特にBtoCは米国で学んで米国で働いたとかではなく、全員インドで育ったインドのエリートなんです。確率的にほぼ例外なく、現地はやっぱり現地を知っている人が勝つということですね。
インド進出の発想を変えよ
インドに進出している日本企業は増加しており、いまは1300社くらいです。インドで成功したスズキさん、ダイキンさんはみんな80年代、90年代に出ていったんですね。かなり時間かけて日本のブランドを築いてくださった。本当に感謝すべき大先輩たちなんですが、政府や大企業のパートナーと組んで、手堅く攻めていったんですね。基本的には自分たちのコンテンツ、テクノロジーを現地にローカライズしていったわけです。
ただ、今は真逆のことをやったほうがいいんじゃないかと思います。日本企業の体力も下がってきている中、時間をかけて開拓していくのは現実的ではないかもしれません。商習慣も違うし、コストセンシティブなマーケットなので、全く新しい領域を作っていくとか、インドでは技術や人だけとるとか、少し発想を変えていかないと難しいと思います。
日本企業とインドのスタートアップの連携を促進
われわれベンチャーキャピタルは、シード、アーリーステージのスタートアップにどんどんリスクマネーをはります。だいたい一件あたり数千万円から1億円規模の投資になります。そのステージの企業に投資しておかないと、シリーズB以降だと中国とかがマネーゲームで、ものすごい早い意思決定でどんどんスタートアップに投資してしまうので、まず早めにお金を入れておくわけです。
事業会社にとってシード、アーリーステージのスタートアップを見ていくのは、費用対効果があわないんですよね。われわれはそのステージの企業を代わりに見て、事業会社へのつなぎ役をして、PoCまでサポートします。そしてスタートアップが大きく成長する段階になったら、事業会社にお願いして出資や業務提携という形で連携を促進していく、そういう支援をしています。
そういった事例はかなり増えてきていますね。例えばUncanny Vision (2021年にEagle Eye Networksが買収。2023年6月追記) というスタートアップ。これはクラウドとつながっていなくても、汎用性の高い埋め込み型カメラを使って、ある程度の画像認識ができるサービスです。これを日本でどう使うかというと、古いビルではメーターがいまだにアナログで、すべてデジタル化するのも非常にコストがかかる。とはいえ、毎時間、誰かがビルに行ってメーターの数字を記録しているのも人件費がもったいない。そこで、このカメラを使ってメーターを撮ると特殊なアルゴリズムで数字を識別できるようになります。古いビルの管理などで人手が足りない時に、こういう技術が利用できるんじゃないかと思います。
DocsAppというサービスもあります。チャットボットで医者の問診を代行して、チャットボットがこの病気じゃないかと3つ選択肢を出す。医者はそれを見てこの診断でOKと操作するだけでいいと。インドは電子処方箋が機能しているので、医者がオンラインで電子署名したら、都市部だと薬もeコマースで薬局から届けてくれるんです。こういう日本でもやりたいけれど規則でできないっていうところを、インドではいち早く実現しているわけですね。いま日本では規制の問題で実現できませんが、将来的には日本もこういったテクノロジー、ビジネスと連携して、イノベーションを創出していかなければいけません。それに備えておく必要があります。われわれは投資先を日本企業にご紹介する機会が多く、提携がどんどん進んでいますので、こういった流れをより加速させていければと思っています。