世界のスタートアップ投資市場は、コロナ禍真っ只中の2021年に最高潮の盛り上がりを見せ、その後は熱狂が「リセット」されたかのような停滞が続いている。ChatGPTの出現と共に台頭したAIの波は、スタートアップ市場にどのような影響を与え、そして今後どこへ向かうのか。世界最大級のスタートアップデータベース「Crunchbase」のシニアデータエディターを務めるジェネ・ティアラ(Gené Teare)氏に語ってもらった。

目次
スタートアップ市場の10年間の動きを知る
増え続けるユニコーン企業、しかしその評価は?
AIは市場の動きを大きく変えはしなかった
投資家たちは本格的な投資機会をうかがっている

スタートアップ市場の10年間の動きを知る

 過去10年間のグローバルベンチャー市場への資金投入規模を見ると、興味深いことに2014年から比較的安定してゆっくりと成長してきたことが分かります(下図)。2018年から2020年にかけて横ばいになり、新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)中の2021年に大幅に増加しました。

image : Crunchbase

 このデータセットで興味深いのは、2020年初頭のパンデミック発生時、資金の投入規模が落ち込むように見えた瞬間があったことです。なぜなら、パンデミックが世界にどのような影響を与えるのか誰もが懸念していたからです。しかし、すぐにテクノロジー産業にとっては大きな恩恵になることが認識されました。もし、ビジネスパーソンが自宅で仕事をするようになれば、あらゆることがデジタル化され、テクノロジー産業がなくてはならない存在になるからです。こうして、2021年には世界中のスタートアップに巨額の資本が投入されました。

 グラフを見ると、2021年はレイトステージとグロースステージが最も成長したと見て取れます。しかし、実際にはエコシステム全体の全ての資金調達ステージが成長しました。投資家と話をすると、「シードステージのスタートアップに投資しようと思っても、めぼしいスタートアップは他の投資家があらかた投資済みだった」と、投資ペースの早さを語っていました。これは、アーリーステージの投資についても同じです。

 そして、2022年に入ると勢いが失われ、マーケットのリセットが始まったことが分かります。興味深いことに、この時期は四半期ベースで見ても右肩下がりにグラフが下がっています(下図)。

image : Crunchbase

 スタートアップ市場やプライベート市場は、公開市場の動向に対して反応が遅れる傾向があるため、当時はこうした減退傾向が「一時的なものなのか」「長く持続するものなのか」が議論の俎上に上がりましたが、2022年第1四半期にはこれが持続的な減速であり、公開市場がすぐには回復しないという認識が広がりました。

 そうして、第2四半期から実際にスタートアップ市場でそのような展開が見られ、第3四半期には非常に大きな「リセット」がありました。

 こうした流れを踏まえて2024年を見ると、上半期までの投資額は1,470億なので、単純にこれを倍にすると3,000億ドルをやや下回るくらいが通年の規模になると仮定できます。ざっくり言うと、コロナ前の水準に戻るわけですが、もう少し正確に言うと、2017年よりは多く、2018~2020年の水準よりは少ないという水準です。

 スタートアップ投資家の動きを見ていると、彼らが投資に対して非常に慎重になっていることがはっきりと見て取れます。これは、AI領域への投資の動きとは対照的ですね。

Gené Teare
Senior Data Editor
Crunchbase Newsシニアデータエディター。未公開企業データのトレンドを探る戦略的なリサーチを行い、特に世界のベンチャー資金動向やベンチャーテクノロジー界隈のAI、フィンテック、またジェンダー平等を中心にレポート。レポートや分析に加え、これらのトピックに関する講演や司会も頻繁に行っている。

増え続けるユニコーン企業、しかしその評価は?

 Crunchbaseでは、エコシステムの変化をより深く理解するために、企業価値の高い企業や、ユニコーン企業の動向を追跡しています。新しく生まれたユニコーンのトレンドを見ると、2021年はやはり600社以上の企業がユニコーンとして評価され、その数が最も多かった年でした。このようにユニコーンをめぐるトレンドは、スタートアップ市場のトレンドをある程度反映しています。

image : Crunchbase

 2021年にはスタートアップ市場が急成長し、多くの大規模投資が行われてユニコーン企業が多く出現しました。そして、2022年にはどちらにも落ち込みが見られました。2024年の新たなユニコーン企業数は、2017年をわずかに上回るぐらいと予想されます。

image : Crunchbase

 こうした企業を厳選したリストである当社の「ユニコーンボード」には現在、1,500社以上が掲載されています。2020年末時点では約650社でしたので、劇的に増えたことが分かります。

 このボードをご覧になった皆さんは、「これらの企業の評価は変わっていないのか?」と思われるのではないでしょうか?

 実は、2021年と2022年に資金調達した企業の多くは、その後に資金調達を行っていません。その2年間の好況期に、多額の資金を調達できたからです。すべての企業が評価額を公開しているわけではありませんが、いくつかの企業は評価額が下がり、ユニコーンとしてのステータスを失った企業もあります。また、上場した企業や買収された企業もありましたが、非公開時の評価額よりも低い価格での取引となった事例も少なくありません。

AIは市場の動きを大きく変えはしなかった

 ここで、AIに目を向けましょう。AI領域は非常に盛り上がっていますが、この領域への資金の流れは全体的な投資動向に大きな影響を与えてはいません。AIをめぐる新たなハイプサイクルが生まれ、大きなうねりが生まれているのは紛れもない事実ですが、株式市場で存在感を示し、企業価値を高めているのはマグニフィセント・セブン(GAFAMにTeslaとNVIDIAを加えた主要テクノロジー企業群)のような企業です。

image : Crunchbase

 AIには大きな期待が寄せられていますが、ChatGPTのリリース(2022年11月)後も、スタートアップ市場の資金調達額は最高水準とはなりませんでした。生成AIも盛り上がっているとはいえ、新しい業界を生み出したというほどではありません。

 もちろん、まったく影響がないわけではありません。AIがなければ、2024年の資金調達額は少なくとも10〜15%は低くなるでしょう。

 AI関連の盛り上がりは全体の投資動向を大きく変えるものではないと考える理由は、後ほどお話しする「イグジット市場の動きの鈍さ」と、「過去10年間ですでにAIに多くの投資が行われてきたこと」が挙げられます。

 例えば、評価額が最も高い企業のひとつであるNVIDIAへの投資の多くは、AIブーム以前に行われたものです。現在のAIの動きは、これらとは少し違うようです。

 とはいえ、直近のAI分野への資金調達は前期比で倍増しており、ChatGPTのローンチ以降の6四半期で、最も高い四半期となりました。全投資額のほぼ4分の1がAI分野への企業に投資されており、主に基盤モデル分野、大規模言語モデル(LLM)分野、ビジョンモデルなどツール分野、AIアプリケーションなどの企業へ投資がされています。2024年全体でどこまでの額になるか、目が離せません。

image : Crunchbase

 xAIが60億ドルを調達したように、基盤モデル分野には大規模な資金調達が行われています。特にChatGPTのローンチ以来、ベイエリアで多くの投資が行われています。また、Microsoft、Alphabet、Meta、Salesforceなどの上場テクノロジー企業だけでなく、一部の非上場テック企業からも多くの資金がこの分野に投入されています。

投資家たちは本格的な投資機会をうかがっている

 では、過去2年間にわたる投資活動の減速、市場の引き戻しの原因について見ていきましょう。大きく2つの要因があり、1つは先ほど触れた「イグジット市場の動きの鈍さ」が挙げられます。数十億ドル規模の企業のイグジットは、近年大幅に減少しています。

 こちらの図では、2024年上半期までに米国で10億ドル規模のイグジットを果たした企業を挙げています。2021年は前年に比べて大幅に増加し、IPO、SPAC上場、直接上場、M&Aのすべての項目で最高数値を記録しました。

image : Crunchbase

 ですが、2022年には10億ドル以上のIPOを達成した企業はわずか3社と、大幅に落ち込みました。直接上場やM&A件数も同様です。SPAC件数は若干多いとはいえ、以前ほどの数ではありません。そもそも、取引の多くが2021年に計画されていたものでしょう。

 2024年上半期も低迷が続き、ベンチャーエコシステム全体の流動性にも懸念が残りますが、10億ドル規模のIPOが5件あり、M&A件数も増えています。非常にゆっくりとしたペースではありますが、明らかに回復の兆しが見られます。

 多くのアナリストが「2025年にはIPO市場が回復するだろう」と予想しています。ですが、半年後には「回復は2026年」と修正されるかもしれません。

image : Crunchbase

 当社では、株価の崩壊とベンチャーエコシステムに与える影響について、いくつかの記事を発表しています。2021年にIPOに至った企業については、「好調な企業もあるが、上場時から大幅に下落し、2023年時点で回復していない企業が多い」と論じています。

 ハイテク市場においては中小企業ではなく大企業に投資資金が流れているため、中小企業は依然として低迷しており、新規上場に至っていません。

 以上を踏まえて、われわれが考える今後の予測は以下です。

 まず、ベンチャー市場が2021年のような状況に戻ることはないでしょう。そもそも、同年が異例だったのです。ベンチャー投資家はまだ多くの資金を持っていますが、慎重に動いているために景気後退が起こり、その影響がすべてのステージに及んでいます。ある投資家は、シード投資に慎重な理由を「シード企業がシリーズAに進むための資金調達がいかに難しいかを知っているからだ」と語っていました。

 2021年の上昇局面ではあらゆるステージでの資金調達が上昇しましたが、現在は真逆のことが起こっているのです。ただ、私たちのデータからは、資金調達段階ステージが後退しているなかでもシードが堅調に動いていることが分かります。「今年の後半から2025年にかけて、シリーズAの資金調達は増加するか」について、私たちは非常に興味をもっています。

 繰り返しますが、この状況でもAI分野への資金調達は増えています。しかし、ベンチャーマーケットが停滞しており、リターンに懸念があるために、全体的な回復には至っていません。一方で、本格的な投資に向け、投資家たちが機会をうかがっているのは確かでしょう。



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