現地に人を置かなければ、情報のギャップは埋まらない
―最初に、齊藤さんのシリコンバレーに赴任するまでの経歴を教えてもらえますか。
2001年に三菱UFJ銀行に入社後、営業、IT関連サービスの企画業務を経験した後、シンガポールで3年間過ごしました。一度東京に戻った後、アメリカのミシガン大学でMBAを取得。そして2015年8月からシリコンバレーに赴任し、現在はデジタル企画部の米州ヘッドを務めています。
―シンガポール時代はどんな仕事をしていたのでしょうか。
シンガポールは、東南アジア地域の統括という位置づけで、主にフィリピン、ベトナム、インドなどを担当し、地場の金融機関と提携した新しいサービスを開発する仕事をしました。例えばフィリピンのセキュリティバンクを訪ね、キャッシュマネジメントサービスの分野でアライアンスを組もうと提案し、実現させました。ベトナムやインドも同様です。私は自分自身を“仕掛け屋”だと思っています。そして、新たな企画を立てて、アプローチした後は、泥臭く最後までやり抜くことを大事にしています。
―御社がシリコンバレーでスタートアップの調査や協業に取り組まれたのはいつからですか。
2014年からです。もともとシリコンバレーへの対応は、日本からの出張ベースで行っていました。しかし、この体制では現地でスタートアップとコミュニケーションを深めていく上では不十分だと判断し、同年にシリコンバレーに1名常駐することになりました。それが我々のチームのスタートラインです。シリコンバレーチーム立ち上げの起案メモを東京で書いていたのが私です。ちょうどMBAに行く前の頃でしたね。
―やはり現地に人を置くことは必要不可欠ですか?
ええ。私自身がシンガポールにいた時に強く感じたのが、事業開発をしていく上で、東京とシンガポールでは情報のギャップがあるなということでした。現地のことをしっかり分かっていないと、何をどう開発して、どこと組んで、それをどのように東京に発信していけばいいのかがわからないのです。シンガポールでさえそうだから、シリコンバレーはなおさらでしょう。現地に人を置かなければダメだということを起案して…留学して日本に戻るのかと思ったら、自分自身が赴任することになったのです(笑)。
技術リサーチとビジネス開発の両輪で走る
―現在の米国での体制を教えてください。
グループ企業からの受入も含め、チーム全体で、シリコンバレーに7人、ニューヨークに1名。8名でイノベーション関連の仕事をしています。
―現在のミッションは何でしょうか。
立ち上げ当初の主なミッションは、いろいろなカンファレンスに参加し、腰を据えたネットワーキング活動を通じて、新しい技術をしっかり分析・発信することでした。それが3年くらい前にフィンテックの波がきて、技術寄りのリサーチからビジネス開発寄りになり、スタートアップとアライアンスを組む流れが2年ほど続きました。現在はAI、IoT、ビックデータ、ブロックチェーンなど、新しい技術を活用することが多くなっています。技術リサーチとビジネス開発の両輪で走っています。
―今、どんな領域に注目していますか。
フィンテックの中で、当初注目していたペイメントやレンディング分野から広がり、ビックデータ、AI、ブロックチェーン、セキュリティと続き、更にはIoT、ヘルスケアへ…。結局のところ、金融サービスにつながる領域を幅広く追いかけています。
インナーサークルに入り込むことことが大事
―リサーチはどのように行っているのですか?
当初はカンファレンスへの参加が中心でした。カンファレンスはトレンドを把握するには適しています。ただ、シリコンバレーのエコシステムの中で本当に貴重な情報を取ってくるという観点でいえば、カンファレンスに参加しているだけでは足りませんね。
―さまざまなルートから情報を集める必要があるわけですね。
そうですね。情報収集に関しては、かなり幅広くやっています。ベンチャーキャピタルにも複数出資していて、そこから入ってくる情報も貴重です。やはり大事なのはシリコンバレーのインナーサークルに入り込むこと。現在は、ネットワークに深く入り込んだこともあり、VCやスタートアップの知り合いから有望なスタートアップを紹介されるなど、よい案件が入ってくるようになりました。これをしっかり深めていけるかが重要です。
―スタートアップはどうやって目利きしていますか。
目利きはケースバイケースですから、一般化して言うのは難しいのですが、あえて挙げるとしたら、いい投資家がついていて、いい資金調達が過去もできているか。経営陣がどんなバックグラウンドで信用できる人物か。あとは実際に会って、信頼関係を築けるかの判断をしています。
―逆に、こういう会社には出資できないというのはありますか。
どんな相手に対しても「一緒に何かやりましょう」と八方美人な会社ですね。スタートアップにはそれぞれ特徴というか軸があって、そこからぶれてしまってはダメなのです。MUFGが来てくれたから、相手に合わせようというのは、ありがたいけれど結局うまくいきません。
―投資家が揃っていて、顧客基盤もしっかりできている会社に出資していくのはハードルが高いと思うのですが、どうやって関係性を築いていくのですか?
結局、シリコンバレーで一番何が大事かというと、個人対個人で信頼関係を築けるかだと思っています。相手もオープンになって自分もオープンになって話ができるか。その上で、こちらと組む価値を感じてもらえれば「やってみよう」という話になります。
アメリカでトライできることもMUFGのバリュー
―どのようなことが価値として感じてもらえるのでしよう。
私共の場合、グループ会社であるユニオンバンクと一緒にやりましょうと話を持っていくと、良い反応を得られることがあります。「日本のマーケットに興味がある、でもまだそこまで手を広げるのは早い」と考えている相手に対して、ユニオンバンクでやってみないかと提案できる。アメリカ国内でトライできて、その先に日本進出のサポートが得られるという部分が他にはない価値になっています。
日本は規制も言語も異なるので、シリコンバレーの会社がいざ進出しようとするとハードルが割と高いのです。他にも、クレジットカードを持っていたり、証券会社を持っていたり、モルガンスタンレーとの関係も深いなど、価値がいろいろ提示できます。アジアに進出したいのであれば地場に提携銀行をもっています。先方が求めているものにうまくマッチすると話が進みますね。
―アメリカでも試せるというのはいいですね。
とてもいいところかなと思っています。だからこそユニオンバンクの関係部署との連携を増やすことを具体的に推進しています。アメリカでやる方が、スタートアップ側も成果が見えやすいですし、コミュニケーションもとりやすい。このステップはありだと思います。
仮想通貨、ブロックチェーン分野への取り組み
―Coinbase社との話をもう少し詳しく聞かせてもらえますか。出会ってから1年ほどで出資ということになったそうですが、どのようなプロセスで案件を進めたのですか。
出資とか協業するとなると、まずかなり事前調査をします。その分野の中でどこか良い技術を持っているか、さまざまなルートでリサーチを積み重ねます。その結果、Coinbaseの良さが見えてきて、そこから更に細かい分析を進めていきました。
―苦労した部分はどのようなことでしたか。
MUFGに価値を感じてもらわないと、協業や出資までたどり着けないわけです。価値を感じてもらうところが、苦労した部分ですね。
あとは議論を進める中で、条件面でどうしても交渉が避けられない点が多くありました。この点については何度も何度もミーティングを重ねました。週に何回もオフィスに行ったので、ビルの受付でも顔パスで入れるようになったくらいです(笑)。その交渉の結果、最終的にこちらの要望を受け入れてくれたのですが、相手に言われた言葉が忘れられません。「あなたとの信頼関係でやっているのだから、もうそれでいい。受けよう」と条件を飲んでくれた。やはり最後は人と人との信頼関係、それが一番印象に残っています。
世界中の金融機関の先駆者でありたい
―当時、米国の銀行も着手していなかった仮想通貨関連の案件を社内で通すのは、大変ではありませんでしたか。
難易度は高かったですね。「アメリカの金融機関が取り組んだ後にフォローアップして日本に取り込めばいい」という意見もありました。また、仮想通貨の分野は、ネガティブな意見もありました。でもそんなことを言い始めたら話はそこで終わってしまいます。私には「世界中の金融機関の先駆者でありたい」という思いがありました。これだけ仮想通貨の分野が動いていて、資金調達の手法もどんどん多様化している中、ネガティブな面だけ見てやめていいのか。金融機関としてトップランナーでありたいのなら、トライして最後までやり抜こう。私自身もチームも、そういう思いでした。
私達は、デジタルトランスフォーメーションをイノベーション分野と改善分野に大きく二つに分けて考えています。改善も大事なミッションではありますが、よりイノベーティブでトップラインを伸ばすような新しいビジネスサービスを開発していかないと、会社として生き残れないと思っています。
―御社ではChainとも協業し、ブロックチェーンにもいち早く取り組んでいますね。
ええ、実際に電子手形をブロックチェーン上で譲渡することがうまくいくかどうかを検証して、その結果をシンガポールや東京に還元しました。シリコンバレーにいると、東京やシンガポールよりも新しい技術を見つけるスピードが速いので、見つけたものを実際に活用し「うまくいったら発信していく」というのは1つのやり方としてあると思っています。その1例がブロックチェーンでした。開始時期が2015年冬ですから、カンファレンスでブロックチェーンが注目されるようになった頃で、実際に動くのかというシンプルな課題がありました。それを早い段階で実証したわけです。おかげで社内的にもそこからいろいろなプロジェクトが派生して、今走っています。
既存の事業部門にフィットしたものを渡す
―シリコンバレーで事業開発をしていくには国内との連携も重要になると思います。どのように連携していますか。
スタートアップと信頼関係を築くのと同様に、既存の事業部門の懐に入って、ペインポイントは何かを把握し、しっかり受け取れるものを渡してあげることが大事だと思っています。最新の技術は、場合によってはあたためておいて、機が熟して「今」と思ったら渡すわけです。先日、バンク・オブ・アメリカのイノベーション担当と話していたのですが、彼は業務の40%を事業部門とのコミュニケーションに割いていると言っていました。割合は別として、それくらい事業部門と密にコミュニケーションをとることが大事なのだと思います。
一方、ビットコインのような今まで金融機関の中でまったくサービス提供していなかったものに関しては、この技術でどういうビジネスができるかを一緒に考えていく。進め方は違ってきます。我々はスタートアップとの関係をフォーカスしてしまいがちですが、それと同じくらい社内の既存の事業部門と信頼関係を築き、情報交換を密に行うことが大事と考えています。
―現地に決裁権がないということで苦労している駐在員も多いのですが、御社ではどのようにクリアされていますか。
私たちも決裁は東京に取りにいかなければいけません。でもそこに苦労があるという意識はあまりありません。東京にデジタル企画部の部長がいて、その上がチーフデジタルトランスフォーメーションオフィサー(CDTO)、その上がCEO。距離が近いのです。
もちろんシリコンバレーの感覚でいえば時間はかかります。スタートアップと話をしていく中で、ビジネス提携や出資の話になり「絶対やりたい」と思ったら、ちょっと時間をくれとオープンに話をします。信頼関係があれば「東京はどうしてもこの情報を求めている。私も必要と思う。教えてください」としっかり言い、納得してもらうことは十分できます。
―最後に、今後のビジョンについてお聞かせください。
ここにきてフィンテックのスタートアップも既存の金融機関との連携を重視するようになってきています。そういう意味で協業する機会がもっと増えていくと思います。またフィンテックに限らず、金融機関に限らず、ありとあらゆる業界の垣根がどんどんなくなっていくでしょう。その中でいかによいコラボレーションを生んでいくかが大事なのだと思います。自前主義の時代は終わりました。領域を超えた新しいトレンド、新しいビジネスモデルがこれだけ増えてくると、既存の金融機関も本気で変わらないと厳しいという危機感があります。本気で変わるには、自らがパイオニアになるというモチベーションをいかに強く持てるかがすごく大事だと思っています。
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