(2022年にNiumが買収。2023年6月追記)
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安全で効率的な新しい現金流通プラットフォーム
――まず、お一人ずつ事業を紹介してもらえますか。
Hari:SOCASHはシンガポールに本社を置くFinTech企業です。当社は、効率的な現金の流通をコンセプトに、銀行やATMを使わずに現金の引き出しができるデジタル決済プラットフォームを提供しています。
例えば、銀行や決済代行会社にとってATMは非常にコストがかかるインフラです。そして、現金の流通には、輸送などに大きなコストがかかり金融機関の負担になっています。
当社は、銀行と小売店をつなぐプラットフォームを開発し、クレジットカードを使わず、ユーザーが小売店のレジで現金を引き出せる仕組みを構築しました。使い方も非常にシンプルで、かつ安全です。まずユーザーはSOCASHアプリで出金したい金額を入力します。次に現金を受け取るコンビニなど小売店の店舗を指定します。QRコードが発行されますので、それをレジで提示するだけで現金を受け取ることができます。
JCBにはビジネスパートナーとして支援いただいていること、そして、グローリーからの出資と支援に感謝しています。当社のサービスは、シンガポールから始まり、JCBそしてグローリーと共にインドネシアとマレーシアでの展開を進めました。今後は、既存サービスの拡充と日本市場への参入を目指しています。
東山:グローリーは1918年創業で100周年を迎えた企業です。通貨処理機事業への取り組みは、国内初の通貨計数機を開発した1950年からになります。通貨処理機のパイオニアとして、現在も銀行、小売店、病院など現金を扱う事業者のほとんどで、当社の製品をご利用いただいています。
当社は、独自技術によるハードウェア製品の開発、製造および販売を主な事業としてきましたが、近年は、ソリューション型ビジネスへと事業領域の拡大に注力しています。
兼) 新事業統括部 新事業企画部 部長
兼)クラウド事業推進統括部 副統括部長
――JCBとSOCASHのパートナーシップはどのように始まったのでしょうか。
陽川:当社は数年前から専門の部署を立ち上げ、主にFinTech分野でシナジーを実現できるパートナーを探している中でSOCASHとの協議を開始しました。そして、SOCASHの持つ強みやソリューション、東南アジアでの事業展開などを把握した上で、パートナーとしてどうやって協業できるか、時間をかけて話し合い、昨年提携に至りました。
SOCASHとの協業は、国際カードブランドとしてはJCBが初となります。新型コロナウィルスの影響で、当初の計画から遅れていますが、今後半年以内には、サービスを開始する予定です。最初は、特定の国で、小規模なサービスとして開始しますが、将来的にはサービス領域の拡大と他地域での展開を視野に入れています。
――JCBがSOCASHと提携を決めた理由は何でしたか。
陽川:当社は約60年の歴史がある企業です。長年ペイメント事業に携わってきたからこそ、既存サービスやネットワークの安定性やセキュリティを保つことが重要であり、保守的にアプローチしなければならない側面があります。
しかし、近年では、デジタライゼーションが進み、顧客やパートナー企業のニーズは変化しています。当社もこれに対応するために、挑戦し革新し続ける必要があります。しかし、ミレニアル世代やZ世代のニーズにも応えるプロダクトやサービスを迅速に提供するには、必ずしも自社開発という手法へ固執するのではなく、パートナーとの協業は不可欠で、シナジーを実現できる企業を探していました。SOCASHは、当社が求めていたソリューションそのものでした。
私は約25年間ペイメント業界にいますが、直近の5年間で起きた革新は、それ以前の20年間で起きた変化を超えています。小さな変革では、この大きな革新に対応できません。企業としての役割や存在価値、そしてパートナーとの関係性を根本から見直す必要があります。革新に向けたJCBの挑戦は始まったばかりで、FinTech企業であるSOCASHとの提携はそういった変革の取り組みのひとつと言えます。
現金の流通を効率的に変える。同じビジョンを共有するからこそ関係が根付く
――グローリーはJCB以上に歴史がある企業ですし、強固な市場地位を獲得していますが、なぜイノベーションが必要だと考えたのか。そして、SOCASHのような海外スタートアップがどのようにその助けになると考えたのでしょうか。
東山:グローリーは2012年に貨幣処理機の製造・販売・保守事業を手がけていたイギリスのTalaris Topcoを買収し子会社化しました。そして、「Glory Global Solutions」という社名でグローバルに事業を展開しています。当社は、以前からソリューションベースビジネスへの参入を進め、クラウドソリューションやアプリケーションソフトウェアを提供していますが、現在も収益のほとんどをハードウェアから得ています。
しかし、皆さんもご存知のように、キャッシュレス化は世界的に進んでおり、当社もその流れに対応すべく2028年までの長期ビジョンがあり、それを実行するチームが作られました。この長期ビジョンには、現金と関係のない新しい事業の創立と、現在行われている現金のハンドリング方法の変革が含まれています。
私たちは、現金のハンドリングコストが高いことが、キャッシュレスが流行している理由の1つだと考えています。例えば店舗のレジ係がシフトの終わりに現金を数えます。その現金を今度はマネージャーが数え確認します。その現金を銀行に入金する場合、銀行でも同じように現金を数えます。また、銀行では紙幣に破損がないか確認を行い、破損があれば中央銀行に取り替えてもらわなければなりません。その手続きにも時間がかかります。
小売店にある現金も、同じ店舗内にあるATMにある現金も、同じ現金ですが、管理は別々の会社が行っており、ATM内の現金の回収や補充はさらに別の会社が担っています。
社会全体で考えると非常に非効率な流れになっているため、これを効率的にしたいと当社は考えていました。しかし、通貨の処理機を始めとしたデバイスや関連技術はありますが、POSから出金する手立てがありませんでした。
そこで、プロジェクトを立ち上げ、現金の効率的な流通というビジョンを共有でき、実際に実現できる新しいテクノロジーやソリューションを持った企業を探しました。世界中から1000社を超える企業をリストアップし、選別して数社まで落とし込んだ中にSOCASHが含まれていました。SOCASHには当社からコンタクトを取りました。2018年の終わり頃だったと思います。私たちがSOCASHに出向き、Hariと面談しお互いのビジョンを語り合いました。SOCASHとビジョンを共有でき、共に新しい世界を創るために出資を決めました。
――すぐに出資することにした理由は何だったのですか。
東山:現金の取り扱いが減り、今後も減り続けることが想定されている中で、当社も事業の転換を迫られています。SOCASHは、現金とデジタルの橋渡し役を担っており、様々な国の金融機関等との関係もあります。そこから情報を得ることに価値があると考えました。
Hari:大企業には大企業の強みと課題があり、常に進化しています。そして、強みを増やし、課題を減らす努力を続けている企業には明るい未来があります。
JCBと提携して以来、アジア太平洋を訪れる旅行者という、ニッチなユースケースを対象としたクロスボーダーなプロジェクトに取り組んできました。新型コロナウィルスの影響を受けながらも、実現に向けてプロジェクトはスピーディーに進みました。
そして、同時期にグローリーのハードウェアを活用した新しいプラットフォームを展開する機会も得ました。これは、東山さんがおっしゃっていた現金のハンドリングをショートカットする新しいプラットフォームの構築であり、シンガポール、インドネシアそしてマレーシアで国際的にビジネスを行っています。
当社は創業から約16ヶ月の企業ですが、創業年数に関係なく、巨大企業の2社と協業できたことを光栄に感じています。
新しいテクノロジーと老舗ハードウェアが「1+1=3」の価値を創る
――SOCASHが日本市場に参入すると、グローリーにとってディスラプションになりませんか。
東山:新しいテクノロジーによってそうなるのであれば、それは社会にとって良いことでしょうし、「通貨流通の新たな管理スキームの構築」が当社のミッションで、その実現を目指し、SOCASHやその他のFinTech企業に出資していますので、嬉しいことです。しかし、イノベーションのジレンマはありますし、社内には様々な意見があります。
海外におけるSOCASHとの事業展開は私が担当していますが、日本市場の場合は国内市場部門が別にいますので、その部門の判断になります。そのためどうなるかわかりませんが、私ができる範囲のサポートはしています。
Hari:シンガポールにおいてグローリーと当社は、競争やディスラプションする関係ではなく、「1+1=3」になる関係を築き、製品を作りました。新しいテクノロジーが既存ビジネスをディスラプトするという構図は、必ず当てはまるわけではありません。
プロセスのスピードは企業単位で違う。全ての日本企業が遅いということではない
――Hariさんにお聞きします。日本企業との協業における課題や、有効だったことは何でしたか。日本企業は意思決定が遅いという意見をよく耳にしますが、実際どうでしたか。
Hari:私は日本には4回しか行ったことがなく、日本文化についてまだ学んでいるところです。しかし、日本の方にお会いした際に、他の国の方と違う特徴を感じたことはありません。日本に限らず、全ての国にそれぞれのやり方がありますし、それは変化します。また、国に関係なくそれぞれの企業に独自の文化があり、事業の進め方は企業単位で違います。
例えば、私はインドで生まれ育ち、24歳の時にシンガポールに移住しました。インドでは細かいことはあまり気にしないのに対し、シンガポールは完璧を好みますので、国単位での違いは感じてきました。しかし、私見ですが事業の進め方やそのスピード等は、実際は国ごとではなく、企業単位で違うと考えています。プロセスに時間がかかるという問題は、日本の問題というわけではないと思います。当社は、シンガポール以外に2カ国でサービスを提供していますが、それらの国では不確実性が高いため、意思決定のスピードはある意味未知数です。透明性は日本企業の特徴だと思いますし、日本企業は決定すれば、確実に実行します。
金融サービスは全てにおいて時間がかかります。そして、スタートアップやFinTech企業に関係なく、小規模な企業の場合、限られたリソースの中でやりくりしなければなりません。そのため、確実性が高い相手と、自分たちが何をコントロールできるか明確な領域でビジネスをする方が良いと考えています。
――日本企業としてスタートアップのペースに合わせる努力をしましたか。
陽川:JCBでは、モバイルペイメントをはじめとする業界全体のデジタル化が始まった数年前から、意思決定プロセスなどを含め、新しいプロジェクトや開発の進め方に適応する努力を始め、着実に変わりつつありますが、まだ道半ばの状態です。事業の性質上、例えば新サービスの実施に関しては、法令の確認やリスクの評価、関係当局との調整が必要な場合があり、どうしても時間がかかることがあります。これまでのやりとりのなかで、双方のペースや進め方が必ずしも合わずにSOCASHにフラストレーションを感じさせてしまったことはあったと思います。相互理解で歩み寄ることもあれば、お互いに適応しなければいけない点もありました。いつの時代でも国を超えた企業とのパートナーシップでは、そういったものは多少なりともありますが、Fintech企業とのパートナーシップではそういった要素はより大きいかなと感じます。
東山:当社も動きは遅く、従来型の企業として、プロセスなど継続的な改善が必要だと考えて取り組んでいます。
私が所属している新事業統括部門は、規模が小さく役員と距離が近いため、何かあれば役員に直接相談できます。役員は非常に協力的ですし、イノベーションを推進しようと必死です。しかし、意思決定が必要な場合は、月に1回開催される役員会を待たなければなりません。すぐに決定し実行できる場合もありますので、全てにおいて時間がかかるわけではありませんが、決定まで最長1ヶ月かかることがあります。
Hari:東山さんは、組織としての課題があれば説明してくれます。グローリーのCEOとは食事に行ったことがありますし、「何か問題があれば直接私に言ってください」と言われています。権限を持った上層部の方が直接関与している時点で、課題の多くが解決されていると思います。
先ほど言った通り、事業の進み方は国単位ではなく、企業単位で違います。当社のように成長中の企業が、既存大手企業と協業しようとすると、様々な挑戦があることは事実です。そして、その全てが重要ではないかもしれませんが、コミュニケーションの一貫ですし、一定の学びがあります。当社にとってそれは学習プロセスであり、次の次元に続くものだと考えています。
編集部からのお知らせ:本コンテンツを含めた日本企業のオープンイノベーション事例や、企業担当者約300名に行った「グローバルオープンイノベーションの実態調査」の結果などで構成されるレポート「Global Open Innovation Insights」を無料提供しています。こちらからお問い合わせください。