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「ワイガヤ×デザイン思考」でつくるホンダの新たな風土
――Honda Innovationsの活動の3本柱は、スタートアップ企業へ事業開発のリソースを提供するためのプログラム「Honda Xcelerator」、M&A、新しいアイデアを生み出すための「デザイン思考」でした。コロナ禍でもその状況に変わりはありませんか?
基本的にはその通りですが、この4月にホンダは大きな組織改編を行い、当社の位置づけも変わりました。まずは、そこをお話しさせてください。
これまでのHonda R&D innovations, Inc.は、本田技研工業の研究開発子会社である本田技術研究所の100%出資による米国法人でした。今回の組織改編で我々は本田技研工業の100%出資現地法人となり、社名も「Honda Innovations, Inc.」に変わりました。本田技研工業の経営企画統括部に属し、コーポレートベンチャリングを担っています。
これまでの私たちは、本田技術研究所のオープンイノベーション活動担当として、スタートアップコミュニティとの技術コラボレーションをホンダの新商品・新事業につなげていく役割を担っていました。ただ、活動を続けていくと技術だけでなく、マイクロモビリティやシェアリングなど、技術とビジネスモデル領域との両輪でイノベーションを進めることが当たり前になり活動の幅も広がってきました。
「次のホンダをどうつくるか」「どんな新ビジネスを起こすか」というホンダ全体の新規事業戦略に踏み込む場面も多くなり、本田技術研究所とともに本田技研工業の関係部署との連携も増えました。ですので、今回の変更は、私たちの活動の実態と組織的な位置づけを一致させる意味もあります。社名から「R&D」が外れたとはいえ、研究開発に関知しないということではなく、技術も事業も合わせた業務領域が広がったということなのです。
Image: Honda Innovations
――社名や所属元が変わり、どんな変化がありましたか?
今回の組織改編の大きな狙いは、二輪、四輪の現業領域において、いわゆる「ビジネス」を行う本田技研工業と、「研究開発」を行う本田技術研究所との垣根をなくすことです。以前の体制では、研究開発の独立性をある程度保ちながらプロダクトアウトの新しい発想ができる、という良い面はありました。一方で、別会社であるがゆえに、技術を追求したい本田技術研究所と、コストなどビジネス面のバランスも重視したい本田技研工業との間での調整にエネルギーを要していたのも確かです。今回の組織改編で、一気通貫のオペレーション体制となり、我々との連携のスピード感も高まってきていると思います。
また、本田技術研究所は、「ホンダの未来を創る研究開発に注力する」という役割を強化し、新事業創出の観点で我々との連携も増えています。
――「次のホンダづくり」にも携わるということは、組織風土変革などのミッションも期待されているのでしょうか。
ホンダには昔から、役職や立場を超えて意見をぶつけ合い、物事の本質を突き詰めようとする「ワイガヤ」という文化があります。一方で、世の中ではシリコンバレーで生まれた「デザイン思考」も様々な場面で活用されています。
そこでHonda Innovationsでは、ワイガヤとデザイン思考の手法の良いところを融合させた「ホンダ・デザインシンキング」というプログラムをつくりました。「社員の考えだけでなくお客様の声も聞いたうえで、新しいアイデアをカタチにしていく」という、行動までを含めたプログラムです。
Image: Honda Innovations
ホンダのワイガヤとシリコンバレー流のデザイン思考を融合させた「ホンダ・デザインシンキング」を開催。
たとえば新しい商品やサービスをつくる際に、「こんなお客様の、こんな課題を解決し、こんな喜びを提供する」という目標を立て、「それを実現できるのは、このカタチだろう」という仮説を明確にし、本質にたどり着くまで試行と実践を繰り返す仕組みになっています。
このプログラムは本田技研工業のデジタル改革統括部に引き継ぎ、Hondaのアイデア創出のツールとして、さまざまな部門で実践され始めています。それに伴い、Honda Innovationsでオープンイノベーション活動に携わっていたメンバーがデジタル改革統括部に異動し、全社にプログラムを広める動きもスタートさせています。
コロナ禍、ホンダはスタートアップ協業をどう進めているか
――現在は、何ヵ国・何社のスタートアップとコラボレーションを行っていますか?
正式なプロジェクト数は発表していませんが、常時2ケタのプロジェクトが動いています。地域でいうと北米、ヨーロッパ、中国、日本、イスラエル、カナダ、アメリカのデトロイト、ボストン、シリコンバレーですね。「Honda Xcelerator」というスタートアップとのコラボレーションプログラムの窓口があるすべての地域で進行中です。VCやアクセラレーターなどとの連携と共に、我々自身が築いたネットワークも活用して、Honda Xceleratorが全てのベンチャーコミュニティとの窓口となってディールソーシングをしています。
――コロナウイルスの感染拡大により、スタートアップとの協業に影響は出ていますか?
現地への出張や人材の移動は滞っていますし、実際にスタートアップとコラボするのも、なかなかチャレンジングな状況です。以前のようにオフィスを自由に行き来してのブレストなどもできず、Web会議で詰めていくしかない。やはり、手間はかかりますね。ただ、これまでの活動を通じてベンチャーコミュニティでのネットワークがそれなりに築けているために、ソーシング自体はそれほどの影響は受けていません。
Honda内の各部門との連携は、以前は「Honda Innovationsとスタートアップでプロトタイプを作り、その価値や素晴らしさを実物で説明し、共同開発やコラボレーションにつなげる」という流れだったのですが、それも2~3年前までの話で、最近ではスタートアップとのコラボレーションの流れや彼らの得手不得手についての本社側の理解が深まり、話が早くなりました。本社の担当者がスタートアップと直接ディスカッションできるようになり、こういった状況でも問題なく進められてはいます。
――最初のソーシングや目利きはHonda Innovationsが行い、その後の具体的なプロセスは各事業部とスタートアップとで進めていく、と。
そうですね、我々はどちらかというとファシリテーターです。その後、「このスタートアップに戦略的出資や買収したい」という話に発展した場合は、戦略立案やディールメイキングを行うコーポレート・ディベロップメントの役割を果たしていくことになります。
「Honda Xcelerator」としてスターアップ企業の窓口となり、オープンイノベーションを促し、ゴールのひとつである出資や買収につなげていく。これが、スタートアップと協業する際の我々の守備範囲です。
企業変革こそオープンイノベーションの究極のゴール
――2005年のオープンイノベーションスタート時から現在まで、どのような課題が生まれ、どう解決してきましたか?
オープンイノベーションのスタート以前、2000年にシリコンバレーに初めて研究開発のオフィスを設立してから、試行錯誤を繰り返しながらここまで続けてきました。実際にやってみないと分からないことばかりであり、「本社のシリコンバレーへの理解度・認知度をどう高めるか」「LP・CVCなど適切な組織編成はどれか」「スタートアップとの最適な協業方法は」「現地でのコミュニティづくりは」など、ステージごとに生じた課題を一つずつクリアすることで、ノウハウを築いてきました。
数々の壁や課題を乗り越えられた大きな要因は、そのつど「本質について経営トップと議論できた」ことにあるでしょう。まさにワイガヤです。ホンダ全体が現場のラーニングを大事にしており、それを基に「本質」について議論してきた。だからこそ、何とか社内の足並みを揃えることができたのです。
ホンダにおけるオープンイノベーションの究極のゴール、つまり本質は「ホンダ自身の変革」です。単に、スタートアップから技術を導入して新商品を開発することでもなければ、新規事業の都合のいいアウトソーシング先を探すことでもない。私も「ホンダの変革が最終ゴールである」だと強く意識して取り組んできました。社内の一人ひとりが「本質」を意識し続けられたことで、「オープンイノベーションが成功している部類」に入れてもらえているのかなと、手前味噌ながら思います(笑)。
企業変革の手段としてのM&A
――昨年のDrivemodeの買収は、ホンダ史上、初のM&Aとなりました。その影響はどのように出ていますか。
4月の組織改編で、新たに「モビリティサービス事業本部」が立ち上がりました。ホンダが新たな事業本部を立ち上げることは非常に珍しく、同事業部は四輪事業本部・二輪事業本部・ライフクリエーション事業本部(汎用エンジンをはじめ、耕運機や発電機など)と並ぶ新しい柱となります。
この新しい事業本部では、「プロダクトを作って売る」という従来のホンダのビジネスモデルではなく、インターネットを通じたコネクテッドやモビリティのサービスを提供するというXaaS的なビジネスモデルを構築していきます。そこで、この分野におけるノウハウや知見が豊富なDrivemodeの力を借りたい。それが、今回の買収の目的です。
M&A成立後の統合プロセスを一般的に「PMI(ポスト・マージャー・インテグレーション)」などといいますが、Drivemodeの買収の場合は、「ポスト・マージャー・アンインテグレーション」とでもいいましょうか(笑)。PMIは買った側の仕組みを押し付けて染めるというニュアンスがありますが、ホンダはそうするつもりは全くありません。DrivemodeをDrivemodeのまま運営し、彼らの良さをフルに発揮できる方法をとっています。
親会社はホンダですが、Drivemodeは別会社として運営し、従業員の雇用も継続します。必要に応じ、ホンダは追加リソースも投入します。
――インテグレートせずに事業に貢献してもらう。非常に難しく思えますが、どう関与していくのですか?
これについては、買収をする・しないという段階から社内でもかなり議論しましたし、DrivemodeのCEOである古賀さんとも話し合いを重ねました。その結果、「私たちは長年コラボレーションを続けてきており、『すべてのユーザーに、安全で便利なコネクテッドエクスペリエンスを提供したい』という理念も共通している。であれば、その実現のために力を合わせていこう」という話で一致できたのです。「共通の理念のもと、製品やサービス作りは基本的にDrivemodeに任せ、それをホンダのリソースで加速していく」という方針もまとまりました。ベンチャーと大企業の文化や仕組みの違いもあり、口で言うほど簡単ではありませんが、試行錯誤しながら両社で協力して進めています。
Drivemodeにとっても、ホンダの子会社となることでメリットは生まれます。たとえば、Drivemodeのスマホアプリはどのメーカーのクルマを運転している時でも使えますが、ホンダ車の中の情報や技術を活用できる立場だからこそ、ホンダの製品とよりコアな部分で統合した便利なユーザーエクスペリエンスを実現できます。さらに、クルマだけでなく、オートバイや発電機などへも展開ができます。実際、Drivemodeのアプリと連携するオートバイ「H’ness CB350」を、この10月にインド市場向けに発表しました。Drivemodeとホンダの協業の成果が実際に製品という形になりました。
Image: Honda Innovations
Drivemodeのアプリと連携したオートバイ「H’ness CB350」をインドで発表。
――Drivemodeの買収により、事業面や文化面でのメリットなどは生まれましたか?
人材ローテーションを積極的に行うつもりです。Drivemodeはアメリカと日本の両方にオフィスがあり、アメリカのオフィスにはホンダから駐在員が派遣されています。日本とアメリカ両方で、彼らの知見をホンダの社員が学ぶ機会を増やしていきます。また、ホンダの新しいサービスについての助言や、新サービス自体の起案についてもDrivemodeの力を借りています。さらに、Drivemodeの起業経緯を映像化し、ホンダの全社員が見られるようにもしました。一方、Drivemodeの社員にもホンダのスタートアップとしてのDNAに根差した歴史や、研究開発の現場に触れてもらう機会を作っています。
――映像で共有するのは社内の理解を深めやすく、いいアイデアですね。今後も、スタートアップの買収は積極的に検討していきますか?
はい。既存事業の成長戦略に基づいた出資や買収だけではなく、「新規事業の創出」や「ホンダ自身の変革」という究極の目標に向けた手段のひとつとして非常に有用だと思っています。ホンダと一緒になることで大きな価値を生み出すポテンシャルのあるスタートアップの買収や戦略的な出資は、今後も実施していきたいですね。
オープンイノベーションを止めるな。継続は力なり
――現在のコロナショックのなかで、イノベーション活動が滞ってしまったり、シリコンバレーから撤退したりという企業もあります。ぜひ、杉本さんからアドバイスをもらえますか。
偉そうなことは言えませんが、やめたら終わりです。これまでも、景気が悪くなると撤退し、回復すると戻ってくるという企業をたくさん見てきましたが、そのたびにゼロスタートになってしまう。
また、スタートアップのコミュニティはわりと小さく、信頼に基づいて成り立っています。過去にどの会社がどういう動きをしてきたか、みんなずっと覚えています(笑)。コロナだろうがバブルだろうが、目先の経費削減のために活動を止めたとなれば、すぐに「あそこは腰が引けている」と情報が広まってしまう。規模を縮小したとしても、やり続けること。同時に、常にスタートアップと密に連携を取り、スタートアップ、投資家、自社の三角形で、トリプルWinの関係をつくるスタンスが大事です。
そうすることでこそ、「苦しい状況でも一緒にやっていける」というコミュニティからの信頼が得られるのです。「最後まで同じ船に乗ることの重要性」を、ぜひ日本のトップマネジメント側の皆さんに理解していただきたいですね。「継続は力なり」です。
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