空港に農業…選別された情報を組み合わせ、ディベロッパーの枠を超えた新事業を創造
三菱地所株式会社に2014年に設立された新事業創造部は、スタートアップ企業やベンチャーキャピタルへの出資、国内外のベンチャー企業を対象とした「コーポレートアクセラレータープログラム」や、同社社員による新事業提案制度などの業務を担っている。2018年に空港事業やホテル事業部門を新設、また、スタートアップ企業と共同で農業系の会社を設立するなど、三菱地所の新事業への取り組みは注目を集めている。新市場開拓、既存ビジネスモデルの革新、新たな価値創出を進める同社の中核部門にいる那須井俊之氏に話を聞いた。
※本記事は、イシン株式会社が提供するイノベーション情報ポータル「BLITZ Portal」の導入インタビューです。
利益だけを追求せず、協業のための直接投資
――まず、三菱地所 新事業創造部の取り組みと、那須井さんの役割についてご紹介ください。
新事業創造部では、社内ベンチャー制度(新事業提案制度)の事務局、社外ベンチャー企業と協力し新事業の創出を目指すアクセラレータープログラムの実施および運営、そして、ベンチャーキャピタル(以下VC)やスタートアップ企業への出資パートナーなどに取り組んでいます。
当社は協業を前提とした出資により、新たな収益源の創出、新事業の発掘、そして既存事業とのシナジー創出を目指しています。そのため、協業対象となる企業への直接投資が基本です。直接投資の場合、スタートアップ企業にとっては長期安定株主になりますし、上場直前でも出資ができる検討が可能になるなど、双方にとってメリットがあります。
出資先は、国内スタートアップ企業だけでなく、米国やシンガポールの個別スタートアップ企業と、国内および米国シリコンバレー系のVCがあります。海外案件においては、海外のスタートアップ企業と一緒に会社を設立する、あるいは日本進出の支援に特に注力しています。
私は、VCやスタートアップ企業への出資と、アクセラレータープログラムに携わり、協業先および出資先を探す役割を担っています。
――かなり幅広く活動されていますね。特に注力している分野はありますか?
会社としては、不動産テック系企業を中心として、AIやロボティクス、健康・食・農業・バイオ、再生可能エネルギーなど、合計7つの注力分野があります。
中でも不動産テックは、日本の業界自体がすごく遅れている分野です。不動産業は、レガシー産業なため、入り込む余地があることや、動くお金が大きいことが魅力となり、GAFAなど不動産会社以外の参入が著しい業界です。また、新型コロナウイルス以前から、誰でもどこでも働けるようになり、不動産がだんだんなくなっていくと言われていました。実際、新型コロナウイルスの影響で当社でも在宅勤務に切り替わりましたが、Zoomなどを使い問題なく仕事ができています。不動産業界はこれからどうなっていくのか、我々も対応をしなければならないという考えがありましたが、社内にはテクノロジーがありません。そこで、社外と組んでいく方針で、不動産テック分野の出資を増やしてきました。
――不動産テック分野では、海外のスタートアップが主な投資先でしょうか?
そうですね。日本の不動産テックはかなり遅れていますし、海外、特に米国には、かなり多くの不動産テック企業があります。また、米国にはMLSという不動産情報を一元管理し一般にも公開しているデータベースサービスがあり、そこに不動産情報が蓄積されていますので、日本とは状況が違います。日本では、取引の安全性が重視されていますし、ある意味、不動産会社は保護されています。日本のレインズという不動産情報のデータベースは一般には公開されていませんし、内容的にもMLSより薄くなっています。
また、日本では、住み替えは一般的ではなく、新築が好まれるため、米国とは住宅に対する意識や文化の違いがあり、それに加えて、ブローカーの仕組みの違いなどもあるため、不動産テックが普及しづらい現状があります。
しかし、日本でも不動産テック企業は増えてきています。当社は不動産テック協会の会員になっていますし、国内の様々な分野の不動産テック企業に出資を行い知見を深めています。
他の情報源からは得られなかった情報が見つかる
――BLITZ Portalのサービスは、どういったところでご活用いただいているのでしょうか?
新事業創造部は20数名の部署ですが、その中でスタートアップ連携に直接従事している担当は少数です。カバーしている業務量に対し、人的なリソースが限られていますので、御社のレポートサービスは、業務のソーシング(業務効率化)ツールとして使わせてもらっています。
先にもお伝えしましたが、不動産テック分野では海外が進んでいるので、海外の情報を集めていますし、様々なところから集まってきます。しかし、当社は出資だけする場合もありますが、基本的には協業を前提とした投資を行いますので、スクリーニングした「日本市場に興味を持っているスタートアップ」や「日本の不動産会社と協業したいスタートアップ」を紹介しているところに、御社のサービスのメリットを感じています。
出資している国内外のVCからも情報を仕入れていますし、スタートアップも紹介してもらえます。しかし、彼らからの情報には、日本市場に興味がないスタートアップも含まれています。また、そうした観点で分類したポートフォリオがあるわけではないので、違う観点の情報が得られる、という意味でもサービスを重宝しています。
後は、意外と大事なのが、レポートが日本語で書かれているという点ですね。海外のVCから届くレポートは全て英語です。部署内だけなら問題ないですが、社内全体で共有しようと思っても英語ですとちゃんと読んでもらえないことがあるため、全部こちらで翻訳するのか?という話になりますから。
スタートアップとの協業に積極的な若手社員が増えている
――紹介を受けたスタートアップ企業と実際に会う時は、御社内の既存事業部の方々も一緒に会われるのでしょうか?
いろいろなパターンがありますが、最初のコンタクト段階である程度協業が考えられるスタートアップ企業であれば、出来る限り事業部も一緒に会うようにしています。何度も会ってもらうのはスタートアップにとっても大変だと思いますし、私たちがいまいちだと思っても、事業部の現場の担当者はいいと思うことがあるため、現場の担当者と一緒に会うようにしています。出資をしない、協業だけのケースでは、新事業創造部はそれ以上関わらず、事業部が進めます。
最近は、スタートアップに出向して働きたいなど、スタートアップに関心がある若手社員が増えてきていますし、オープンイノベーションの気運が高まっているので、事業部の参加も得られやすくなっています。
――社内ではどういった部署に情報を展開していらっしゃるのでしょう?
新事業創造部だけで情報を見るのではなく、社内でよりいろいろな人に展開できるよう、取り組みを行っているところです。
現在は、既存事業のデジタルトランスフォーメーション(DX)を担う部署やコラボレーション施設運営の部署など、4部門約50人にBLITZ Portalのレポートを定期的に展開しています。
それ以外にも、社内のシステムで公開したり、その情報が有益だと思える部署の担当者に情報を共有し、意見を聞いたり、個々のアプローチも行っています。
少ないメンバーで効率的に情報収集する手段が必要だった
――当社サービスの導入を決められたポイントは?
今から2年前ですね。当時は今より少ないメンバで、今と同じ業務範囲を担っていたので、効率的に情報収集する手段が今以上に必要でした。御社は、イベントも沢山やられていたこともあり、お話を聞いてみようとなったのがきっかけです。御社のスタンフォードのイベント(※)にも参加しました。
※:Silicon Valley - New Japan Summit。TECHBLITZ(旧SVS100)とスタンフォード大学の共催サミット。シリコンバレーのスタートアップと日本企業をつなぐことを目的に2016年から継続実施している。
レポートが国内スタートアップへの投資につながるケースも
――国内スタートアップだけでやろうとしている会社も多い中、海外企業に目を向けられる理由は?
協業するのであれば、国内スタートアップの方がやりやすいですよね。
ただ、タイムマシンモデルという戦略がすごくわかりやすくて、海外で成功している事例を見て、それが日本にも来るとイメージができるものであれば、サービスを展開するという方法があります。
海外で非常に注目されていても日本ではまだ波が来ていない、例えば住宅ローン分野のスタートアップは米国には数社ありますが、日本にはまだプレイヤーがいません。実際、レポート等で海外のトレンドを知っていたからこそ、投資に至った日本のスタートアップもあります。
社内でも、スタートアップの比較表を作成しているので、そういったところでもレポートを活用していますし、VCに確認する前に御社のレポートで情報を得てから問い合わせるという感じで使っています。
現在のレポートの比較表は海外スタートアップ同士の比較ですが、日本の企業との比較もあるといいですね。
――はい、以前に那須井さんからそのご意見を聞いて、既に動き始めています。(※)
早いですね (笑)。
三菱地所では海外拠点からの情報と併用して、BLITZ Portalのレポートを海外のトレンドを知るという意味で活用しています。ですが海外に拠点がない企業の場合でも、海外の勢いがあるスタートアップの情報を得て、国内のサービスを考えたり、そういった使い方も考えられるでしょうね。
※:現在では一部のスタートアップレポートで、日本の企業との比較も開始