Image: Anusorn Nakdee / Shutterstock
これまでデジタル化が困難だった分子分析・診断の分野で、安定性の高いセンサーと計測のシステムを独自に開発し、医薬品や半導体、ライフサイエンス分野のデジタルトランスフォーメーション(DX)に貢献するアトナープ(本社・東京)。2021年5月には、Celesta Capital(旧:WRVI Capital)が主導するシリーズDラウンドで5000万ドル(約57億円)を調達し、さらに開発を加速させている。同社の創業者でCEO兼CTO兼社長のPrakash Murthy氏に、業況や展望を聞いた。

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分子レベルのデジタル計測を、より小型な装置で実現

 アトナープは、独自の分光技術によって、分子情報を検出・分析・定量化するソリューションを開発し、製薬や半導体製造、産業プロセス制御、ライフサイエンス分野に提供している。Murthy氏は、半導体業界やソフトウェアシステム業界でのバックグラウンドを持つ。そこで培ったセンシング技術に磨きをかけ、2009年にアトナープを創業した。

Prakash Murthy
アトナープ ATONARP
President and CEO・CTO・Founder
インド出身。分析機器、半導体、高性能コンピューティングなど多様なバックグラウンドを持つ。ソフトウエアやシステム開発企業を経て2005年に来日。半導体やカメラのセンシング技術開発などの経験を生かし、2009年にアトナープを設立する。

「現在のデジタルカメラは非常に小型化しています。それを発展させて、分子を分析できないかと考えたのです。これまで分子の分析には非常に大きな設備機器が必要でした。私たちはそれを小型化して、ラボ(研究所、実験室)だけでなく、実際の業務に使えるシステムを提供しています。将来的にはコンシューマーが持ち歩くようなデバイスにも応用していきたいです」(Murthy氏)

 GoogleやAmazon、Metaなどのビッグテック企業は、ユーザーの振る舞いやアクティビティをモニターしてサービスに利用しているが、アトナープは、独自の技術とアルゴリズムによって、誰もが生体を分子レベルで計測し、病気の予測による予防医療や早期発見につなげる未来を創造しようとしているのだ。同社は、そこに至るフェーズを3段階に分けて見通している。

 フェーズ1は、小型質量分析装置「AMS」による製薬や半導体の製造に対するソリューションの確立だ。2018年から提供している「AMS1000」は製薬業界向けで、製品汚染リスクを低減する分子センシングの監視ソリューションとして利用されている。

Image: Atonarp

対症療法から予測・予防医療にシフト 分子分析で貢献

 2021年初頭からは、半導体製造向けの質量分析装置「AMS 2.0」の評価を行い、2022年には実用化される見込みだ。従来の分析方法では感度が十分でなく、製造に必要な腐食性ガスへの耐久性も課題だったが、堅牢で高度な分析装置を開発することに成功した。

 フェーズ2は、光学分光計「AOS」を活用したヘルスケア業界での体外診断(In-Vitro diagnostics)だ。患者の状態をリアルタイムにデジタル分析し、対症療法から予測・予防医療への移行をサポートする。2021年4Qから2022年にかけて製品が展開される。

 フェーズ3は、体内診断(In-Vivo diagnostics)にフォーカスした製品で、デジタル分析・診断が可能な小型デバイスによるコンシューマー向けの製品・サービスだ。これは2023年4Qごろの提供を予定している。

「ヘルスケア業界で大きな予算が割かれるのは、試験や診断の領域で、グローバルでは40億ドルの市場です。しかし、その99%の試験は試薬を使った化学反応で診断をしています。当社のソリューションはセンサーによるものですので、試薬は必要ありません。例えば、血液の分子をデジタルによって可視化して、どういう成分があるかを診断して定量化できます。糖尿病の診断なども我々のデバイスで行えます。試薬を使わずに、どこでも、誰でも、診断できるメリットがあるのです」(Murthy氏)

 AOSは、分子を見るためにレーザーを使って分子から信号を出し、それをセンサーで捉えてデジタル化する仕組みになっている。従来の試薬を使った診断がアナログフィルムの写真なら、アトナープのAOSは、デジタルカメラの写真と言える。

 当初は市販の装置や部品を使ってデジタル分子診断の仕組みを開発しようと試みたが、安定した動作ができないため、部品単位で独自開発を行ってきた。その結果、他社には真似できない、医療分野でも実用しうるデジタル計測技術が確立した。

資金調達で製品開発を加速 パートナーシップでシェア拡大へ

 2021年5月に得たシリーズDラウンドによる5000万ドルは主に製品開発へ投じる。独自技術の優位性を高め、半導体業界やメディカル業界のOEM企業などとのパートナーシップを組み、市場シェアを拡大していく計画だ。

 2022年は半導体製造業界向けの「AMS 2.0」の商用化を成功させ、売上を重ねていき、前述の第3フェーズに駒を進めるべく、データ活用も含めた新たなビジネスモデルも検討しているという。Murthy氏は長期的なビジョンについて以下のように語った。

「メディカルの分野向けに、私たちの計測デバイスを小型化し、コンシューマーレベルで使われていくことを望んでいます。継続してモニタリングしていくことで、対処治療でなく、病気を予測して治療していける世界を実現したいです。また、当社の技術は分子レベルでいろいろなものを分析・診断できますので、これを一緒に広めていきたいというパートナーも歓迎します」

 半導体業界では次なるイノベーションが求められ、メディカル界では医療費の高騰が課題になっている。独自のデジタル分子分析を通して、より高度で安定した製品の製造や、人々の健康に貢献するアトナープの技術に注目していきたい。

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