目次
・満足度4.93、そして見たことのない量の付箋
・「日本語で教えたのは、御社が最初です」
・シリコンバレー流3つのS
・立ちはだかる評価とKPIの壁
・金の卵より、卵を産むガチョウを
・一部の天才ではなく、仕組みでイノベーションを
満足度4.93、そして見たことのない量の付箋
日立システムズは、宮下氏を講師に迎えた3日間の集中ワークショップをこれまで2回開催した。1回目は手挙げの希望者と選抜メンバーが半々、2回目は全員が手挙げでの参加だった。
二郷:デザイン思考のワークショップを終えた後に参加者にアンケートを取ると、満足度は5点満点で1回目が4.68点、2回目が4.93点でした。日立グループで教育を担っている部門に言わせると、「4.5を超えるのは本当にすごい」と。2回目に至っては、1人だけが4点で、あとは全員が5点をつけてくれたんです。
数字以上に印象的だったのは、その熱量だった。
二郷:実際にお客様になり得る方をお招きして、ユーザーインタビューから始めるんですが、机の上も壁も、見たことがないくらい大量の付箋で埋め尽くされていて。研修だと、積極的な人と消極的な人に分かれるのがよくあるパターンですが、デザイン思考のワークショップは本当に全員が前のめりでした。2回目は人数を絞って、テーマに詳しい社員を別枠で呼び、横から議論をかき混ぜてもらう工夫もして、さらに活性化しました。
参加者からは「普段使わない脳を使っている感覚」「アイデアを出す楽しさを感じた」といった声が寄せられたという。中でも二郷氏が嬉しかったのは、こんなエピソードだった。
二郷:ある受講者が、自分の上司——その方も第1回の受講生だったんですが——が、普段の業務の中でも自然にデザイン思考を実践していることに気付いた、と。「Yes, And*」で否定せず発想を広げたり、共感・傾聴から入ったりする姿勢が、日常の仕事に自然に出ていた。学びが行動を、そして人の考え方を変えていったんだな、と。文化の醸成が少しずつ進んでいる手応えを感じました。
*Yes, And:相手の意見をまず肯定的に受け止め(Yes)、そこに自分のアイデアを付け加える(And)ことで、否定から入らず発想を連鎖的に広げていく考え方。
「日本語で教えたのは、御社が最初です」
宮下氏がデザイン思考をすべて日本語で指導したのは、実は日立システムズが初めてであった。日本企業向けの講義も、それまでは英語で行われていたという。
二郷:専門的な単語になると、宮下さんは「何が一番伝わるだろう」と言葉を選びながら、ゆっくりめのリズムで丁寧に話してくださいました。それが結果的に、受講生の腹落ち感、納得感を高めてくれたと思います。準備段階から私たちの会社をしっかり調べてくださって、アイデア出しの時間には音楽をかけてリラックスさせるなど、飽きさせない工夫も随所に。3日間は長いと思われがちですが、「短かった」というアンケート回答があったほどでした。
シリコンバレー流3つのS
ウェビナーの聴講者からは、実務に踏み込んだ質問も相次いだ。「シリコンバレーと日本企業で、実行のスピード感や現場への権限の持たせ方に違いはあるか」という問いに、宮下氏は「やってみることの重要性」を強調する。
宮下:シリアスさがまるで違います。「自分がやらないと会社がなくなる」という前提がある。だから、理解や許可を得ることはもちろん大切ですが、それを待つより先に動く。私がよく言うのは「3つのS」です。Small scale(小さく)、Speed(すぐに)、Support(支えられながら)。まず小さな成功を1つ、すぐに作ってみる。
さらに宮下氏は、GoPro時代の具体例を挙げた。
宮下:会議室がない、という状況はよくあります。でも、それを口実にブレストをやめるのではなく、廊下でやればいい。廊下には壁や窓がたくさんありますよね。数人集めて壁の前でブレストを始めると、周りの人が「お前、何やってんの?」と興味を持ってくる。「今ブレストしてるから、一緒にやらない?」と。説明するより先にやってみせると、周りが参加したくなる。そういうムーブメントは、許可がなくても起こせるんです。ホームランじゃなくていい。ヒットでも、バントでもいい。少しずつ積み重ねていくことです。
立ちはだかる評価とKPIの壁
一方で、話題が組織の仕組みに及ぶと、二郷氏はこうした人材投資への上層部の理解を得るために大切にしていることを次のように語った。
二郷:上層部の理解を得るために大切にしているのは、小さな成功体験の積み重ねです。ワークショップから生まれたアイデアや熱量、前向きな変化を一つひとつ積み上げて、社内に共感してくれる仲間を増やしていく。それが、トップマネジメント層を動かす材料になると考えています。日立グループには先行して取り組んでいる会社もあるので、その力も借りながら説得材料を集めているところです。
そして、より根深いのが「評価制度」の問題だ。挑戦する人としない人の評価に差がつきにくい、という聴講者からの声に、二郷氏はこう応じた。
二郷:まさに課題です。挑戦する人、イノベーションに励む人を評価するKPIが、そもそも存在しない。支援する仕組みも整っていません。既存のKPIは売上や損益といった現業ベースなので、そこにつながりにくいものは、どうしてもやりにくい。ここをKPIに乗せていくのは非常に重要だと分かってはいるものの、まだ手が打てていないのが現状です。
この問いは、宮下氏へのある質問——「シリコンバレーでは、イノベーティブな人材をどう評価しているのか」——へと引き継がれた。
宮下:年功序列的なものは、ほぼありません。できる人ほど良いプロジェクトに就く。逆に良いプロジェクトが与えられなければ、その人は会社を出ていってしまう。だから組織にとって最大の目的は、優秀な人材が辞めてしまうのを防ぐこと。ストックオプションを渡したり、スキルを存分に発揮できるプロジェクトに配属したり——さまざまな「レバー」で機会を与えるんです。数値の評価というより、その人が挑戦したいことに挑戦できる環境や文化をつくること。部署の視点で見れば、それが一番大切だと思います。
金の卵より、卵を産むガチョウを
宮下氏は、日本企業と仕事をする中で見えてきたことを、いくつかの示唆として残した。
宮下:日本企業の皆さんは本当に優秀で、事業性や技術性には非常に長けています。だからこそ、まず「ユーザーが本質的にペインの解消を望んでいるか」を突き止めることが先。技術と事業は、同時にでも後からでも追いつけます。そして、イソップ童話にもある通り、「金の卵」——イノベーションそのもの——ばかりに目を向けるのではなく、その卵を産む「ガチョウ」、つまり人材の育成に力を入れてほしい。非連続な成長には、多様な視点を持つ人材と組織が要ります。
そのうえで宮下氏が示した結論は、「イノベーティブな組織とは、創造性を引き出せる心理的安全性の高い環境である」というものである。イノベーターが孤立せず、のびのびと仮説検証を繰り返せるよう、人事とも連携しながら組織文化を築いてほしい――その土台として、デザイン思考が大きな力になると語った。
一部の天才ではなく、仕組みでイノベーションを
最後に二郷氏が示したのは、この取り組みが目指す先である。これまで2回のワークショップに参加したのは40名弱。「きらめき☆スタジオ」の活動参加者を含めても100名あまりにとどまり、会社全体から見ればごく一部にすぎない。
二郷:今後は仲間を増やしていくと同時に、イノベーションが起こる仕組みづくり、いわば“エコシステム化”を見据えています。ごく一部の天才のひらめきに頼るのではなく、仕組みで、組織でイノベーションを生み出していきたい。そして、そのエコシステムの中核をなすのがデザイン思考だと考えています。「これ、どうやって考えたの?」と聞かれたときに、「デザイン思考で考えたんだよ」と自然に返ってくる——そんな状態にしていきたいですね。