TECHBLITZが主催するオフラインの会員制イベント「BLITZ CONNECT(ブリッツコネクト)」が5月某日に開催された。今回のゲストは、日本航空(JAL)のCVC「Japan Airlines Ventures」でマネージングパートナーを務める松崎志朗氏。「Wakuwaku(ワクワク)」を合言葉に累計約1,500人を巻き込んだ社内ベンチャー「W-PIT」の立ち上げから、シリコンバレー駐在員とMITでの学業という二足の草鞋をあえて履いた理由、そして二人組合から自社運営型へと移行した「CVC2号ファンド」の裏側に至るまで、大企業における合意形成のリアルと、大組織を動かすための「戦略的サラリーマン」の極意を語っていただいた。

目次
原動力はいつも「違和感」から:社内ベンチャーから始まった組織変革
駐在員とMITの二足の草鞋:地球11周分を駆け抜けた「戦略的準備」
CVC2号ファンド設立:二人組合から「自社運営」への移行
大組織を動かす「戦略的サラリーマン」の極意
【Q&Aセッション】イノベーションを加速させる「心理的安全性」と「現場力」

原動力はいつも「違和感」から:社内ベンチャーから始まった組織変革

 松崎氏のキャリアを語る上で外せないのが、2016年に自ら立ち上げたJAL公認の社内ベンチャー「W-PIT*」だ。Wが意味するのは「Wakuwaku(ワクワク)」。この要素こそが、松崎氏が社内の仲間を巻き込み、JALの新たな“航路”を見出していく上でのキーコンセプトだった。

松崎氏:振り返ると2010年の経営破綻当時、JALの再生を率いた『経営の神様』こと稲盛和夫氏は、『JALには商売人の感覚を持った人があまりにも少ない』と記者会見でおっしゃっていました
 松崎氏は当時それを自宅で見ており、総合職という職種でJALに入社した1年目の社員としてショックを受けたと語る。

松崎 志朗
Japan Airlines Ventures 共同創業メンバー兼Managing Partner JAL公認社内ベンチャー「W-PIT」創設者兼代表
Japan Airlines Ventures(JALV)の共同創業メンバー兼Managing Partnerとして、JALグループの自社運営型コーポレートベンチャーキャピタル(CVC)への戦略的進化を牽引。JAL公認の社内ベンチャー「W-PIT」の創設者でもある。

2009年の新卒入社以来、大型ソフトウェア開発プロジェクト、グローバルアライアンス戦略、イノベーション、ベンチャーキャピタルに跨るユニークなキャリアを築いてきた。

学歴: 早稲田大学にてリベラルアーツ学士号、マサチューセッツ工科大学(MIT)スローン経営大学院にてMBAを取得。

 時は流れ2015年。当時、JAL社員の人財アセスメント特性を示したデータを目の当たりにした時、JALの社員(当時)は、与えられた仕事をきっちりこなすのは得意だが、自ら先頭に立って前例をぶち破る「ベンチャー気質」が課題と松崎は理解した。それは新卒でJALに入社し6年程が経っていた頃で、稲盛氏の記者会見を見て受けたショッキングな経験とこのデータを照らし合わせた時に、「自分が解決すべき問題はこれだ」と違和感の先にある強烈な使命感を感じたと振り返る。

松崎氏:どうやったらJALの社員がワクワク感を持って、前向きに会社や社会のために仕事ができるようになるか。社員がワクワクしながら働かない限り、その先に未来はない。僕の中にあったこの『違和感』の中にこそ、自分が本当に解きたい課題(世界観)が隠れていたことに気付いたんです。
「やりたい人が自ら手を挙げる(上司からのアサインは一切なし)」というルールで始まったW-PITは、今や累計1,500人規模を巻き込むチームに成長した。客室乗務員が3割を占め、男女比は4対6で女性の方が多いなど 、現場のエネルギーが爆発する土壌になっている。

 業務時間の10~20%程をW-PITの業務に充てる。全員に主務がある中で、W-PITを「兼務」として発令を行う。これまでの代表的な案件としてはサウナ好きの社員が発案した「サ旅(サウナ旅)」事業や、客室乗務員が発案したヘラルボニー社との協業案件など複数にわたる。ヘラルボニー社との案件は、今ではJALグループ全体としての取り組みに繋がっている。

 W-PITは今年で立ち上げから10年。ミッションにはこれまで同様に「JALをベンチャーに。日本の未来を斬り拓く」を掲げ、これからの10年はJALグループの変革・挑戦文化の醸成に取り組む集団として、「両利き人財(主務のA面と、自身のワクワクのB面をどちらも本気でやるイノベーション人財)」を創出するプラットフォームを目指す。JALグループが先般発表したJALグループ経営ビジョン2035(新経営計画)にも、正式な取り組みとして組み込まれている。

*W-PIT: 正式名称は「Wakuwaku-Platform Innovation Team」で、2017年に設立された。Wakuwaku(ワクワク)をキーコンセプトに異業種共創を推進するJALグループ公認の社内ベンチャーチーム。

「自分が本当に解きたい課題」に気が付いた経緯を話す松崎氏㊧

駐在員とMITの二足の草鞋:地球11周分を駆け抜けた「戦略的準備」

 2022年9月、松崎氏は米国シリコンバレーへ赴任する。これまでの経験を活かし、CVC(コーポレート・ベンチャー・キャピタル)の業務に就いた。しかし、着任後すぐに待ち受けていたのは試練だった。それは、グローバルな起業家たちと対等なビジネス会話ができないという壁だ。松崎氏は帰国子女であることもあり英語の問題ではなく、殆どの起業家が持つ「エンジニアリング(工学や技術)」の教養を自身が持ち合わせていないことによるコミュニケーションの壁だったと語った。

松崎氏:このままじゃ会話すらできない、アメリカで勝負ができない。そう痛感して、エンジニアリングの考え方や教養を身に付けるべく挑戦したのがMIT(マサチューセッツ工科大学)のMBAだった訳です。
 さらに、「なぜ駐在先である西海岸の学校に行かなかったのか?」とよく周囲に質問されると語り、それについては、「常にグローバルなネットワーク(人脈)構築が大事だと思って生きている中、空白地帯だった「東海岸」に第2の拠点を作ることが大事だと思いあえてボストンのMITを選んだ」と添えた。平日はシリコンバレーで駐在員として働き、平日の深夜便でボストンへ。週末はキャンパスで対面授業を受け、日曜に帰るという生活を2年間続けた。移動距離は地球11周分(約45万7,600キロ)だ。

 ボストンにいる際は主には勉強に勤しんだが、時間を作り、CVCにおいて重要なディールソーシング(案件探索)にも精力的に取り組んだ。その結果、CVCとJAL(バランスシート)からのそれぞれから投資に繋げた。CVCからは、海中からCO2を除去する「直接海洋回収技術(Direct Ocean Capture、DOC)」の米ロサンゼルスに本社を構えるCaptura(キャプチュラ)で、JAL本体からの投資は、大気中から二酸化炭素(CO2)を回収する直接空気回収技術(DAC)の有望スタートアップであるHeirloom(エアルーム)。いずれもMIT関連のカンファレンスで発見した。

CVC2号ファンド設立:二人組合から「自社運営」への移行

 JALは2026年3月、総額5,000万ドルの「CVC2号ファンド」を立ち上げた。2019年からの第1号ファンドは、外部のVCをGP(意思決定の責任者)とする、いわゆる「二人組合」というストラクチャーであったが、2号ファンドからはJAL自身がすべての意思決定と最終責任を負う「インハウスGP(自社運営)」へと舵を切った。

 この決定に至る社内の合意形成は、一筋縄ではいかない生々しいものだったという。

松崎氏:感覚としては『自転車の補助輪を外す』のに似ているかもしれません。7年間の二人組合で培った知見やノウハウを活用し、自分たちの五感で直接スタートアップ起業家や投資家と接し、鮮度の高い『一次情報』を得ることで、スピーディかつ効果的なリターンに繋げていきたい、と経営陣に何度も説明しました。
 多くのステークホルダーに自社運営への移行を納得してもらうため、松崎氏らのチームは、これまでの実績の徹底的な「言語化」に取り組んだ。  
 
 例えば、1号ファンドで投資した欧州のeVTOL開発メーカーは、2024年末に経営破綻を迎えている。一見すると「投資の失敗」と捉えられかねない事象だ。しかし、JALは同社への投資を通じて多大な知見やノウハウを獲得していた。そして、そのノウハウを糧に合弁で運航事業会社「Soracle(ソラクル)」を設立し、現在の取り組みへと昇華させている。チームは役員陣に対し、「財務面だけを見れば意図しない結果かもしれないが、事業開発(戦略面)の目線で見れば成功である」というストーリーを、何時間もかけて丁寧に説明した。この実直な対話により、最終的にステークホルダーからの理解を得ることができた。

 自社運営への移行に対する「本当に自社だけで運営ができるのか」という社内からの懸念に対し、チームは「近い将来、外部から投資の専門家を採用することになるかもしれない。しかし、まずは自社固有の強みを活かした基盤づくりが必要である」と説明した。経営に対しては、「5,000万ドル規模の投資ファンドを自社運営でやってよかった」と思ってもらえるよう不退転の決意を提示し、徹底した議論の末に承認を得ることができた。

社内の合意形成を得るまでのリアルなやり取りを明かす松崎氏㊧

大組織を動かす「戦略的サラリーマン」の極意

 最後に、松崎氏は大企業でイノベーションを起こそうともがく「Doer(実行者)」たちへ、組織変革に欠かせない「3つのレンズ」という考え方を提示した。それは、戦略(ストラテジー)、政治(ポリティクス)、文化(カルチャー)だ。多くの人は「どんな戦略か、収支はどうなるか」という戦略議論に気を取られる傾向にある。しかし実際には、組織特有の「いかに意思決定の合意形成を導くか」という社内力学(政治)」や、「社員がこれまでの経験から正しいと感じる空気感(文化)」を理解してチューニングしなければ、どんなに優れた提案(戦略)も実現には至らないと言う。

松崎氏:キャリアの初期段階において、自分の提案が組織に届かないと悩む声は少なくないですが、それは決して悲観することではないと思います。大規模な組織を動かすイノベーションには、相応の時間と根気が必要とされますから。
 そして、最後にこう締めくくった。  
松崎氏:大切なのは、自らの会社員人生を「準備」「実行」「任される」のフェーズに戦略的に分けてロードマップを描くこと。そして、周囲からプロジェクトを託される存在になるために、今いる場所で目の前の仕事に向き合い、確かな実績(トラックレコード)を積み上げること。  
 
 この地道なプロセスの先こそが、大企業で変革を推進するための確かなステップであり、これこそが大企業を動かす“戦略的サラリーマン”の極意なのだと、現場の経験から意識するようにしています。

【Q&Aセッション】イノベーションを加速させる「心理的安全性」と「現場力」

 講演後の質疑応答では、組織変革の本質に迫る鋭い対話が行われた。

Q&Aセッションの一部を紹介

(TECHBLITZ編集部注:本イベント終了後は、松崎氏も交えた熱気溢れるネットワーキングパーティーが開催され、大企業の枠組みを超えたイノベーターたちの夜が更けていった)

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