再生可能エネルギーへの転換と、AI需要に伴うデータセンターの爆発的な増加。今、世界の電力網(グリッド)は、かつてない限界点に直面している。EVや太陽光発電といった「動くエネルギー」を、数十年前の設計思想で作られた「静かなインフラ」で支えることには、もはや物理的な限界が近づいているのだ。国際原子力機関(IAEA)の調査によると、2050年までに世界の電力消費量は約2倍に膨らむと予測されており、電力網のスマート化は待ったなしの課題だ。

この難題に対し、インフラを新たに作り直すのではなく、既存インフラを「内側からスマート化する」という鮮やかな解を提示するのが、英国エディンバラに拠点を置くスタートアップ、IONATE(アイオネート)だ。彼らが開発した「ハイブリッド型」の変圧器は、従来の変圧器の姿をしながら、内部に高度な「脳」を備え、ミリ秒単位で電力を最適化する。

1,700万ドルを調達した2025年2月のシリーズAラウンドには、日揮グループもCVCを通じて参画しており、日本市場への展開もすでに視野にいれている。老朽化した電力網をいかにして次世代のインフラへと進化させるのか――。CEOのマシュー・ウィリアムズ氏に、技術の核心と日本市場への期待を聞いた


目次
新技術を無理やり乗せる、電力網の老朽化問題
電気系エンジニアだから気付いた起業の芽
すでに電力網にも導入、最初の顧客はEDP
日揮グループ出資で日本進出に弾み
目標は「電力のOS」を書き換えること

新技術を無理やり乗せる、電力網の老朽化問題

―現代の電力網が抱えている具体的な課題とは何でしょうか?

 一言で言えば、「古い設計のインフラに、性質の異なる新しい技術を無理やり乗せている」状態です。太陽光発電やEVなどは、電力が流れる方向や量が激しく変動する「動的」かつ「分散型」の技術です。しかし、既存のグリッドはこうした挙動を想定して設計されていません。その結果、配電網の末端で電圧が不安定になったり、需給バランスが崩れたりと、安定運用の維持が極めて難しくなっています。さらに昨今のデータセンターの急増が、この負荷に追い打ちをかけています。

―その解決策として開発されたのが「HIT(ハイブリッド・インテリジェント・トランスフォーマー)」ですね。どのような製品なのでしょうか。

 HITは、既存の変圧器とそのまま置き換えられる「ドロップイン」交換品です。外見も接続方法も従来品と同じで、規制基準もすべて満たしています。つまり、インフラを一から作り直す必要がなく、既存の設備を活かしながら導入できるのが大きな特徴です。

 最大の違いは、内部に「脳」を搭載している点にあります。これにより、2つの画期的な機能が加わりました。

  1. キロヘルツ(kHz)レベルの超高精度な可視化:系統内の電力フローをリアルタイムで詳細に把握します。
  2. ミリ秒単位の電力制御:電圧の安定化やノイズ(高調波)の除去、電力効率の改善などを1台で完結させます。
 従来、これらの機能には別々の補助機器が必要でしたが、HITはいわば電力制御の「スイスアーミーナイフ」のように、あらゆる役割を1台でこなします。

―ソフトウエアプラットフォーム「Aurora(オーロラ)」との連携についても教えてください。

 HITが「脳を持つ体」だとすれば、Auroraはそれらを束ねる「指揮者」です。

 Auroraはクラウド上で動作し、各HITから送られてくる膨大なデータを統合して、分析や予測、そしてシステム全体の最適化をリアルタイムで行います。このハードとソフトを組み合わせた「フルスタックアプローチ」こそが、電力系統に真の柔軟性と強靭性をもたらす鍵となります。

Image : IONATE ウィリアム氏が「電力制御のスイスアーミーナイフ」と表現するHIT

電気系エンジニアだから気付いた起業の芽

―ウィリアムズさんのキャリアと、2019年にアイオネートを創業した経緯を教えてください。

 専門はメカトロニクス工学、つまり電気と制御システムです。キャリアの原点は出身地のオーストラリアで、大型プラントや発電所といった大規模な電力ユーザー向けに、電気システムのアップグレードを手がけていたことにあります。

 転機は2015年頃でした。当時のオーストラリアでは脱炭素の流れから再生可能エネルギーの導入が急加速しており、それに伴うシステム更新の需要が溢れていました。エンジニアとしては多忙を極める一方で、ある強い危機感を抱くようになったのです。それは、「更新に使われている技術が古すぎて、このままではネットゼロ(温室効果ガス排出実質ゼロ)を達成できない」ということでした。この確信が、アイオネートを立ち上げる原動力となりました。

Matthew Williams
Founder & CEO
オーストラリアのクイーンズランド大学でメカトロニクス工学を修了後、産業用電気・制御システムの実務とマネジメントを経験。2015年にThe Faraday Gridを創業し、電力網向けオープンソフトウェア「LF Energy」にも参画。2019年にIONATEを創業し、CEOに就任。

すでに電力網にも導入、最初の顧客はEDP

―似たようなアプローチを取る競合他社はいないのでしょうか?

 現時点で、私たちのようなハイブリッド型変圧器を展開する直接的な競合は存在せず、アイオネートはこの分野のワールドリーダーであると自負しています。

 比較対象として「SST(ソリッドステート変圧器)」がありますが、あちらはまだ研究開発段階(R&D)の域を出ておらず、コストや信頼性の面で大きな課題を抱えています。私たちのハイブリッド型は、SSTと同等の高度な制御能力を持ちながら、通常の変圧器に近い信頼性と手頃な価格を両立させています。

―実用化はどの程度進んでいるのでしょうか。

 ヨーロッパでIEC(国際電気標準会議)規格に則った独立試験を終え、実際の電力グリッドへの導入が始まっています。最初の顧客は、ブラジルやスペインでも事業を展開するポルトガルの電力大手EDPです。

 電力会社が直面している課題の1つが、低圧配電網の末端における電圧制御の問題です。EVや屋根上の太陽光パネルが急増し、これまでにない可視性と電圧管理の問題が生じています。この問題に対する有効な解決策は市場に存在しませんでしたが、アイオネートはその答えを提供しています。

 また、電力会社だけでなく、大規模工場やデータセンターといった「電力の質」が収益に直結する層からも強い引き合いがあります。電圧のわずかな乱れによる精密機器の故障やダウンタイムは、彼らにとって数億円規模の損失になり得ます。HITを導入することで、設備の保護とエネルギー効率の向上という2つの価値を同時に提供できるのです。

 HITは電力メーター後段(ビハインド・ザ・メーター)に設置し、データセンターや製造施設が自ら所有・運用する形をとります。デリケートな設備を電力品質の問題から守りながら稼働率を高め、エネルギー効率の改善によって電気料金の削減にも貢献します。「設備の保護」と「効率の向上」という2つの価値を1台で実現できる——これが産業・データセンター市場に対するアイオネートの提案です。

―成長戦略を進めるうえで、最大の課題は何だと考えていますか。

 技術面でも、規制面でも大きな課題はありません。当社の技術は、業界に何かしらの変化を求めるものではなく、既存の電力系統にそのままに組み込めます。顧客が今まさに直面するリアルな課題を解決する製品であり、市場の方向性は明確で、顧客への価値提案も明確です。

 強いて言うと、事業成長のための「適切なパートナー」探しが課題です。顧客パートナーと製造パートナー、双方と連携しながら実際の現場で価値を届け、事業として成長していく——それが直近1〜2年のテーマです。欧州での商業展開を土台に、北米および日本・韓国市場への本格的な展開も視野に入れており、グローバルな成長に向けた体制を整えています。

Image : IONATE HP

日揮グループ出資で日本進出に弾み

―日本企業との連携や、今後の展望についてお聞かせください。

 日本は技術の世界的リーダーであり、脱炭素や電化にも非常に意欲的です。すでに日揮グループが投資家・パートナーとして参画しており、素晴らしい協力関係を築いています。現在は、日本での最初の導入先となるデータセンターや製造業のパートナーを積極的に探しているところです。

 データセンター、産業製造業、半導体工場など、精密機器を抱えていて電力品質の確保とエネルギー効率の向上を求めている企業が対象となります。すでに一部の日本企業と初期段階の協議を進めており、近い将来の発表には至りませんが、日本市場の開拓を精力的に進めています。

 現在は積極的な資金調達フェーズにはありませんが、将来的にシリーズBを実施する予定であり、戦略的投資家との関係構築にはオープンです。

目標は「電力のOS」を書き換えること

―5〜10年後のアイオネートのビジョン、そして電力網の未来をどう描いていますか。

 私たちのゴールは、単なる「高性能な変圧器メーカー」に留まることではありません。HITというハードウェアはあくまで強固な土台であり、真の価値はその上で動くフルスタックの技術にあります。

 目指しているのは、世界中のHITから得られる膨大なリアルタイムデータと制御能力を、ソフトウェアプラットフォーム「Aurora」によって統合することです。これにより、中央集権的ではなく「自律分散型」のコントロールが可能になり、電力系統全体に劇的なインパクトをもたらします。

 仮に既存の変圧器をすべてHITに置き換えた世界を想像してみてください。「再生可能エネルギーとEVの接続量33%増加」「既存インフラの送電容量25%増大」「電力損失6%削減」――。これらは、物理的な電線を新設することなく、既存のインフラを「知能化」するだけで達成できる数字です。

―まさに「電力のOS」を書き換えるような挑戦ですね。

 その通りです。現代社会において、電力はあらゆる活動の入り口であり、経済の血液です。それが「安定」していて、かつ「安価」であることは、豊かな未来を築くための絶対条件です。電力網のアップグレードは避けて通れない課題ですが、私たちは「今日のトラブル解決」と「未来のスマートなグリッド構築」を同時に成し遂げたいと考えています。

 特に日本は、テクノロジーのリーダーであり、電化とエネルギー移行(エネルギートランジション)に極めて真剣に取り組んでいる市場です。日本の電力システムがより強靭(レジリエント)で柔軟なものになるよう、私たちの技術が貢献できる余地は非常に大きいと確信しています。



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