Beatrust(ビートラスト、本社・東京)は、2020年に元Googleの原 邦雄氏と久米雅人氏が共同創業したスタートアップ。企業向けに社員が自律的に行動して変革を生み出すための支援プラットフォーム「Beatrust」をSaaSモデルで提供している。社員の経験や強みを可視化し、全社を横断したコラボレーションのための人材発掘に活用されている。CEOの原氏に創業の経緯や将来展望を聞いた。

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インターネット黎明期にシリコンバレーで活躍。帰国後はMicrosoftやGoogleの日本法人へ

――まず、原様の経歴、職業的背景についてお聞かせください。

 新卒で住友商事に入社して、8年ほど勤務しました。住友商事の在籍中にMBAを取得したあと、先輩の紹介で非常に魅力的な起業家にお会いしました。それが孫正義さんでした。このことをきっかけにソフトバンクに転職しました。まだインターネットも普及していないときで、当時は出版流通などを行っている、まだあまり知られていない会社で親は心配しましたが、孫さんの掲げるビジョンが非常に大きく、「自分は絶対に損しない」と思って入社しました。

 ソフトバンクは絶対に成長する企業だと思っていましたが、当時はインフラ寄りの事業をしていましたので、いつしかテクノロジーを生み出す側に興味を持つようになりました。そこで業務用のグラフィックコンピューターを扱うSilicon Graphicsのことを知り、ぜひとも就職したいと考えるようになりました。Silicon Graphicsでは人材募集をしていなかったのですが、日本法人の社長を紹介してもらって1995年に入社しました。

原 邦雄
Beatrust
Co-Founder & CEO
住友商事、ソフトバンク、米Silicon Graphicsに参画。2度の創業を経て、Microsoft、Googleの日本法人で要職を務める。Googleでは、執行役員営業本部長に就任。全社横断的な東京オリンピック関連プロジェクトやスタートアップ支援イニシアティブをリードした。2020年、Beatrustを共同創業。慶應義塾大学経済学部卒。米国コロンビア大学経営学修士(MBA)。

 1996年にはSilicon Graphicsのアメリカ本社に転籍させてもらい、そこからシリコンバレーの人脈が広がっていきました。Silicon Graphicsの創業者であるJames Clarkはその頃、Webブラウザなどを提供するMosaic Communications(後のNetscape Communications)を創業しています。Googleの創業は1998年ですので、それ以前です。まさにインターネット黎明期にシリコンバレーに行ったのです。

 その後、Silicon Graphicsの正社員として2000年まで勤務し、アメリカのネットバブル崩壊の頃に退職します。シリコンバレーで人脈ができていましたので、アジアの企業とシリコンバレーをつなぐコンサルティング会社を立ち上げて、6年ほど経営しました。

 アメリカ生活が10年経った2006年には日本に戻り、デジタルマーケティングの企業を経営し、リーマンショックの影響で資金調達に苦しみながらも事業譲渡に成功しました。そこからは家族に安定した仕事を求められ、Microsoftの日本法人に入社し、広告営業とオンラインサービスの業務統括責任者となりました。そして2013年から2020年にかけては日本のGoogleに移り、5年ほど営業の執行役員を務め、デジタルマーケティングの仕事をしていました。

Googleでの大企業サポートの経験から、イノベーションやデジタル化支援の事業を着想

――ITの歴史のような経歴ですね。そこからBeatrustの創業に至るまでの経緯について教えてください。

 Google時代の前半はネット広告の黎明期で、日本でのビジネスが非常に大きくなりました。そして後半は、少し自分として新しいことにチャレンジしたいと思い、チームを作りました。Googleが初めてオリンピックの公式スポンサーになったので、Googleのテクノロジーを使ってスポンサー企業とコラボレーションする取り組みをしました。そのチームでオリンピック委員会にも貢献しました。

 このときの経験から、スタートアップのエコシステムにおけるGoogleのノウハウを、大企業に提供したいと思ったのです。イノベーションやデジタル化の支援です。スポンサー企業の方が特に興味を持たれたのが、Googleには10万人以上の社員がいるのにイノベーションの進化が止まらないことでした。

 私はGoogleの中を見て、日本の企業との2つの違いを感じました。1つは非常に高い目標設定によるチャレンジを賞賛し、失敗を恐れない風土とフラットなコミュニケーションの文化です。もう1つが従業員の活動を後押しするデジタルインフラです。この2つがうまく噛み合うことでイノベーションが起きていると感じ、このようなデジタルインフラを外部から提供できないかと思ったのです。

――現在提供されているプロダクトについてお聞かせください。

 イノベーションを起こすデジタルインフラを考えたとき、前職時代にあった人材の情報を可視化するエンジンに着目しました。イノベーションは1人では起こせません。共感する仲間がいて、事業を成長させるスキルも必要です。そのために各分野のエキスパートを社員同士で探せるというのはとても大事です。そこで当社では人材の経歴やスキルを可視化するエンジンを作り、SaaSモデルで提供しています。

 社員1人ひとりのプロフィールを用意し、そこにはバックグラウンドや得意分野、これまで関わったプロジェクトなどが記され、キーワードによる検索も可能です。個人のプロフィールに関連タグを登録して、タグでも検索できます。たとえば、コンテンツマーケティングに詳しい人を探したい場合は「コンテンツマーケティング」のタグを選んで探せます。関係のあった別の人から自分に対してタグ付けされるなど、プロフィールをアップデートしていくことができます。

Image: Beatrust

 プロフィールだけでなく、課題解決のために社内メンバーの知見をシェアするQ&Aの機能もあります。質問を投稿すると、そのキーワードから専門性のありそうな社員へのマッチングできるのがポイントです。たとえば、「アメリカのSaaS市場の調査をしています」と質問をすると、「アメリカ市場」や「SaaS」のタグがついた人に質問の通知を送るイメージです。社内のコラボレーションツールに質問しても、自分に関連性のない問い合わせはスルーされます。関連性が高ければ回答率も内容の質も高まります。

 お客様である企業のモチベーションは、オープンかつフラットに意見を交換する風土・文化の醸成です。たいていの大企業は部門ごとにサイロ化されているので、イノベーションが起きにくく、なおかつコロナ禍によるリモートワークでコミュニケーションも限定されています。イノベーションのためにこれらの課題を解消したいというニーズがあります。

 新規事業開発を行うには、適切な経験やスキルを持った人を探すことが大きなミッションですので、社内で横断的に探したいはずです。また、営業の現場では顧客への対応も属人化していますので、顧客の課題解決の効率化にも最適な人の意見を取り入れたいでしょう。

HR領域の新しいコンセプト「タレントコラボレーション」を提唱

――サービスインからの利用状況はいかがでしょうか。競合の状況や新たな機能について教えてください。

 2020年暮れ頃からパイロット的にご利用いただいていて、本格的には2021年初めからの提供になります。現在(2022年10月取材時点)、多くの大企業に導入いただき、利用しているユーザー数は2万IDを超えています。2022年4月には、シリーズAラウンドで8億円を調達しており、ユーザー拡大に努めているところです。当社のサービスはHRTech領域に分類されますが、私たちは「タレントコラボレーション」という新しいコンセプトを提唱していて、この認知・浸透をしていくことを直近のメインテーマとしています。

 タレントマネジメントのSaaSや、ビジネスコミュニケーションツールと比較されることもありますが、Beatrustのように人材の可視化やマッチングのエンジンはありません。社内を横断して適切なパートナーを見つけられるサービスはあまりないのです。

 機能については、人材プロフィールデータの入力補助があります。こういったツールを運営する際、データを詳細に入力してもらうのが課題の1つになります。そこで当社では、Bluewhaleという自然言語処理のエンジンを使って、メンバーの方が作成されたPowerPointやExcelの書類、Webサイトの掲載情報などから自動的にタグを抽出して登録できるようになっています。

 たとえば、データをExcelで管理していたら、その情報から自動的にタグを抽出できるのです。社員の方に「プロフィールを充実させてください」とお願いしなくても、負担をかけずにデータを集められるようになっているのです。

 さらに、グローバルで使われるツールにしていきたいので、日本語以外の言語にも対応していきたいです。現在は英語と日本語なら一瞬で変換します。英語はできるけど日本語はわからない人でも登録できますので、グローバルに展開する企業にもお使いいただきたいです。自動翻訳技術も技術的な開発は終わっていて、現在はユーザーインターフェースの部分の開発を進めています。

Image: Beatrust

3年以内に北米市場に進出。グローバルでの成功を目指す

――グローバル展開も考えていらっしゃるそうですが、長期的なビジョンについてもお教えください。

 創業のときからこだわっているのがグローバル化です。私も共同創業者の久米もGoogle時代にスタートアップ支援をさせていただきました。日本のマーケットはある程度の規模があるので、多くの日本企業の皆さんは内向きになりがちな印象があります。それが、日本企業がグローバルで成功できない原因だと思います。しかし、私は日本と欧米との力の差は少なく、成功できると思っています。ですから、当社自身もグローバル化していこうと決めていたのです。

 社内のタレントを活かすタレントコラボレーションの需要は世界中にあります。しかも、パンデミックによって世界中でコミュニケーション不全の問題が生じています。次の3年間で日本のマーケットである程度自分たちのアプローチが正しいことを証明し、グローバル市場にチャレンジしていくことを次の大きな目標としています。

 東京都が主催するスタートアップをグローバル市場向けにアクセラレートするプログラム「X-HUB TOKYO」のニューヨークコースにも採択いただきました。このプログラムを活用し、アメリカ企業や投資家と情報交換しながら需要を調査していこうと思っています。やはり、北米市場は大きいので、グローバル市場に挑戦するならアメリカだと思っています。

 とてもチャレンジングな市場ではありますが、SaaSモデルが最も受け入れられている市場でもありますし、私たちのタレントコラボレーションの市場はまだアメリカにもありませんので可能性があると考えています。

――読者であるビジネスリーダーのみなさまにメッセージをお願いします。

 Beatrustの創業の原点は、大企業にイノベーションを起こしていただくためのインフラを提供したいという想いです。ぜひみなさんのイノベーションをお手伝いしたい、ご一緒したいというのが我々からの大きなメッセージです。

 ただし、イノベーションを起こすためには、インフラを用意するだけでなく、会社自身が大きく変わらなければなりません。社員の皆さんの働き方、マインドセット、企業風土・文化も含めて進化させなければなりません。これはツールを提供している私たちも日々直面しているチャレンジです。

 組織を大きく変えていくには、トップの方のコミットメントはもちろん大事ですし、中堅のメンバーの方が新しいものを受け入れ、自分自身を変革しようという意思を持つ必要もあると考えています。若い方はわりと柔軟に新しいものを受け入れ、自己実現のために何が必要かを考える方が多いので、当社のサービスを使いこなすのが早いです。リーダーシップを持つトップと中堅の皆さんに変革の意思を持っていただき、一緒にチャレンジして盛り上げていきたいです。

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